三省会

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宇佐晋一先生 講話


北脇昇の「クォ・ヴァディス(どこへ行く)」をどう見るか

 NHKの2023年7月2日の日曜美術館に、北脇昇の「クォ・ヴァディス」(写真1)が取り上げられた。(題名は「クォ・ヴァディスの秘密」)学校の美術の教材の本にも、シュルレアリズムの作例として掲載されている有名な絵である。

 1948年の春に恩賜京都博物館(現国立京都博物館)で美術史講座が開かれ、それの後「博物館の行事に関心のある人は残ってほしい」と当時の土居次義館長(のちに京都市文化課長、さらに京都工芸繊維大学教授)が言われ、多くの出席者がそのまま座っていた。すると「皆さん方で博物館友の会を作ってはどうか」という提案があった。「世話役をやろうという方はいませんか」という問いかけに手を挙げる人はいなかったので、土居館長が私の左隣の人のほうを向いて「北脇さん。あなた、どうですか」と半ば指名のように誘いかけられたが、左隣の人は「いやー」と笑って、断られる様子だった。それで私はびっくりして、この人がシュルレアリストの北脇昇さんなのかと、改めて驚くほど地味な人で、着古した戦時中の国民服に、同じ色の雑嚢を肩にかけたいでたちは、シュルレアリストというイメージからほど遠いものであった。

 幸いにも私は戦後まだ美術展の少ない1948年(昭和23)5月に第2回美術団体連合展で「雪舟パラノイア図説」(写真2)を見て、その卓越性に感心した。

 この作品は雪舟の下記の複数の作品の部分の寄せ集めを組み合わせたものである。右側の崖は上から順番に《四季山水図(夏)》(1486年,東博蔵)、《山水図》、《四季山水図(春)》(1486年,東博蔵)、中央は《金山寺図》(1472年)の部分で、左側は《破墨山水図》(1495年,東博蔵)である。それぞれが人間を思わせる顔つきを見せて、両側から中央に立つ人間めいた岩を見つめている。

 精神医学では、ある視覚対象の形状を見て、それを人の顔と見てしまうのを「パレイドリア」と呼ぶが、この絵にその顕著な1例を見るのである。

 今回の「クォ・ヴァディス」は見る人を誘い、引きずりこむ現実性をもっている。NHKも終始それにひっかかって、意図を論ずることに終始した。しかし絵はあくまでも見るべきものである。いわゆる判じ絵の謎解きではないのである。中央の人は私の見た北脇さんそのものである。この絵の見方は北脇さんを偲ぶこと以外にないのである。左側の遠い所に赤旗2本を持つ群衆がおり、右に嵐の風景があるが、彼は立派な洋書を左わきにかかえて歩いていく。道はないが、右下に道標があり、左下にカタツムリの殻が描かれ、それらの影がそれぞれ別の方向を向いている。洋書を抱えて北脇さんが進むのを見て、偲び懐かしむほかはないのである。それが私にとってのシュルレアリストのこの作品の見方である。
   2023.7.9
[参考文献] - 東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、愛知県美術館『北脇昇展』1997


(写真1)クォ・ヴァディス(1949)
油彩・キャンパス91.0X117.0cm
pic1      

(写真2)雪舟パラノイア図説(1947)
油彩・キャンパス60.6X72.0cm
pic2


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