三省会

目次

宇佐晋一先生 講話


虚構の自己像 



 皆さんの、間違いなくお役に立つ大事なことを、それのみを申し上げますが、それは普通、あっ、わかったとかですね、ピンときたとか、第六感で、それとさっせられるとか、もういかなる形によりましょうとも、わかるという捉え方では、皆さんにキャッチされない種類のものでありますから、どうか、わからなかったからといって、わかるように考え方を変えようとなさらないようにお願いをいたします。

 わかるということのほうが、不安定で、不確かで、実は脱線であるっていうのが心の世界、言い換えれば自己意識のなかの論理、あるいは別のあり方、ですね。

 新聞テレビ、その他で言葉を媒体として、仲立ちとして、よく皆さんが、おわかりになっている、その考えた社会、考えた人生ですね。そういう、いかにも確かそうに見える事柄はですね、外のみ確かです。

 ところが、人生、生きるっていうことになりますと、もう外のことを離れて、本来皆さんの生き生きした、こうしていらっしゃる事実。ですから同じ論理ではないんですねえ、外の事柄は。まっ、いわば、わかりやすく作り上げられ理論化された社会です。ところが生きるってことは、皆さんの事実あるのみで、けっして先に生きる意味があるのではありませんですね。

 ところが治そうとなさる、ご熱心な方々は、意味で捉えることに重点をおかれて、事実を、そのつもりはないとおっしゃるかもしれませんけれども、無視していらっしゃる。あるいは、ないがしろにしてしまわれるんですね。

 で、申し上げております、大事な事柄は、明後日の三省会を待たずに、皆さん方に、一足お先にお伝えしようとする事柄で、残念ながら三省会に出席できないでご退院とあいなります方々にも、ですね、今晩の話をよくお聞きくだされば、三省会に出席されただけのことはあります。

 組み立てられた意味によって、生きていらっしゃったこの社会生活。それよりももっと確かなもの。それは言葉のない、この事実。それが最も確実に心に現われておりまして、ですね。その心っていうのは、あいまいですから、もっとはっきりしたものをとおっしゃるならば、ぱっと、皆さんがご覧になる。こういういいお花を活けていただきまして、そのお花をご覧になる。というこの事実は、言葉によらないすばらしいものです。

 作品こそ、こういう活け花という形でありませんが、皆さんが心に思い浮かべていらっしゃる、様々なことがら、それは皆さんのお考えより前に生き生きと、そこに流動的に、決まった形をとらずに、変化のまま、うつり変わっておりますので、生き生きした目の働きと、とてもよく似ているんですね。目の方がわかりやすい例えですから申し上げてますが、心の問題はそのように、言葉で捉えることが、ことごとく脱線で、無理にわかる形に作りかえるということをこれまでなさってこられたことは、ことごとく便宜的なものでしかなかったんですね。

 まず第一に、「これが自分だ」と思っていらっしゃるのは、ご自分がご覧になった自己像、自分のイメージですねえ。つまり見られた、考えられたご自身です。

 じゃあ考えている方はどうなってるのかというと、皆目わからない。考えている皆さんのほうが、もっと量的にも多い。広やかなものである可能性がありますが、それはわからないですね。自分は自分をこう見るという、見られた自分だけがイメージとして描かれる。という、大きな抜けたものがあるんですね。

 すぐれた頭の働きは、そのように、わからないです。頭が描き出した皆さんの、「これが自分だ」というイメージだけが、そこに描かれるんですね。これが重大な自分の見損ないです。

 それから、いわくいいがたしという言葉でもお察しのように、言葉の限りをつくして、細やかな表現をなさったにしても、言葉には限りがありますから、すべてを微妙に表現することはできませんですね。それは皆さん英語、フランス語など、いろいろの外国の言葉を援用、援けて使う、応援の援ですね。援用して日本語の足りないところを、外国語で上手に補っておられるんですね、カタカナ書きの多い表現ですね。それをもってしてもなお不十分です。心を微細な点に至るまで表現することは不可能ですねえ。

