三省会


目次


三省会とは


三聖病院とは


森田療法の特徴


三省会例会の内容


今後の三省会例会の予定


三省会関連図書


宇佐晋一先生 講話

他者意識で過した敬老の日


対人恐怖は自分を離れて治る


宇佐玄雄の「そのまま」


絶対に教わらない


「インスタントに完治」のみ


「自分をしっかり見つめて」は間違い


心、症状、自分については いわずに働く


「それで治す」は失敗に終る


ハラハラ、ドキドキ


照顧脚下は全治そのもの


全治からの出発


うそからの全治


他者意識に生きていく


わかる話にはご用心


根性についてはきめないこと


心の対策ではだめ


歌は聞くもの


心は豊かなのがよいか


自分らしく生きるのはダメ


心の工夫で治るのではない


理論離れのすすめ


初心は忘れてもよい。他人のために役立とう


厚労省の「まもろうよ、こころ」について


癒しに関係のない道を行く人は全治


マインドフルネスに関係なく治るのが本もの


学習理論を離れて働けばすぐに全治


本当に瞑想は必要か


自信はまったくいらない


メンタルトレーニングはせずに競技に専念を


知らなくて良い


心には教訓がない


自分の心にテーマをもつのは間違い


心は試すこともダメ、「ガッテン」もダメ


まったく意外な本治り


ストレスも不安も、もったままが全治


全治の極意


心によらない生活の始まり


理論学習で治った人はもっとよくなる


さあどうするか


心は掃除しない、磨かない


全治の答えはいつも「それでない」


森田療法全治の論理とは


緊急事態でも不安の解決はあるか


全治のめでたさは格別


初詣にはご用心


神経質の日常性


不安の解決に心は関係がない


心をどう扱えばよいか


自分を見つめなおすのはよいことか


アナウンサーのインタビューのしかたについて


本当は治らないでいることはできない


不安・緊張・悩みの瞬間的解決


心に関係のない生活の前進を


新鮮な日常的な生活


心には手出しをしないこと


もっとよく治る森田療法


心はほったらかし


宇佐先生からのメッセージ


緊急事態における心のケアについて


宇佐先生への八つの質問


宇佐先生への八つの質問


納得がいらない


ふりをする


インスタント


聞かれても答えない


おのずから


絶言絶慮


いきなり治る


分からなさ


非伝達性


人間にはなぜ宗教が必要なのか


絶学


治癒像


迅速根治


突然治る


精神作業


実際の生活に骨折って


大自然


いったいなにが主題なのであるか


おめでたい日


経験を超える


瞬間的に治る


まったくどういうものでもない


役に立つ薬


コスモス


願ワクハ婆子 永ク苦海ニ沈マンコトヲ


自己像が脱線のはじまり


天に偽りなきものを


歴史をこえる


生きることと死ぬこと


あらゆる悩みを瞬間的に解く


心に関係のない生活のはじまり


頭が全治を妨げていた


虚構の自己像


わかる前に治る


しゃべる人は治りません


鳥のさえずりを聞いている


























































































三省会とは

 三省会は平成26年末まで京都市東山区で診療を行っていた三聖病院に入院あるいは通院していた修養生(患者)を中心に結成されている会です。2ヶ月に1回(年6回)、院長をされていた宇佐晋一先生をお迎えして例会を開催して出席者の親睦と修養を図っています。かつては病院内で例会を開催していましたが、現在は京都市内の会議施設で行っています。

三聖病院とは

 神経症を治療する森田療法を実施していた病院で、宇佐晋一先生の先代の宇佐玄雄先生が昭和2年に創設され、昭和32年に晋一先生が引き継がれたものです。

森田療法の特徴

 一般的に森田療法は「あるがまま」という言葉で代表され、「症状をあるがままに受け入れる」療法だと思われていますが、実際の療法はそれとは違っていて、あくまでも作業が療法の中心です。そして神経症は病気ではなく、本人が病気と思い込んで、自分で治そうとして治らず、ますます病感が増大した状態に過ぎないととらえているのです。したがって三聖病院に入院した人は患者とは呼ばれず、修養生と呼ばれていました。

三省会例会の内容

 まず出席者の自己紹介を行い、そのあと予定されていた方による体験発表、出席者による質疑応答と続きます。休憩のあと再び質疑応答を行い、最後に宇佐先生が講話をしてくださいます。

今後の三省会例会の予定

 令和4年11月13日(日曜)の三省会例会は感染対策で参加人数の制限行った上での開催を予定します。9月例会を急きょ中止としましたので、今回は9月例会参加に応募された方に限定させていただき、あらたには募集いたしません。しかし開催日前に新規感染者数が十分に減少していない場合は中止とします。以上について、ご理解のほど、どうぞよろしくお願いいたします。



<会場アクセス>

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京都府民総合交流プラザ
  京都テルサ
京都府京都市南区東九条下殿田町70


三省会関連図書

あるがままの生活-講話集-

宇佐玄雄・宇佐晋一 著

出版社 秀和システム

2020年9月10日発行

 この本は、1981年に出版された「真実に生きる」(三省会編)と、2004年に出版された「禅的森田療法」(三省会編)の合本になります。 さらに初出原稿6本と、三聖病院における宇佐晋一院長先生の講話CD2枚が収録されています。
 宇佐玄雄先生と宇佐晋一先生が三聖病院で実践された森田療法の実際がよく理解できる内容となっています。
 ご希望の方は、書店にて申し込みをお願いいたします。


言葉で言い表わせないものを言い表わそうとするからいけない。事実と言葉とは一致するものではない。 -あるがままの生活 講話集 135頁





あるがままの世界-完全版-

宇佐晋一・木下勇作 著

出版社 秀和システム

2020年3月5日発行

 この本は、1987年に出版された「あるがままの世界」、1991年に出版された「とらわれからの解脱」、1995年に出版された「続あるがままの世界」を合本した完全版です。
 宇佐晋一先生が三聖病院で実践された森田療法の実際がよく理解できる内容となっています。
 ご希望の方は、書店にて申し込みをお願いいたします。


実際には本を読む暇も時間もなしに、もっと早く治られるものでありまして、この現実の徹底あるいは不安の徹底、このままの徹底ということなら何も本も薬もいらないわけですね。 -あるがままの世界 完全版 259頁



宇佐晋一先生 講話

他者意識で過した敬老の日  

 森田療法では自分や心について思い描くことのない生活が全治である。そのなかには精神生活も含まれる。いい換えれば、それは自己意識の中がまっ暗で、明るい他者意識のみで前進する生活である。なにも難しいことではなくて、意識現象はつねに一つの状態でしか成り立たないものであるので、自分の外のことに取り組んで自作自演の生活を進めれば、すぐその場で全治が現われ、けっして中途半端な治り方はありえないのである。したがって「治そう」という自己意識にとらわれていてもかまわない。今日1日のスケジュールを考えながら、「どういう順番で、何から始めるか」を工夫するという他者意識上の精神作業を始めれば、そこにもう願ってもえられなかった全治がインスタントに現われるのである。

 9月19日の敬老の日は台風14号が九州南部に接近し、あるいは鹿児島県に上陸するかもしれない、と前日に予告されたとおり鹿児島県の南西部に上陸し、有明海を北上し、福岡県南部に再上陸し、進路を予報どおり、北々東に転じ、島根県に達した。「気象庁説明ばかりうまくなり」と皮肉られたひと昔まえとは違い、格段と予報の的中率が進歩した。最近では高解像度雨量予測計(ナウキャスト)が加わり、線状降水帯の予報のみごとさが目を引く。台風本体が九州にある段階で、四国、近畿、東海、甲信などの雨雲が手にとるように明確に画像化されるから見逃がせない。

 イギリスではエリザベス女王の国葬が厳粛かつ盛大に、ウェストミンスター寺院のセント・ジョージ礼拝堂で行われた。長い行列の沿道は静まり返り、国の母であったと女王の人がらを讃え、敬慕した。天皇、皇后両陛下のお姿も見受けられ、世界の約200の国と地域の王族や大統領約500人が招待されたというが、ロシア、シリア、ミャンマー、アフガニスタン、ベネズエラ、ベラルーシは例外であった。

 夕方、大相撲の終りの取組みで、横綱照ノ富士に巧みなわざで勝った高安は、アナウンサーに問われて「皆さんを喜ばす相撲をとります」と抱負を語った。他者意識による生活のよい締めくくりであった。

   2022.9.19


宇佐晋一先生 講話

対人恐怖は自分を離れて治る  

 インタビュー番組で、アナウンサーから問われもしないのに「緊張します」と先まわりして告白する人がいる。世間ではこれはきっと、その人が普通の人より周囲に気を使う人なのであろうと考えられている。しかし実際にはそうではなくて、描いた自分のイメージを、いちはやく先まわりして問題にしている現象なのである。

 対人恐怖症の的確な全治の方法は、恐怖心を少なくする方法が試みられるが、心を都合よく変えるわけにはいかないのはもちろんで、楽しいものを恐しがることができないという例えを持ち出すまでもないことであろう。

 対人恐怖の学校現場でおこったものは不登校を引き起こし、先生が工夫され、仲のよい友だちが誘ってくれて、環境をころっと変えてみても容易には治らず、長期休暇や休学になってしまい勝ちである。1958年に大津市の中学3年の女子生徒が通学できなくなって入院した。森田療法の第3期を終えた段階で、第4期として通学させることになり、ふと試みに私が学校に送って行こうと思いつき、その人の母親ぐらいの年齢の女性患者といっしょに大津市に送って行った。そうしたら驚いたことになんの抵抗もなく校舎に入れて、ちゃんと授業が受けられ、帰りに家(寺院)に寄って、そのまま退院となり、大変喜ばれたのである。

 それに味をしめた私は、今度は不登校で往診の依頼を受けた滋賀県甲賀市水口高校の3年男子生徒に先の例と同じように、いっしょに通学することを試みた。翌日早朝に病院を車で出て、本人の家に誘いに行き、そこからは歩いて、いっしょに校門をくぐったら、難なく登校できた。はじめはこういうことを数日続ける計画であったが、1日で登校ができるというので、簡単に治ってしまい、大学受験もできた。昨年本人が何10年ぶりかに拙宅を訪れ、横笛の独奏を聞かせに来てくれた。

 不登校の治療の2例から、自分のイメージを描かずに、常に緊張度の高い、社会的な必要な仕事にとりかこまれた現実場面こそが、苦しいまま対人恐怖の全治の姿にほかならないのである。

   2022.8.27


宇佐晋一先生 講話

宇佐玄雄の「そのまま」  

 三聖病院があった頃、前院長宇佐玄雄の講話は私も入院中の人とともに必ず聞いていた。内容はわかっていることばかりであったが、微妙ないいまわしに独特の工夫があって、今にして思えば森田療法の解説書ではけっして味わえない直伝じきでん的な妙味を感じさせるものがあった。

 恥ずかしい話であるが、医師になりたての頃、父のやり方でどうして森田神経質の症状が治るのか、不思議に思えて、昼間の京大精神科での治療に感化されていた私は、容易に父のやり方になじめなかった。治療の実績のすばらしさから、ようやく本当のところがわかり出したのは、1957年(昭32)2月14日に父が他界して29歳で院長となり、治療の責任者となり、講話の回数を週3回にふやして本格的にやり出してからのことであった。どうしても大学での治療は個別性が重要視される。それだけに個人的な悩みに寄り添って、その心理的要因を詳しく聞き出すことが当然のこととして重要とされていた。ところが父の森田療法では、初診時を除いては、症状や心理について聞けば聞くほど叱られた。

 自分が講話をするようになって気がついたのは、問題の所在は個々の症状発生の契機なのではなくて、実に単純な自分へのとらわれという点が苦悩の共通点であり、すべて自己意識内容を概念化したうえ、自分が楽になるように、知的に心手を加え、複雑に加工する過程で、ニッチもサッチも行かなくなっているのであった。はじめの頃私は講話で、1人1人のとらわれの特殊さを解説しようとして無駄な努力をしたが、それはまったく必要のないことで、むしろしないのがよいということが、大勢の人に話す講話で、やっとはっきりとわかったのであった。

 さればこそ宇佐玄雄の講話で、すげなくも「『そのまま』といったら本当にそのままですよ」と突っぱねるようにいい、そのままについて、「ああそのままか」などと考えをさしはさむ隙を与えなかったのである。今ただちに外界の他者意識上の工夫を始めれば、他人の喜ぶ顔を見るまでに全治しているのである。

   2022.8.9


宇佐晋一先生 講話

絶対に教わらない  

 2022年7月中旬のNHK・TVで、終戦時に日本のために尽力した米軍人のなかに、のちに日本に帰化し、文化勲章を受けたドナルド・キーンさんと並んで、オーティス・ケーリ同志社大学教授の名前が出た。北海道の生まれで、アメリカに帰り戦争中アーモスト大学を出て、軍人として日本に来た。戦後間もない頃に、昭和天皇の弟の高松宮を訪ね、天皇が各地をはげましてまわられることの必要さを説き、その時は民間人と同じスーツ姿で巡幸されるようにとすすめたという。それが功を奏して、敗戦の翌年正月に天皇の人間宣言、続いて地方巡幸が始まったのである。この方の写真のなかにアリス・ケーリ夫人の姿があったので、まことに懐しかった。夫人は精神科医で、京大精神科に患者さんを連れて来られたので知り合い、私も論文の英訳の際にたびたびご自宅である同志社大学のアーモスト館にお邪魔して教えを受けた。1960年ごろアリス先生がアメリカの医大の学長で、精神科医の方を三聖病院に連れて来られた。森田療法の話をして、かなり話がはずんだ頃、その先生が「結論的に究極の治療方針としてはなにを目ざすべきであるか」と問われた。それで私が「心にお手本がありません」と答えると、アリス先生が「院長は standardlessness といっている」と通訳されるや否や、その学長先生は大いに驚かれ「標準がないって、ですか?」と一きわ声をあららげて問い返された。この会談の奇妙な幕切であった。

 入院中は心についての一切の指示がない。しかも、それが良いのでも悪いのでもなく、「ただそれだけのこと」に終るのであって、だれからも目指すべき窮極の心のあり方については助言がない。とりあえず目のまえに仕事がいっぱいあって、手を休めることができないのである。そこに選択の余地があるとすれば、今手がけている作業の質的、量的な向上の工夫である。他人が喜ぶことが目的であるといってもよい。お互いの生活のなかにおいてはそれはおのずからな感謝の形をとって湧き出るであろう。

   2022.7.17


宇佐晋一先生 講話

「インスタントに完治」のみ  

 前三聖病院院長没後65年。思い起こせば宇佐玄雄について、語り尽くしていない重要なことが沢山ある。昭和32年(1957)2月14日に亡くなったので、もう65年になるが、森田正馬先生直系の弟子として、その一生は森田療法の実践と、より一層の顕彰に打ち込んだのであった。どうしても禅僧という経歴から、人はすぐ特殊な禅的森田療法という、何か別派の趣きを予測しがちである。昭和27年(1952)アメリカから鈴木大拙師という禅の大家の案内で来られた精神分析の新しい道を切り開いたカレン・ホーナイ博士(女性)からの問いも「禅と森田療法とはどういう関係があるか」というものであったが、即座にそれを否定した。同席した学者達はかえってその答えを意外に感じたらしいが、本人にしてみれば禅など考えてはいなかったのである。

 禅には関係性を問う論理の入り込む隙などありえないことからすれば、少しもおかしくないのだが、その集まりが精神医学や臨床心理学の議論の場になっていたために、異色ある回答として語り継がれている。しかし本人もそれを機に、あらためて自分のやっている森田療法の禅的な、論理を取り払った現実重視の長所に気付き、「禅による精神療法」という小論を書き、鈴木大拙師の校閲を得て英文で発表した。

 私が誤解を心配して、今まで書かなかった次のような話がある。それは京都の呉服商で、昭和8年(1933)に入院のKさんから聞いた話である。入院中に庭で皆と草引きをしていたら前院長が通りかかったので、横にいた人が「私の症状は治るでしょうか」と質問したら、前院長が「あなたの症状は何でしたかね」とその人に尋ねたそうである。その質問をした人はがっかりして「入院してもう1ヶ月にもなるのに症状を忘れるとは殺生な」と言ったという。

 ここで森田神経質の症状はもとより、性格由来のことがらのすべてが、取り上げて語るべきものでないことを思い出していただければ幸いである。自己意識に関わるすべてのことがらと経過には、言葉と論理を与えてはならないということは、他の精神療法や心理療法には見られない森田療法の一大特色である。この自己意識没却の徹底は、また学問の不成立の基盤であるため、かえって多くの学者の見過ごしてしまう盲点である。禅ではこれを「絶学無為(三祖鑑智)」という。これが前院長の場合、ごく普通の日常生活に出ているので、聞いた人が驚くのである。

 戦後に東京都庁の係長の人が入院された。熱心な方で、前院長が講話で「般若心経は神経症治療経ですよ」と言ったら、すぐに達筆の大きな字で般若心経を書いて、作業室の戸の上や窓の上一面に掲げられた。その方は不安神経症であったが、講話の時に「朝夕病院の周囲を走ったらどうでしょう」と質問されたところ、「ああ、いけません。いけません」とすげなく否定した。そのついでに「作業も治すためにするのではありませんよ。前に『作業と治療とに如何なる有機的関係ありや』と質問した人があったが、作業はその仕事のためにするのです。」と語った。

 戦争中に灯火管制下で暗くした作業室でも、夜の作業は続行した。ある時夕方まで三省会が作業室であったので、私が「夜の作業は止めておきましょうか」と言ったら「夜の作業は大事だから」と言い、全然取り合わなかった。

 前院長にとって森田療法の極意は「仕事をどんどんやりなさい」であって、外のこと、すなわち他者意識の領域に細心の注意をはらって進むことであった。それには他人への十分な善意の気配りが含まれている。父は森田先生から、京都にいらっしゃるというご連絡が入ると1週間も前から青くなって心配し、布団も新調して別人のようであったと母が聞かせてくれた。そこには自己意識の入る隙など微塵もなかったのである。

   2022.7.10


宇佐晋一先生 講話

「自分をしっかり見つめて」は間違い  

 最近宗教の番組で、ある高僧が「しっかり自分を見つめて修養せよ」と説教されるのを聞いた。それでよいのであろうか。私には心配が絶えない。

 人を導く「心の問題についての専門家」である宗教家が、今日ほど一挙に多くの人を救い、安心を与えている時代はないであろう。それは、限られた時間とはいえ、テレビやインターネットというコミュニケーションメディアに取りまかれているからである。それだけにしっかり修行されることが世間の人から期待され、修行の成果として心の問題のすべてが、おのずから解決するのだろうという意味で尊敬が増すことは容易に想像できる。『禅のすすめ』『心理禅』の好著のある京都大学の心理学の佐藤幸治教授は、京都で生活する身なればこそ仏教界を憂えて「坊さんの不勉強」とつぶやかれたものである。

 宗教に深い関心をもっておられた同教授は、京大医学部精神医学教室に6年間も在籍された。また父 宇佐玄雄が早稲田大学(インド哲学)出身で、そのご大徳寺僧堂に入って修行してのち、伊賀市山渓寺の住職となり、さらに志を新たにして1915年に東京慈恵会医学専門学校に入って医学をおさめ、その途中で創始まもない森田療法を学ぶ機会を得た。卆業ごさらに東大精神科呉秀三教授のもとで研修してのち、大本山東福寺の絶大な後援のもとに1922年三聖医院を開き、さらに1927年には病院にした。佐藤教授はこの経歴に注目し、禅の精神療法的な作用をもつ一面を見ぬき、それを父の森田療法の治療例から選んで、世界各地の講演旅行で発表した。例えば法隆寺の南に近い尼寺の庵主Kさんはもともと蛇が嫌いであったが、1937年大阪へいって買物をした時にそのなかに蛇が入ったように感じたのがもとで、寺へ帰ってからも「そんなことはありえない」と考え直して、「忘れよう、忘れよう」と努力するうち、ますます蛇が自分の僧衣のなかにまで入って来るように感じ、身動きがとれなくなって私の小学4年生の時に入院となった。これは幻視ではなく、強迫幻視であり、父は森田療法を行いつつ、蛇の嫌な感じを味わうようにさせて早く完治に至らしめ、学会誌に発表した。私は1957年に佐藤教授とともに追跡調査に赴いたが、残念ながら遷化された後であった。懐しい思い出は入院中に私のために兎を取り寄せて、自ら世話のしかたを教えてくださったことである。このように真に見つめるべきは自分ではなく、外界のものごとで、そこに全治があるのである。

   2022.6.23


宇佐晋一先生 講話

心、症状、自分については いわずに働く  

 心の問題を取り扱うことが抜けている議論は、教養がないように思われた時代が長く続いた。しかし今もそうである。『心を整える』という本が数万部も売れ、京都府と京都市がそれにあやかって、秋の文化行事の共通のテーマにそれを選んだことも記憶にある。この売れ行きに気をよくした出版元のG社の編集部の女性から「心の問題について、今度は弊社から本を書かないか」と勧誘の手紙が来た。そこで「心は整えてはいけない」という本でよければ書く。と返事したら、それきりになった。

 いうまでもなく森田神経質の人が思いどおりに心を整えようとしたところに、神経症性疾障害という病的なとらわれの症状の発端がある。整えようとして手出しをしなければ、これはただちに止むのである。それで私たちは「インスタントに全治する」といい、前院長 宇佐玄雄はそのことを「迅速根治」といったのである。

 森田療法家でも、森田先生のいわれた「お言葉」を治療に使ったり、森田理論の学習を治療の中心に据える人は、かえってすぐに治ることを経験上、疑っているのではないかと思われるふしがある。それは無理もないことで、病院での作業が中心でなくなった現今では、どうしても "森田先生のお言葉主義" に陥りやすい。なかなかそれを否定することは難しいので、気がついた先輩が上手に導かないと、容易には改まらない。

 そこで思い出されるのは日本森田療法学会の壇上で、鈴木知準先生が「森田先生の "恐怖突入は間違いだ" 」と発言され、皆を驚かせられたことである。これはたしかに「あるがまま」の意識からすれば、自己意識を概念化された脱線に属することがらである。これが宇佐玄雄の場合では、まったく取り合わないか、取り合っても「こわごわ行きなさい」になる。とにかく重要なのは、ただひたすらな仕事、精神作業、他者への善意の支援などの取りくみのみであって、自ら全治したかどうかさえも問うことがない。心や症状、自分のことなどについては、もういう必要はまったくないのである。

