死にがい
本日はAさんの誠に貴重な体験発表を承りまして、これほど見事に鮮やかに良くなっていらっしゃるということに感心致しました。Aさんのご経験に関係なく、全治というものは常に現実の行動、生活の真っ只中に現われております。
「生きがい」という言葉ですが、その「かい」に世間の人は引っ掛かるのです。南無阿弥陀仏というのは、どなたも亡くなりますと阿弥陀さんに迎えていただく、南無阿弥陀仏と唱えるだけでいいということが、法然上人から親鸞聖人に伝わってまいりました。「死にがい」という言葉はどなたもお聞きになったことはないでしょうが、南無阿弥陀仏は死にがいでありまして、死んだら自分で何にも工夫や努力をしないで阿弥陀さんに迎えていただけるというわけです。こういうことからしますと、皆さんはもう「かい」という言葉をはずして、こうあるがままであることで立派に、悩みであろうと気になる様々な苦しみであろうと、次にその解決に手を出さずに、目の前にあるものにすべて感謝していかれる。森田先生の療法に感謝される。三省会も森田先生に対する報恩、恩に報いることと感謝の会ということで、1931年に始まりました。何か難しいからくりがないというところにこの森田療法の妙味があるわけで、症状にいちいち工夫を向けないのです。
一昨日もNHKで心の問題に関する番組がありまして、それはもう皆さんからしたらあきれるほど、自分を見つめる話などが熱心に論じられていて、それはもう気の毒なくらいでした。あの、何をするのもしんどい、辛くてできない、手が出ないという場合は、前の院長は「目の前にある紙、ボールペンなど、何から何まで全部一つ一つに十分に感謝していらっしゃい。それで全治はその場で成り立ちます」と申しておりました。これは心理学の人の他者意識というあり方です。つまり、神経症は自己意識の中に始まりますから、そこにさらに工夫しようとすると当然葛藤の形になります。ですから、前の院長は「三聖病院の生活はお釈迦さんの悟りといっしょですよ」と保証しておりました。静座とか座禅とかではなく、皆さん方にどんどん作業をしていただくというそれだけでありました。そういうふうに保証する人がいるというところがこの療法の大事なところです。
では会場からのご質問に答えて行きます。
最初の方は「私は間違い恐怖です。仕事をしていて、これは間違っているのではないかと考えだすと、それが外向きの事実から発生しているものか、それとも強迫症状なのか区別がつかなくて、結局すべてを確認してしまい、仕事が困難になります。どうしたらいいでしょうか」というご質問です。
これについては、途方に暮れた状態で仕方なしに仕事をするのです。何とも情けない治療方針だと思われるでしょうが、前の院長は「仕方なしにやりなさい、その仕方なしにやるのがお釈迦さんの悟りですよ」と申しておりました。一昨日のNHKの番組での「自分をしっかり見つめろ」というのはとんでもない愚かなことなのです。知性は精神の外部機構、つまり外向きの仕組みであることをはっきりさせておいていただいたら、悩みや心配、不安のすべては内向きの、つまり自分の心のやりくりですから、人間の知性の使い道としてははずれているのです。症状相手の治療法というのは、すべて知性を心、自分に使いますから、これはもう全部脱線です。言い換えますと、心の問題というのは、いつも知性を外向きに発揮する、使うということでよろしいのです。世のため人のため社会のために、少しでも役立つことをしようというのがあればよろしいのです。ですから、確認恐怖は、すべて外向きの仕組みである知性を自分に使っているのですから、これはもう放っておかれたらよろしいのです。
次の方は縁起恐怖の治し方を質問されました。
これについては、縁起恐怖して行くという、ご質問のとおりのことを日常実行なされば、もうそれでいいのです。ですから「何度もぶり返します」と、ご自分で困っておられるということは、何度もぶり返さないようになりたいということでしょうが、それをすると治らないのです。縁起恐怖になったまま、まずそこで降参しておいて、その場ですぐ、とりあえず目の前のものに感謝し生活して行くのです。それ以外のものは何もありません。その状況が〝あるがまま〟です。あるがままになろう、治すためにあるがままになろうということではなく、縁起恐怖のままやって行くというのが森田療法のあるがままなのです。先ほどお話に出ました、〝経験を超える〟というのは、自分に知性を使わない、あるいは向けない、自分を知的に論じないで実際のことを仕方なしにやって行くのです。そこにさっそく全治が訪れます。
私は現在、今までにないボリュームの大きな本を娘の手を借りて作っております。そこには図版が40もある大作で、もう一人の方と共著で作っておりますが、もう確認だらけです。確認したいという気持ちが次々起こりますが、とりあえずやり繰り、順番を工夫して少しずつ進み、今は仕上げの段階に至っております。何とか早く印刷会社に届けたいと考えておりますが、私のとらわれ、引っ掛かりというような、どうしよう、どうしようと言いながらやっております。
2024.7.14