 ですから、言葉は物事を決める。限定する。という強い働きがありますので、この生き生きと流動的な、変化に富んだ心の動きを、まるで、まったく変わらないもののように、ぴちっと、決めてしまうんですねえ。決めるっていうことは、形をあたえてしまうということです。そうしますとこの生き生きしたものは、たちどころに色あせた、味気ないものに変わってしまうんですねえ。

 こんなのが皆さんのこれまでの「これが自分だ」自分のことは自分が一番よく知っていると思っていらっしゃた、自己像、自分のイメージであったんですねえ。

 で、いかに上手にご自分を言葉で捉えられたか、それが上手くいったとした場合におきましても、そこに、上手に自分を表現された言葉の数々は、もちろん心そのものではありませんですね。

 皆さんは、言葉や考えではなくて、もっと豊かな、生き生きした、生きていらっしゃる事実のなかにいらっしゃるんですねえ。

 例えば皆さんが日記をお書きになるとして、ご自分の説明をそこに述べられました場合、それは文芸の世界でありまして、ですねえ、文芸の存在っというものは、皆さんが、こう生き生きと見事に生きていらっしゃることとは、遊離しているんですねえ。つまり別ものである。皆さんは文芸ではありませんです。

 それから、「こうだ」と、自分のことは一番よく信じ込んでいらっしゃる。間違いない。と思っていらっしゃる。それは、もう、お気付きでしょうけれども、客観性にとぼしい主観そのものです。自分を離れて自分を見ることはできません。他人が批評してくれるように自分を批評することはできませんですね。自分の中から「こうだ」と、それはもう信じ込むよりほかしかたがない世界でもあるんですね。

 世間の人の会話によく、バイアスがかかる。そのバイアスっていうのは、思い込みのことです。思い込みあるいは、色眼鏡とか、世間でいう、事実を曲げて自分流に受け取ってしまうということですね。本物のご自分を、いくら工夫されましょうとも、そこに正しく描き出すことはできません。

 さらにですね、よく似ておりますが、心理的に、心理学あるいは精神医学的にというてもよろしい、つまり学問的にいえば、そこに自己暗示という現象が働きます。

 釣り落とした鯛は大きいと、いう例えでもよろしいし、針小棒大という言葉もありますねえ。針のように小さい事柄が、棒のように太く大きいものに感じられて、その表現で満足している。人にいうときに、ずいぶん大袈裟になるといういい方でもいいですね。これは自己暗示の特徴です。まったく客観性を失って、しかもそれが、さっきの主観的というその続きではあるのですけれども、大袈裟の度合いが著しいんですねえ。受け取り違いのはなはだしいものですね、自己暗示。その気になってしまう。

 以上、6つの理由をあげて、どれ一つ皆さんの正しいご自分を、考えて描き出せることを助けるものはなかったんですねえ。どれ一つとってみられましても、考えた自分は本当のものではありえないです。もうここまで申し上げれば、7番目まで申し述べる必要はないです。

 それに今、考えた自分に固執して、とらわれてですねえ、それを治そう、なんとか変えようと努力していらっしゃる、というのは、まっ、実に屋上屋を架す。見ぞこないの上にまた見そこないを重ねる。あるいは鉄道関係で使われる、競合脱線ですねえ。

 こんな言葉が新聞に、あるいはニュースにテレビに出てこない方がよろしいんで、出てきたら、目も当てられんというような、理由が二つ以上重なった脱線ですねえ。ですから、こんなん聞いたことないとおっしゃるほうがよろしいんですが、輪に輪をかけた脱線ということですね。その世界に、なんの気無しに生きてこられて、本物でない虚構のご自分をこれほどまでに苦心して、変えようと扱ってこられた。というそれを今晩離れて、ですね、本物に生きていらっしゃれば今晩全治です。

 皆さんが、これがほんとだと思ってられるほうが、このように、はなはだ具合の悪い、本物を見損なうように作られたものであったんですね。治られるのは実に簡単で、ご自分のイメージによらない今日の生活を始められたら、とたんにどなたもが全治です。