   2022.6.8


宇佐晋一先生 講話

「それで治す」は失敗に終る  

 森田療法を行うなかで、広く森田理論の学習が治療の中心のようになって来たのは、私としては心配である。一方には精神医学的な病因論の進歩により、森田神経質とその症状の成立の新たな理解が一般にも普及し、わかりやすくなったことが療法の理論的説明化の背景にある。もう一つは専門の森田療法治療施設に入院しなくても、経験ある先輩方の指導による修養的生活で治そうという集まりが各地に生まれ、経験談をのせた月刊誌がそれを支えるというシステムも確立を見たことが挙げられるであろう。

 それでは理論学習のどこがわるいというのであるか。たしかに理論学習は他者意識上の精神作業であるから、それはもう全治の姿であるといってよい。それなのになぜ心配するのかと疑問に思われるに違いない。それはこの理論学習が治療法として喧伝されている点にある。治療法であるはずの理論学習が治療に用いられて、どうして悪いのだろうかと、ますます不審に思われるのももっともである。しかしよく考えていただきたい。治療する行為は自己意識内のことである。精神療法においてはもちろんのことであるが、一般に知性は精神の外部機構であって、他者意識においてのみ用いて有効なのであった。つまり「それで治す」というところに来て脱線し、失敗に終るのである。心の問題が大事だというので、対策に危機感を共有するのはよいが、知性は心すなわち自己意識内容に対しては守備範囲外であることを忘れてはならない。

 森田正馬先生はご自分の学説を理論化して学習せよとはいわれなかった。それどころか第2期以降、起床時と就寝時の1日2回、日本で一番古い本である『古事記』の冒頭の部分を印刷して、それぞれ5分間ずつ声を出して読む、という作業を日課として作業のうちに加えられた。それは1933(昭和8)年ごろのことである。「今度こういう冊子を作ったから三聖病院でも使ってくれ。1冊10銭」というお手紙が残っていた。これはもう読めばただちに全治するもので、理論学習の比ではないのである。

   2022.5.11


宇佐晋一先生 講話

ハラハラ、ドキドキ  

 テレビのインタビューで、しばしば「緊張しました」という告白を聞く。また「ドキドキしてとまらない」という身体的な、自律神経系の反応をいう人もいる。いずれにしても、そういう状態が自分にとって不都合なものとして語られ、「馴れたらきっと起こらなくなるだろう」という予測までしているのが普通である。そこに「習うより馴れろ」といった教訓が、いわゆる練習効果の「思ったようにはうまくいかない」結果をまるで見通したかのようにささやかれて、どうやら "万事馴れるにしかず" ということのようである。ところが用心深い森田神経質の人たちの苦悩の実態は、馴れるための細心の注意と、人一倍の努力を惜しんでいないにもかかわらず、馴れることはおろか、その症状の予防さえもできず、かえってますます症状に敏感になり、わずかな刺激によっても呼び起こしてしまうという窮地にまで追い込まれる。

 さてここからが治し方の話になるのだが、1936年にカナダのモントリオール大学のハンス・セリエ教授(1907~1982)によって唱えられ、医学全般に一大センセーションを巻き起こしたのが、あの有名なストレス学説である。その後多くの賛同者に迎えられ、1950年代からは一層補強された。ストレスといえば今日では生活を脅かす意味での嫌われものである。しかし元の意味は汎適応症候群の総称で、外の環境の危険を伴う変化のみならず、心身という内の環境の破綻をも含む困難な状況において、生体の要求に応じて見事に回復に向わせる総合的な反応が、脳下垂体~副腎皮質系のホルモンを中心に生ずる修復過程として明らかにされたのであった。したがって、一般にストレスといっているものはストレス作用因子と呼びかえねばならず、生命全体として働くストレス反応の仕組みは生命保全のために有効な驚くべきよくできた作用だったのである。

 ここに至って賢明な皆さん方は、心はストレス任せの、ほったらかしにして、ただひたすら森田正馬先生がおっしゃった「君はもっとハラハラしたまえ」のすばらしい指示に従って、世間に役立つ仕事に欲ばって行かれるに違いない。

   2022.4.23


宇佐晋一先生 講話

照顧脚下は全治そのもの

 昭和33年(1958)ごろ『われら100人こうして治った』という本を出そう、という提案をされた方があって、三省会でも、それはよい企画だと賛同し、早速募集にとりかかった。第一番に原稿を寄せられたのはK大学法学部のK教授(国際法)であった。入院中に庭に出ていなければならない第2期であったにもかかわらず自分の部屋にいて思いにふけっていると、初代院長宇佐玄雄げんゆうがひょいと部屋をのぞいて「Kさん、足ででもいいから布団のいがんでいるのをなおしなさい」といったそうである。なに気ないことばであるが、いわれたとおりに布団をなおすと、なんとそれから外へ注意が向き出して、どんどん快方に向かったという。

 このことから、治るのは考えによるのではなく、必要な仕事をみつけて手を出すことで実現することがわかる。多分そうはいっても第2期では序の口で、次の第3期、第4期まで修練して、やっと全治するのであろう、と段階的な治り方を考えるのが普通であろう。ところが森田療法では、第2期の話より前に第1期で臥褥中でも、すでに治すことは終わっている。少々種明かしをすれば、第1期絶対臥褥期に入るや、もう自分の症状について一切語ることがなく、ただ定められた方式に従って、1日中横になっているという "行為に徹する" のみという点をみるべきなのだ。これは「そうすれば治る」という話ではなくて、ただちにとりあえず実行することが治っていることにほかならないのである。かつて宇佐玄雄には大正15年(1926)に、またその翌年以降は森田正馬先生に治療を受けた作家の倉田百三ももぞう氏は治った慶びを『神経質者の天国 -治らずに治った私の体験- 』という1冊の本にした。宇佐玄雄はこの題名について「治らずに治った」といわずに「治った」でよいのだ、と批判していたが、わかりやすくするならば「治さずに治った」というところでもあろうか。(この本はのちに同氏の著書『絶対的生活』に収録されている)

 上記のK教授の体験は、よく禅宗寺院の玄関に掲示される「照顧脚下」のことばを思い起こさせる。それは自分の脚の下のほうを見るという自己意識ではなく、足もとの周囲に気を配れという他者意識上のことだ。これは後醍醐天皇が師と仰いだ三光国師(孤峰覚明)のことばだと伝えられる。

   2022.4.10


宇佐晋一先生 講話

全治からの出発

 父 宇佐玄雄が開設した三聖病院の顧問は京大名誉教授 今村新吉、東京慈恵会医科大学名誉教授 森田正馬の両先生であった。お2人はもと東大精神科教室におられて、森田先生が後輩にあたる。京大で今村先生のもとで助教授を勤めた三浦百重先生によれば、今村先生は「森田君は勘のよい人だ」と褒めておられたそうである。

 今村先生のお部屋には能面の小面こおもて(若い女性の顔)が掛けてあって、若い新入局者には、まずきまって「表情」という研究テーマを与えられるのが常であった。普通 "能面のような" という形容はかたい、無表情な状態を指していうが、精神医学の場合は、たとえば能舞台でシテ(主演者)が少し上を向いて "照らす" ことにより明るい表情を見せたり、逆に少しうつ向いて "曇らす" という暗い表情をあらわしたりすることなどをも見のがさずに、深く読みとらねばならないことを教わるのである。しかもそれは "瞬間診断" のことばのように、一瞬のうちにこまやかに読みとることが求められている。

 医学生には臨床実習というのがある。今村先生は実習生に診察を命じられて、聴診器を持ったら「馬鹿もん」と叱られたそうである。それほどまず表情や態度を見落としてはならないということである。これは絵画のみならず、広くものいわぬ芸術作品について、その鑑賞という行為が知ることでなく見ることそのものにほかならないことを示している。とりわけ古美術には古い様式や古色が前面に出ているため、まず美術史的な知識が必要な感じがして、それを知ることが優先しがちであるが、それのみに終始したのでは真に見ることが抜け落ちてしまうので、用心しなければならない。

 上記のことを自分に当てはめてみるとどうなるであろうか。それは他者への表現あるいは演出であって、自己意識を離れて、他者意識の領域の重要な生き方である。3月22日ニューデリーにおいてインドのモディ首相が合掌して岸田首相を迎えた時に、ごく自然に岸田さんも合掌して礼を返されたのは大変美しい姿であった。こうして相手にもっとも適切な態度で接し、感謝を伝える表現こそ生きる姿の第一義であり、その "ふり" の洗練こそつねに全治からはじまる今日的課題なのである。

   2022.3.25


宇佐晋一先生 講話

うそからの全治

 三聖病院の創設者であった父 宇佐玄雄げんゆう(1886~1957)は早稲田大学(インド哲学専攻)を卒業ご、大徳寺の僧堂で修行した禅僧である。伊賀市の山渓寺の住職となってから医学に志し、東京慈恵会医学専門学校に学んだ。精神医学は森田正馬教授の指導を受け、1919年に医師となり、引き続き東大精神医学教室で研修した。この1919年は森田療法の成立の年である。のちに臨済宗東福寺派大本山東福寺の事業としての絶大な支援を受けて1922年京都に三聖医院を設立し、1927年に病院とした。森田教授のほか、京大精神科 今村新吉教授を顧問として迎え、もっぱら森田療法を行うという異色あるスタイルでの発足であった。

 今村教授の指導のもとに行った研究は「感覚残像ト心的態度トノ関係ニ就キテ」というもので、主として視覚、痛覚ならびに触覚などの感覚残像が対象群にくらべて神経質者に著しく長く続くことに注目し、さらにそれらの残像に対して①早く消そうとする反抗的な態度②もっと長引かせようとする持長的態度③あるがままに受容する態度の3者における差異の観察から、②と③がもっとも速く消え、①は逆に長く残るという事実を見出した。これらを尺度として、入院中の治癒過程において次第に感覚残像時間が短縮していくという客観的把握が可能になり、それまで治療者の主観的判定によるほかなかった治ゆ状態が、明確に数量化されて、客観的な治ゆ判定ができるようになり、森田療法の治療効果も測定可能となったのである。

 これであらゆる神経質の症状が感覚残像になぞらえることのできる心理現象としてとらえることができ、どのような個性的と見られる症状も、その人にとって取除きたい嫌な心理現象に対して、反抗的に早く消そうとするほどかえって目立つ存在となり、とらわれが増強することが、共通の自己意識による主観的虚構性で成り立っていることが明らかとなった。

 この感覚残像の理解から前院長の講話は淡泊瀟洒しょうしゃをきわめ、症状の成立は、あたかも子猫が自分の尾に関心をもち、それをつかまえようとしてくるくる回る "から回り" と同じだと説き、けっして精神病理的な説明に深入りすることはなかった。見舞客には「おかげさまで、よくなって来ました」と喜ばせるように指示し、「うそでも健康人のふりをするように」と教えた。このふりこそが精神医学でいう「表現が精神である」という他者意識に生きる生活をみごとに演出させて、早速の全治を確かなものにさせたのである。

   2022.3.8


宇佐晋一先生 講話

他者意識に生きていく 

 皆さん方の体験からにじみ出る良いお話を承りまして誠にうれしゅうございます。三聖病院が平成27年3月を持ちましてなくなりましたものですから、入院森田療法の重要な絶対臥褥期間がありません。そのために患者さんはご自分の症状をなくすために、役に立ちそうな本を読んだり、他人に聞いたりと動き回ってしまわれるのです。それが治りにくくしている一つの原因です。東京で森田療法をされていた鈴木知準先生は10代の頃に森田先生のところに入院しましたが、先生からも奥様からもまったくほったらかしにされて、やむを得ず寝ているというような状況でありました。一週間、森田先生は一度もお顔を見せられなかった、と言っておられました。完全に一人ぼっちで寝ているだけだというのは非常に貴重な体験です。それが私どもからしますと、もう、全治の状態なのです。その場で必要なことをしているというのは、すでに立派な全治でありまして、治すことを目的にあれこれ工夫するとことごとく失敗します。

 第2期に入りますと、植物や動物、その他いろんな無生物でもいいのですが、それを詳しく観察するというのは明らかに自分を見ずに外のものを見ているわけです。私どもはそういう外向きのことに意識が始まるというのが治療上欠くことのできないことと見ております。

 私は、今日もご出席のY先生の三聖病院でのご研究に刺激されて、自己意識というものが自分に役立つものなのかということを私の前半生に関して追究しましたところ、はっきり申し上げて、これが自分だ、これが心だ、これが人生だ、というものは成立しないということが分かりました。それで、皆さん方の外にある、人、物、事柄つまり他者意識から始めていらっしゃれば、いつもかもどこにいらっしゃってもことごとく全治であるのです。他者意識の中に生きて行くというのは非常に重要なのです。

 前の院長はちり紙一枚折っても治る、鉛筆一本削っても治ると申しました。これはどうも安っぽく聞こえるかもしれませんが、まさにインスタントに全治するということです。それはまぎれもなく他者意識での行動であったわけです。

 このお正月に2回にわたってNHK教育テレビで10人のお寺のお坊さんの説教を聞く番組がありました。全部聞かせてもらったのですが、ほとんど自己意識の内容でした。自己意識を問題にして解決しようとしておられます。その中にお一人だけ他人に対して7つのサービスができるとおっしゃいました。たとえば、皆さん方全員マスクを着けていますが、まずげん布施と和顔わげん布施と言って、マスクを着けていても目だけで人の心を和ませるような表情ができますよ、と言われました。そういう内容を一生懸命語っておられました。他者意識の世界を強調されたのです。

 つまり端的に申しますと、森田療法では皆さん方は今すぐ他者意識の中に生きていらっしゃるだけでもう全治なのです。禅とどういう関係があるかというような論理的な思想的な考えというのは持ち込まなくてもよろしいのです。

 1952年に鈴木大拙博士がアメリカから精神分析の学者であるカレン・ホーナイさんを連れて来日された折に、私の父、宇佐玄雄が京都ホテルに招かれて対談を致しました。その時にホーナイさんが父に「森田療法と禅とはどんな関係があるのですか」と学者らしい質問をされました。それに対して父はとっさに「何の関係もありません」と答えたのです。父はあとで私に「関係あります、禅そのものです」と答えておけば良かったと言っておりました。内容的には禅と深くつながるものを持っておりますが、森田療法は精神療法として、森田先生がご自分で工夫されたものですから、とっさには「関係ありません」と答えたのだと思います。

 そして先ほどからお話に出ておりますように、平田精耕老師が三聖病院に来られた折に「森田療法はどういうものですか」とお尋ねになり、私が「安心、不安に関係なく、必要なことをする療法です」と答えたところ、老師は「禅と同じことだ、ただし禅は言葉を使わずにやる」とおっしゃいました。そして「禅を花にたとえれば森田療法は造花である」と厳しく批判されたのです。それで私としては一切、自己意識内容につきましては、知らなさ、分からなさ、決められなさ、というように、徹底して言葉を持ち込まないあり方を森田療法の主軸にして、大勢の皆さん方にこういうふうに良くなっていただいたのです。

 では会場からのご質問にお答えします。

 「森田療法と宗教あるいは信仰は両立するのかをお教えください」というご質問です。

 私は宗教がなぜ必要なのかということを今日発表されたAさんがお話の中で取り上げられた本の中に書いております。それは自己中心性を打破するからです。一切、自己意識内容を取り上げないという点が宗教の良いところです。それはどの宗教、宗派でも同じことで、例えば仏教では、南無阿弥陀仏というのは自己意識に向きかける心を阿弥陀あみださんのほうへぱっと向けます。南無というのはすっかりおまかせする、どうぞよろしくお願いしますという、心を外向きにする巧みな唱えごとです。阿弥陀さんにすっかりおまかせするということから始まって、生活が常に進んで行きましたら、それはもう間違いなく全治です。「両立するのか」というと、根本的に宗教の大事なものを森田療法では皆さん方はすでに身に着けていらっしゃる、ということでお分かりになります。

 次は、私自身が死ということについてどのように考えていますか、というご質問です。

 私は4年半前にガンを宣告されて少なからずショックを受けました。それから私は治療上こうしなさいと言われるとおりにやり、検査成績が非常に良くなり、今ではガンであることを忘れて活動しております。
 生と死とを区別して、生きている建前で死をどうとらえるかということは、まったく答えの要らない事柄です。かつて三聖病院に入院された皆さんが、就寝時に木槌で打ってお知らせするための木板がありました。そこには「生死事大 無常迅速 光陰可惜 時不待人」と書かれてありました。おそらく中国の僧堂に書いてあったものを引用したものだと思います。三聖病院に高校生の時に入院していた方がそれを「生死のことは一大事、移り変わりが速いので、皆、しっかり目を覚ましなまけていてはいけないぞ」と非常に分かりやすく訳されました。生が死よりも良いということではなく、生も死もどちらも同じように見ているのです。そして現実の生活によく骨折って尽くしなさいということを勧めているのです。

   2022.1.9 


宇佐晋一先生 講話

わかる話にはご用心  

 1950年に精神科医となった私は京大病院精神科で研修を積んでいた。大学では診察のたびに相手の悩みを詳しく訊くことが求められた。ところが家に帰ると、三聖病院ではそれはまったく正反対で、初診の後では症状を訊くと叱られた。長らく私にはその理由がわからなかった。ようやくその世間の常識に逆行するようなやり方の趣旨がわかりかけたのは1957年2月に父の没後に院長になってからであった。

 1962に元入院者Oさんが来られて体験談をしてくださった。その方が入院して第2期になって間もない頃、森田正馬先生が来られて講話をされる機会にめぐり合わせた。その時ある人が質問をして「私は近いうちに退院しようと考えていますが、どうしても不安がとれなくて困っております。どうしたらよろしいでしょうか」といった。森田先生はしばらく黙っておられたが、やがて質問の答とは関係のないような、次のような話をされた。「皆さんはお釈迦様が悟りを開かれたというが、どんな悟りを開かれたと思いますか?」と逆に一同に質問をされたのである。しかしだれも答える人がなかったので、先生みずからその答をいわれた。「それは不安というものは無くならないものだ、という悟りを開かれたのです」という意外なものであった。皆の後で小さくなって聞いていたOさんは思いもよらぬこのお話に感動し、涙がこぼれるのを抑えることができなかったという。

 ところが当時、希望して正眼短大教授(禅宗史)から三聖病院の生活指導員に転職して来られた高橋純道師は「あの話はいけませんです」と異議を申し出られた。この方は南禅寺と妙心寺の各僧堂で雲水として長い間修行生活を送られた禅僧であった。今から考えれば、その全面否定的な批判はもっともな話なのであったが、その頃の私は森田先生のお話にもかかわることなので、驚いてことばも出なかった。私はOさんの話にきっと感心してもらえるだろうと期待していたからである。

 こういう経験を経て私が教えられたのは、自己意識内容についてはことばと論理で概念化してはならないという大事なことである。一般に何気なく使っている「心」とか「自分」についてのどの話も、すべて主観的で虚構に満ちたものであり、そこに考えを持ちこんでは悩みに終るほかないのである。認知行動療法が盛んな現代において、そもそも認知ということが主役であっては、治るものも治らなくなってしまうことを忘れてはならない。

   2022.2.17


宇佐晋一先生 講話

根性についてはきめないこと  

 今日「色紙に『根性』と書いてほしい」という依頼が舞いこんだ。「自分には根性がないから困っている。その色紙を見てがんばりたい」とその人はいう。こういう自分の心に足らないものを見つけるのは森田神経質の人びとの大変得意とするところであって、自己意識内容に、なにより先に自分の、他人にくらべて不十分、不完全なところを発見して、その回復をはかろうとする。そういう自己不全感は不安そのものといってよい。さらに不安はあってはならないときめてしまう状況下では自己不全感は一層ひどく感ぜられるものである。

 戦争中のことを知る者として、ぜひ心にとめておいていただきたいことがある。それは敗色の一段と増した1945年1月には1km余り離れた京都市東山区馬町一帯が夜間爆撃を受け、大きな被害をこうむった。妙法院は臨時の救護所となった。翌朝そこを通って通学したが、市電の運転手は女性であり、車掌は小学生が切符を切っていた。「欲しがりません、勝つまでは」の合言葉のもとに皆が我慢をして、忍苦努力の生活を続けた。皆がそういうふうだったので、自己不全感は感じなかった。三聖病院の入院患者は日に日に減り、1945年1月には、大学生が1人だけとなり、前院長は青くなった。「僕が退院したら、病院が空っぽになるから、入院していてあげます」という健気けなげなその一言に励まされる思いで、皆なんとかがんばったのである。

 さて戦争がすんでみると、次第に入院希望者が増加し、1950年で戦前の状態に復し、それ以後は満床続きで、入院待ちという、かつて見たことのない賑やかさとなり、前院長は2度にわたり病舎の増改築をして、その増加に対応した。私は1950年に医師になり、昼間は京大精神科で研修したが、神経症増加の傾向は京大も同じであった。当時助教授のM先生は新聞にこの現象について「物が豊かになってもなかなか手に入らないため」というフラストレーション(欲求不満)理論からの見解を発表されたが、私は物の乏しい戦争中に、神経症が激減した三聖病院の実情から見て、それは少しおかしいと思った。実は上記の「根性」のように自己意識内をきめる概念化が神経症の原因なのである。

   2022.2.2


宇佐晋一先生 講話

心の対策ではだめ  

 年頭に珍しい番組があった。1月2日から2回に分けて10人のお坊さんのお説教を聞くというものである(NHK Eテレ)。お寺にお参りもしないで、沢山ありがたいお話をうかがうことができ、まるでコンクールのようであった。しかし、おしなべて話題が心について終始したのは、自己意識内容を概念化するもので、真の救いにはならないということが、宗教家には認識されていないようで、今後の宗教教育上の大きな課題であると思わずにはいられなかった。

 どうも現代のお説教は臨床心理学からの影響であろうか、悩む人に寄りそって、その不安や苦悩を問題にしがちである。NHKの放送大学の臨床心理学の講義で勉強して気がつくのは、どの方法もクライエントの悩みを、守秘義務を明確にしたうえで聞いている。傾聴することが、それだけでも気が休まるという観点からの親切でもあるかのように、クライエントに寄りそって聞く。そのことにまったく無批判で、当然のことのようになっているが、じつはまったく困ったことなのである。私1人がそのことに反対していることが現代では不思儀に思われるほどの風潮である。

