三省会

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宇佐晋一先生 講話


心は試すこともダメ、「ガッテン」もダメ  

 NHKの「試して『ガッテン』」はよい科学的番組である。それは思わぬ所によい効果のあることをわからせる実証性が皆を驚かせるからである。こうして身体についての新知見を得ることはよい勉強であり、すぐにも役立つので、その恩恵は大きい。

 ところでこの番組で心が取り上げられなかったことは幸いであった。心は経験的に「こういうものだ」といっただけで、生きいきした真実を取り逃してしまう。厳密にいえば、「そうかなあ」と感心しているだけで早速 脱線を招いてしまう。だから他人に教わって心のやりくりを、「やって見る」ことがもういけない。「ガッテン」などはもってのほかなのである。ところが一般には、この辺をしっかり教える人がいないため、きわめてあいまいで、混乱を招いている。

 しかし心理学がわるいのではない。心を対象にした学問そのものは存在価値があり、ますます発展させればよい。それではなにがいけないのか、どこが間違っているのかといえば、学問を自分に当てはめようとする、そのことが真実に生きることを不可能にしてしまうのだ。自分の心を取りあげて、考えの対象にする時に真実を離れて、自分が考えに置きかえられてしまったことに気がつかない。しかしこれは誰しものことで、間違っているとは到底思えないで過しているのが実状である。

 真実を見あやまって、「考えた自分」で生活していると、納得のいくほうへばかり行ってしまう。つまり自分にとっての不安や不幸、また危険の及びそうなことや損をしそうなことなどを回避することに熱心で、動きがとれなくなり、社会的に孤立してしまう。森田神経質のとらわれの症状は、じつはごく当たりまえだと思っていた自分という、わかる形の考えでとらえた「自己意識内容の概念化」の、さらに「ガッテン」を目ざした姿なのであった。

 なによりも優先して、他人を助ける側にまわって、サービスに着手すれば、実証と納得より前に全治は今日現れる。この自己意識内容の概念化されない状態を、前院長の遷化に際し、当時の東福寺管長 林恵鏡老師は「無角ノ鉄牛、火裡ニ眠ル(角のない鉄の牛が火の中で真赤に焼けて眠っている)」と香語で讃えられたのである。

   2021.5.28



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