三省会

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宇佐晋一先生 講話


「自分をしっかり見つめて」は間違い  

 最近宗教の番組で、ある高僧が「しっかり自分を見つめて修養せよ」と説教されるのを聞いた。それでよいのであろうか。私には心配が絶えない。

 人を導く「心の問題についての専門家」である宗教家が、今日ほど一挙に多くの人を救い、安心を与えている時代はないであろう。それは、限られた時間とはいえ、テレビやインターネットというコミュニケーションメディアに取りまかれているからである。それだけにしっかり修行されることが世間の人から期待され、修行の成果として心の問題のすべてが、おのずから解決するのだろうという意味で尊敬が増すことは容易に想像できる。『禅のすすめ』『心理禅』の好著のある京都大学の心理学の佐藤幸治教授は、京都で生活する身なればこそ仏教界を憂えて「坊さんの不勉強」とつぶやかれたものである。

 宗教に深い関心をもっておられた同教授は、京大医学部精神医学教室に6年間も在籍された。また父 宇佐玄雄が早稲田大学(インド哲学)出身で、そのご大徳寺僧堂に入って修行してのち、伊賀市山渓寺の住職となり、さらに志を新たにして1915年に東京慈恵会医学専門学校に入って医学をおさめ、その途中で創始まもない森田療法を学ぶ機会を得た。卆業ごさらに東大精神科呉秀三教授のもとで研修してのち、大本山東福寺の絶大な後援のもとに1922年三聖医院を開き、さらに1927年には病院にした。佐藤教授はこの経歴に注目し、禅の精神療法的な作用をもつ一面を見ぬき、それを父の森田療法の治療例から選んで、世界各地の講演旅行で発表した。例えば法隆寺の南に近い尼寺の庵主Kさんはもともと蛇が嫌いであったが、1937年大阪へいって買物をした時にそのなかに蛇が入ったように感じたのがもとで、寺へ帰ってからも「そんなことはありえない」と考え直して、「忘れよう、忘れよう」と努力するうち、ますます蛇が自分の僧衣のなかにまで入って来るように感じ、身動きがとれなくなって私の小学4年生の時に入院となった。これは幻視ではなく、強迫幻視であり、父は森田療法を行いつつ、蛇の嫌な感じを味わうようにさせて早く完治に至らしめ、学会誌に発表した。私は1957年に佐藤教授とともに追跡調査に赴いたが、残念ながら遷化された後であった。懐しい思い出は入院中に私のために兎を取り寄せて、自ら世話のしかたを教えてくださったことである。このように真に見つめるべきは自分ではなく、外界のものごとで、そこに全治があるのである。

   2022.6.23



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