 三聖病院の初代院長 宇佐玄雄げんゆうは入院中の人びとに治したい症状をいわせなかった。それは主観的な虚構に過ぎない自己意識内容を取り上げなければ神経症はおのずから絶対不成立となるということが禅の修行と森田療法家としての目からはっきりと見えていたからである。上記の10人のお坊さんのうち川村妙慶さんだけが同じように自己意識内容から脱却する道を教えられたのは、とくにすばらしく光明を放っていた。それは七つの布施(サービス)のすすめである。七つあるというのは①眼施(マスクをしていてもできる眼付で人を安心させること)、②和顔施(柔和な顔で接すること)、③言辞施(やさしいことばでいうこと)、④身施(労力のサービス)、⑤心施(心でいつくしむこと)、⑥床座施(電車などで席をゆずること)、⑦房舎施(家のなかで他人をくつろがせること)などである。これらはどれも元手のいらない、すぐその場で実行できることばかりである。しかもこれ以上の全治はないといってよい。

   2022.1.18


宇佐晋一先生 講話

歌は聞くもの  

 令和3年12月21日のNHK「知恵泉ちえいず」で、作曲家中村八大の作曲家としての活躍ぶりが話題の中心となり、吉見俊哉 東大大学院教授(情報学環)は彼の作曲にはクラシックのみならず、ジャズや日本民謡まで、さまざまな要素が組みこまれていて、名曲といってよいと高い評価を与えられた。同席者の黒柳徹子は直接に見聞みききした貴重な本人の話を思い出として述べ、作詞者 永六輔が中村八大に、合作した「上を向いて歩こう」を坂本九が歌う時に「うゥえを向ゥいて歩こゥオゥオゥオゥ」というのが気にくわないからやめてほしい、と主張したが、作曲家として中村は「あれでいいではないか」といって譲らなかったという。永は「あの歌は悲しみの歌なんだ」と、なおも主張したが、中村は音楽家としての立場から、永の意見に従わなかったのだそうである。歌曲は歌い手によって生命が与えられ、もはや作詞家を離れて存在する。そういえば後に続く「涙がこぼれぬように」という歌詞を追えば悲しみの歌だったのだと気付かされるが、歌手から与えられる聴覚芸術の存在は歌詞を越えて胸に響くのである。

 坂本九の没後この歌が海を越えてアメリカで、なんと「スキヤキ」と題名を変えて歌われ、大ヒットしたと聞いた時、意外な感じがしたものだが、今となってみれば歌謡というものの本質からして、なにもおかしくはなかったのだ。

 井上章一 国際日本文化研究所々長から聞いた話であるが、ブラジルのサンパウロでキリスト教会を見学したとき、厳粛なミサの最中に突然「タンタン狸の・・・」の歌を皆が歌い出したので、びっくりしてしまったそうである。日本では下品な俗謡なのに、皆が大真面目に歌っているのを聞いて、それが本来キリストを讃えるゴスペル(聖歌)であったことがわかったという話であった。歌詞は文芸の世界であり、歌曲とは別の評価の対象なのであった。

 上記のテレビ番組の数日前に、前川清が「胸の汽笛は今も」(有馬美恵子作詞)を歌うのを聞いた。「時には立ちどまり人生を思う」という歌詞が私には好ましくなかったが、それは文芸の領域なので、立ちどまらずに聞きほれていた。

   2021.12.27


宇佐晋一先生 講話

心は豊かなのがよいか  

 「こうすれば心が豊かになる」というキャンペーンを見た。「心の貧しいものは幸いである」というキリスト教の聖書のことばと正反対である。どちらが正しいのだろうか。この問題をきっかけにして、はっきりと申し上げておきたい。そうでないと世の中の人は判断に迷うばかりで、あまりにも気の毒である。森田療法の立場からすれば答は明白で、迷うことは少しもない。心という自己意識の世界は普通論理の通用しない所なので、どのような答をもって来ても主観的な虚構にすぎない。したがって「どうでもよい」といってよいし、逆に「今のそのままが満点だ」といっても間違ってはいない。どちらにしても大事なのは、そこにとどまっていてはいけないということである。

 こうして「心のよいあり方というものがきまっていないのだ」ということがはっきりすれば、どんどん仕事や勉強、生活のほうに早速前進を始めて、後顧こうこの憂いはない。世間一般に心を大事にして、よい状態にもっていこうとして努力しているのは、結局無駄骨折りであったことがはっきりすると、森田神経質の人ならずとも、心を清らかに保とうとしたり、不安をなくそうとしたり、ストレスのあることから逃れようとしたり、心に癒しを求めたりなど大変な努力に明け暮れしたこれまでの大きな自己意識内の負担があっさり消え去るので、もう自分というものにとらわれることがなくなり、治すという対象が消えて、ひたすら用事に打ちこむことができることに驚くのである。

 ご時勢で自宅にいる時間が長いならば、周囲をなめまわすように観察して、探し出し見つけた用事にとりあえず手をつけながら、さらに一層の改善のための工夫に明け暮れするのが賢明である。その研究対象が家族1人ひとりについてのことから他人に及べば至極しごく上等で、せっせと近所を美しくしてまわり、つねに「これでよいか」と反省して、精進に欲ばるならば立派なものである。後で気がついたら、意識は自己意識はまったくいらなくて、他者意識の世界に骨折っているだけでよいことがはっきりしてくるであろう。これは実に大きな人生上の飛躍なのである。

   2021.12.10


宇佐晋一先生 講話

自分らしく生きるのはダメ  

 心のもち方ひとつで、どうにでもなるように思われている。多くの修養団体が目ざすのも、心の対処法の向上である。それは心を鍛える工夫や、心を整えて安定した状態を目ざすものなどが一般的である。厳しい修行で知られる寺院の生活や、修験道なども、心にかかわるものと見なされている。心について向上を目指さないのは人格の錬磨に無関心な、不真面目な人間として、社会生活上も低く見られ、けっしてそれでよいとはされていない。若い人たちも、それぞれに心のあつかい方に工夫して、自分の納得のいく方法で、心のあるべき姿を追究していることは、ことあるごとにTVのインタビューで見られる苦悩を伴う回答からも十分察せられるところである。

 こうして見てくると、日常見られるねたみやうらみが他人への羨望という我執がしゅうによることは確かであるので、他人と比較せずに自分らしく生きようという見方が近頃よくいわれるようになった。これは欲求をあらわにしない点で、穏便な、自己抑制のきいた生活態度とも受けとれるので、批判的な意見は見当らないようである。しかし自己中心性の打破を掲げる森田療法の趣旨から見れば、これほど自己概念を明瞭に打ち出したものはない。自己中心性そのものといってよいくらいである。 

 ここであらためて不安や悩みの出てくる根源を明確にしておこう。それはかならず自己意識内において生ずる。したがって他者意識内で、他人や外界のことがらに注意が向いていれば起こることがない。苦しい場合も、その努力は工夫・研究そのものとなり、その仕事の継続につながる。一方自己意識内にことばと論理を持ちこんで、概念化することは、知性の守備範囲を越えており、いたずらに主観的虚構性の世界を作り出すばかりである。なぜならば「知性は精神の外部機構」であるからだが、困ったことに不安や悩みに困りぬいて自分のほうに意識が明るくなっているので、なかなか自己の概念化をやめることができない。すなわちこれが神経質のとらわれの実態である。幸い意識は単一の認識の明るさしかもてないから、とりあえず外への感謝や気配りを始めれば、他者意識が明るくなり始めて、急転回しつつ全治がそこに確かな現われ方をするのである。

   2021.11.26


宇佐晋一先生 講話

心の工夫で治るのではない  

 心が大事なことはいうまでもない、と普通には考えられている。本当にそうであるかどうかは問う人もない。精神医学の近接領域である心理学も、その成立はギリシャ哲学のアリストテレスに渕源えんげんを求めうるという。その進歩は目ざましく、今年放送大学の講座であらためて学んだ。その分野は思いのほか広く、内容も多岐にわたり、それぞれ今日の社会に恩恵を与えていることがよくわかり、勉強になった。

 なかでも臨床心理学の領域での発達は、その概要を知るだけでも著しいものがある。しかし、わたくしからすれば、日本のみならず海外でも大きな治療効果をあげている森田療法がわずかしか採り上げられていないことが残念でならなかった。それは精神医学に属する治療法だから、と敬遠されるのか、あるいは入院による系統的な療法が基本とされるために心理学者で実施した人が少ないためか、今後の発展のために大きな課題であろう。大阪市立大学の精神科教授であった中脩三先生(故人)から聞いた話であるが、九大におられた頃にアメリカの軍医が来たので森田療法の説明をしたところ、それをアメリカの専門誌に「精神分析的操作が不十分である」と批判的に報告した、と苦笑しておられた。昔ベルリンにおられた頃 森田正馬先生に頼まれて、森田療法を訳して精神医学の雑誌に投稿したところ「理解困難」という理由で、編集委員のベルリン大学精神科教授カール・ボーンヘッファー(神学者ディートリッヒ・ボーンヘッファーの父)から不採用の通知があった。それを聞いて森田先生が残念がられ、「なんとかもう1度頼んでもらえないか」といって来られたので「釈迦や孔子が自分の説を外国語に翻訳して広めたという話は聞いたことがない。知りたかったら向うが日本語を勉強して教わりに来るべきだ」と慰めたそうである。

 ところがまったくそのとおりに実行した人が現われた。スイスのブルーノ・リーネルさんである。森田療法が勉強したくて、まず日本語を学ぶためにドイツのハイデルベルク大学の日本語科に入り、卆業して東京の外国語大学に入学、十分修得して京大(臨床心理学)に転じ、河合隼雄教授の紹介で1984年ごろ三聖病院を訪れた。そこで75回の講話を聞き、私のもとで研修して帰国後学位を取得した。ところが日本にいる間にNHKのロシア語講座で学んでロシア語が話せるようになり、帰国後ロシアの日本観光旅行団体の添乗員として再来日した。このように抜け目なく、次になにをしたらよいかと考える時がもう全治なのである。

   2021.11.12


宇佐晋一先生 講話

理論離れのすすめ 

 森田正馬先生の偉いところは「僕の理論を学習せよ」などとはいわれなかった点である。それどころか、感情には「普通論理ニ従ワヌモノアリ」と洞察されて、主観的な感情に起因する神経症には理論的解決の及ぶところではないことを明らかにされた。このことはきわめて重要な森田療法の根幹をなす事がらであるにもかかわらず、今日森田療法の解説書からは無視されているのは、はなはだなげかわしいことで、私はこれから書くことができるかぎり理論学習に反対して、正しい森田療法を伝えて行きたいと決意を新たにしている。

 森田療法が成立をみた1919年に東京慈恵会医学専門学校を卒業した宇佐玄雄は、入学前に臨済宗大徳寺派大本山大徳寺に掛塔かとうして、雲水としての修行をし、論理的なことばによる自己概念を捨てることの体得を経て、森田の精神医学を学ぶ幸運を得た。彼は森田の治療法の優れた脱論理性にいたく敬服して、この療法のなかに流れる理屈抜きに現実生活に手を出して神経質の症状の不成立に導く妙法を、三聖病院で実施して好成績をあげた。

 それは実に鮮やかなやり方で、一切の症状の説明や解釈はもちろん、不安をはじめとする症状の経過さえも患者に語らせず、日記に書くことも禁じて、ただひたすら第1期から第4期に至る療法の遵守と、昼夜を問わず作業へのとりくみに余念のない生活を実行させたのである。そこにもし療法の極意を問われるならば、ただ「理屈抜き」の一語をもって趣旨としたのである。昭和28年ごろ真言宗の僧侶である方が入院された。私はいっしょに庭で麦刈りをした。この方ははなはだ悟りがよく、大きな木の板に「如々真にょにょしん」と自ら達筆で書いて彫刻し、文字の所を白緑びゃくろくの絵具で塗って、院内に掲げられた。如々真とは、ことばに置き変えないもともとの今の姿が真実である、という意味である。

 禅僧が主治医になって真言宗の僧侶の心の病いを治すということに森田療法がどうかかわったか、という点に皆さんも関心を深められたであろう。森田先生が「僕の治療法は不問療法だから」とおっしゃったことはあまり知られていないが、維摩経ゆいまぎょうに伝える文殊菩薩の「不問不説、もろもろの問答を離る」の話のとおり、立ち所に真実に生きる道、すなわち森田療法の全治が実現するのである。症状のままの作業ほどすぐれた妙薬はない。

 それでは前院長の全治とはどんなものであったか、はっきりと記録に留めておきたい。前院長においては一切心の状態の如何いかんを問うことはなかった。普通ならストレスが解消され、不安が消え、悩みも解決された状態が全治と考えられやすい。ところが前院長の治癒像は「神経症になることもでき、また治ることもできるのが全治ですよ」であった。この不問と呼ぶにふさわしい心の無条件のあり方は、全治とは何かという究極の姿をまったく決めない所に特徴があり、あらゆる状態のまま働く時に、つねに如々真であり、全治なのである。

   2021.11.14 


宇佐晋一先生 講話

初心は忘れてもよい。他人のために役立とう  

 若い頃「初心忘ルべカラズ」と教わったのは忘れがたい修養の指針であった。18歳のとき敗戦で、精神的風土も一変し、規範性のない状態に開放感を味わったが、医学の勉強という国家試験につながる大変忙しい毎日の生活に身を置いていたこともあって、初心貫徹の標語は絶対のものであるという思いが強かった。しかしよく考えれば大事なのは実際に勉強することであって、標語はから念仏にも等しい、いわば掛け声に過ぎないものであることは病院長になってから、ようやく気がついた。それは森田療法が修養的もしくは求道的なおもむきをもった精神療法であり、その治療施設の責任者になったことが幸いして、週3回の講話にうかつな脱線は許されず、定期刊行物である「三省会報」を世に問う論説主幹の立場でもあった関係で、つねに新鮮な内容を鼓吹こすいする急先鋒の筆をふるわなければならなかった。これはまことにありがたいことで、期せずして「森田先生のお言葉主義」におちいる失敗をしないですんだのである。つまり責任ある行動をとっていれば初心は忘れてもかまわないことに気がついたのであった。

 ここからは森田神経質の人が本当に全治しているかどうかの話に移ろう。これは治療者である森田療法家の専門医師からいわれるのを待つまでもなく、堂々の全治宣言にも等しい行動で示される。ほかの精神療法と違って森田療法における全治とは医師 - 患者関係の消滅が見られることが要件である。三聖病院では看護師も世話をしない一般の社会人のふりをした。けっして「今日はどうですか」ともかないだけでなく、療法を守らない人には、まるで監視役のように厳しく実行を迫った。実はその実行こそが「いきなりの全治」の成立である。森田療法の第1期から第4期までの一貫した治療システムの経過が大事なのではなくて、各時期における、それぞれの課題のほかならぬ忠実な遵守じゅんしゅの行為こそがもうその場での全治の成立なのであった。症状は自己意識内容を論理化し、気がすむように筋を通そうとして生じたものという観点からすれば、「治そうとする努力そのもの」と見ることができ、それをやめて他者意識の面で療法を守り、実行することで瞬間的に全治し、その後の生活に立派な道が開かれる。それは病院外のどこでも、そしていつでも実現してやまないのである。

   2021.10.28


宇佐晋一先生 講話

厚労省の「まもろうよ、こころ」について  

 令和3年10月13日厚労省はそのホームページに「まもろうよ、こころ<勇気を出してまず1歩>」という生徒向けのキャンペーンを打ち出した。この1年間に小、中学生の不登校者が196,127人に急増し、小、中、高校生の自殺者も415人にのぼり、前年度より100名以上増えた驚くべき事態に対して、いそいで精神的な対策を講じたのである。不登校の40%以上に見られたのは無気力、不安であったという。いじめとは異る視点を持たねばならない不登校の生徒の問題の根は深く広い。それにしても「まもろうよ、こころ」とはだれに向けての呼びかけなのか、といえば、それはもちろん当事者本人に対してであろうことは容易に想像がつく。そうすると本人たちが自分の心を守ることを要請されているのである。不登校や無気力、不安などが、自分の心を守りきれなかった自己責任によって多発したかのような論理である。それなら心のあつかいをどうすればよかったのかと問われる時「勇気を出して第1歩」が始まるという、うがった考え方が出てくるのは当然であったが、はたしてすぐにも勇気は出るだろうか。

 それでは真の解決はあるのだろうか。それは大人も生徒もまったく変りなく同じ大きな道が開けている。考えてみれば、自分の心を取り上げて問題にするのはまぎれもなく自己意識の世界である。悩みは意外にも自己意識内の解決努力の姿として成立する。それは自己観察から始まり、それが自己意識内容の概念化をみちびくのを常とする。自分にとって不利なもの、不安なものや嫌なものなどが目について、それらのない安心できる世界を描きはじめる。それは皮肉にも厚労省のキャンペーンの「まもろうよ、こころ」そのものであった。心すなわち自己意識内容を守った結果、苦悩、無気力や不安を生じたのである。自己意識内容をことばと論理で概念化すると、苦悩や葛藤を生じ、治療どころかますますそれらについてのとらわれを増すことにならざるをえない。つまり心を守ることは一刻も速くやめて、知性を本来の守備範囲である他者意識の領域のほうに有効に発揮させ、他人や社会、また製品に感謝してやまない精神作業とともに、骨折って世の中や他人のために、どこにいても尽して行く気のきいた行動に欲ばることがすぐに始まるように仕向ける教育こそが望ましいのである。

   2021.10.15


宇佐晋一先生 講話

癒しに関係のない道を行く人は全治  

 令和3年10月1日から緊急事態宣言やまん延防止対策地区のすべてが解除されて、幸いにも新型コロナ感染症第5波は感染者数、重症者数もともに日々減少をみて、まことに結構であった。街々に人びとがくり出し、観光地にもにぎわいがもどってきつつある。メディアはこれを、皆がそれまで久しく手に入れることのできなかったいやしを求めて出かけた行動だ、というふうに解説した。欲求を抑えられた現状に不満をおぼえるという感情の事実は、自己という主体をその瞬間に明確に意識する。それと同時に他者を意識して意識上に対立を生ずる。もうそこから先はおわかりのように、次から次へと苦悶がくが、実は同時に自己意識と他者意識が葛藤かっとうの舞台になることはありえず、どちらか一方だけなのである。仮に混在するように見えることがあっても、交互に転換しているわけである。森田神経質の人たちは自己意識のなかに悩みを深め、解決の努力をくり返すほど、その熱心さに応じて、自己意識内を動きのとれないものにしてしまい、正にがんじがらめの閉塞感に打ちひしがれる。とうてい元にもどれないという思いが現実になる。

 さてここからが解決篇である。森田神経質の人たちでなくても、一般に悩みは多かれ少なかれ自己意識内に生じている。テレビの「悩みごと相談」は家庭内のことや会社の上司とのことなど、あたかも他者意識内のことを問題にしているように見えるが、実際にはそれを自己意識内にもちこんで「自分にとって」という形に置きかえて悩むのである。いわゆる他人ひとごと(他者意識の世界)では悩みが生じる対比現象が自分との間に生じない。そこで、それまでのいきさつに関係なく、いきなり「その場のものごとについて考えをめぐらし、その物品の由来を考えて、それを作った人びとの苦労に感謝せよ」と、前三聖病院長 宇佐玄雄は講話の時に、机上の日記帳や湯のみを指さしていったものである。感謝はとてもよい精神作業で、感謝することが全治なのである。考古学の友人、国立歴史民俗博物館長であった佐原 眞氏(故人)は、京都にいた頃に「1枚の古瓦にも6つの特色を見つけるのだ」と、あくなき観察をしまなかった。他者意識における精神作業は森田療法のきわめて重要な全治の要素なのである。

   2021.10.4


宇佐晋一先生 講話

マインドフルネスに関係なく治るのが本もの  

 森田療法が説明的になって来た最近の傾向は、私にしてみれば残念の極みである。学習しても治らないと思う人は、ついほかの治療にも目が行って、たとえば認知行動療法が広く行われている現代では、その究極の全治の姿とされるマインドフルネスにも関心を寄せられるに違いない。魅力的なことばであるから、森田療法の全治との比較まで考えられることもあるであろう。早合点をする人の中には「マインドフルネス森田療法」という新語まで作ってしまった例が森田関係の治療雑誌に見られて驚かされるのである。ここではっきりと森田の側から批判しておかねばならないであろう。

 マインドフルネスとは「今ここでの経験に評価や判断をすることなく、能動的に注意を向けること」と定義され、うつ病・不安障害における抑うつや不安症状の改善に効果があり、労働者におけるストレスマネジメントプログラムとしても活用されている。その趣旨は「今ここの経験」という自己意識内容の哲学的なとらえ方に、"禅にも似た否定" が加えられる点に大きな特色があり、賛意を表したい。しかし「能動的に注意を向ける」は対象が明確でないのがしまれるばかりでなく、意識のあり方に方向性を指示しているために、消極的な心には負担が増すのである。その点森田では意識内容に関係なく、必要な仕事を始めることを指示する。高良武久 東京慈恵会医科大学名誉教授によれば、森田は「道が二つに分れた場合、困難なほうを選べ」といったという。これは本に書かれていないことで、福岡での学会において挨拶の中でいわれ、大いに感銘を受けた。森田の弟子の古閑こが義之 元聖マリアンナ医大学長は、これとは反対に「手近な、やりやすいものから手をつけろ」といった。これはとりあえず仕事に着手するうえに役立った。「入院中に宇佐玄雄げんゆうから『足を使ってでもいいから座布団のいがんでいるのをそろえなさい』といわれてやったのがよかった」というK神戸大学法学部名誉教授の体験談もある。金沢大学医学部学生だったOさんは作業室で「こんな作業をして神経症が治ったらノーベル賞もんじゃ」とぼやいたが、立派に治って医師になった。私は冗談でなく世界的な偉業と賞賛するものである。  

   2021.9.21


宇佐晋一先生 講話

学習理論を離れて働けばすぐに全治  

 多くの感動をもたらして、東京オリンピック・パラリンピック2020が終わった。競技前に何人ものアスリートたちの意気込みを聞くことができたと同時に、競技後の感想も、メダル獲得の人たちから沢山聞くことができた。テレビではそれに加えて、解説者が見る人の興味をさらに一層そそる仕組みとして、それぞれ経験者や関係者らから、にぎやかに語られて、普段は見られない独自の番組として盛り上げることに成功した。

 このアスリートたちの声は、彼らの自己意識の内容を直接に純粋に物語るもので、競技直後のそれらは、どの人の場合も生きいきしていて、聞く者をして感動せしめないものはなかった。そこには自分の心について語るという意識がないということは十分注意しておくべきであろう。いい代えれば、自分を客観的に見ているという自己観察の意識がないのである。