 鈴木大拙博士というのは、しばしばこの講話に登場される禅の学者で、文化勲章を昭和27年にもらわれ、もう亡くなってから45年は、十分に経ちます。ここへもいらっしゃったことがあります。51年前に親鸞聖人の、という前に、ちょっと申し上げておきますが、京都の北区に大谷大学というのがあります。東本願寺系の浄土真宗に関わりの深い大学です。宗教関係の大学ですねえ。そこの名誉教授。

 今年、親鸞聖人が亡くなられて750年という、去年ですね、失礼しました。その盛大な法要が、東西本願寺で長い期間続いて行われました。

 で、50年前ですから700年の記念の法要がありました時に京都会館で特別の講演会が開かれて、ですねえ、その時92か3ぐらいやったんですねえ。第一ホール、非常に大きい会場で、ですねえ、ライトが強く当てられて、こうやってですねえ「これなんとかなりませんかなあ」とこういわれた。聞いてる人が気の毒がってですねえ、「電灯消してください」というようなことで、あちこちで、そんな声が出たぐらいです。で、この、ちょっと騒めいた後、お話が始まって、「もし親鸞聖人がここにいらっしゃったら、私と同じことをおっしゃるでしょう。しかしそれは鈴木曰くでよいのです。」と、そうおっしゃったんで、私、度肝を抜かれて、びっくりしたんですねえ。親鸞聖人という鎌倉時代の偉い方のすべてをそっくりに鈴木先生がおっしゃる。まったくその同じ思想、同じ宗教経験、その人格すべてが同じというようなふうにとれましたから、ですね、びっくりしてしまいましたですね。ここが皆さんに今晩、申し上げる大事なことですが、考え方が一緒だという話でないんです。考えた自分、心、生きること、などまったく虚構でありますから、その考えによらない事実を申し述べましょうと。そういうことです。

 そうすると親鸞聖人が、すべてのほんとらしくいうてることは、「ひがごとにて候なり」と、ひがごとっていうのは、間違ったことですねえ。そういうこと「末灯抄」というのにいうておられるんです。わざとらしく、そうだああだとその信心について、宗教、仏教について、いっているのは、みんなひがごとにて候。っていうことは、全部本物ではありません、と。

 「念仏には無義をもって義とする」念仏っていうのは、わけ、ですねえ。平たく意味でもよろしいです。「こういうことだ」というている、それ、ですね。それがないっていうことを、たてまえとしています。わけとしています。まったく筋書きのない、あるいは筋の通らないことを筋としています、と。そこを鈴木大拙先生、「親鸞聖人がもしここにいらっしゃったら、私とまったく同じことをおっしゃるでしょう」と、そのことがそうだったんですね。ですから思想とか考え方、なんらかの宗教経験ですねえ、そういうことが一緒だという、それをいうてるんじゃなくて、なんにもそこに組み立てたものがほんとはない。と、親鸞聖人もおっしゃっている。それを私もこれからお話するのです、ということなんですね。まっ、うっかり私も「こと」と申しましたが、この講話は、ほんとは「こと」がないんですね。皆さん方にお伝えするには、事柄としてお話をし、コミュニケーションというものがそこに成り立ちますですねえ。

 「こと」がないと、キャッチボールをしてて、ボールがないようなものでして、投げることも受け取る方もですねえ、どっちも成り立たないですねえ。いや、実はそういう形で真実は、コミュニケーションなしで、たっぷりとありうるのです。

 森田療法の全治も、私を抜きにして皆さんが、じか、直接、ダイレクトにその意識でいらっしゃる形で行き渡るんですねえ。伝わることがない、というんですね。ですから人から人へ、人々へと伝わって、皆さんが「あっ、わかりました」と、おっしゃる形になるのは、本物ではありませんのです。で、この本物が、他のどの事柄にもまして速く、時間の概念なしで、もう立ち所に皆さん方のものとして、生き生きとそこに現れるんですねえ。ですから私は伝達者ではないんですね、仲立ちではないんです。

