三省会

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宇佐晋一先生 講話


非伝達性

 それでは皆さん方にはお礼を申し上げるとともに、気がついたいろいろなことを全般にわたってお答えしたいと存じます。

 まず、伊丹仁朗先生には、日本森田療法学会の理事として、先般高知市に出向かれ、森田先生の没後八十年墓前祭にてご講演をいただきまして、誠にありがとうございました。その詳細を本日聞かせていただき、感謝に堪えません。感謝と申しましたが、これは伊丹先生に対する感謝であると同時に、集まられた皆さん方の森田先生への報恩、感謝の念の表われでもありまして、私の気持ちもそこにつながるわけです。

 先日東京で開催されました第三十六回日本森田療法学会に私も出席いたしましたが、今回の学会の会長さんは女性の先生で、女性患者さん達の苦悩や回復過程を視点においた研究をされて来られ、学会のテーマとして「やわらかに生きる」とされました。それはそれで結構だったのですが、会長講演の中で「自分らしい生き方の探索」という言葉を使われました。この「自分らしく」というのは自己意識を概念化していますから、それでは治らないのです。

 「あるがまま」というのは、言葉によって規制されない意識ですから、簡単に言えば言葉を使わなければすぐに実現できます。実に簡単であるだけでなく、それは瞬間的で、たとえば今日皆さん方とお話しているこの場で成り立ちます。皆さん方がどこにいらっしゃってもその場で成り立つのです。あるがままというその自己意識内容はご自分ではまったく分からない、知ったことではないというふうに、放ったままなのです。非連続的で、そして言葉で人に伝えることができない非伝達性を持っているのです。伝達不可能なのです。ですから森田理論学習では神経症を治すことはできないのです。自己意識内容を外からの言葉で変えることはできないからです。学会で発表を聞かせていただいて、そのことを分かっておられない方が実に多いと感じました。

 では会場からのご質問にお答えします。

 強迫性障害の方が何回も確認しないと気が済まない状態を、確認する回数を決めておけばうまく行くのでは、というご質問です。

 心の問題、精神内界、自己意識内に数字を持ち込みますと必ず失敗します。確認回数を決めればうまく行きそうなものですが、数字を自己意識内に持ち込まずに、ただひたすら他者意識、つまり外向きの意識に人間の知性を使って行くということです。
 自分の中に向けて知的な能力を発揮しようとすると、それはことごとく虚構きょこうに終わってしまい、森田先生はこれをよく屁理屈と批評されたものです。外への仕事、精神作業としての様々な勉強をすることは良いことです。例えば、森田理論を学習するのは結構で、森田療法学会で論争することも、それ自体は良いわけですが、それを自己意識内へ持ち込んで、自分の説明、自分の生活規範にしようとするともういけません。
 それで、強迫障害の方、森田神経質の方にとって確認回数を決めるなどの対策をとらないでいるというのは、自己意識内は中途半端で不完全な状態が残るのですが、そういう中途半端な感じのまま、すぐ仕事上の事柄に取り組むということです。ですからいつも不安、確かでない感じのまま、外の事柄への取り組みから始めて行き、他の皆さん方に十分役立つような仕事をするわけです。言い換えますと、自己意識を完全に放置しますから自己犠牲の極みであります。
 自己意識の中で森田療法を働かせようとすると途端に失敗します。努力の対象は必ず外向きであって、さっと、精神作業、勉強すればそれは治った状態であるわけです。その、すぐ治った状態であることを多くの方には分からないのです。ですから、だんだん長い時間がかかって治るものとばかり思っておられます。現在の多くの治療者もすぐ治るはずがないと思っておられます。しかし森田先生はこれは病気ではないと言われ、病気ではないということは、すぐに健康人としての生活を始めるのが一番賢明なわけです。ですから、先ほどの強迫性障害の方は自分の気持ちは中途半端で納得しないまま、まだまだ不安なまま仕事なり、勉強なり、人のためになる、目的が外に向いたその場のことをとりあえず始めたところがもう全治なのです。

 では次のご質問です。 

 仕事上、論理的、概念的な表現を要する発表、企画をしなければならない時、内向きに、心に向いている思考をどのように外向きに切り替えれば良いのでしょうか、というご質問です。

 これについては、その場その場が立派な全治でありますから、内向きの思考からの切り替えは一切必要がありません。内向きの思考は完全に放ったまま、自分の知ったことではないというのが、あるがままの表われです。切り替えという工夫はまったく要りません。次に何をするか、どう発表するか、困ったな、という、もうそれで治っているということです。

   2018.9.9



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