 これに対して、森田神経質の人たちの不安や悩みの病苦はかならず最初の精神感動に対する自分なりの感想や予防対策などの批判をともなう心の葛藤である。それは自己意識のなかでさらに自分の心を客観的な対象としてながめるもので、自己意識のなかに他者意識をもちこみ、知性で自分を他人を見ているように概念化しているという構図になっている。上記のオリンピック・パラリンピック番組にたとえるならば解説者をまじえた座談会のようなものということができる。

 ここに忘れてはならない大事な心理学上の注意点がある。それは「知性は精神の外部機構である」という初歩的な事実である。これを忘れて、いくら森田理論の学習に努力しても、自分の症状の解決に向けて使うことは間違いなので、どうにもならないのである。ことばと論理で組みたてられた知性は自己意識内にはまったく役立たないだけでなく、かえって治ることをさまたげる作用をもっている。賢明にも仕事や生活を通じて、身をもってこのことに気付いた人は、理論学習をただちに離れて、その日のうちに全治することができる。徹底して森田理論によらないで、症状の苦痛やストレスを味わって他人のためにしみなく骨折ることをおすすめするものである。  

   2021.9.6


宇佐晋一先生 講話

本当に瞑想は必要か  

 NHKテレビの「心の時代」の講座で仏教史の日本への流れを聞き勉強になった。その次に日本における展開について教わったが、各宗派の祖師方が中国で学び、また朝鮮半島を経由して伝来した仏教の各宗派を、それぞれ瞑想によって伝え、いろいろな形をとって発展したと解説された。その法灯は今日までよく伝えられ、それぞれに優れた修行のあり方として、真実を見究みきわめる上に大きな力を発揮して来たことは事実である。

 ところで私たちはまったく瞑想によらない方法で真実に生きる道を実践して、今日確かな成果を得、自分1人にとどまらず多くの人びとの悩みや不安の解消に明るい光をともして来た。その確かな事実からすれば、瞑想はもはや必要がないといえるのではないか。一番疑問に思えるのは瞑想の「想」である。悩みや不安の解決に中心的課題となるのは、そのテーマそのものの解明ではなくて、心につきまとい離れることのない葛藤そのもの、いい代えればとらわれた想念であることに気付く。あるいは先に感情的な重圧があるからだろうと思われるかもしれないが、感情的なものは長続きしないもので、実は何ヵ月も何年も続くのは、嫌な感情を早く除去し、よい状態をすぐにでも実現したいという自己防衛的な想念によって長引くのである。そこにはきまって並なみならぬ工夫が人知れず行われているが、そもそも自己意識の中を想念で解決しようとすること自体が間違いだったのである。

 この知性によるとらわれが森田神経質の人びとを、自ら如何いかんともしがたい、がんじがらめの苦境におとしいれ、解決の道が見出せない呪縛のどん底にいるように悩ませるが、じつは解脱げだつの方法は確実に用意されている。それは、知性はもともと精神の外部機構なので、自己意識内容の解決には使えないのであった。そこで悩みは放置して、そのまま他者意識の面に知性を発揮して手を出して行けば、すぐに全治の状態が現れる。さらにあなたの知性の優れた働きが見違えるばかりの知恵者として、周囲の人びとを驚かすことにもなるのである。

   2021.8.23


宇佐晋一先生 講話

自信はまったくいらない  

 今ほど自信について考えるのによい時はない。ついこの間まで人生に自信をもつことほど大事なものはないと思っていた多くの人々も、自信ひとつで新型コロナウイルス感染症、なかでも感染力の強いデルタ株に立ち向かえるものではないことがよくおわかりになったであろう。自信は自己意識における自己評価なので、これほど主観的で、あてにならないものはない。それにもかかわらず自信をいわゆる精神力の中核をなすものであるかのように考えて、オリンピック・パラリンピックの選手の評価の表現のなかに頻繫ひんぱんに使われてきた。困ったことに自信は勝つことによって増してくる。それはその人の経験に密接に結びついて、ひとりでに増減するという自己評価のなりゆきから、いくら「自信はいらない」と声を大にしていっても、やはりあったほうが生きやすいため自信をもとうという空回りは後を絶たない。

 そこで真面目な森田神経質の人は主観的な自己評価の意図的な、したがって架空の、心理的安定を目ざして、無駄な自信増強策のあらん限りの工夫に、つい手を出してしまうのである。なにを隠そう、この私も、かつてはその1人であった。当時このことは森田療法に関係がないと思っていたからである。森田神経質の人のとらわれは、等しく自己不全感に由来すると考えて誤りはないが、よく考えてみれば、自信をもとうとすることは自己不全感の裏返しで、とらわれの方向はまったく同じなのであった。

 こういうことをはっきりと教えてくれる人にはなかなかお目にかからないので、いつまでも自信をもとうとして悩む人が多いのを見るにしのびない。そこでちゃんと責任をもって申し上げておかなくてはなるまい。-----突然ながら今、オリンピック最終日の早朝を飾る男子マラソンの先頭集団が北海道大学札幌キャンパスに入って来た。「青年よ! 大志を抱け」のことばで有名なクラーク博士の銅像のまえを走りぬけた。彼が「大きな自信をもて」といわなかったことに改めて感銘を覚えた。「大志」は正に広い他者意識の世界を指し示すもので、自己意識には関係がないことを思うべきである。

   2021.8.8


宇佐晋一先生 講話

メンタルトレーニングはせずに競技に専念を  

 東京オリンピック・パラリンピックを迎えて、アスリートたちのためにアメリカの脳神経科医がメンタルトレーニングの必要さを説くテレビのスポーツ番組を見た。いささか泥縄式の感があるが、多くの人はやはり、しないよりはしたほうがよいにきまっている、と思われるのではないだろうか。ところが、一切してはいけないのである。メンタルトレーニングで精神面を整えて勝負に打ち勝とう、というような常識的な呼びかけに引っかからないことが肝要である。禅宗の坊さんで、精神科医でもあるという方がテレビに出られたので、この方なら大丈夫だろうと思ったら、認知行動療法なみにマインドフルネスを目指すものであったので、残念であった。

 心の問題の解決にとって日本には鎌倉時代以来 決定的に即時に達成することのできる道が開かれていた。それを精神医学的に解明し、同時に的確な精神療法を確立したのが森田正馬 東京慈恵会医科大学名誉教授(1874~1938)である。この治療法の発見は今から100余年前の1919(大正8年)~1920(大正9年)ごろであった。私の父、宇佐玄雄(げんゆう、1886~1957)は1919に卆業した森田療法創設期のもっとも古い弟子である。彼は小学校4年から禅宗寺院に養子として入り得度し、早稲田大学(インド哲学)を卆業。京都の大徳寺僧堂に入って、雲水として修行した。寺の住職になってから医学に志し、東京慈恵会医学専門学校に入り、森田に精神医学を教わる機会を得たのは幸運であった。森田神経質の人たちが自分の不完全な所、たとえば不安、心配などに注目して、それを熱心に治そうとしても思うように治らないことにとらわれて、ますます工夫して完全に治そうと努力すればするほどどうにもならなくなるのを、禅の「偏計所執」(へんげしょしゅう)と同一心理と看破かんぱし、森田が見出みいだした人間心理には普通論理に従わないもののあることの発見を、父は禅の不問不答の理窟抜きの生活の姿に重ねて、三聖病院におけるなにより仕事中心の森田療法の実践において好い治療成績をあげることができた。そこには一切メンタルトレーニングなどあってはならず、医師 - 患者の関係を離れた共に修行の生活がすべてで、それが全治にほかならなかったのである。

   2021.7.22


宇佐晋一先生 講話

知らなくて良い 

 スポーツでも練習すればそれ相当の効果がある。効果のある所には自信が生まれる。自信が増すに従って自己評価が高まり不安をものともしない心境になり、どのような場面でも緊張しなくなる、というふうになるはずだと考えられている。アスリートたちの、われわれを感心させるような競技のあとの感想にも、しばしば思うようにいかなかったという後悔の言葉とともに、他日を期するという意気込みが語られることが多い。

 この誰しもに共通した〝自己不全感〟ともいうべきものを、ひょっとして自分だけのものではないかと心配して、そのつもりで周囲を見回すと、本当に誰もそんな些細ささいなことに見向きもしていないように見えるので、自分だけのことのように思えてくる。そのため自分の責任で解決しなければならないと考える。そのとき一番工夫の対象になるのは心である。すべては心の問題だと考えるからである。しかもそれが間違っているとは到底思えないから、結果がうまく行かないのは自分の努力が足りないか、あるいは工夫が足りないかだと考え、人知れず大変な苦労をするものである。それでも思いどおりにならない現実を見て、自分の力不足をなげくのが常である。

 ここまで読まれた方はきっと、どうしてこのように当たり前のことを長ながと書くのだろうと、いぶかしく思われるであろう。筆者の意図は実はこの当たり前のことが、心にとってはすべて当てはまらないことがらで、いわば脱線である、と言いたいのである。つまり解決法になっていないということであって、真の解決法はちゃんと別にある。それを明らかにして皆さんのものとして役立てたいと切に願うものである。といって、もったいぶって秘伝として扱うつもりはさらにない。

 それで思い出したが、今年の四月の終わりごろ、テレビの精神鍛錬の番組に中村天風氏の写真が出た。天風会という修養団体の創始者である。昭和の頃の三省会の会員で、「元気な時は三省会が良いが、気力が湧かない時は天風会に行くと元気になれる」と言っている人がいた。その人が言うには「天風会ではクンバハカの秘法というのがある。それを身につけていると、飛行機が墜落しかけてからでもあわてないでいることができる。教えてあげたいが、こればかりは他人に教えてはならないと言われているので、ご勘弁願いたい」という話であった。

 偶然その後、昭和四七年に鹿児島へ行く用事ができて、地図を買って空港が鹿児島市の南郊の海岸近くにあることを調べて、機上の人となった。窓の下に一瞬桜島が見え、錦江湾が斜めに目に入った。もう着陸だなと思っていると、高度を下げてどんどん山のほうに入っていく。クンバハカの秘法もなにもあったものではない。「ああ、もう駄目だ」と目をつぶるほかなかった。それにしても着陸の放送も普通で、落ち着いた雰囲気なのが不思議だった。やがて土地がせり上がり、景色が後へ流れて、あっという間に着陸した。そこには真新しい、出来立ての鹿児島国際空港があった。聞けばその年の四月に開港したばかりで、霧島市溝辺町という鹿児島市の北方の丘陵地に移転したのであった。

 恐怖も不安も知ることに大いに関係がある。後から考えれば京都で古い鹿児島の地図など買わなければ良かったような話である。昔からよく言われる「知らぬが仏」が思い合わされるが、それは不案内な土地について調べなくて良いという受け取り方をしたら間違いである。予習は十分にした方が良い。ただ地図の上に記された空港の位置が古かったので、大いにあわてたのである。その心の急な変化に対して、どうしたら良いかということについては知らなくて良いのである。

 「知らぬが仏」は自己意識内容について、それがどう変化しようが対策を工夫しないことに尽きる。心の世界はこうなるはずだという経験則の及ばない所である。いかなる答えも必要ではなく、答えを出すことが脱線をひき起こすのである。

   2021.7.11 


宇佐晋一先生 講話

心には教訓がない  

 徳川慶喜が隠棲してのち「写真撮影や絵を描いて、それを心の支えとした」とテレビで説明していたが、同じ局の「心の時間」の番組では「心の壁をのりこえる」ということが人生の転機となったという人の例を賞讃していた。前者に従えば、心の支えさえあれば、どんなに具合のわるい環境条件のもとでも、ぐらつかずにやっていけるというわけだろうし、また後者によればどんな場合も心の壁に行く手をさえぎられている間はうまくいかないので、そこでなんとか心の壁をのりこえないといけない、ということになるだろう。それで当りまえだと考えられている。どちらにしても「心次第で人生は変る」と教えていることにおいては同じである。ということは、心ほど大事なものはないから生きる上の第1条件とせよという教訓と受けとめられよう。世間一般にはそれに同感する人がほとんどなのではあるまいか。

 私が皆さんのお役にたちたいのは、心についてのいろんなよいあり方や条件、それに伴う批判などはどれも皆見当はずれなのだと知らせたいのである。心についてどれほど多くの真面目な人たちが悩み、苦しみぬいているかを考えるとき、もっと積極的に森田療法の悩みの解決の手軽さ、迅速さ、確実さを知らせないといけない、と思う。心の問題となるとやたらとむずかしいものと考えがちなのは、下手にことばでいじくるからであって、どんなに複雑にこんぐらかっていようとも、それは問題ではない。悩みの種類と程度を問わず、今早速さっそく目の前の仕事にとりくめばよい。その責任が重いほど治療効果は確かなものとなる。そのためには目的が他人につながるものがよい。公共的に世のため人のためになるものであればあるほどよく、その目的達成のための工夫がことさら細やかなのがよい。その場の空気をよみ、他人の気持の動きには十分気を配って、先廻りするくらいのとりくみに精魂を使いはたすなら、まぎれもない全治がその場にあらわれるであろう。この全治にはお説教がないし、心のあり方に関係がない。自分以外の世界の、生物・無生物がよく見えていて、みんなのために骨折っていさえすれば満点である。

   2021.7.4


宇佐晋一先生 講話

自分の心にテーマをもつのは間違い  

 多くの人びとは心のあり方が大事だという共有の認識をもっている。それは逆に好ましくないという状況についての見解がほぼ等しいということからもわかることである。たとえば嫌われるのはきまってストレスであり、不安や恐怖であり、不幸である。快楽の経験に伴って脳内に快楽物質エンドルフィンが出てくる。それに関与するのは脳の外側被蓋野と、そのそばの腹側核である。この経験が蓄積されて脳に快楽追求の意欲を生じ、心の快楽原理を確固たるものにしているので、かえってここから心の安定の道は開かれない。

 心の問題は生きるうえに優先的に解決しておかねばならないことは百も承知ながら、一般にはとりあえずの苦痛を解決することに注意が向き、なにか他のことをすることでまぎらして、それで解決したような気になっている。脳の仕組みは知れば知るほど快楽についての理解は進むが、逆に苦痛の解決からは遠くなって、見えてくるはずの道が見出せず、ただ迷いのみが暗く残って、行く手をはばむのである。自己意識内のテーマが邪魔するのである。

 筆者は昭和2年(1927)生れで、戦時中の精神教育を受けた人間だが、若かった当時を回想して、いちじるしい様相の違いを感ずる。それは非常にはっきりと心の目標が自己意識でなく、外の世界すなわち他者意識のなかにあったということである。「お国のため」「天皇陛下のため」に勉強し、勤労動員で福知山市長田野(おさだの)の飛行場建設にも行った。自分の快楽追求や苦悩除去といった自己意識の目標はもたなかったが、そこにおのずからな安定があった。まさに森田のあるがままである。

 このように自己意識内に目標をもちこまない意識がどうしたら得られるのかと問われるならば、その答を出すまえに早速さっそく仕事や介護、他人のための細やかな気配りとお世話、芸術の制作活動などを始めるとよい。天草市の原田益喜さんから「夏目漱石の『こころ』を読んだが、(登場人物が)自分のことばかりいっている」という指摘の私信をいただいた。たしかにこれでは解決は得られるものではないが、これは文芸作品であって、人生の指針ではないから仕方がない。作中乃木希典大将夫妻の明治天皇崩御後の殉死が出てくるが、これは崇高な行為ではあっても、自己意識からの行動であることはまぬかれない。   

   2021.6.11


宇佐晋一先生 講話

心は試すこともダメ、「ガッテン」もダメ  

 NHKの「試して『ガッテン』」はよい科学的番組である。それは思わぬ所によい効果のあることをわからせる実証性が皆を驚かせるからである。こうして身体についての新知見を得ることはよい勉強であり、すぐにも役立つので、その恩恵は大きい。

 ところでこの番組で心が取り上げられなかったことは幸いであった。心は経験的に「こういうものだ」といっただけで、生きいきした真実を取り逃してしまう。厳密にいえば、「そうかなあ」と感心しているだけで早速 脱線を招いてしまう。だから他人に教わって心のやりくりを、「やって見る」ことがもういけない。「ガッテン」などはもってのほかなのである。ところが一般には、この辺をしっかり教える人がいないため、きわめてあいまいで、混乱を招いている。

 しかし心理学がわるいのではない。心を対象にした学問そのものは存在価値があり、ますます発展させればよい。それではなにがいけないのか、どこが間違っているのかといえば、学問を自分に当てはめようとする、そのことが真実に生きることを不可能にしてしまうのだ。自分の心を取りあげて、考えの対象にする時に真実を離れて、自分が考えに置きかえられてしまったことに気がつかない。しかしこれは誰しものことで、間違っているとは到底思えないで過しているのが実状である。

 真実を見あやまって、「考えた自分」で生活していると、納得のいくほうへばかり行ってしまう。つまり自分にとっての不安や不幸、また危険の及びそうなことや損をしそうなことなどを回避することに熱心で、動きがとれなくなり、社会的に孤立してしまう。森田神経質のとらわれの症状は、じつはごく当たりまえだと思っていた自分という、わかる形の考えでとらえた「自己意識内容の概念化」の、さらに「ガッテン」を目ざした姿なのであった。

 なによりも優先して、他人を助ける側にまわって、サービスに着手すれば、実証と納得より前に全治は今日現れる。この自己意識内容の概念化されない状態を、前院長の遷化に際し、当時の東福寺管長 林恵鏡老師は「無角ノ鉄牛、火裡ニ眠ル(角のない鉄の牛が火の中で真赤に焼けて眠っている)」と香語で讃えられたのである。

   2021.5.28


宇佐晋一先生 講話

まったく意外な本治り  

 世の中では、ものごとはわからないようなのは話にならない、とされ、確かな認識が求められる。ところが森田療法では、そのわかる話が邪魔になって、治るものも治らないのである。実に森田療法におけるとらわれの苦しみからの本治りは「わかること」からまったく離れた所に現れるものだったのである。

 多くの解説書が手近かにある現在の状況は喜ぶべきことではあるが、「わからせて治す」という趣旨が森田療法の場合に限っては、究極の全治を成り立たなくさせるのであってみれば、まったく余計なおせっかいというほかはない。私が今日の森田療法に、一番心配しているのはこの点である。

 悩みは自分についての、よいものを求めてやまない人間本来の、自己意識のなかを論理化する所に発生することは間違いない事実である。そのことからすれば、自己の安心を目ざして自己意識のなかを論理化するような心理療法が、治療どころかつねに新たな次の悩みの火種となっているのは明らかであるが、ちょっと気がつきにくい。

 森田療法は森田神経質の人のみならず、すべての人びとの悩みの真の解決の道を、ともに達成せしめる公開された方法である。悩みといい症状と呼ぶも、どちらも矛盾に終わるほかのない言葉と論理の使い方を自分のために向けて用いた出発点の誤りに気がつけば、事は容易に解決する。それに気がつかないのは自己意識は自分の考えの世界なので、間違いがおこるはずがないと思っているからである。そこで忠告に従って、「これが自分だ」ということをすべて離れて、ひたすら外界の用事や勉強、あるいは芸術作品の制作、ならびに鑑賞などに骨折ればよい。他人や社会のために骨折ることは、その他者意識内のはたらきの徹底である。不安やストレスを口にする人は、そういう他人のための骨折りで喜ばれる仕事をすぐに探し始めるとよい。その探すという精神作業がもう立派な本治りであって、なんと全治はむずかしい心のやりくりではなくて、意外なまでに身近かで確実なものであったことが身にしみてわかるであろう。

   2021.5.18


宇佐晋一先生 講話

ストレスも不安も、もったままが全治  

 大型連休の人出を防ぐために第3回の緊急事態宣言が発出されて、ずいぶんいつもとは違った自粛生活が強いられている。それは新型コロナウイルス感染症(異種株も含めて)をぜひともここで食いとめたいという国家的な、強い要請にもとづくもので、医学関係の責任者は5月、6月の予測値まで示して、ハラハラしているのがよくわかる。

 それにもかかわらず主要駅周辺、繁華街、観光地などの人の流れは思ったようには減っていない。これは自己主張がいかに強いかを示している。それもやかましくいわれていることはわかっているのであろうが、家に閉じこもっていると不安や不満がたまり、それがストレスになって健康によくないという思いが外出へと向かわせてしまうのであろう。なにか「自分にとってよくない」という考えには人は弱いものである。

 そもそも神経症性障害の共通した発端は、自分にとってよくない状況や考えに気付いて、それを思いどおりに取り除こうと、繰り返し努力するところから始まるものである。その最初の心配のところでなくても、じつは森田療法ではいつでも、その不安や心配、またストレスなどを自分の考えで打ち消そうとせずに、もったまま外への取組みを始めさせるところに他の療法と大変違った対処のしかたがある。どうしても心の問題を先に解決したら、それですむように思われるので、なかなか気がつきにくいものである。ここに気のきいた助言者が必要とされる理由がある。それは理論的説明を親切そうにする人ではだめで、あっさりと心の問題には一切ふれず、目のまえにさし迫った大事な生活にとりあえず着手させてくれるような助言者である。それは目下のところなにが一番必要な、急ぐ仕事であるかを指し示し、命令までしてくれるほどの人なら最高である。

 三聖病院初代院長はただ「理屈ぬき」といった。それは納得を待たずに、とらわれて抜きがたい不安や、解消に手間どるストレス対策はほったらかしにして身辺のあらゆる人や物の、ありがたさに目をむけて、ほんの少し仕事をしたら、それが全治のはじまりなのである。それは急いだほうがよい。

   2021.5.1


宇佐晋一先生 講話

全治の極意  

 この1年で警察に悩みごとで相談した人が84.200件にふえたという(警視庁調べ)。しかもこれらの相談の内容が「死にたい」ということだったので問題は深刻である。テレビで見るかぎり、その対策にはその人の心境を聞く人が必要とされる。他人に話を聞いてもらい、親切な助言を受けることができれば幸運であるに違いない。そこで疑問に思われないであろうか。もしカウンセリングで解決するのなら、なぜ森田療法では入院をすすめたのか。それはけっして病状や、相談内容の深刻さの程度によるものではなかった。

 森田療法における入院生活はコミュニケーションから離れた状態を人工的に作り出すのである。鈴木知準先生の話によれば昭和2年(1927)の入院中、第1期療法の間に森田正馬先生は1度も顔を見せられず、ただ奥さんが3度の食事を運んでくださるだけだったという。これでは話し相手がいないのも同然である。そこに独創的な治療があるわけだが、それは悩みの相談をしようにもできない1週間なのであった。つまり自己意識内容を組み立てても、答えの出しようもない、中ぶらりんの自己意識で、悩みは解くすべもなく、悩みのままにもっているほかはなかったのである。驚くべきことに第1期絶対臥褥期において究極の状態が現れる。けっして治療の最終段階ではないというこのことは、とても普通には信じられることではないであろう。  