 何10年も前に、私は昭和32年から、1957年ですが、この責任者、院長として、こういう講話をこのようにしてまいりましたが、初めはお恥ずかしいことながら伝達者であったんですね。森田先生は、こうおっしゃいましたと、こういう時にはこういうふうにお話になりました。今でもそれに似た事実を、ある事柄としてお伝えすることはありますが、それは「話」です。まとまった事実を伝えるだけのもの、ですね、普通、エピソードなどといわれるのは、あるまとまった事柄を、話の材料としてそこに持ち出す場合ですね。ところが、それは本治りに関係がない、ある昔話に過ぎませんですね。ですから肝心な皆さん方の全治は今晩この場でしかなくて、間違いなくそれは、この60分間の事実のみであるんですね。

 ですから、だんだん治ると、いうふうに他の病気と同じようにお考えになっていると、治り損ないますですね。しばしば申し上げますように、これはもとより病気ではありませんです。病気としてのいわば思い込みに過ぎませんです。ほんとの病気よりも思い込みの方が辛く苦しい。というのはどうしてだ。とこうおっしゃるなら、ですね、それは、架空、虚構、偽物の、この病気のように見える状態を、病気として治そうとされたことに由来するんですね。ご自分を病気を持った人、病人と認識されて、だから治そうという、筋の通った努力をされた。ところが、その相手であったご自分、そのイメージは、ですね、ことごとく虚構のものでありましたから、熱心にそれと取り組まれた、その事柄は、自分を描いてすでに脱線、その上に解決しようとする脱線が、先ほど申し上げたように加わって、ですね、それはもう、やがてそこに本物が現われてくるというようなことはありえないんですね。言葉を使った工夫が、ご自分の描かれた、これが自分だというお考えの上に加われば加わるほど、複雑に、ややこしく、不可能なぐらいに、見通しの暗い状態として、少しも明るい見通しは出てこないですね。もう、だめかとこう思われるんですね。

 世間では、明るい希望を持たせてあげたら、その人の役に立つだろうと、考えるんですねえ。私どもは、実は大谷大学の学生相談室で相談員をしておりまして、他に4人の臨床心理の人が担当してたんですね。つまり、月、火、水、木、金まで各曜日一人一人が担当してたんです。他の臨床心理の人が、学生援護課、一般に学生課というようなとこですね。世話をするところの研修会でですね、この学生さんの自己のイメージ、自分についての考えている姿を、もっと明るくしてあげなければならない。と、一見親切のように見える発言をしたんですね。世間の心理学の人っていうのは、そんなもんかなあと思って聞いてたんです。

 自分に関わるイメージというのは、悲観でも絶望でも、一向構わないのは、ここですねえ。皆さんに一度も、この講話で希望という言葉を使ったことがないんですねえ。そんなに悲観してはいけませんと申し上げたこともない。言い換えれば、つい今まで絶望していらっしゃったお方も全治なさるのはこの瞬間であるというんです。今までの心のあり方が全く問われない。どうであったかが問題でないんですね。そのぐらい鮮やかな見事な治り方を、お一人の例外もなくどなたもが、この講話が終わるまでになさることが、十分お引き受けできる、私としてのよろこびであるんですね。

 つまり暇がかからない。暇がかからないということは、手間暇といいますが、まさにそうですね、手間がかからない、お金もかからない。という世界でめっぽう精神療法、心理療法の中で、もうだんとつに優れものですねえ。これから何かになる、なっていただこうとする、厄介な仕事が何もない。今の皆さん持ち前の、その状況、あるいは症状で、いっこうかまいませんのですねえ、その皆さんが完全にお治りになるのに、こちらから、こうしてくださいああしてくださいとですね、注文をつけることが一つもない。

 今日も診察の時に、「難しいですねえ」って言われてしまいまして、私、頻繁に言われてですねえ、「難しいですねえ」何かこれから変えていく、例えば考え方、心の持ち方を変えてくださいと、もしお願いするなら皆さんは「それは難しいですねえ」とおっしゃっても無理もない、ですね、ところが、ぶっつけに今のままで足ります、と。何の準備もいりません、と。それが今直ちにこの瞬間の全治そのものです。と申し上げれば、ですね、何の難しいことがありましょうか。

