微笑みの発見
ギリシャ彫刻のB.C530年の青年の像(クロイソスのクーロス)は溌剌とほほえみながら半歩踏み出している。Archaic smile「古拙の微笑」ということばがギリシャが由来のものとして2千数百年の歴史をもつのである。
それはひとりギリシャのみの限れた現象ではない。わが法隆寺の古仏たちの中でも、もとの法隆寺(若草伽藍)の本尊であった可能性の高い薬師如来坐像(光背銘で607年)も上品なほほえみを浮かべていることで知られ、かえってそのためにその年代がもっと降るのではないかと疑われている(福山敏男京大名誉教授説)ほどである。
名高い木像で背の高い法隆寺の百済観音については秋草道人(会津八一博士)が
ほほゑみて うつつごころに ありたたす くだらぼとけに しくものはなし (原文は濁点なし)
と「鹿鳴集」に詠んでいるのであまりにも有名である。この像は百済の名に関係のない中国南朝の様式に似て細身で優美である。
そういえば明治の頃に法隆寺から48体の飛鳥時代から白鳳時代の小金銅像群が皇室に献納され、これを御物48体仏と呼んでいる。戦争中に奈良に疎開していたので、東京へ返送する前に奈良国立博物館で開かれた特別展で拝観した。じつに多種多様の小像で作者も流派も多岐にわたっているが、概して微笑を表現したものは少なくわずかに1点であった。
古来微笑むことで有名なのは新薬師寺の香薬師如来像が優れた作品だが、1943年に盗難にあって行方不明。(ただし幸いにも石膏范からの復元像があり、穏やかで上品にほほ笑んでいる。
次に法隆寺宝物館の夢違観音像。この微笑ほど明るく強烈な表情は稀といってよく、類例を見ない。
その次には光明皇后の母、橘三千代の念持仏で、静かにほほえんで蓮台に座す。その後塀の数人の天女は薄い天衣をひるがして座り、法隆寺金堂の壁画の菩薩像を連想させるものがある。下の蓮池の浮彫が美事というほかない。
2024.11.26