三省会

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宇佐晋一先生 講話


古美術の一人見学(1) ―河内観心寺

 指導教官の手を離れて、いよいよ自分一人で古美術を見学するということになった。それには予習が必要であり、場所や交通の下調べからしてなかなか大変で、今までのようにはいかなった。

 有名な河内観心寺(大阪府河内長野市)は奈良県と和歌山県の県境に近く、楠正成の菩提寺で、楠公建てかけの塔や首塚がある。しかしなんといっても本尊の如意輪観音菩薩の(写真による)魅力が私をひきつけてやまなかった。

 幸い南海高野線の河内長野駅に近いという便利さがある。毎年4月17日、18日の2日間に限り秘仏本尊如意輪観音のご開帳があるが、その日がこちらの休日に合わないと容易には出向けないのだった。

 観心寺は古い白鳳時代の大宝元年(701年)役小角(えんのおづぬ)が開創し、雲心寺と称したという。そのご大同3年(808年)空海が訪れ、北斗七星を勧請したという。しかし実際の創建は弘法大師の一番弟子の実恵による天長2年(825)[もしくは天長4年(827)]が定説となっている。したがって本尊の年代にもそれがかかわっている。

 本尊は大きな本堂(鎌倉時代)の内陣の奥深く図子のなかにあり薄暗いので、誰かがライトを向けたら早速お坊さんに厳しく叱られた。

 像は様式上平安前期、9世紀の作。像高108.8cm。手が6本あり、長らく秘仏であっため保存がよい。表面の彩色や文様もよく残っている。右脚を立て膝とし、右第1手は頬に当てて思惟相、第2手は胸前で如意宝珠をもち、第3手は下におろして数珠をもつ。左の第1手はまっすぐ下方に伸ばし、第2手は掌を正面に向けて胸の高さで蓮の茎をもち、第3手は伸ばした指先で法輪を支える。まことに調和のとれた両腕の配置がみごとである。カヤの一木造で頭と体の主要部を1材から彫成した上で、左膝外側部や各腕に別材を矧いでいるらしい。国宝指定名称は木造となっているが、実際は各所に乾漆技法が併用されて、麦漆に木粉などをまぜて厚く盛り上げ、肌の柔らかい感触を表現している。これによって独自の官能性が生まれ、なおかつ密教特有の神秘性を漂わせているのである。「如意輪に駄作なし」の名言など全く不要なまでに不思議な妖艶の美がここに見出されたのである。
   2024.3.23

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