 京都府の宇治市に黄檗おうばくというところがありますね、黄檗山万福寺、中国の山、黄檗山、そこからきているんですね。

 余計な、ごてごてしたことは抜きにして、ですね、唐、中国の7世紀から10世紀までが唐です。で、その唐の時代に、それより前、6世紀の初めにダルマさん、ボディダルマが、インドから伝えたというその禅が、唐そして次の宋にかけまして、唐宋の間、中国でとても発展するんですね。今日知られています、有名な禅問答、気の利いた禅問答は、ことごとくその唐から宋にかけての偉いお坊さんによるものですねえ。で、わずかに6世紀初めの、ダルマさんの言葉、それを2代目、3代目、4代目といきます、わずかな中国人の禅の先生の話が残ってはいますけれども、多くは唐の時代に発展した、禅の道場でのやり取りが伝わっているんですね。ダルマさんから4代目の時に、隋から唐にかわったんですね、国が、618年ですから。まっ、これは禅宗の歴史の話です、はい。

 で、今、黒板に黄檗禅師とその弟子、臨済禅師。この師弟関係をあらわして、黄檗がまだ臨済を弟子として、認めてなかったとき、認めるというのは、これで悟りを開いた、あるいは真実に生きる姿である、というふうに認定しなかった頃ですねえ、まだわからないところを何とかわかろうと、臨済が「どういうのが仏ですか、どういうのが真実ですか」とこう聞くんですねえ、そうすると黄檗禅師が、ちょっと荒っぽいんですけども、胸ぐらをつかんで、ぼんっ、とこう突いたりしたんですねえ。で、またしばらく修行して、また行って「どういうのが仏ですか、真実ですか」と聞きますと、また胸ぐらをつかんで、ぼんっと、で、三べん胸を、どんっ、と突かれたんですねえ。そのときに目が覚めたという、目が覚めたっていうのは、そういう抽象的、論理的な、どんなのが仏ですか、真実ですかと聞いていること自体が脱線であるという、それを言葉を使わずに、親切にも体験させたんですねえ。黄檗一言も言ってないんです。臨済だけが「こうですかああですか」と、こう聞いて、それで、まるで怒られるように、ぼんっ、と。

 臨済禅師の、後にいうところをまとめたのが臨済録という本ですねえ。臨済禅師の生活と意見を、ちょうどこの病院と同じ名前の三聖さんしょう、今ここ三聖病院というてますが、世間の人の間違ったいい方に押し切られて、ですねえ、第二次大戦後、いや私が院長になってからですが、今のような名前になったんです。もとはといえば、三聖さんしょう病院です。前の院長はけっして三聖とはいわなかったんですねえ。私は責任を感じておりますんですが。で、三聖さんせいっていうのは、お釈迦さんと、文殊菩薩と、普賢菩薩。釈迦、文殊、普賢ですね。これが禅における三人の聖人として、崇める人です。

 で、三聖さんしょう院というのが、臨済禅師のいたところで、「三聖に住する慧然記す」と、臨済録に臨済の弟子の慧然えねんが書いた。

 このように、三聖慧然という場合もありますですね、三聖院にいた慧然。慧然が記録したわけですね。で、臨済禅師がいいますのに、ですね、黄檗禅師に三べん、その大事なことを問うて、質問して、三べん胸を突かれた。それは、ですね、黄檗禅師の仏法っていうものは「無多子たしなし」と書いてあるんですね。

 第二次世界大戦後まで、岩波文庫の臨済録には、これを「たいしたことはない」と解釈され、そういう説明がついてたんです。黄檗の仏法も実はたいしたことはないんだ。と、今皆さん岩波文庫の臨済録を買ってお読みになりますと、そこは全く違った解釈、違った説明が書かれています。これは著者が代わったんですね。それもあるんですが、中国の唐の時代の俗語がよく研究されてまいりまして、ですね、禅の言葉っていうのは、日常生活の中の俗語が普通に使われているんですね。仏教語ではなくて、そこらで普通に使われている言葉で肝心なものがいい表されているんですねえ。

 この無多子たしなしっていうのを、たいしたことはないというんではないと見抜いたのは、亡くなって数年になりますが、柳田聖山という先生で、大谷大学の出身者で、のちに京都大学の人文科学研究所の所長になった方ですねえ。柳田謙十郎という哲学者の婿養子になった方です。

