三省会

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宇佐晋一先生 講話


ストレスも不安も、もったままが全治  

 大型連休の人出を防ぐために第3回の緊急事態宣言が発出されて、ずいぶんいつもとは違った自粛生活が強いられている。それは新型コロナウイルス感染症(異種株も含めて)をぜひともここで食いとめたいという国家的な、強い要請にもとづくもので、医学関係の責任者は5月、6月の予測値まで示して、ハラハラしているのがよくわかる。

 それにもかかわらず主要駅周辺、繁華街、観光地などの人の流れは思ったようには減っていない。これは自己主張がいかに強いかを示している。それもやかましくいわれていることはわかっているのであろうが、家に閉じこもっていると不安や不満がたまり、それがストレスになって健康によくないという思いが外出へと向かわせてしまうのであろう。なにか「自分にとってよくない」という考えには人は弱いものである。

 そもそも神経症性障害の共通した発端は、自分にとってよくない状況や考えに気付いて、それを思いどおりに取り除こうと、繰り返し努力するところから始まるものである。その最初の心配のところでなくても、じつは森田療法ではいつでも、その不安や心配、またストレスなどを自分の考えで打ち消そうとせずに、もったまま外への取組みを始めさせるところに他の療法と大変違った対処のしかたがある。どうしても心の問題を先に解決したら、それですむように思われるので、なかなか気がつきにくいものである。ここに気のきいた助言者が必要とされる理由がある。それは理論的説明を親切そうにする人ではだめで、あっさりと心の問題には一切ふれず、目のまえにさし迫った大事な生活にとりあえず着手させてくれるような助言者である。それは目下のところなにが一番必要な、急ぐ仕事であるかを指し示し、命令までしてくれるほどの人なら最高である。

 三聖病院初代院長はただ「理屈ぬき」といった。それは納得を待たずに、とらわれて抜きがたい不安や、解消に手間どるストレス対策はほったらかしにして身辺のあらゆる人や物の、ありがたさに目をむけて、ほんの少し仕事をしたら、それが全治のはじまりなのである。それは急いだほうがよい。

   2021.5.1



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