 私は昭和25年(1950)に医師になって、京大の精神医学教室で学び、家では昭和32年(1957)2月まで父の入院森田療法の指導をうけた。といっても特別秘伝というようなものを教わったわけではない。ある時の講話で「長野市の善光寺の本堂の床下の戒壇めぐりは全治の極意ですよ。1度行ってごらんなさい」と珍しいことをいった。父が亡くなった年 昭和32年(1957)の10月に善光寺の宿坊で日本精神病理・精神療法学会が開かれた機会に本堂の床下へ降りた。そこで2回道が折れ曲がるともう真っ暗で、あとは手さぐり、足さぐりで進むほかなかった。いかなる理論学習も経験も、なんの役にも立たなかった。これが本当のあるがままである。やっと明るい堂内に上がってきて、あとは善行精進あるのみと思わずにはいられなかった。

   2021.4.17


宇佐晋一先生 講話

心によらない生活の始まり  

 気がついたら、これまでの生活は心にふりまわされてきたといえないだろうか。まるでそれ以外の生活がないというふうに心を大事に扱ってきた。若い頃 戦時中で、医学の勉強のかたわら寺田村(現城陽市)の農家に勤労奉仕で泊まりこみで行って、六月の水田に入って草取りをし、足に蛭(ひる)が吸いつくのを手で払いのけながら仕事をしたことや、秋の稲刈りに忙しい奈良県の郡山市の西の矢田村の農家に数日手伝いにいって、「稲刈りは粘る仕事じゃ。のう若い衆」と老人からいわれながら、日が暮れるまで頑張ったことなどは、妙に生きいきした思い出として、精神教育よりもずっと鮮やかな記憶として消えないでいる。

 昨年亡くなった詩人で作家のなかにし礼さん(1938~2020)が「(普通の心のほかに)もう一つの自分を感ずることが大切だ」といった。それはわからぬことはない。多分詩情、文芸の心であろう。しかし「もう一つの自分」という所に自己所属感が残っている。じつはもっと肝腎なものがあることに気付いていない。それはどのような心にもよらない生活である。私が戦争中に農家で生活をともにした、あのしみじみとした味わい、生活感情とでもいうようなものである。そこにはおいしいというようなご馳走はなく、梅干と漬物で暮らす人々と働いた。幸福など考えもしなかった。ただご飯だけは「沢山食べてくれ」といわれた不思議な生活であった。だが感情的には豊かなものがあった。

 関連して戦争末期の頃、一般教養の時間に京大文学部哲学科卆の柴田清先生は、江戸時代前期の盤珪永琢禅師(1622~1693)の「不生(ふしょう)禅」について講義をされた。「盤珪禅師仮名法語」で知られる、もっとも日本的な禅の話で、禅師の口調がそのまま、生きいきと伝わってくる。「すべては不生で整いまする」という究極の禅意識は、自己意識内にことばと論理をもちこまない不生が中心になっている。ここまで説明すれば、賢明な皆さんは森田療法の「あるがまま」と同じだとお気付きになるであろう。自在な感情の世界も「驚きなば、そのままにてよし。用心すれば二つになる」と親切かつ用心ぶかくさとしている。禅も森田療法も、その極意はなにものでもなく、いわば無色透明なのであった。あとはただ心によらない社会に役立つ生活あるのみである。

   2021.4.3


宇佐晋一先生 講話

理論学習で治った人はもっとよくなる  

 入院によらない森田療法の普及に尽力された長谷川洋三氏は水谷啓二氏のあとを受けて、森田理論を学習する方式を創案し、自助グループに対して新しい道を開かれたかに見えた。

 しかし森田先生は皆に「ぼくの理論を学習しなさい」とおっしゃったであろうか。それどころか、日本最古の古典「古事記」抄をわざわざ印刷して、治療の一環として、起床後と就寝前に10分間ずつ音読させられた。これは面白くもなんともない古文で「天地初発時(あめつちのはじめのとき)、高天原成神名(たかまのはらになりませるかみのみなは)天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。次高御産巣日神(つぎにたかみむすひのかみ)、次神産巣日神(つぎにかむむすひのかみ)。此三柱神並独神成(このみはしらのかみはみな、ひとりがみとなりまして)、身隠(みをかくしたまいき)」といった読みにくく、わかりにくい文章を声高らかに朗読するのである。これで全治するのだから、理論学習など余計な話なのである。

 理論学習だけについていえば、他者意識に属することがらであるので、健全な行為であるはずだ。それがなぜいけないかといえば、「これで治る」といっている点である。理論学習をする人も、治りそうな、もっともらしい話につられて期待がふくらむわけである。ところが「治るという考え」は自己意識に属するので、そこに知性をもちこんだらどうにもならなくなるのである。ここで賢明な皆様方はなぜ古事記抄を朗読することで全治するのか、もうおわかりになったであろう。それは「これで治る」とはだれも思わないからである。

 森田療法の4時期とも、治そうとするとらわれから完全に離れて、自己評価のまったくない他者意識の世界での生活である。それは治そうとしないことの徹底である。入院外とはいえ森田療法に理論学習を組みこんだのは、実をいえばなくもがなのしむべきことであった。理論学習を離れた所で日常生活に骨折れば、その場の意識は間違いなく「あるがまま」で、その心境は「純な心」にほかならず、どなたももっとよくなられるのである。

   2021.3.19


宇佐晋一先生 講話

さあどうするか 

 世界で新型コロナウイルス感染症の人が1億1.000万人を超えたと報ぜられる中、皮肉にもどうしたら不安をなくすことができるか、という心の問題がとり上げられなくなってしまったのは、唯一結構なことである。そういう時にふだん気にも留めなかった、自分をもっと成長させたいという思いがわいてくればさらに願ってもないことだ。

 そもそも心の持ち方などと言って、心のやりくりで自分の問題がどうにでもなるように思っていたのが間違いであったのだが、なかなか気づいてもらえなかった。そのようなことよりも、どのようなことにもとらわれずにさっさと必要な仕事に手を出して進むことが、今の大変な時代には特に必要である。

 そのために自分をもっと成長させたいと考える人びとは、世のなかには発達心理学というものがあるではないか、それを学べばよいだろうと考える。それでも不十分ならば、さらに教育心理学を勉強すればいいのではないかと考えるであろう。

 ところが心の問題の解決は学問の世界ではできないのである。なぜならば自己意識の世界、すなわち「これが自分だ」と思い込み描いた自己像の世界は、言葉や考えによって組み立てたものである。しかし、心は瞬時も定まった姿を保ちえず、どのような固い決心も外界の刺激の変化によってゆらぎかねないのである。しかも学問の様な他者意識の世界と違って、自己意識の中は論理が異なる領域なので、それなりの対応が必要であったのだ。この点がほとんど無視された精神論は実際には役立たない。人間の知性が最も役立ってほしいはずの自分自身に対して無力であるということは信じたくないけれども、絶対に見落としてはならない厳然たる事実である。私は精神医学を学んだが、この重要なことがらは学ばなかった。

 昭和31年(1956)から父に代わって美濃加茂市正眼短大で教育心理学の講義をするようになってから、心理学を通じて学んだのである。人間の知性は外部機構であって、外界すなわち他者意識の世界にのみ力を発揮するものなのである。これに基づいて、コミュニケーション理論による教育心理学に矛盾を感じ、先生と生徒の一方にどうしても自己像を描かざるを得ないその間柄が是正されなければならない必要さを知り、コミュニケーションのない所に実際生活を通じた真の教育があることに気付いて、講義内容を改めたのである。

 当時は新幹線もなく、交通の不便な山奥に学校があったので、4日間泊まりこんで集中講義を行なったが、このことが幸運であった。それは短大に近い正眼寺の望雲亭という客室に泊まり、僧堂の雲水の人たちと生活をともにした。しかも毎日梶浦逸外老師に接して、その気魄のこもった雲水に対する指導ぶりをつぶさに拝見し、老師の提唱すなわち講座を聞かせていただいた。接心すなわち個別の入室にっしつ参禅の様子は、老師の隠寮が望雲亭に近い高い所にあったので、大きな声で叱られているのが手にとるように聞こえた。これは普通のコミュニケーションによる教育ではない。言葉によって意思を通ずることのない教育であった。

 つまり言葉による説明的な回答は老師から叱られるほかなかったのである。それは論理的な回答であると叱声が飛ぶと同時にドーナッツ形の環鈴が鳴らされ、それを合図に雲水は引き下がらざるを得ない決まりになっていた。何か良い答が見つからないから叱られるのではなくて、問と答という形に持っていこうとしているから「何をぼやぼやしとるか」と闇をつんざくような大声で怒られて、すごすごと引き下がらざるを得ないのである。

 心すなわち自己意識については論外であるという、分からない、決められない世界の話をしてきたが、これはまぎれもない真実に生きる大道である。問えばただちにその自分の言葉に引っかかり、答えればまた矛盾に終わる。「富士山に縄をかけて引っぱって来い」と今まさに言われている。さあどうするか。

   2021.3.14 


宇佐晋一先生 講話

心は掃除しない、磨かない  

 ギリシャの昔デルフォイの神殿に「汝自身を知れ」というソクラテスのことばが書かれていたという。その流れは近代哲学の祖とあおがれるデカルトの「我思う故に我あり」という思想に受けつがれて、心身二元論を明確に打ち出している。私が三聖病院の院長であった頃、役員会といえば、臨済宗東福寺派の管長の林恵鏡老師以下七名の僧侶方が席を連ねておられて、他所では見られない雰囲気であった。役員会のあと、いろいろな世間話が出るなかで、一人のお坊さんが「掃除をすることは心の掃除や」といわれたのが印象に残っている。これは普通、一般受けのする機知的なことばで、表現を変えれば「心を磨くべきだ」という考えに共通しており、だれもが賛成して、反対する人のほうが変な目で見られるだろう。

 ところが心とか自分とかという自己意識内容は存在するものとして論ずることは、ものごとの根源的な事実を十分に見極めたものではない。あるように思えるから、あるにきまっていると勝手に思っているだけである。そういう場合、自分の責任において心を理想的にすることが精神修養の効果として期待される。「心を磨くこと」が何時いつとはなしに義務感をもって、人格を高めるよいことだと思われてしまったのである。「これが自分だ」という自己意識内容はよく見極めると、じつは絶対不成立のものであって、心を自分でよいものにしようというのは、不可能なことであり、まったく無駄な努力なのであった。心に手出しは無用であり、どうなろうとおかまいなしにほっておいて、他者意識の社会生活に向って善行のかぎりを尽していくことがあるのみである。日本では鎌倉時代に、このことに気がつく人が二人現われた。一人は身心一如(しんじんいちにょ)を説く曹洞宗の開祖 道元。「心は仏の方(かた)より行われる」として、論じなかった。もう一人は「不断煩悩、得涅槃(ふだんぼんのうとくねはん----煩悩を断ぜずして涅槃を得)」と正信偈に説く浄土真宗の開祖 親鸞聖人である。両者とも「目ざす心」という対立概念をもたないところに真の宗教者といえるものが共通して見られるのである。森田療法における「あるがまま」の意識も、まったく同様で、不安のまま、ただそれだけなのである。

   2021.3.1


宇佐晋一先生 講話

全治の答えはいつも「それでない」  

 どんなによい答えを出しても「よろしい」といってもらえない。他人がもっとよい答えに気がついて、さっさと治るのではないかと思えて気が焦るが、実際はけっしてだれかが賢い答えを出してめられ、涼しい全治顔をして喜んでいるわけではない。

 全治の状態を目ざそうとした長い間の苦しみは 描いた自分の理想の姿を目標にしての努力の姿であった。これがいけなかっただけのことなのだ。しかし心のあり方がなにより大事がられる社会では、心をおろそかにすることはとんでもない不真面目な態度と評価される。そのためなかなか心の工夫から手を放すことがむずかしい。まったく教養とは自分の心の扱いがうまくなることにかかっているように思われる。

 禅の僧堂で修行中の雲水さんが、夜中までも熱心に座禅し「無一 む一」と唱えて無になろうとして真剣に努力するという話を聞くにつけ、どういう指導が行われているのか、気になって仕方がない。禅の修行の方式は鎌倉時代以来の伝統を今に伝えて、最高のものとして尊ばれ、批判は自他ともに許されないものとされている。私が気になるのは、自己意識内容である自分の心を対象にして、「無になろう」とするその態度である。われわれからすれば自己意識内容には指1本触れず、意識はつねに他者意識のみを働かせて、仕事にとりくむことが、全治の早道であるから、自己意識内に「無」という言葉を持ちこんでさえも大脱線なのである。

 これを書いているうちに70年もまえに聞いた前三聖病院長 宇佐玄雄(げんゆう)のことを思い出した。いままでどこにも書いたことのないもので「僧堂で修行するより森田療法を受けたほうが早く目が開ける」といっていた。父は小学校4年生のときに寺に養子にもらわれて得度し、早稲田大学卆業ご軍隊生活を経て、大徳寺僧堂で川島昭隠老師のもとで修行をした。医師になったのはそのあとである。入院者に朝から晩まで作業をさせ、「神経症になることもでき、また治ることもできるのが本治りだ」と説き、全治の状態を言葉できめることがなかったのである。  

   2021.2.3 


宇佐晋一先生 講話

森田療法全治の論理とは  

 神経症性障害のみならず心の問題は森田療法によって跡形なく治る。この優れた全治の特色は、一般の精神療法とは論理がことなるからであって、森田療法でも うっかり普通の論理を持ちこんでいると、治るのに長い時間がかかってしまう。しかし森田先生はそういうことをおっしゃっていただろうか、と心配される方もいらっしゃるだろう。それは ちゃんと「感情ニハ普通論理ニ従ワヌモノアリ」と述べておられる。だから「治らない」といっている人はそれを見逃がしているだけのことなのである。普通に病気を治すというあの論理でがんばっているから、いつまでたっても治らないわけなのだ。早く "治す論理" から離れることをおすすめしたい。

 この話は種あかしのようだが、けっしてそうではない。種あかしなら分かってすむ話だが、森田療法のほうは分かってすむ話ではなくて、心は別種の論理のなかに放置して、他方 外に向っては大いに活躍する道が開かれるのだ。どうしたら世の中の人に役立つ仕事が見つかるか。他人に喜ばれる仕事はもっとないか。探してばかりいるような生活が始まるのである。そういう社会的によいことを探して、どんどんやっていく時、もう神経症性障害は存在せず、治ったかどうかなど考えるひまもないのである。こういう外に向かって緊張して次々仕事を見つける前進の姿を、森田先生はすすめられ、治し方について質問する人に「君はもっとハラハラしたまえ」といわれるのが口癖のようだったと伝わっている。

 いまは全世界を通じて、新型コロナウイルス感染症の拡大に対してハラハラして暮らしているから満点なのである。のんきに社会生活を送って、守るべき対策をおろそかにしていてはいけないご時勢である。こうして皆さんが不安の真只中にいるよりほかない状況は森田療法からすれば実に貴重な体験といわなければならない。すぐさま「今しなければならないことはなにか」と探すならば、それはもう立派な全治の姿といってよいのである。

   2021.1.22


宇佐晋一先生 講話

緊急事態でも不安の解決はあるか  

 新型コロナウイルス感染症の拡大はすさまじい勢いである。緊急事態宣言が出された都県はもちろんのこと、そうでない地域にも緊張が走る。日本医師会が待合室用に出している「日医ニュース」の1月5日号に「ストレスに強くなろう」というテーマでの特集記事がのっているが、今度ほど白々しく思えたことはない。「ストレス過多になると自律神経のバランスが乱れる」という話から始まって「ストレスに強い体を作るために行いたい毎日の習慣」が5つ述べられている。

 だれも今さらストレス対策強化法など希望する人はいないであろうし、生死にかかわる問題が日本中いや世界中の人びとの生活空間にさしせまっているのである。皆が不安のまっただ中といってよい。こんな時にもよい生き方というものがあるのだろうか。だれしもが平等にその不安に直面していることや、アメリカやイギリスでは1日に何万人もの感染者が出ているのにくらべれば日本はずい分と少いことに、いくらかの安心があるにもせよ、国家的重要さにおいては楽観的資料はなにもない。ただワクチンの接種が期待されるのみである。それまでは不安にさらされていなくてはならない。

 ここでせっぱつまった人の話は多分参考になるであろう。14世紀に南朝の後醍醐天皇をたすけて転戦した知略の武将 楠木正成が形勢不利ななか、大阪府の北部の桜井駅で息子正行を国もとの千早赤阪村に帰し、みずからは西からの足利軍との湊川での決戦に向けて進む途中、現在の高槻市の広厳寺に立ち寄り、中国からの来日僧である明極楚俊(みんきそしゅん)の名声を聞いていたので面会した。正成が「生死交謝(しょうじきょうしゃ)の時如何?」(生きるか死ぬかの時は どうしたものでしょうか?)と問うと、即座に「すべからく双頭を断絶すべし(自分について生とか死とかの対立概念を使ってはいけない)。一剣天に倚(よ)って寒(すさま)じ(頭の上に敵の剣が来ているぞ)」と答えた。それで正成は湊川に向けて出陣したのであった。今日においても自己概念は最初からはぶくのが賢明である。

   2021.1.10


宇佐晋一先生 講話

全治のめでたさは格別  

 入学祝いや結婚祝い、また交通では鉄道や高速道路の開通祝いなど、個人や公共の新しい事態の幸運な始まりは祝福される。ただ同じ祝いごとでも正月のめでたさは、ほかのめでたさと違うことに気付いておられたであろうか。普通のめでたさには はっきりした理由がある。ところが正月のめでたさには理由がない。年の初めのめでたさという理由があるではないかといわれるであろうが、なぜ年の初めがめでたいのかと問われると、はっきりした答は難しいのである。しかし特徴的なことは、誰彼なく皆がめでたいという点である。そこにはまったく区別がなく、比較がなく、よしあしがない。したがって対立するものがなく、勝ち負けがない。それで安心も不安もない、ということに気付かれたであろうか。

 正月とはそういうめでたさに包まれた期間である。これは考えによらない人生が垣間見える時であり、それを見逃してはならない。この状態は真の実在そのもので、ほんの少しも自己意識が概念化されてはならないのである。年末のニュースに国連の重要な任務についた日本人女性が、就任のことばとして「気をしっかりと引きしめてやりたい」といっていた。これが自己意識内を概念化した真実からの脱線のよい例である。当りまえの話を決意をこめて、上手にいっているようだが、「あるがまま」の真実からは遠く離れて、自分についての考えにとらわれているのである。

 森田療法の全治は正月のめでたさとそっくりである。心のやりくりでよくなると思うのは間違いで、治そうとするどのような考えを持ちこんでもうまく行かない。前院長の宇佐玄雄は「子供のほうがよく治る」といったことがある。それは大人のように理論的に自分で納得しようとしないからで、いわれたとおりに実行してすぐに治るのである。新型コロナウイルス感染症でいうならば、その拡大の情報にビクビクハラハラして接し、対策はおこたることなく、万全を期して行うこと、あたかも医療機関のごとくであることが望ましいのである。そうすればこのたびの正月のめでたさは緊張のうちに全治の保証としてあらわれるに違いない。

   2020.12.23 


宇佐晋一先生 講話

初詣にはご用心

 昔森田先生のことばを使って「かくあるべしの反対があるがままで、あるがままの反対がかくあるべしだ。こんなにわかりやすいことはない」と書いてある本を見たことがある。こういう道理がわかったこともうれしいに違いないが、本ものの全治はもっとすばらしいものである。そう聞くと長年の修養によってやっと到達するような困難な道のりを考えて気が遠くなりそうだが、実は本もののほうが簡単で、確実なのである。それは全治は論理の異なる世界であって、普通の心理学的な筋の通った学問的解説では役立たない。それだけでなくすべてのストーリーが関係がない。つまりわかってもわからなくても全治はもう皆さん方のものであるといってよい。

 答えを出そうとする時は、真実はもうそこにはなくて、全治はなり立たない、と聞いたら、すぐに心や症状に向き合うことをやめて、仕事に着手するか、他人からの恩恵を考えて、なにをすれば皆さんに役立つことができるかと考えるのが賢明である。それを難しいというのは自分の気分や能力を考えているからにほかならず、治らない状態というのは自分が思考対象になっている。すなわち自己意識が明るくなっていることは間違いない。そう見てくればお正月になったらなにをいても出かけようという初詣は、よほど慎重に考えてみなければならない内容のものである。それは自己意識の集中して高まった集団的行動で、ことごとくなんらかの願いごとを欲深く祈る。家内安全、無事息災、健康長寿、学業成就など、祈願するのが当然のようになっている。その祈りが真実に生きることを妨げ、全治を不可能にしていることに気がつかない。

 全治は自分についての祈願のない状態である。初詣はそれを打ち消す行為なのだが、神社に年頭に参詣することが、国民的行事として良いことのように思われているために、気がつかずに全治の機会を逃し、真実に生きることから離れて、新年の気分に酔うのはおろかしいことといわねばならない。私は森田療法の家に生れ育って93年、一度も初詣をしたことがないし、ご利益にあずかろうとは思わないのである。 

   2020.12.11 


宇佐晋一先生 講話

神経質の日常性  

 どなたもご自分のことでよくおわかりであろうが、一見のんきそうに見える人でも、かなり生活や仕事には気を使っているものである。2020年11月28日に行われたNHK杯フィギュアスケート・グランプリにおいて、女子シングルの部で優勝した坂本花織選手は直後のインタビューで「とても緊張したんですけど、のびのびとやれました。これからもいい緊張のなかでやっていきたいと思います」と語った。そのことばは、あの美しく冴えた演技のイメージの拡がりに消されて、ただ感心し、羨ましいばかりの憧れのみが残ったかもしれない。

 しかし私は まず口を突いて出た「とても緊張したんですけど」という口調に「森田神経質の人に違いない」という確信を得た。自己意識内容をいうか、いわないかで、そんな違いはあるのだろうか、と思われるかもしれないが、それは実に大きな分かれ道なのである。神経質のとらわれは、そこから「緊張はあってはならないもの」として予防したり、排除しようとするところから始まる。そこで「緊張はあってもかまわない」とか「あるのが当りまえだ」という解説がなされるが、逆転の発想でうまく治るというのは森田療法としてはお粗末である。