 で、どう書いてあるかっていいますと、やさしいことだと書いてあります。黄檗の仏法はたいしたことではないと、値打ちを下げて書いてあったのが改められて、やさしいことだと。ですね、造作のないことである。

 なんにも条件、あるいは考え方をひねくる必要がない。考え方自体がいらないんですね。考え、言葉、文法、そういうものなんにもいらん。ただそのまま、すっとこう、耳鳴りの方は耳鳴りのまま、ですね、心臓がどきどきする方は、どきどきのまま、強迫観念の方は強迫観念のまま、ですね、現実生活に取り組まれれば、それをもって全治とする。まだまだだめだと、だれもいわないんです、本当は。

 ところがお坊さんは、値打ちをもたせるためか、やたらとそのへんのところを、もったいつけて、難しそうにいわれるんですね。ここは、そういう普通の物ごとと違う点を強調せず、ただ言葉で説明することが一切途絶えている。言葉の無い、言葉の使われる前というてもいいくらいの世界ですね。このほうが、心については皆さんの生き生きした状態については本物である。先に本物だったんですね。ですから、これから悟りを開かれるというよりは、言葉を抜きにして、元々の事実で生活なさる。

 例えば、目が物を見るのと同じようにですね、目は考えてものを見ているんじゃないんですね。目を開いたらもうものが見えるんです。ぱっと、目を開いたらそこに花がある。「私は花を見る」と皆さんおっしゃらないでしょう。花がここにあります。ちゃんとこういうふうに生け花として飾られています。当然、皆さんの目がそれを見て、それを脳がその目に映じたもの存在を認識して、そして、ある。と、そういう理屈っぽくいえば、そうですけども、そうじゃなくて、もう目をこちらの方へ向けられた途端に、ここに生け花の作品がある。というふうに見てしまわれるんですねえ。

 認識ということ、それをこの頃の言葉で、認知療法の認知というふうに、同じ意味です、知ることですね。簡単にいえば、知ることを介在させないで、直接の体験として、考えによらないのを直接といいます。考えてわかるのを間接的な捉え方といいますですね。

 テレビはかなり直接的ですね。コミュニケーションのメディア、媒体としての映像を、かなり直接に受け取られますが、ラジオですと実況の放送は、まっ、野球でも、それを分かる形に言葉に置き換えて放送しているわけですねえ、あれを間接的な捉え方というんですね。そのように視覚、視覚的な、ものを見る働きっていうのは、皆さんの全治にはもってこいの例えです。それで感ずること、あるいはご覧になる、見ることはですねえ、知ることとは別である、と。これは皆さん全治なさることは、知ることとは別である。ということの代わりにお話しするんですね。

 ですから、辛い、苦しい、嬉しい、楽しいと、内容をいうてるんと違うんですねえ。その直接の、ほかならぬ皆さん方の、そのようにしていらっしゃること、見えていること、あるいは感じていらっしゃること、あるいは気分的にもそういう感じで、感じといっても、感覚もそうですし、感情もそうですね、知ることより前の話ですよ。知ることより前に、そうであることが間違いない全治なんですね。そこに知ること、認識、認知が引っ付きますと、そこから脱線がはじまる。ことに、これが自分だ、これが心だ、生きる意味だ、という種類のものが引っ付きましたら、もうここでは到底治りませんです。ですから、素早く、実際の生活をはじめられることをお勧めするんですねえ。

 そういうふうに、「黄檗の仏法無多子たしなし」黄檗の仏法は、実はやさしかったんだと、臨済禅師が、やがて気がつくんですねえ。三べんどつかれといて気がつく、皆さん方、やさしいもやさしくないも、なんにも自分で心に工夫することがいらなかったんだ。森田療法無多子たしなしと。そういうふうに、実生活の中で、やがて感じられることがありましょうが、感じられなくてもよいんですね。ですから、その不安がまだとれない、恐怖が襲ってくるとかですね、それを悪いとすると、退けなければならない。退けようとすると症状が固定して治らなくなります。言葉を使いますからねえ。

