三省会

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宇佐晋一先生 講話


「おめでとう」の由来  

 お正月のめでたさは格別である。それ以上だれも問わないところもおもしろい。それがだれもかれも日本中に行きわたり、めでたさ一色なのも見事である。ある年の正月、朝日新聞に「おめでとうの由来」について国語学者の浜田敦(あつし)京大文学部教授が書かれたことがある。それでいっぺんに目が醒める思いで語源への興味がわくのを禁じえなかった。浜田教授によれば「おめでとう」の元の形は「めでたい」すなわち「愛したい」なのであった。したがって原形は愛しとうござるという直接の感情で、少し変形すれば「結構ですね」とか「よろしいね」にひとしいのである。これはまことによくわかる話である。

 先生の父君、浜田耕作先生は1938年京大総長現職中に病没された。初代の考古学教授で九州における装飾古墳の実態を昭らかにされ、筆者の研究する弥生時代末から古墳時代にかけての日本独自の文様に直弧文の名をつけ、その存在を学問的レベルで明確にされた。熊本・井寺古墳の装飾文様を3枚のステンドグラスに作り、一つは見学に来られたスェーデン皇太子に献上、一つは考古学教室に、もう一枚は自宅の窓に飾れた。それが転居後、浜田敦先生の2階の窓にあった。夜室内に明かりをつけると見えるので、暗くなってから呼んでいただいて拝見したことがある。先生はネガティブな所に注目されるというカンのよさで、古く中国から入ったことばに共通して今に伝わることばに注目された。例えば椅子(イツ)がイスになった。餃子(ギャオツ)がギョウザに変わった。また竹箆(チッペイ)がシッペに変わった。これは古く日本人がことばの最後に来るツ音、チ音の発音が苦手だったのではないかと考えられた。

 「おめでとう」も、ていねい語として「お」がついて形が整ったので、形式化して、もう元に戻ることがなくなった。そしてわけのわからない正月の挨拶ことばになってしまったのである。

   2025.1.10



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