三省会

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宇佐晋一先生 講話


癒しに関係のない道を行く人は全治  

 令和3年10月1日から緊急事態宣言やまん延防止対策地区のすべてが解除されて、幸いにも新型コロナ感染症第5波は感染者数、重症者数もともに日々減少をみて、まことに結構であった。街々に人びとがくり出し、観光地にもにぎわいがもどってきつつある。メディアはこれを、皆がそれまで久しく手に入れることのできなかったいやしを求めて出かけた行動だ、というふうに解説した。欲求を抑えられた現状に不満をおぼえるという感情の事実は、自己という主体をその瞬間に明確に意識する。それと同時に他者を意識して意識上に対立を生ずる。もうそこから先はおわかりのように、次から次へと苦悶がくが、実は同時に自己意識と他者意識が葛藤かっとうの舞台になることはありえず、どちらか一方だけなのである。仮に混在するように見えることがあっても、交互に転換しているわけである。森田神経質の人たちは自己意識のなかに悩みを深め、解決の努力をくり返すほど、その熱心さに応じて、自己意識内を動きのとれないものにしてしまい、正にがんじがらめの閉塞感に打ちひしがれる。とうてい元にもどれないという思いが現実になる。

 さてここからが解決篇である。森田神経質の人たちでなくても、一般に悩みは多かれ少なかれ自己意識内に生じている。テレビの「悩みごと相談」は家庭内のことや会社の上司とのことなど、あたかも他者意識内のことを問題にしているように見えるが、実際にはそれを自己意識内にもちこんで「自分にとって」という形に置きかえて悩むのである。いわゆる他人ひとごと(他者意識の世界)では悩みが生じる対比現象が自分との間に生じない。そこで、それまでのいきさつに関係なく、いきなり「その場のものごとについて考えをめぐらし、その物品の由来を考えて、それを作った人びとの苦労に感謝せよ」と、前三聖病院長 宇佐玄雄は講話の時に、机上の日記帳や湯のみを指さしていったものである。感謝はとてもよい精神作業で、感謝することが全治なのである。考古学の友人、国立歴史民俗博物館長であった佐原 眞氏(故人)は、京都にいた頃に「1枚の古瓦にも6つの特色を見つけるのだ」と、あくなき観察をしまなかった。他者意識における精神作業は森田療法のきわめて重要な全治の要素なのである。  

   2021.10.4



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