 不安というのは言葉のないものなんですね。よろこびもそうです、ほんとうは。それを言葉で表しますと、嫌な、悪い、不健康な心のように思えて、不安をなくそうとする。

 世間の人がストレスといっているものも、ですねえ、あれいわなかったら、とても簡単な日常的な感情の一つですね。ストレスという言葉を使って角が立つんですね。

 ストレスのない社会っていうのを、夏目漱石がもうすでに使っているんですね。なんか邪魔な自分にとって不都合な気になる事柄、というものを、どなたも見いだして、それのない快適な、安心できる状態、心が癒される姿、そういうものを求めてしまわれる。はじめに嫌なものをきめた途端に、その反対のものを待ち望む人生が始まるんですね。神経症っていうのは、それのない状態を目指すことで、あらゆる努力が皆さんを苦しめる、きわめて奇妙な状態ですね。

 ですから、決めるっていうことをおやめになれば、実に何事もないんですね。決めることによって、好き嫌い、良し悪しですね、この好き嫌いは、感情的な一番もとのものですね。良し悪しは価値的な、知的な判断ですね。そういうものが、次々加わりますと、もうその嫌なものそして悪いものは、心の中から早く除き去りたい捨て去りたい、が人情です。そこから後もううまくいかないです。ですから好き嫌いをいう前のところで実際の生活に手を出していらっしゃることですね。これが今晩の全治で、例えば、この分からん話をご熱心にお聞きくださるという、聞く作業はもう間違いなく、花を見る作業と同じように全治なんです。ですから講話の内容が問題ではないんですね。聞く、という作業で全治なんですね。

 臨済録に、「歴々タリ目前ノ聴法底人」と書いてあります。

 この、歴々は、もう極めて明白なこと、はっきりしている、ですねえ、以下のことははっきりしている。何がはっきりしているかと言いますと、臨済禅師の講話を聴いている、目の前の法を聴く、そのような人、皆さん方とこういう。

 ですから内容、あるいは分かり方とかですねえ、その感想とか、そんなんなんにもない、心の内容に関係なしですねえ、目の前で私の話を聴いていらっしゃる皆さん方、そこにはっきりと真実は現われていますと、これは臨済禅師がそういっているんです。そこのところが、ついうっかり見逃されますけれども、もうそれで十分ですっていうことですねえ。別に真実という何かがあるのではありません。生活を皆さん方が、あらゆる場所でなさる、その場その場の皆さんのお姿が、全治している人そのものですねえ。そこに皆さんご自身や心を、こうだああだと言葉に置き換えて、意味付けして比較などなさることを持ち出したら、もうそこからうまくいかない。

 一番馬鹿げた言葉の使い方として、ですね、「まだ不安が残っています」という言い方、これは退院しようと思われる方が、もう口をそろえて言われるんですね。これは本当はよく分かっておられないからです。まだ、まだっていうような言い方など、絶対使うことのありえない言葉なんですね。まだ残っていますと、不安。

 ですから、ちょっと言葉を足して脱線を覚悟して申し上げればですねえ、その時の心を心としていらっしゃれば、満点ですね。

 宮沢賢治が、「農民芸術概論綱要」という詩の中で、

 「なべての悩みをたきぎと燃やし なべての心を心とせよ 風とゆききし 雲からエネルギーをとれ」

 というふうに詩をつくっておりますとおり、ですねえ。36かで亡くなった人が、どうしてそんなこと分かったんでしょうねえ「なべての心を心とせよ」。

 今の心を皆さんの心として、それ以外の別の心で置き換えようとなさらなければ、それで十分とおるんですね。

 悩み、なべての悩みを薪と燃やしっていうのは、まさにいいですねえ。今の症状、皆さん方、不安だ、恐怖だとおっしゃっているそれを捨てるとか消すとかでなしに、そのままこう燃やしていくんですね。

 煩悩としてこうまさに悩みとして燃やしながら進んでいく。そういうことです。

 はい。どうも、今日の講話はこのへんで終わりといたします。

    2012.5.11



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