三省会

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宇佐晋一先生 講話


自分を見つめなおすのはよいことか  

 テレビに悩みごと相談の番組のあることはよいことで、メンバーのお坊さんが宗教学者という肩書きで解説されるので参考になる。しかし悩みの解決は悩む人の自己意識内に主題がある間はうまくいかないものである。数人のメンバーが思い思いに意見をのべて、客観的にはわかる形に結論をもっていくが、それがうまくいったかどうかまでは番組のなかではあつかわれないからわからない。しかし大体の傾向として心の統一が目標とされており、助言としては考え方を変える方向にもっていくように見える。

 最近のその番組で、僧侶の宗教学者が、写経が心の統一によいとすすめられたところ、脳科学者で、心理学にも詳しい相談員の女性がそれに賛同して「自分も写経をしてみて自分を見つめなおすのによかった」といった。写経自体は他者意識のもとで行われる作業であるから心の問題の解決には適切であり、速効的でもある。ところがその点をいわないで、自分を見つめなおすのによい、とあたかも自己意識内によい変化が期待できるかのようにいうのはよろしくない。

 悩みが自己意識内を見つめなおすことで解決すると思うのは学者のおちいりやすい間違いである。脳科学や心理学で悩みの解明に行き届いた説明をしても、悩む人にしてみれば自己意識内を概念化しなおす手間がふえただけのことで、真の解決には程遠いのである。悩みの解決には科学が邪魔をするのだということを、声を大にして今いわないと、いつまでも脳科学や心理学にたよって理論的解説に満足し、そのかぎり迷いは去ることがないであろう。

 先年ある禅宗の大本山のお寺の管長さんと二人きりでいた機会に、「よく『しっかり自分を見つめろ』といわれるのは間違いではないでしょうか」とおたずねしたところ、笑って「あれは常套句じょうとうくですよ」といわれた。

 私は精神療法家として、自分を見つめることをやめて、すぐ外界への最高の気配りのもとに、他人に役立つ仕事を始めることをおすすめしたい。もしどうしても見つからなければ、写経を心の統一のためでなく、字の芸術を創造するためになさるならば 早速さっそくに悩みは解決されるであろう。
    
    2020.10.22



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