 そもそも自己意識内容、もしくは自分の心を考え方で調整しようということからして、自己の真実をよく見抜いていない人にありがちな とらわれである。森田正馬先生の「あるがまま」は考えではない。つまり考え方を変えて「あるがまま」の実現を目ざすのではない。緊張したらしたまま、不安になったらなったままであって、あらゆる考えのまえの意識の状態である。それは「ことばのない世界」というべきもので、あらゆる解説に関係がない。手っ取りばやくいえば、自分を考えで表現するまえの状態で、外のことや他人のことにとり組んでいる状態が一番たしかである。他人への感謝なら間違いない「あるがまま」の全治にほかならない。はじめに述べた坂本花織選手は「これからもいい緊張のなかでやっていきたい」という名言をのこした。その実行が体得あるいは全治なのである。

   2020.11.30


宇佐晋一先生 講話

不安の解決に心は関係がない  

 テレビの「悩みごと相談」の番組を見ていると、考え方を変えたり、心のあり方に工夫を加えるものなどが多い。中には心理学的な解説で、理解を深めることによって、自己洞察どうさつを深めたら解決すると説く学者の、もっともらしい意見もあって、聞く人びとを感心させている。また例外なく心を明るくするようなものや、心がいやされるものが話題になっていて、抑うつ状態を無くそうとしていることがよくわかる。要するに気分転換が中心になっていて、新しい精神生活が始まりやすいように仕向けているのだといってよいのではなかろうか。

 こういう話は当たりまえすぎて、どうしてわざわざ取り上げるのだろうと、いぶかしく思われるだろう。ところがそこに大きな問題があるのが気付かれていないのであって、そこを上手に解決したら、誰の手も借りないで見事に悩みごとは解決するだけでなく、不安という不安のどれ一つも起こりようがなくなってしまうのである。 

 はっきりいっておかねばならないのは心の問題、自分で見た自分、すなわち自己意識の内容は、筋を通した正論の通じない世界なのだということである。しかし臨床心理学があるではないかといわれそうであるが、それは他人が客観的にこちらの心のなかを取扱とりあつかっているから学問として成り立つのである。それに対し自己意識の内容は自分の主観で描き、作り上げてしまった世界なので、事実でないことがわからずに信じこみ、無批判に思いこんだ自己像にすぎないのである。それは主観的な虚構の世界なので、真実と思って取り組むことで脱線してしまうから、知性で抽象的論理的に解決しようとすることが間違いなのである。むしろ一切手出しをしてはいけないことを早く知って、自分や心について論ずることをやめれば、即刻真実に生きることができる。それはなにも難しいことではなく、今の目の前の現実の課題に敏感に対処して、ただならぬ緊張のうちに社会生活上の工夫を手ぬかりなくなしとげていくことが、ほかならぬ不安の真の解決が同時になりたつ姿である。現実の新型コロナ感染症拡大への対応こそがまさしくそれなのである。

   2020.11.12 


宇佐晋一先生 講話

心をどう扱えばよいか 

 だれしも今正しく判断して、確実な道を歩み生活していると思っている。しかしその生活のしかたでは、知らない間に自分の気持ちにとらわれていて、そのために感情生活のほうに引きずり込まれているのがわからない。たとえ、それに気づいたとしても時すでに遅く、自分の感情なのに思いどおりになってくれないから、どうやりくりしても悩みは増すばかりである。こういう当たりまえで、どこも間違っていない精神生活が神経症性障害の心理そのもので、森田療法は特定の人びとだけに通用する特殊な心の問題の治療法なのではなく、自分について考える、いいかえれば向上心のある人なら、どなたにも役立つ人生上の大きな課題を解決する役割をになっているといってよい。

 それでは元より病気でもなんでもない所から出発しながら、なぜある人びとだけが苦しい神経症性障害を引きおこすことになってしまうのであろうか。聞けばその人特有の、ある時の事情が発端として語られる。けれどもそれはかならずしも、抜きさしならぬ原因のように見えていても、多くはきっかけにすぎないのである。したがって気になり続けている悩みの本態は、今自分が片時も手をゆるめずに解決にとりくんでいるその姿勢そのものであって、そのなかに内容として原因らしいことがらが物語として入っているだけなのである。ふり返ってみれば自分の苦痛を何よりも先に解決しようとするのは感情の自然であって、じつにもっともなことではあるが、困ったことに自己意識のなかは自分の心の問題なのにうまくいかない。しかもつねに不安がつきまとうから、一刻も放置できない感じがして、ただもう方法のかぎりを尽くして人知れず早く治そうとして、その努力は自分に対して手をゆるめず、その葛藤かっとうはますますひどくなり、軽くなる見通しは見出みいだせない。

 森田神経質の人は熱心である。仕事に取り組めば他人に負けないであろう。それがどうして症状には勝てないのであろうかと不思議に思われるであろう。しかしこの事実に対して森田療法ではそのまま受け入れて克服しようとしないでよい。それで瞬間的に全治するのである。そこがじつに鮮やかで他に比類を見ない。

 後から理論化すれば、人間のもつ知恵、すなわち考える力は精神の外部機構であって、自分の心の問題の解決は守備範囲外なのである。今日の森田療法を見渡して、知性による理論学習で治そうとする傾向が見られるのは、その点から見ても、本療法の真髄しんずいをよく見きわめたものとはいいがたいのである。

 ところが、幸いなことに、理論学習そのものは対象が自分以外のことなので、立派な精神作業であるから、他者意識が明るさを増してくる。こうなれば自己意識は暗くなるので早速さっそくの全治が実現する。どこがいけなかったかというと、その理論学習を治すための方法であるとしたことなのである。それはあたかも全治の状態をだめにする「治そうとする自己意識」を最終目標として掲げているため、うまくいかないのである。自分のことはほっといて、ひたすら理論学習にうちこめば、その勉強に打ちこめば、いや応なしに治らずにはおかない立派な作業として生きてくるのであった。

 こうして見れば、治そうとする自己意識内容は影をひそめて、初めから他者意識だけの生活をすればよいことがわかってくる。一般にいう「心の問題」とか「自分のこと」は、みな自己意識をとり上げたものなので、どうあつかうかよりも、まったくとり合わないでよかったのである。

 ここまで来ればあとは至って簡単である。心とか自分というものを設定する必要がなくなったので、自己中心性はおのずから消失し、全治があるばかりの自然の風光のなかにあってただ働くばかりなのである。森田も究極のところを「ただ働くだけです」と語ったという。その優れた回答は、ただちに外に向って仕事を始めるという、生きいきしたものであった。

   2020.11.8 


宇佐晋一先生 講話

自分を見つめなおすのはよいことか  

 テレビに悩みごと相談の番組のあることはよいことで、メンバーのお坊さんが宗教学者という肩書きで解説されるので参考になる。しかし悩みの解決は悩む人の自己意識内に主題がある間はうまくいかないものである。数人のメンバーが思い思いに意見をのべて、客観的にはわかる形に結論をもっていくが、それがうまくいったかどうかまでは番組のなかではあつかわれないからわからない。しかし大体の傾向として心の統一が目標とされており、助言としては考え方を変える方向にもっていくように見える。

 最近のその番組で、僧侶の宗教学者が、写経が心の統一によいとすすめられたところ、脳科学者で、心理学にも詳しい相談員の女性がそれに賛同して「自分も写経をしてみて自分を見つめなおすのによかった」といった。写経自体は他者意識のもとで行われる作業であるから心の問題の解決には適切であり、速効的でもある。ところがその点をいわないで、自分を見つめなおすのによい、とあたかも自己意識内によい変化が期待できるかのようにいうのはよろしくない。

 悩みが自己意識内を見つめなおすことで解決すると思うのは学者のおちいりやすい間違いである。脳科学や心理学で悩みの解明に行き届いた説明をしても、悩む人にしてみれば自己意識内を概念化しなおす手間がふえただけのことで、真の解決には程遠いのである。悩みの解決には科学が邪魔をするのだということを、声を大にして今いわないと、いつまでも脳科学や心理学にたよって理論的解説に満足し、そのかぎり迷いは去ることがないであろう。

 先年ある禅宗の大本山のお寺の管長さんと二人きりでいた機会に、「よく『しっかり自分を見つめろ』といわれるのは間違いではないでしょうか」とおたずねしたところ、笑って「あれは常套句じょうとうくですよ」といわれた。

 私は精神療法家として、自分を見つめることをやめて、すぐ外界への最高の気配りのもとに、他人に役立つ仕事を始めることをおすすめしたい。もしどうしても見つからなければ、写経を心の統一のためでなく、字の芸術を創造するためになさるならば 早速さっそくに悩みは解決されるであろう。

   2020.10.22 


宇佐晋一先生 講話

アナウンサーの
インタビューのしかたについて
 

 アナウンサーになる人びとはインタビューについて どのような教育を受けるのであろうか。アナウンサーに知り合いがいないのでたずねたこともないが、あまりにも当たり前過ぎて教科書にはないのかもしれない。精神科医のわれわれからすれば、まことに変なきき方をする。しかし世間ではそれが当たり前なので、少しもおかしいとは思われない。たとえば特別に優秀な成績をあげた力士に「おめでとうございます」ここまではよい。つぎに「今の心境はいかがですか」ときくのがわるいのである。自分をして自分のことを語らせることがいけないのである。

 有名な森田療法家であった鈴木知準(とものり)先生は 初診のまえに森田先生の本を読んで「自分のことばかりしゃべる人は森田神経質ではない」と書いてあったので、森田先生からなにを聞かれても せいぜい黙って答えなかったら、森田先生に統合失調症と間違われてしまって、入院を断られ、困った親が他の先生に手を回して、そこから頼んでもらって ようやくにして入院が許された、と生前に苦笑して森田先生を懐かしまれた。

 自分について語らない、という生き方は もう全治である。それは自分を概念化することがないからである。もうそれだけで全治が達成できるからである。考えた自分を離れるとは どういう状態かというと、それは疑いもなく毎晩眠っている状態、それそのものである。

 昭和の終わりごろの妙心寺管長 梶浦逸外老師は揮毫きごうを頼まれると、よく色紙に「夢」という一字の墨跡を書かれた。これはけっして「人生は夢のようなものだ」というお説教ではなくて、自己概念のない現実の、赤裸々せきららな表現だった。

 夢は見っぱなし、描きっぱなしで、無批判の状態で目がさめる。そのときの自分は まったく良し悪しがない。どんな自分も きめられない状態で次の行動が始まるのである。その社会的行動は十分、慎重であらねばならない。それはほかならぬ他者意識での行動なのである。

   2020.10.6


宇佐晋一先生 講話

本当は治らないでいることはできない  

 仮想現実空間、バーチャルリアリティといっても、他人ごとのようにしか思えない。「自分はしっかりこの現実社会に、地に足をつけて生活している。その証拠に社会生活の苦しさを嫌というほど味わっているではないか」と思いがちである。実はその社会の生活のしにくさこそがバーチャルリアリティの中でさけられない苦しさなのである。もしバーチャルな世界を脱して、真実に生きるならば、だれでもただちにとらわれのない解脱げだつの道を進むことができる。

 不安や恐怖や悩みは、ことごとく "自分で見た自分" がかかわる自己意識のなかに生ずる。他人のことを心配している人には神経症性障害は起こらない。それは他者意識のなかで精神的な緊張のたかまりがあるからである。その時の自己意識のあり方が森田療法で重要視する「あるがまま」なのであって、ほかならぬ全治の状態であり、治ったといってよい。それはそうなろうとして自己意識の努力でなれるものではなく、他者意識がなんらかの外界への取り組みで明るくなると自動的に生ずる自己意識の暗くなる状態である。森田がよく「君はもっとハラハラしたまえ」といったというのは、この他者意識の明るくなる外への取り組みをうながしていたのであって、森田の着眼のすばらしさに改めて敬意の増すのをおぼえる。外への緊張への緊張の時は治らないでいることはできないのである。

 昭和20年(1945)の春に、はじめて静岡市に空襲があった時に臨済寺の住職であった倉内松堂老師が、のちに京都の妙心寺の管長になってから笑って話されるには、ちょうど洋服屋の人が来ていて爆撃が始まり、逃げるに逃げられず、腰が抜けて座りこんでいたら、気がついた時は洋服屋はもういなかったという。そこで「禅僧がこんなことではダメだ」と修行をやりなおしたそうである。この話は極度の精神感動のために仮性運動麻痺が起こったもので、修行の不足によるものと見るのは当たっていない。

   2020.9.18 


宇佐晋一先生 講話

不安・緊張・悩みの瞬間的解決

 なにかが解決しそうでできないとすぐ不安を生ずる。それは社会生活上は「緊張する」といって、良くないことの始まりのように心に対処するやりくりが始まる。その努力の結果はかならずうまくいかないので、人知れず悩みが始まるが、黙っている人は悶々もんもんとし、いわないでいられない人は相談をもちかける相手を探す。テレビ番組はそれを察して頻繁ひんぱんに特集を組み、脳心理学者が卓越した解説をして、大いに感心させられるが、それで終わりである。その他もろもろの心の相談に乗ってくれる親切な窓口があるけれども、いくら深い配慮のもとに心理相談が行われても、学説による根拠をもった、相手を納得させる心の解決法では、わかった所にとらわれて、そのとおりにしようとする自分の動きのとれない新たな悩みに困りはてるのである。そうしてストレスが増すばかりとなる。

 このように「解決」という目標をもった相談の態勢は、かならず「未解決」という対立概念を伴っているために、「未解決」を嫌ってそこから離れようとする努力が消えない。つまり「未解決」が自分によくないものとして立ち向かい、どこまでもそれが目立って仕方がない。どのような心理学的理論をもってきても実のところうまく行かないのである。

 考えの世界では不安・緊張・悩みの解決には役立たないことを見抜いた人は幸運である。内容がどのようであろうと自己意識すなわち心の内容は、自ら解決に乗り出す相手ではなく、完全にほったらかしで十分な、至って世話のやけない世界であって、だれしもが今すぐ真の解決を実現しうる端緒たんしょに満ちている。しかも瞬間的に実現可能なので、これほどすばらしいものはない。

 今こそ先輩格のサルたちに学ぶべきことは、この自己意識内に ことばと論理を持ちこまない精神生活である。人間はその賢い知能をけっして自分に使わずに、もっぱら世のため人のために存分に発揮し、感謝して進めば、その瞬間から不安も緊張も悩みも徹底的に解決され尽くすのである。

   2020.8.25


宇佐晋一先生 講話

心に関係のない生活の前進を  

 「心なんかどうでもよい」などといおうものなら、皆からさんざんに叱られるに違いない。心の問題をきわめるということが、人間としての修養の姿と信じられていて、心をないがしろにした人間のあり方はだめだといわれる。

 数年前に『心を整える』という本が大変よく売れて、京都府と市は 秋の文化事業の共同テーマにその言葉を選んだ。それに気をよくして、その本の編集者から「数万部売れたので、あなたも心について書いたら・・・」という手紙が私に来て驚いた。そこで「私が書いたら『心は整えようとするのが間違いだ』という主旨のものになるから、あの本が売れなくなるだろう」と返事したら、それきりになった。

 ここで徹底して生命の事実に接する森田療法の立場からすれば、考えによる自分の姿、あるいは心の事実は、真の自己意識内容そのものではなく、すでに自分の考えによって概念化され、きめられたものである。生命の事実はそれではなくて無限に多様な、変化してやまない、きめられない状態である。

 森田の「あるがまま」は自分の考えでとらえようとしてもできない変容の姿そのもので、ことばと論理できめられることのない、概念化のまえの生き生きした生命の発露はつろなのである。

 恐らくほとんどすべての人びとが、つかんだと思って喜ぶ「治ったと思う瞬間」は、そのかぎり脱線のはじまりにほかならない。真に治るのは「治ったかどうか」の問いも答えもないところで、いきなり生活、仕事、勉強、芸術活動や感謝を始める働きに現われる。

 心にもないお世辞をいう、という時の「心にもない」自分のあつかいがきわめて重要なのである。もちろんお世辞よりも、世のため人のために役立ち、喜んでもらえるものを選んで早速さっそく取りかかるに越したことはない。自分の心について考えている間はだめで、他人への働きで役立つ前進こそ真の全治のはじまりである。

   2020.8.3 


宇佐晋一先生 講話

新鮮な日常的な生活 

 昨年は森田療法が誕生して百年を迎えて日本森田療法学会は大へん盛大であった。それは結構なのだが、発展のかげに大切なものが失われたように思われてならなかったので会場で指摘しておいた。

 それは森田療法では治癒機転の中心である「あるがまま」が "考え" であるとされてしまっているという事実である。皆様方にも十分ご注意を願わねばならないのは、「あるがまま」は考えではないということである。

 神経症性障害が治りにくいと思われているのは、考えで「あるがまま」にして実行しようとしているからである。考えでない「あるがまま」が作用すれば、どなたも早速さっそくその場で治らないでいることのできない、すばらしい全治が現われるので、これを見逃すことが非常にしまれるのである。その実際は極めて容易なことで、症状や自分、また心については一切言葉を使わずに、とりあえず目の前の仕事を他人に役立つように工夫してやり始める時、その瞬間、瞬間が申し分のない全治の姿なのである。

 言葉は自分とか心とかの自己意識の内容をきめる働きをもっているために、残念ながら自由に変化してやまない "真の自分" の事実を見失う。したがってそれに対抗する治そうとする言葉とぶつかって、その調整を必要とし、無駄な葛藤かっとうを生じて、治ることが遅れるのである。

 このごろ森田療法といえば、一般には森田理論の学習から入るようである。しかし、入院森田療法で理論や言葉を離れて、自分をどのようにもきめないまま、指示に従って外界の事物への観察や研究的な取り組みに着手する全治の早道は忘れていただきたくない。入院施設の少なくなった今日、考えによらない「あるがまま」を十分に発揮する道は、自分の心を行動の原理にしない、ひたすら社会生活への取り組みに苦心の骨折りをすることである。その生きづらさが問題なのではない。生きづらさを回避しない生活の姿が、もうただちに全治なのである。

 この時に当たって抗不安薬以外の、何か良い薬はないものかと言われるならば、最も的確な成果が得られ、しかも治らないではいられない優れものが、ほかならぬ "症状" なのである。症状が薬と聞いて驚かれるであろうが、これほどよく効く薬はない。しかも症状は自分の持ち前であって、取り寄せる手間もかからない。

 国を挙げての非常事態宣言のもとでの出口の見えにくい毎日を送られた皆様といっしょに異常な数十日をともに忍んで、ひたすら家での生活を送らざるをえなかったのは、人生上貴重な「過去の経験を活かしようのない実生活」であった。この状況下においても、言葉のない「あるがまま」に生きる人は、そのストレスに対抗するなにものも持つことなく、症状を薬として飲みながら、経験に関係なく生活し、そのすべてが全治であった。

 このように真の全治は、全く経験をふり返ることのない新鮮な日常的な生活として現われる。だれにも影響されない生きいきした、どのようにも決められることのない自分は、自分でも知らない成り立ちを持つ。もはやその時には自分をふりかえる必要はなくなって、自分に用事がなくなっているのである。症状は、自分をなんとかしようとする、自分相手の工夫によって架空の形で生じた実体のないものであった。

 世間でよくいう「自分をしっかり見つめて」という指示は、努力の方向を誤らせる脱線に誘う掛け声であったことが明らかになると、もう自分や心や症状などについての用事は一切なくなり、自分を意識することなく、仕事に、生活に、また勉強に全力を挙げて取り組んでいる状態だけがあって、自分でも気付かなかった思いもよらぬ知恵が働き、成果があがって自分でも驚かされるのである。精神的に言えば、外への働きは他者へのしむことのない問題解決への協力と感謝と学習である。

   2020.7.12


宇佐晋一先生 講話

心には手出しをしないこと  

 日本には精神文化を尊ぶ気風があり、それを誇りにしているという伝統もある。また わび・さび というものは外国人にはわかるまいという広く国民性に根ざす自負もあるが、それを的確に説明するとなると、なかなか難しいものである。それは心の問題はすべて自己意識に属し、その自己意識内容は ことごとく主観にもとづいたもので客観性がないからである。

 神経症性障害という主観的な病気の精神療法上のむずかしさも、この点に共通の原因があることを見破れば、難しい心理学治療理論を持ち出さなくても容易に完全に解決する。それは思いもよらない、意外なまでに新鮮なことがらで、だれも気がつかなかったことなのであった。

 その心の問題を一挙に解決し、ぐらつくことのない真実を発見するという人生上の一大事は、おそらく長年にわたる修行の成果として、特定の恵まれた個人に幸運にも見出されるものでもあろうかと、羨望せんぼうの目で想像されがちであるが、じつは それは禅宗の僧堂の厳しさの一端を伝えるテレビからの予測に過ぎないのである。

 パニック症などの不安症や恐怖症が治ることの実際は、どのような考え方の進歩によるのでもなければ、積み重ねられた修行の経験によるのでもない。

 それは誇るべき日本的精神文化を今早速さっそく離れて、自分の立場を明解にするまえに、生活上の骨折りに徹して、あらゆる問題の解決、学習 そして感謝の、他者意識における努力を始めればそれでよい。それは いつでもどこでも とりあえずの、自分を離れた用事への手出しが始まればよい。

 いいかえれば自己像や心を描き、さらに神経症性障害を形作ってきた言葉と論理を捨てて、自己意識内を概念化するまえに生活を先にして、ひたすら他人のために骨折ることである。ここに わび・さび の真に深い味わいも実現するのである。

   2020.7.6


宇佐晋一先生 講話

もっとよく治る森田療法 

 一般に森田療法は、このごろは森田理論の学習から入るのが一番の早道であるとされている。これも一理あるといえるのは、全治の状態は他者意識すなわち実生活上の努力の姿にほかならないので、精神作業としての学習はその内容の如何いかんにかかわりなく全治の姿であるからである。

 ところがしむらくは、理論学習は治療の手段として、方法化されているから、折角せっかくの努力が自己意識のほうを明るくしてしまい、全治から脱線してしまうのである。自分が治るためという自己意識内の努力に結びつきやすいので、理論学習が全治のさまたげとなり、学習内容の習熟が全治と思いこむほかない状況が、あたかも森田療法を理論武装であるかのような誤った印象を生じさせている。

 ここではっきりさせておきたいのは、森田療法による全治の状態は、まったく理論学習に関係のない意識の問題であるということである。

 意識は自己意識と他者意識に分かれ、自己意識は内省的な自分についての考えや心と他人が自分をどう思っているかという関心や想像の世界であり、他者意識は自分を取り巻く環境のすべてについての想念である。

