三省会

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宇佐晋一先生 講話


ハラハラ、ドキドキ  

 テレビのインタビューで、しばしば「緊張しました」という告白を聞く。また「ドキドキしてとまらない」という身体的な、自律神経系の反応をいう人もいる。いずれにしても、そういう状態が自分にとって不都合なものとして語られ、「馴れたらきっと起こらなくなるだろう」という予測までしているのが普通である。そこに「習うより馴れろ」といった教訓が、いわゆる練習効果の「思ったようにはうまくいかない」結果をまるで見通したかのようにささやかれて、どうやら "万事馴れるにしかず" ということのようである。ところが用心深い森田神経質の人たちの苦悩の実態は、馴れるための細心の注意と、人一倍の努力を惜しんでいないにもかかわらず、馴れることはおろか、その症状の予防さえもできず、かえってますます症状に敏感になり、わずかな刺激によっても呼び起こしてしまうという窮地にまで追い込まれる。

 さてここからが治し方の話になるのだが、1936年にカナダのモントリオール大学のハンス・セリエ教授(1907~1982)によって唱えられ、医学全般に一大センセーションを巻き起こしたのが、あの有名なストレス学説である。その後多くの賛同者に迎えられ、1950年代からは一層補強された。ストレスといえば今日では生活を脅かす意味での嫌われものである。しかし元の意味は汎適応症候群の総称で、外の環境の危険を伴う変化のみならず、心身という内の環境の破綻をも含む困難な状況において、生体の要求に応じて見事に回復に向わせる総合的な反応が、脳下垂体~副腎皮質系のホルモンを中心に生ずる修復過程として明らかにされたのであった。したがって、一般にストレスといっているものはストレス作用因子と呼びかえねばならず、生命全体として働くストレス反応の仕組みは生命保全のために有効な驚くべきよくできた作用だったのである。

 ここに至って賢明な皆さん方は、心はストレス任せの、ほったらかしにして、ただひたすら森田正馬先生がおっしゃった「君はもっとハラハラしたまえ」のすばらしい指示に従って、世間に役立つ仕事に欲ばって行かれるに違いない。

   2022.4.23



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