土曜ドラマ「『シュリンク』精神科医 弱井」の感想
1950年に医師になってから74年になるが、ドラマのなかに精神科医が出てくるのを見ることはあっても、精神科医が主人公というのは初めてのことである。名前が弱井というのも気に入った。まだ始まったばかりだが、訪ねてきた友人の医師が語る主人公はアメリカ留学経験もあり帰国すれば立派な研究職の道もあったのだという。がこの人は市井の診療所を開いた。そういうところから優しい人柄がしのばれるようになっている。
同業者としてみて、このドラマは同情が90%、感心が10%であったのも、我ながら予測違いであった。見る前はもっと反発心がつよく出るに決まっていると思っていたからだ。
ドラマとはいえ、東京のいろんな場面で臨機応変によく自己犠牲的に働くので感心した。決して診察室のこみ入った話ばかりではなかったのである。
私は身近に精神療法家である父宇佐玄雄(1886〜1957)がいたが、家では精神療法について議論をすることはなかった。その代わり週2回の森田療法の講話は必ず聞くようにと指示された。しかし森田療法ならはじめからわかっていると思い、不審な思いであったが、内容は実に妙な話の連続で、しまいには必ず「作業をどんどんやりなさい」というのであった。その頃作業は外部の業者に注文をとってするようになり、また業者の人手不足に悩んでいた所への希望とも一致して、手に余る量の手仕事が入るようになり、その収入についての担当者も会計係として誕生して、しまいには急いでいる業者間の注文合戦となり、せかれる作業は作業時間をはみ出して、遅くまでやらないと納期には間に合わないまでになった。その収入でささやかな茶話会が半月に1回役員交替の時に行われた。
父はそういう状況を横目で見ながら「治ることもでき、神経症になることもできるのが本治りですよ。」と。つまり心の問題の解決などどうでもよくなることを見越して全治退院させたのであった。
2024.9.10