三省会


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宇佐先生の講話
(平成28年11月13日)

 肝心な事柄は、皆さん方がなるほどそうかと了解されることが実は邪魔になっていることです。本物というのは、こうしたからこうなるというようなことから離れて、まったく論理、理屈のない、概念化されない、自分を振り返ることのない、今この瞬間の現実生活に対処している姿そのものなのです。そのことが皆さん方のお話の中によく伺われたことが大いにうれしく存じます。

 前の院長、宇佐玄雄が自慢にしていたのは、森田療法を受けられた人の方が、禅の修行僧よりもちゃんとした本物が身につくということです。森田療法の方が十分大事なものが身につくことを保証しておりました。それは何かと言いますと、ただ “理屈抜き”ということです。

 つまり、これが自分の症状だとか、これが自分の状態だとか、自分を対象にして、考える自分と考えられる自分という二分した描き方、これは昨今の心理療法や精神療法によくあるものですが、それらはことごとく具合の悪いもので、皆さん方はご自分を対象化する前のところですでに立派に治っていらっしゃるのですと、前の院長はよく言っておりました。

 それから今日是非とも申し上げたいことですですが、この前の九月の例会で体験発表されたBさんと、今日発表されたAさんとで全治の状態で違いがあるかと言いますと、まったく同じなのです。日常経験という点では、もちろん年上のBさんの方が長いかもしれませんが、森田療法では経験の長い短い、多い少ない、浅い深いとかにまったく関係なくどなたもが同じでいらっしゃるということです。

 一般の人は、一人一人の人間が同じ意識でいるということは、絶対にあり得ないと考えます。それはあくまでも物事に対する考えのことで、それは当然のことなのですが、それとはまったく別にどなたもが異なることのないものが、分かる前の意識です。それが働いて、今日初めて森田療法のことを聞く方もBさんと同様に全治なさるわけです。その質、内容に良し悪しがあるわけではまったくありません。

 分かる前の意識というものは、経験を超える、あるいは体験を超える、言い換えればさらに歴史を超えるというふうに申してもよろしいことです。ところが、このようにしてやっとこの境地に到達したというのは、まだまだ不十分なのです。世間一般では目標として到達すべき境地というものがあるように思われていますが、実はそれを極めて行こうという段階的な努力よりも前に、ぶっつけに今のこの状態で、もうそれは立派にどなたにも現れているのです。治す前に全治の状態がいつもそこに現れていますので、森田療法ほど早いよい治り方をする治療はありません。

 経験を超えるというのは、今に始まったことではありません。鎌倉時代の終わり頃、京都の大徳寺の開山である大燈国師というお坊さんが「不伝の妙道」という言葉を残しています。不伝の妙道とは、伝わらない、あるいは伝えられないものを伝えることについて、理解することのまったくない、「無理会(むりえ)のところに向かって窮め来たり窮め去るべし」と言い残しているのです。

 私は最初は受け取り方が間違っておりまして、分からないからそれが分かるまでしっかり努力せよと言っているのかと思っておりました。しかしそうではなく、初めから分からなさに向かってどこまでも突っ込んで行きなさいということなのです。皆さん方にはおなじみの「知らなさ、分からなさ、決められなさ」です。説明もできない、つかむこともできない、伝えることもできない、そのままどこまでも分からないままです。この分からなさの真っ只中がいつも全治でありまして、森田先生が「僕の療法は不問療法だ」と言われて、今日の森田療法のようなああいう詳しい説明をまったくされなかったのです。「僕の言うことは信じなくてよろしい。ただ言われたことを実行しなさい」とおっしゃったのは実にすばらしいことで、分かってから実行しなさい、ではないのです。

 会場から「症状やその他気になっていることをそのままにしていると、脳の中で何かがつぶれていく感覚が起こるのですが、これは私だけに起こる特殊なものでしょうか」という質問がありました。この自分で見た自分というのは、まったくお一人お一人違っておりまして、これをそのまま味わうということで瞬間的に治ります。「私だけでしょうか」と尋ねられるということは、一般的にはどうなのかということを気にしておられ、器質的な病気と同じように考えておられるわけで、これを治療しようとすると結局だめになってしまいます。神経症というのは病気ではないのです。自分にとってはこれほど辛い、苦しいものはないとお考えでしょうが、まったく虚構のものなのです。  

 つまり、自分の中に引き起こされた状態を、考えた理想的な自分というものの方向へ向かって熱心に努力するという、まじめで良心的な人間的素質をお持ちになった方々だけに起こる架空の、病気のような状態に過ぎないのです。ですからこれを一般化なさらずに、それぞれの方の独特な感じを味わわれ、とにかく症状には負けていくのです。どこまでも精神内界の事実に無条件降伏なのです。



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