 森田療法では、自己意識内に知性を持ちこまない状態があるがままで、純な心であり、全治なので、理論学習は邪魔じゃまであり、かえって全治の妨げとして作用するので、使ってはならないのである。これを絶学ぜつがくの意識といってもよい。人間の知性が精神の外部機構であることを忘れて、理論学習という知的作業を精神内界に持ちこむことをやめて、ただちに症状のまま実生活に骨折れば、それが身体作業や精神作業の区別なく、問題解決の努力、学習、感謝のすべてが、もっと早く、完全なよい治り方をもたらしてくれることは間違いない。

   2020.6.6 


宇佐晋一先生 講話

心はほったらかし  

 こんな時代でなくても、心はおだやかなのがよいにきまっていると、皆がそう思っている。本当にそう思っていない人はいない といってもよいくらいである。

 しかし意識を取りあつかう精神医学からすれば、自己意識の内容は自分で調節することができないから、ほったらかしにしておくだけでよかったのである。

 自己意識のなかを変えようとすると、そこにかならず考えが出てきて、工夫するために、どうにもならない自己意識とぶつかって葛藤かっとうを生じてしまう。それが悩みの本質であり、結果としてはストレス状態を引き起こしてしまう。

 こんなにばかばかしいメカニズムで、日常的に悩みが絶えないのも、もとを正せば、心のよいあり方をきめたのが原因である。心は穏やかなのがよいと勝手にきめた常識がわるいのである。

 ストレスという言葉は夏目漱石が使った早い例はあるが、私が精神科医になった1950年ごろから、カナダのモントリオール大学のハンス・セリエ教授が1945年に、ストレス学説をとなえたことに触発しょくはつされて、次第に治療面にも その考えが応用されるようになった。それは本来、生体のもつ防衛反応についての共通した理解をたすけるものであったにもかかわらず、ストレス作用因子の有害な面を示すことばとしてストレスの語が使われて、ストレスといえばないほうがよいという常識を生み出したのである。物理学的あるいは化学的なストレス作用因子はともかくとして、心理的なそれには立派な解決法がある。

 それは まったく言葉や考えで対抗策を工夫するのではなく、自己意識のなかは完全に言葉を使わないでほったらかしにするだけでよい。

 心のなかの工夫がいらないことが、それだけ他者意識の余裕が生まれ、周囲の問題の解決や学習のみならず、広く世間の恩恵にも気付くことになって感謝が生まれてくる。これは思ってもみなかった生活上の充実となり、幸福のはじまりでもあるといってよい。

   2020.5.22


宇佐晋一先生 講話

宇佐先生への質問
 世の中が時々刻々と変化をしています折に、宇佐先生からご指導をいただきまして感謝にたえません。今回もまたメッセージがございましたらお伝えください。

宇佐晋一先生 
 毎日不安と緊張の増すばかりの、ストレスにさいなまれる暮らしのなかで、心のケアが必要だとテレビで臨床心理学者がいう。その折角せっかくの親切も悩んだ心には早速には届かない。それは聞いたかぎりでは、一人ひとりの悩みのなかに立ち入っての解決法であるように思われるからである。そんなことではなかなか追いつきそうにない。それは心の問題は自分対自分の、なんとか助かろうという考えのやりくりにほかならず、その葛藤かっとうに他人が言葉や考えで入りこむと、新たな葛藤を増すばかりで結果は矛盾に終わるほかはないのである。

 その理由は解決の方法が間違っているのではなくて、自分を目的にした論理が自己意識のなかには役に立たない不向きなものだからである。自分を助けようとして筋を通して論理化すると、自己概念と自分とが対立し、この形でよいほうにもって行こうとすると、ちょうど自分の身体を自分で持ち上げようとするのと同じように、りきむだけで心はどうにもならないのである。

 外に向かっては すばらしい能力を発揮する知性の力だが、自分自身に対しては無力であることを、この際 皆さんに知っていただくことは、きっとお役に立つことであろう。こののぞんで、明解な見通しをたてるのに、今は非常事態であって、皆がピリピリしているから、とてもよい時期であるといえる。

 この状況から突破するには、心がどうであろうと、自分のためになる工夫は一切しないで、言葉と論理を自分に使わずに放置し、目のまえの状況に人一倍気を使って対処して進むことを第一とすればよい。予想されるストレスが何倍になろうと、予防することがいらないことも おのずからわかるであろう。 

   2020.5.13 


宇佐晋一先生 講話

宇佐先生への質問
 令和2年5月10日(日曜)の三省会例会は中止となりましたが、宇佐先生、いかがお過ごしでしょうか。メッセージがございましたらお伝えください。

宇佐晋一先生
緊急事態における心のケアについて
 
 今は全国に緊急事態宣言が出されて、先のことがはっきりしない不安の多い閉塞感のなかで、ひたすらおうちのなかで辛抱の生活を送っていらっしゃることでしょう。身体的な一日中の予防対策はどうしても必要なことで、ゆるがせにはできません。それとともに心のケアが叫ばれて、いかにももっともな方針が示されていますが、心についてはよっぽどその言葉に用心しないとひっかかって逆に悩みが増すことにもなりかねません。

 私の知り合いの精神科医がテレビで「ストレスをめこまないように」と忠告していましたが、それを聞いた人びとが毎日ストレスだらけの生活ですから、すこしでもストレスを減らそうとして自分に工夫をし始めますと、悪いと思うストレスに対抗する心の葛藤が起こり、減りそうにないストレスをなんとかしようとして苦しさが増し、それがまたストレスになって、どうにもならなくなってしまうのです。心の問題には本当はなにも手出しをしなくてもよろしいので、筋の通った正論には耳を貸さないで、心のなり行きどおりにほっておけば、いつもかも あるがままの真実の状態ばかりで、すこしもひっかかることなく、生活して行けます。

 そこで 真にとらわれのない健康な心の状態とは、一切自分を言葉に置きかえずに、その日の困難な情勢のまっ只中で、ビクビク、ハラハラ、ヒヤヒヤ、ドキドキ 戦々兢々せんせんきょうきょうとして 公共生活に骨折り、お互いに協力して、この緊急の多い、かつ非日常の事態に対処していけば満点なのです。
   
   2020.4.30


宇佐晋一先生 講話

宇佐先生への八つの質問

宇佐先生への質問 1
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関連する、神経症の症状や不安で困っている人々に、宇佐先生からアドバイスがありましたら、お願いいたします。
宇佐晋一先生  
 注意事項をよく守って、油断なく感染の機会を避けて、なるべく自宅で生活することです。
 とくに、
 ① 密閉された部屋での集まり。
 ② 人びとが多く集まるところ。
 ③ 人びとが近くで話したり歌ったりする場所は絶対に行かないこと。


宇佐先生への質問 2
 心とはなんでしょうか。
 外の世界とは論理がちがう、わけがわからないものでしょうか。
 心は、芸術や宗教と似たような、合理的、論理的ではないものでしょうか。
宇佐晋一先生
 自分を対象にして概念化したものです。
 外の世界とは別の種類の論理がはたらく世界です。
 心は芸術や宗教をも概念化しています。合理的、論理的にとらえることをやめれば、芸術や宗教と同じものが現れます。


宇佐先生への質問 3
 「治す前に、全治の状態がいつもそこに現れています」というのが分かりませんので、ご説明をお願いいたします。
宇佐晋一先生
 つねに「そのまま」の状態が全治なので、どこにいても全治が現れているのです。考えを加えたら全治が消えてしまいます。  
 


宇佐先生への質問 4
 「スタートラインが実はゴールだった」とは、どういうことでしょうか。
宇佐晋一先生
 自分や心についての考えを組み立てないので、スタートラインもゴールも全治です。だんだん治ると考えるのは間違いです。
 


宇佐先生への質問 5
 鈴木大拙先生は「アメリカ人はもっと苦しまねばならない」とおっしゃったそうですが、宇佐晋一先生でしたら、日本人に対して、なんとおっしゃいますでしょうか。
宇佐晋一先生
 生き苦しさをなくすことを先にしてはいけません。生き苦しいまま生活に手を出すとよろしい。そのとき全治します。
  


宇佐先生への質問 6
 ①「この苦しい神経症の症状を、そのままほうっておいて、苦しいままでいる」という場合と、
 ②「この苦しい神経症の症状を、もっと苦しんでいく」という場合では、どちらがきれいに治るでしょうか。
宇佐晋一先生
 治そうとせずにいればきれいに治ります。その「苦しい神経症の症状」がそのまま薬です。
 


宇佐先生への質問 7
 神経症は自分を治そうとすると、悪化するのでしょうか。
 神経症は他人を治そうとすると、自分は治ってしまうのでしょうか。
宇佐晋一先生
 治そうとして自分を考えの対象にするところから神経症が始まるのです。
 他人を治そうとすると、自分が考えの対象にならなくなりますから、すぐに全治します。
  


宇佐先生への質問 8
 邪馬台国やまたいこくは、大和(奈良県)にあったのでしょうか。
宇佐晋一先生
 邪馬台国は 大和にあったと考えます。
 2009年に桜井市纏向まきむく学研究センターの調査で見つかった JR巻向駅の南西にある3世紀の、東西一直線に並ぶ建物群が王宮と考えられます。女王卑弥呼ひみこか次の王である台与とよの時代の土器が出ています。
 すこし西の纏向小学校の東に接して石塚古墳から3世紀初頭の土器が出ていますが、その古墳の南側の堀から木製の弧文円板が1975 年に出て、私に復元研究をまかされ、直弧文の一番古いものと考えました。一方岡山倉敷市の楯築たてつき墳丘墓から弧文を彫った石の彫刻が二つ出ていてよく調べると 弧文円板を写しているのです。そうすると弧文円板は楯築の王が2世紀に使ったことになり、それがすんなりと大和に入って石塚古墳(3世紀)に使われたということは 邪馬台国成立のときに 吉備の勢力が大きな役割をしたことが考えられます。
  
   2020.3.10


宇佐晋一先生 講話

宇佐先生への八つの質問

宇佐先生への質問 1
 2020年2月末現在の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的感染拡大という状況について、宇佐先生はどのように感じておられますでしょうか。
宇佐晋一先生  
 専門家の意見をきいて、先手先手の対策を講じなければなりません。やはり3月は外出をひかえ、必要最小限の買いものですませるべきで、手を洗うこと、消毒、うがい、マスクなど面倒ですが、実行しなければ危いです。
  


宇佐先生への質問 2
 世界中で自然災害が発生しています。世界の気温は高くなり続けています。 有史以来、人間が自然界に対して行ってきた事柄と、人間がこうむる自然災害について、 宇佐先生は、どのように感じておられますでしょうか。
宇佐晋一先生
 人間は災害の経験から、それを予知する方法や対策をたてることができますから、想定内で防災につとめることが大事です。
 想定外の自然災害には対処しきれません。
  


宇佐先生への質問 3
 今後、次の世紀にわたって、神経症を治すことができるのは、薬ではなく宗教でしょうか。
宇佐晋一先生
 宗教がよい働きをするでしょうが、宗教の欠点は診断が抜けているということです。
 やはり精神医学的に十分な診断をした上で、宗教をふまえた森田療法が行われるのが一番よろしい。
  


宇佐先生への質問 4
 外国の方々は、神経症問題をどのようにして解決しておられるのでしょうか。
宇佐晋一先生
 ことばのない「あるがまま」を体得して治られたのです。ことばを使う常識的な考えによる治療では到底とうていうまく行きません。
 森田療法では日本語がわからない外国の人にも効果的なのです。
  


宇佐先生への質問 5
 自分の手足は自分のものではないのでしょうか。
 自分の脳は自分のものではないのでしょうか。
 私は私のものではないのでしょうか。
宇佐晋一先生
 自分の「手足」「脳」「私」は、それを概念化することで悩みを生じます。そこからは、いくら工夫しても治りません。
 自分とか心とか、いうまえに他者意識のなかで他人相手に生活すれば、全治があるばかりです。
  


宇佐先生への質問 6
 「おなかで飲む薬」というのは、どのような薬でしょうか。 
宇佐晋一先生
 口でのまないで効く薬というものです。
 実は現在、抗不安剤を使うのが神経症性障害の治療の主流となっていますが、不安を消すやり方では治らないのです。
 症状をそのまま丸ごとのんでこそ全治するのです。「おなかで飲む薬」は、いいかえれば症状が薬ということと同じで、だれでも今すぐにできることです。 
  


宇佐先生への質問 7
 宇佐先生の講話を聴いて自分を向上させようとするのは脱線でしょうか。
宇佐晋一先生
 脱線ではなく、向上の姿は全治そのものです。どのようにしたら皆さんのお役に立つか工夫し、計画し、実行して、感謝を忘れなければ上等です。
 このように、つねに他者意識のなかで考えていれば、全治しないでいることはできません。
  


宇佐先生への質問 8
 これから生まれてくる世界の子どもたちが、15歳になって悩んだとき、宇佐先生がアドバイスをされるとしたら、どのような言葉をかけておあげになりますでしょうか。
宇佐晋一先生
 アドバイスとしては、
① 悩みはもっともである。
② ことばや考えは自分を救うためには役立たないので、どんなに考え方を変えても悩みはなくならない。
③ ことばや考え(知性)は精神の外部機構がいぶきこう なので、自分について使うのをやめ、外の世界に向かってのみ使うこと。
④ すぐ今しなければならないことはなにかと考え、他人に少しでもお役にたつことに手を出すこと。
⑤ 他人や周囲の組織の恩恵おんけいに感謝していくこと。
  
   2020.2.29


宇佐晋一先生 講話

納得がいらない

 本日のBさんのお話はすばらしいものでした。かつてのBさんを存じ上げている私としましては、よくここまで肝心なものを身につけて来られたなと感心しているところでございます。皆さん方はBさんのお話を聞かれて、理屈の上での、精神医学という枠での全治とは違った、非常に生き生きとした本物がこのように身近なものとしてあることに気づかれたことでしょう。

 本日は遠方から精神科専門の先生が四名もおいでくださっています。なぜ専門の方がここにお越しになるのか皆さん方は不思議にお思いになるかもしれませんが、神経症は決して薬で本治りするものではなく、先生方がご熱心に肝心なものをここで身につけたいと思ってくださることは、とてもありがたいことです。お帰りになっての今後の治療にそれを存分に発揮していただけるものと存じます。先生方の患者さんはどなたもがご自分の状態とはまったく別の所に、にわかに本物のご自分の姿がいつでもどこでも現れますので、治らずにいようとしても治ってしまいます。そこのところは到底、他の一般の精神科の先生ではお考えにならないことです。

 その見事な全治はどのように現れるかと申しますと、理論的に自己意識の内容を論ずることを離れて、もっぱら他者の意識、外の意識の中で大いに工夫、研究をし、森田先生は「もっとハラハラしたまえ」と言われ、前の院長は「どんどんやりなさい」と申したように、理屈を離れて実生活の中で苦心して進まれることをお勧めします。ですから、言葉を使って「これだ」というふうに何かをつかむということはすべて脱線で、全治は言葉では伝達され得ないものですから、どうか私のこの話も、分かる・・・というつかみ方をなさる必要のないことを申し上げておきます。

 それは例会で常に申しておりますとおり、「知らなさ、分からなさ、決められなさ」という特色のある、言葉のない状態でありますから、筋の通ったご理解はもうこれからは必要ありません。世間でよく言われる「心の健康」というのは本物ではありません。

 皆さん方が他の方々を指導する立場になりましたら、Bさんでしたら農業やサッカーですが、とにかく責任を負って指導者として当たられるその苦心が全治そのものです。ですから、言葉では伝えられないという全治の特徴は、伝えることが難しいというよりも伝えること自体が要らない、じかにこのまま、という極めて徹底した状態で、決して難しいものではありません。

 皆さん方は禅のお坊さんが言われることを難しく感じてしまいます。禅のお坊さんの趣旨というものは、分かって答えを出すことをやめさせているのです。ですから解けない、絶対答えの出て来ない問題を出して、それに言葉なしで答えさせるというやり方を取っているのです。そこをお間違いのないようにお願いいたします。

 会場から、Bさんのお話の中にありました、楠木正成くすのきまさしげの、湊川に赴く時のお坊さんとの禅問答について、詳しく話して欲しいというご希望がありました。

 楠木正成は、京都から大阪の方へ行く途中の桜井で息子の正行まさつらと別れます。正行を郷里の河内の方に帰し、父、正成はそれから兵庫の方に戦に向かうという「桜井の駅の別れ」という話があります。それからまもなく高槻に入ります。そこに広厳寺こうごんじというお寺があって、中国から渡来してお寺で指導をしていた明極楚俊みんきそしゅんというお坊さんがいました。そこに楠木正成が立ち寄り、「生死交謝しょうじきょうしゃの時如何」(生死の岐路に立った時にはどのような心構えで行けばよろしいか)と聞いたわけです。そうしますと、明極楚俊の答えは、ピッタリそれを受けたものではなく、「すべからく双頭そうとうを断絶すべし」と答えたのです。双頭は文字通り二つの頭のことで、あれかこれか、生か死かというその考える頭を断絶してしまえ、切ってしまえということで、これはもう、言葉も断絶せよ、というふうに受け取るとよく分かります。

 どっちかにしなさい、迷ってはいけない、一方にしなさいという意味ではなく、もうそれは言葉を取ってしまいなさいというのがまず最初の答えで、それに追加して「一剣いっけん天にってすさまじ」と言ったのです。これは一つの決まり文句で、楠木正成に対して特別に考えた言葉ではなく、他の禅問答でも出て来るのです。生きるか死ぬかというところでこれから湊川に進んでいく正成に対して、そんなことを言っている場合か、と一喝したのです。これが明極楚俊のすばらしいところで、実は前の院長がこの問答を大変好んでおりまして、自分の著書の序文にそれを書いているくらいで、そのことをよく講話で申しておりました。

 それから会場からのお話の中で、「一無位いちむい真人しんにん」という言葉がありました。これは唐の時代の臨済禅師の生活と意見を記録したものの中に出て参ります。偉いとか偉くないとか、悟っているとかいないとか、という位置づけ、説明がまったくない、本物の人ということです。そういうふうに臨済禅師が真実に生きる人の表現をしております。

 われわれの全治もまた、言葉にしないままの、悩んだら悩んだまま、症状があればあるまま、気になればなるまま、それでもう十分でありまして、それを薬で症状をなくそう軽くしようとすると、途端に脱線します。ですからそのまま、このとおりという状況で、実際の生活で他者の意識の方にどんどん進んでいらっしゃればもう立派な全治で、治って治って仕方がないのです。一番肝心なことは、皆さんのご納得がまったく要らないということです。

 皆さん方も今年初詣をなさったかもしれません。世間の人は初詣で、健康、長寿、家内安全や受験合格などの祈願をどうどうとしていますが、森田療法からすればそれは大脱線です。それでは本物の真実に生きる姿は到底やって参りません。

 さらに申し上げるならば、平常心は普段の生活上でのいろいろな悩み、気になることそのものが当てはまるわけでして、決して世間で言われているような、落ち着いた心、平穏な心と限定するものではなく、目指すべき心の状態でもありません。

 これからはご自分の在り方を論じる前に実際の日常生活にどんどん取り組まれればよろしいのです。

   2020.1.12


宇佐晋一先生 講話

ふりをする

 本日体験発表されたAさんはこれまでたくさんの本の編集や記述で地元に大いに貢献され、大変すばらしい本治りの状態をご披露してくださいました。Aさんは具体的な事実というものを本の編纂という成果でよく見せてくださり、全治とはどういうものかという見本として、私が申し上げるまでもなく、お分かりいただけたと思います。

 世間では、心がどうであるかとか、治っているのか治っていないのかということを問題にしていますが、実はそれはどうでもよい議論でありまして、今、こうして骨折って仕事に取り組み、次の仕事の計画を立てているということが大事なのです。  

 ですから、治すためのいかなる努力も実は脱線であるにも関わらず、森田理論を学習して自分をしっかりしたものにしよう、という努力を大勢の人がしておられる姿をこの十月に浜松で行われた日本森田療法学会に出席して認識させてもらいました。

 たとえばある方の発表で、これで治療を終了しました、と治療の経過を話されたのですが、治療が終了しましたら、治す人と治される人との関係はどうなりますか、と私が質問いたしますと、発表者の方は返答にきゅうされました。簡単に申しますと、この今の三省会でも私はAさんに対して治療者ではないのです。立場は医師であるとしましても、Aさんが治される人で私が治す人という間柄はまったくありません。三省会の時間だけは症状の話をしても良いということにしておりますが、実際に症状についての質問をされると、治す人と治される人との関係ができ上ってしまい、その人の状態が後退します。つまり治らなくなるのです。逆にお仕事の話、仕事上の計画の話など、外向きの話をされますと、私との関係は社会人対社会人となり、どなたもが見事にこの機会に全治なさるのです。

 Aさんは森田療法の治療段階の五段階説というものを話題にされましたが、段階というものは何もありません。つまり治った状態というのはどんな心の状態でも構わないのです。前の院長は、治ることもでき、神経症になることもできる、どちらにもなれるというのが本治りです、と申しました。つまり心の状態、あるいは自己意識の内容はまったくどうでもよろしいのです。

 森田神経質の悩みの起こる範囲というものは、自分で見た自分、あるいは他人が見た自分の批評、すなわち自己意識内容だけなのです。ですから、それではない他者意識、外向きの意識の中にどんどん前進なさればそれは何ら問題がなく、瞬間的にどなたもが全治なさるわけです。

 森田先生が「外相整えば内相おのずから整う」とおっしゃっています。この言葉の原典は兼好法師の徒然草第157段に出てくる「外相もしそむかざれば、内証必ず熟す」であると言われています。そして江戸時代の徒然草の注釈書に「これは恵心僧都の常套句じょうとうくなり」と記載されていまして、兼好法師は恵心僧都の言葉をそのまま引き継いだと思われます。

 「健康人のふりをする」というのは、前の院長の非常におもしろい表現でありまして、その「ふり」がしいて言えば心そのものであるのです。兵庫県に北条鉄道という鉄道会社があります。これはNHKテレビで紹介されていた話ですが、ある無人駅でその会社がアルバイトの駅長さんを雇い、その駅長さんが立派な制服を着て列車に敬礼して見送るということを始めたところ、乗降客がどんどん増えて行ったというのです。これはまさにそういう表現の仕方が工夫のしどころであったという良い例です。

 では会場からのご質問にお答えします。

 「森田療法は進化というものはあるのでしょうか」というご質問です。

 森田療法というのは、事実の徹底、つまり、言葉を抜きにしたこの通りの状態の徹底、それでいる、ということで究極のものですから、そこから脱線することはあってもそれを超えて進化するということはありません。今から十数年前に「森田療法を超える」という本が出ましたが、言葉ではこう表現するのでしょうが、実際は自分については言葉を使わないことが究極のものです。そしてどんな考えが浮かんで来ようとも、放っておかれればもう十分なのです。心の中の状態で段階的に治ったかどうかが決まるものではありません。瞬間的に全治いたします。

