三省会

目次

宇佐晋一先生 講話


太秦広隆寺講堂の国宝本尊阿弥陀如来坐像

 太秦の広隆寺といえば京都だけでなく全国的に有名である。それはちょっと古い言い方だが新国宝、第1号の宝冠弥勒菩薩半跏思惟像が有名だからである。この像は前にも書いたが、ソウル国立中央博物館の金銅弥勒半跏思惟像によく似ていて、まるで瓜2つの感があった。その後京大・古美術同好会の友人の一人、小原二郎氏(のちに千葉工業大学教授)の材木材質学の研究で、日本の飛鳥時代木彫仏が悉くその材質がクスノキ製であるのに、この像ばかりはアカマツ製であることがわかり、韓国から持たらされたという説が急に有力となって今日に及んでいる。これにはいくら日本びいきの人でも様式論だけでは太刀打ちできなくなっている。

 宝物館から目を同寺の講堂に移そう。重文で永万1年(1168)の建立。久安6年(1150)の火災以後に再建された。通称赤堂と呼ばれ、京都市では一番古い建物であった。ここは入場券も何もいらない大きなお堂でその中は、本尊を除けばガランとして広やかである。そこに両手を胸の前に高く上げて下品下生(げぼんげしょう)のポーズ(諸説あり)がなんとも大らかである。承和7年(840)頃、平安前期の造立、木造、漆箔、像高263.6cm、国宝。そして両手の美事さが逆に明朗さを増すのである。それにしても一般に阿弥陀如来像といえば、どれを見ても決まって上品上生像ばかりである。つまり両手を下腹部の前に悠然と組んでいるのが当然とさえ思われる。普通はそれ以外のものを知らない。両手を胸の前に挙げた下品下生像を知らなかった。私たちにまったく異なる未知の美を知らしめるものであった。最下層の人に手をさしのべ、救い残す人のないようにという下品下生像なのであるからさらにありがたいといわざるを得ない。尊容は豊満で、はちきれんばかりのまろやかにあふれている。広隆寺参詣の皆さんに、本像を見逃されることのないように、一言申し添えた次第。
   2025.1.25
参考文献 - 古寺行こう『広隆寺』小学館 2022

picture1

picture2      

picture3    



目次