三省会

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宇佐晋一先生 講話


信貴山の朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)の絵巻

 三省会で念願の信貴山朝護孫子寺に皆さんといっしょに出掛けた。2010年ごろのことである。J Rの大和路線の王寺駅からバスで信貴山へのぼる。近づくほどに深山幽谷の趣きからは遠くなり、終点に着いたらまるで観光地のにぎわいであった。明るく大きなお寺である。本堂には床下を歩く戒檀めぐりがあるが、信濃の善光寺のような真暗闇を、手さぐり足さぐりで行くのとちがってずっとほのかな電光が足許を照らして恐怖を感じさせないようになっていた。目ざすのは仏像ではなくて宝物館の平安後期の「信貴山縁起絵巻」(ただし複製)の拝観である。全3巻で上巻は「山崎長者(飛倉)の巻」。河内の長者の所に信貴山のお寺の命蓮という僧が毎日鉢を飛ばして、お布施の米をもらっていたが、ある時長者が鉢のことを忘れていたところ、鉢が米倉から飛び出して倉の下へ入り倉を持ち上げて、信貴山の命蓮の所へ運ぶのである。途中気がついて騒ぐ家族や急いで馬に乗って追いかける長者の慌てぶりの描写が巧みで、日本の絵巻物のなかで最も秀逸な場面である。ストーリーはともかく、その信貴山に入って行く山の紅葉のなかに鹿がいてキョトンとしている自然の風物がなんと見事な描写であることか。第2巻は「延喜加持の巻」。醍醐天皇がご病気になられ、命蓮に診てほしいと勅使を差し向けられる。しかし彼は辞退し、代わりに剣の護法を御所に参上させるという。そこから針鼠のように剣を何十本も身にまとった剣の護法が宮中の清涼殿に現れ、帝をお治しする。その奇跡の現実味を帯びた表現、なかでもスピード感のある剣の護法の出現は抜群の工夫がこらされて、最高に見事である。第3巻は「尼公の巻」。信濃から命蓮の姉の尼僧がはるばると大和の信貴山を訪ねてくる。途中東大寺の大仏殿の前で昼寝をする様子など、よく工夫して描かれる。いよいよ命蓮のいる山の寺にたどりついて声をかけると、お堂の左奥から振り返るようにして顔を見せる命蓮の驚いた表情がよい。まさに名場面である。

 もし、平安時代の優れた絵巻を挙げるとすれば、鳥獣戯画(高山寺)、伴大納言絵詞(出光コレクション)と信貴山縁起絵巻をあげることをためらわないであろう。
   2024.6.25

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