三省会

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宇佐晋一先生 講話


対人恐怖は自分を離れて治る  

 インタビュー番組で、アナウンサーから問われもしないのに「緊張します」と先まわりして告白する人がいる。世間ではこれはきっと、その人が普通の人より周囲に気を使う人なのであろうと考えられている。しかし実際にはそうではなくて、描いた自分のイメージを、いちはやく先まわりして問題にしている現象なのである。

 対人恐怖症の的確な全治の方法は、恐怖心を少なくする方法が試みられるが、心を都合よく変えるわけにはいかないのはもちろんで、楽しいものを恐しがることができないという例えを持ち出すまでもないことであろう。

 対人恐怖の学校現場でおこったものは不登校を引き起こし、先生が工夫され、仲のよい友だちが誘ってくれて、環境をころっと変えてみても容易には治らず、長期休暇や休学になってしまい勝ちである。1958年に大津市の中学3年の女子生徒が通学できなくなって入院した。森田療法の第3期を終えた段階で、第4期として通学させることになり、ふと試みに私が学校に送って行こうと思いつき、その人の母親ぐらいの年齢の女性患者といっしょに大津市に送って行った。そうしたら驚いたことになんの抵抗もなく校舎に入れて、ちゃんと授業が受けられ、帰りに家(寺院)に寄って、そのまま退院となり、大変喜ばれたのである。

 それに味をしめた私は、今度は不登校で往診の依頼を受けた滋賀県甲賀市水口高校の3年男子生徒に先の例と同じように、いっしょに通学することを試みた。翌日早朝に病院を車で出て、本人の家に誘いに行き、そこからは歩いて、いっしょに校門をくぐったら、難なく登校できた。はじめはこういうことを数日続ける計画であったが、1日で登校ができるというので、簡単に治ってしまい、大学受験もできた。昨年本人が何10年ぶりかに拙宅を訪れ、横笛の独奏を聞かせに来てくれた。

 不登校の治療の2例から、自分のイメージを描かずに、常に緊張度の高い、社会的な必要な仕事にとりかこまれた現実場面こそが、苦しいまま対人恐怖の全治の姿にほかならないのである。

   2022.8.27



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