 次のご質問は、質問者自身が書かれた本の中の一節、「自分なんてないに等しい」というのは森田療法では正しいですか、というものです。

 これは、本来無一物という禅のあり方を表した言葉を自分の方に当てはめているわけですが、あるとかないとかと言いますと、脱線するだけです。

 前の院長が森田療法の極意としてお話したものの中に、長野市にある善光寺の「お戒壇かいだんめぐり」があります。善光寺本堂の地下へ通じる階段を降りて行くと、そこは完全に真っ暗なのです。左手は伸ばしても何も触ることができず、右手だけで手探り、足探りで進んで行くのです。これが本当の全治です、と前の院長が申しておりました。森田理論学習や私の話は真っ暗なところでは全然役に立たないのです。要するに説明的な森田療法ではどうにもならず、じかの体験、真っ暗闇の中をどのように進もうか、という取り組みだけで十分立派な全治なのです。

   2019.11.10


宇佐晋一先生 講話

インスタント

 本日は大変結構なお話をたくさん聞かせていただき感謝いたします。では会場からのご質問にお答えします。

 最初は「宇佐先生は無神論者でしょうか、それとも有神論者でしょうか」というご質問です。

 宗教というのは自己意識に関わるものですが、世の中には絶対必要なものです。他者意識の方は、皆さん方はそれぞれお仕事や勉強すべきことをお持ちで、それに手をつけること自体ですでに救われています。
 心の問題や自分についてのことをいろいろ自分で組み立てて主張なさることがわざわいの元となります。したがって神様がいらっしゃるのかいらっしゃらないかを決めることはまったく無意味で、心とか自分をどのようにも決めないことです。それが本当の宗教です。今のまま、びっくりしたらびっくりしたままが本当の宗教です。ですから、どんどん皆さん方のお仕事、勉強をやり、あらゆる人に対する働きかけをして喜んでもらわれたらよろしいのです。役立つ事を一生懸命なさることです。
 森田療法が心の問題を解決する療法だととらえると、たいへん難しいということになりますが、少しも難しくありません。皆さん方の今のままそのままで、どんな良いと思われる答えを出されようとも答えはそれではないのです。答えは出さないことです。どんどん実際のお仕事、勉強、人を喜ばせることを熱心になされば良いのです。

 次は「仏教の言葉に一瞬にして悟る頓悟とんごとだんだんに悟る漸悟ぜんごがありますが、森田先生は、森田療法は漸悟の方が多いと書かれています。これについて宇佐先生はどう思われますか」というご質問です。

 本来、漸悟というものはあり得ないのです。あるのは頓悟だけです。頓悟しては少し後戻りする、また頓悟しては少し後戻りするということを繰り返していく姿が漸悟、つまりだんだんに治るものだと思いこんで苦心していらっしゃる方は皆思い違いをされているのです。実は常にインスタントなのです。インスタントであることが本当の治った状態です。言い換えますと、本当に治った状態というのは必ずインスタントなのです。

 次は「最近の会社ではストレスでうつになって退職しないよう、メンタルヘルスの面で気をつけなければならないという風潮がありますが、これについて先生のお考えはどうでしょうか」というご質問です。

 メンタルヘルスと一口に言いましても簡単ではありません。まず、客観的障害、つまり精神科の病気と森田神経質というまったく主観的な障害との見分けをつける必要があります。主観的障害というのは虚構きょこうの病気ですから、病気のように思えるにもかかわらず実際には病気ではないのです。治そうとするとますます苦しくなり、場合によってはアトピー症状も悪化することがあります。
 ですから森田神経質の方のメンタルヘルスとしては、ご自分の症状や心のことについては一切何も言わないこと、決めないことです。そして実際の生活の方にすぐ取り組んで、あれこれ目的を持ち責任を重くお持ちになってどんどんやって行くということです。森田先生流に言いますと、仕事を欲張って、熱心に取り組んでそこから離れないようになさればいいわけで、責任の重い方を取って行くということです。大事なことを片っ端からやって行くのです。
 幸い皆さん方は、同時に二つのことを意識することができません。ですから、自分のことから離れよう、自分のことは問題にしないようにしようと考えるのではなく、実生活のことを一生懸命にやっていれば自己意識の方はどうということもなくなってしまうのです。
 古来、仏教のいろいろな宗派では阿弥陀あみださんの世界をいっぱい飾り立て、極楽という世界を描いていますが、禅の方から見ると浄土じょうどは何もないのです。かつて、禅の大家、鈴木大拙先生は「浄土は空っぽですよ」とおっしゃったそうです。このことはまさに森田療法でも言えることで、心の中のことは普通の論理をもって解決することはできない、と森田先生が初めからびしっとおっしゃっています。ただ多くの後継者がそのことに気づかず、だんだん治るものだと思っているのです。禅では漸悟ぜんごということはあり得ず、すべてその場その場での瞬間の頓悟とんごあるのみということをあらためて申し上げておきます。
 これが答えだというものをつかもうとしてはいけません。本物の森田療法というのは言葉にするわけにはいきませんので、学会のように森田理論、学説について研究し合っているところからは決して出てきません。「あるがままとは」と論じると少しもあるがままではなく、説明に終わってしまいます。
 本当は皆さん方ご自身がすべて森田療法の全治者でいらっしゃって、どんどんこれからの生活に進んでいらっしゃるというそれだけで良いのです。ですから、自分を考えに置き換えないメンタルヘルスという本物の森田療法を会社にも取り入れてくださればよろしいと思います。

   2019.9.8


宇佐晋一先生 講話

聞かれても答えない

 本日は皆様方の日頃の精進ぶりの実際をお聞かせいただきましてありがとうございました。こういう内容は他の森田療法の集まりでは見られない、この会の特色でございます。その特色とは真実をきわめるという大きな目標があることです。しかしこの会では心の真実を言葉に置き換えることはいたしません。置き換えるとさっそく脱線するのが明らかで、そこのところが他の会とは異なるところです。ですから、森田先生がこうおっしゃいました、ということにさえもとらわれることのない皆さま方は全治し、十分な真実の姿でお帰りになることができるのです。ただし一秒でも二秒でもそれを論じて時間をかけますと、さっそく脱線してしまいます。

 理論学習に熱心な場合、それを勉強だけにしておけばよろしいのです。ですから、治すことに役立てようとしてうまくいかないという人達にはそれを早く教えてあげたい、と皆さん方は思われているだろうと私は推察します。

 NHKのテレビで「あの人に会いたい」という番組があります。そこにもう亡くなって十年になりますが、文化庁長官だった河合隼雄先生の元気な頃の姿が描かれていました。この方は元は数学者でしたが、臨床心理学へ転向し、その研究を行い論文を書かれたのが三聖病院での私どもとの仕事でした。その番組の中で河合先生は臨床心理学の先生らしく、アドバイスを求めに来た人の言うことを聞くということが何よりも大事だと繰り返しおっしゃっていました。でも、もし皆さん方がそういう立場にあった時はそれに対して決してお答えになってはいけないのです。前の院長は聞くということさえもしませんでした。聞かれても答えないというはっきりしたところを皆さん方がお見せになれば、心理学者よりも早く治ります。そして治った瞬間にその治療者と患者との関係が消えるのです。三省会では皆さん方と見学会に行きますが、まったく患者さんと医師との関係がありません。そういうところもこの会の特色でございます。

 では会場からのご質問です。

 十年ほど前に三聖病院に入院されていた方からです。「退院の時に短冊たんざくに、吾が心は秋月に似たり、という言葉を書いていただきました。先生はどのような思いを込めて書かれたのかお教えください」というご質問です。

 実は前の院長がちょうど戦争が終わる頃に、天龍寺の管長をしていらっしゃった方が書かれた「吾が心は秋月に似たり」の掛け軸を掛けておりました。唐の時代に寒山かんざんという名の、本物の禅僧ではなくいわば風来坊のような人がいて、お寺から離れた山奥に住み、そこから出てきては寺の食事をもらったりしており、上手に詩を書いていた、という伝説上の人物がいます。寒山と拾得じっとくの二人がいたように伝えられていますが、実は同一人物で、寒山詩というものがまとめて本になって残っていて、そしてあとから見つかった詩を拾い集めて次の詩集にまとめ上げたというものを、拾い得たる詩集、拾得集としたために、寒山の詩集と拾得の詩集という二人の人物がいたように思われたからだという説があります。
 「私の心は秋の月のようだ、こんなに澄み切っている、これを何にたとえたらいいだろうか、とてもたとえようがない」と現代語訳される詩ですが、宋の時代に入りますと、「比べることができないと言っていながら、自分の心は秋の月に似ているというのは矛盾しているのではないか」とさっそく反論が出たというほどの詩なのです。本当のことを言いますと、たとえ話をしてはいけないわけで、反論の方がもっともなことなのです。何かお役に立つかもしれないと思いお話申し上げました。

 次はパニック障害の方からです。パニック障害のせいで電車やバスに乗ることができません。薬を飲んで少しずつ乗れるようにして行くのがいいのでしょうか、というご質問です。

 前の院長の口ぶりをまねて申しますと「こわごわ乗りなさい」です。仕事とかでどうしても名古屋とか東京に行かなければならないなら、冷や汗をかく思いで乗って行くわけです。ところがここに森田理論を持ち込んで、とやかく心の在り方を良い状態にしてから乗ろうというのはやめるべきです。

 次は「今日はAさんの発表を聞いて、私も頑張ろうと刺激を受けました」という感想です。

 このような感想は本当にありがたいです。外へ向かってさっさとやろう、というふうに刺激を受けたことが全治そのものです。つまり、それについて論評をしたりされたりというところでは治らないのです。
 私は昨年の森田療法学会に出席した際に理論学習の会の方々が体験談を発表されるのを聞きましたが、こういうふうに考えて治りましたというふうに、どうしても意味づけをされているのです。考えで治そうとされているのです。ところが考えは必要ではなく、その言葉を出す前のところで治っているのです。
 皆さん方はご自身が主体なのですが、ご自分の心や症状を考えて客体化しますと、主と客に分かれてしまいます。ところが実際は主と客に分かれる前のところで治るのです。これを主客未分しゅきゃくみぶんという言葉で表現することができます。つまり、自分はこうだ、ああだ、という前のところで実生活上のやるべきことをやることです。それがどんなに困難なことでもどんなに嫌なことであってもです。

 次の方は、世間一般的には、人は思春期になると自我じがが目覚める、あるいは自我が育ってくるなどと言いますが、この場合の自我とは自分で見た自分、すなわち偽物なのでしょうか、というご質問です。

 目覚めたと思っている自我じがは、私どもからすれば、自分を概念化する、真実ではない、つまり森田療法的に言えば、治らないことの始まりです。

 次は、以前私が講話の中で、社会の中でAという意見とBという意見に分かれてしまった時は、その対立はそのままにして、今お互いにすべきことに向かえばよろしいという趣旨のことを言っていたが、それは本当でしょうか、というご質問です。

 実際に意見は様々で一致しないことが常のことですが、とりあえず他の方にお役に立つ事へ向かっての十分な働きが大事です。それは問題解決、あるいはその場の状況を読み取る学習です。常に外のことを相手にし苦心している状態で、自分のことについては言葉を使わない時はもう早速さっそく全治が訪れます。皆さん方は昨日ずっと治っていらっしゃって今日ここでまた全治するのかと思われるでしょうが、全治というのは常にその場、その場のことですから、皆さん方は間違いなく全治してお帰りになります。

   2019.7.14

宇佐晋一先生 講話

おのずから

 本日発表されたBさんは三聖病院に入院されて治ったのですが、どこがどう作用して治られたかと言いますと、入院中のまったく言葉のない環境で言われた通りのことを実行なさったという、そこが大きなきっかけになったわけです。ここのところが他の療法にはない宗教性です。

 会場から大阪のお寺の住職さんが結構なお話をされ、自然即時入必定(じねんそくじにゅうひつじょう)という、正信偈の中の一句をお話くださいました。この自然じねんというその「おのずから」という働きが宗教性なのです。森田療法の中にそれが脈々と流れておりまして、いつでもどこでも皆さん方が全治なさるのはこの自然じねんということからなのです。 森田療法のみならず日本の精神医学としては非常に大事な宝物だということです。  

 思い出すのは、その住職さんが入院された昭和三十三、四年頃でしょうか、たいへん良い体験をされましたので、私からお願いして、体験談を詳しく書いていただいて、私は私なりに文章を書きまして、二人で三省会報の臨時特別号を出させていただきました。私はその時、「悩みをきわめるもの」という題名で書かせてもらいました。この悩みをどう解決するかではなく、悩みに徹底し、その苦しみの真っ只中にいるということを書きました。  

 これが森田療法の中に流れる宗教性そのものであります。今この瞬間、その不安、気になること、あるいはどうにかならないかと悩んでいる事柄全部をひっくるめて持ったまま、今すべき仕事をなさり、他の方への奉仕活動をなさり、そして世間からの恩恵に対して十分感謝なさるなら、その瞬間が全治で、森田療法ほど早く治る精神療法はないのです。  

 薬など、神経症性障害の治療としてはまったく見当違いそのものでありますから、どうか効果のある新薬の出現を願われるのではなく、まさに症状を薬として飲んで、どんどん実生活に励まれることをお勧めします。  

 「症状が薬」というふうに申し上げましたが、実を言うと、これも不徹底でありまして、薬というものを媒体ばいたいにして治るのではなく、症状そのものが全治なのです。「症状が薬」と申しましたのは便宜上森田療法らしく表現しただけで、症状も何もかもすべて持ったままが皆さん方の間違いない、ただ今の全治であります。  

 では会場からのご質問にお答えします。
 昭和五十七年と平成二年に診察を受けられた方からですが、「少しも心が成長していませんが、どうすれば成長するのでしょうか」というご質問です。

 心は成長しなければならないかと言いますと、決してそうではありません。皆さん方の意識としては、どういうふうに成長して行くかではなく、今、ぶっつけにこの通りというだけで十分なのです。ご自分の状態を言葉を使って描き出したり、他人が自分をどう見ているかということを言葉で描き出しますと、神経症性障害の領域になります。心の中に言葉を持ち込みさえしなければ、実に簡単にこの場で見事に全治なさるのです。段階的に治るのではなく、皆さん方が社会生活上、一歩一歩、周囲の状況に応じて着実に歩んで行かれること自体が見事な全治なのです。
 森田先生が、君はもっとハラハラしたまえ、とおっしゃったというのは、まさにこのことを上手に表現されたもので、周囲に対して緊張を高めてドキドキしながら、さあ、今、何をしなければならないかを常に考えているということで十分なのです。
 心の成長というのは皆さん方の工夫や研究によるものではなく、心が成長しようが、しまいがまったくほったらかしで、実際のお仕事、勉強に欲張っていただければ結構なのです。

 次は「森田理論を学習してそれを実践して行く方法は間違っているのでしょうか」というご質問です。

 私は昨年秋に東京で開催された森田療法学会に出席しましたが、多くの演者が治し方に熱心な発表をされていました。私は森田理論を学ぶことはいけないとか、本来の森田療法から外れているとは決して言ってはおりません。ただ、もっと良くなられます、あるいは理論を学習しているだけで治らないと言っている方がもっと良くなられます、と発表ごとに助言させていただきました。
 皆さん方も森田理論を学問として勉強することは大いに結構なことです。精神医学全般も勉強なさればなおよろしいかと思います。しかし、それだけでは森田療法の核心が抜けてしまいます。つまりその宗教性が抜けてしまいます。自然(じねん)、おのずからというところで実は森田療法がとても生きて来るのです。おのずからという意識で、即座に皆さん方は治っていらっしゃるのです。ですから、昨今、世間で薬物療法が標準的な治療と見なされていることはまったく恥ずべきことと思います。

 本日は遠方からもたくさんの方が出席してくださり、その中に精神科の専門の先生もいらっしゃって大変うれしいことでございます。精神科の医師として、患者さんに、この神経症が主観的障害であることを見抜いてあげるということは、他の人にはできないことです。つまり、病気ではないにも関わらず自分が気になって、これではいけないと思い込み、治そうとして病感が増しているだけのことを見抜いてあげるというサービスをなさり、あとは実生活上の指導を次々になされば良いのです。

 一般の人にとって神経症は本当の病気に思えて仕方がありません。あらゆる病気に似た症状が次々に起こりますから、もう片っ端から治したい、あるいは予防したいということで一生懸命になられています。ですから精神科の先生が、それはまったく主観的な症状で、本当の病気ではないことをはっきり示してあげ、薬やその他の何らかの方法で症状がなくなりますよ、と言うのではなく、実生活にどんどん追い詰めてあげていただきたいのです。

 せっぱつまった、というのは治療としてはまったくすごいものです。自分のことはほったらかしのまま仕方なしに進んで行くという、森田療法の極意を皆さん方がおつかみになり、もう自分のことは自然じねんにほったらかしで、四方八方に気配りをして他の人のために骨折るという、社会性に富んだ生活ぶりをどんどん推し進めて行っていただきたいと願うばかりです。

   2019.5.12


宇佐晋一先生 講話

絶言絶慮

 本日は良いお話を実にたくさんおうかがいしまして、皆さん方のご精進のほどがよく分かりました。では会場からのご質問にお答えします。
 まず、すばるクリニックの伊丹先生からです。

 末期のがん患者さんが担当医から死が近いと告知され、恐怖にさいなまれていますが、どのように対処すればよいでしょうか、というご質問です。

 私は昨年の秋に日本森田療法学会に出席し、そこで十数名のがん患者さんを治療した森田療法専門の方の発表を聞きました。その方はがん患者さんに、がんと仲良くするという治療を森田療法として行っている、と発表されたのです。私はそこで手を挙げて次のように申しました。その本人ががんと仲良くするというのは、対峙たいじした間柄ができることになるわけで、それは森田療法ではまったくあり得ないことです。全治には間柄というものはないのです。それは一見賢い治療の持って行き方のように思えますが、実は森田療法からすればおかしいのです。
 がんによって死が近いと告知されましたら、ぶっつけの不安のまま、それ以上何か言葉で心の持ち方を変える必要はまったくないということを話しました。

 次のご質問です。 
 私は対人恐怖があり、人と話をした後に、きっと嫌われてしまった、あんな話をしなければ良かったと後悔し、そのことが頭から離れなくなります。頭から離れないまま仕事に取り組んでもまた頭から離れなくなります。どうすれば良いでしょうか、というものです。

 これについては、その一瞬に治ることが間違いないのです。頭から離さないでおくわけです。要するに自分にとって賢いと思われる対処を一切しないことです。自分あるいは心、症状は放ったまま、外の状況の変化に敏感に対処していらっしゃる、そのままで満点です。森田療法は時間をかけていてはいけません。一秒でも二秒でもかけていては脱線します。あるがままとは何かと考える時間だけでもいけません。   

 次のご質問です。
 不安は放っておくというのは分かりましたが、現実的に対応しなければならない不安が含まれていたらと思うと、すべての不安を放っておいて良いのでしょうか、というものです。 

 外の問題つまり生活上、学問上の問題について質問を受けた場合は的確に回答しなければなりません。しかし、先ほどから問題にしているのは神経症や心の問題ですから、それに対して賢そうな答えを絶対持ち出そうとなさらないことです。はっきり言いますと、心はどうでも良いという事です。ご家庭のこと、お仕事上のこと、それを緻密ちみつにいろいろ考えながら対処して研究的に進められたらよろしいわけです。
 外向きの仕事というのは大きく二つに分けますと、一つは外向きに次々と問題に取り組んで対処して行くこと、つまり問題解決への取り組み、知的作業です。もう一つは外の問題を次々吸収する、勉強する、ニュースを聞く、そして人がしていることに対する協力です。自分なりに研究し協力することです。
 外のことを対象にした問題については、学問や今までに得た知識を大いに発揮して解決に進まれれば良いわけです。ところが森田療法で問題になりますのは、常に自己意識、つまり自分で見た自分という意識、あるいは他人が自分についてどう見ているか、という意識です。そこには絶対、自分の方から言葉や論理を持ち込んではいけません。
 禅の言葉で「絶言絶慮ぜつごんぜつりょ 処として通ぜざる無し」というものがあります。禅宗の三祖、鑑智禅師が信心に関する究極の言葉として信心銘に残したものです。これは前の院長がしていたことに通じるものです。
 つまり皆さん方は今すぐ、健康人として、あるいは健康人のふりをして、今しなければならない事柄を、大事な方から順にどんどん取り組んでいらっしゃるという、それだけでその時の全治が、治そうとしないまま立派に実現するのです。

   2019.3.10


宇佐晋一先生 講話

いきなり治る

 今日はBさんの大変結構なお話を始めとして、皆さんの日頃のご精進の実際をお知らせくださったことに対して、大変すばらしくうれしく存じます。
 Bさんが詩をお作りになって読んでくださったのは大変ありがたいことでした。Bさんは詩集を出されていて、普通の言い方をすれば詩人でいらっしゃいますが、詩人という職業があるわけではありません。歌人とか俳人とか申しまして、いかにもそういう職業の人であると思えるのですが、実際はBさんのように、しっかりと実際のお仕事を持って社会に尽くしておられ、それに加えて詩をお作りになるということは、生活、生きることの進展した状態でありまして、その作品はBさんのお人柄のさらに大きく発展した結構な状態と申し上げてよろしいです。

 では会場からのご質問にお答えいたします。

 私が言っております不問療法の不問とはどういうことですか、というご質問です。

 不問とはまさに宗教性そのものでありまして、言葉で自ら問うということがありません。言い換えますと、自分について、そして人が自分をどう考えているかについて、そこに考えによる答えを一切出さないというあり方です。
 神経症の範囲、つまり神経症がどういったところで成り立っているかということを厳密に見た場合、今日も皆さん方がお使いになっている自己意識というものが大変行き届いた表現であります。自分で見た自分だけでなく、他人が自分のことをどう見ているかというこの自己意識が神経症の範囲であることは間違いありません。それ以外のものは外、人、世間のことですから、他者意識ということです。
 ですから森田療法についても、その他者意識でいくら学習なさってもかまわないのですが、それを治療に使おうとしますと、自己意識の中をいじくることになりますので、大脱線です。そこのところに多くの方が気づいておられなくて非常に残念に存じております。そこで先程申しましたように、自己意識の範囲の中に言葉を絶対持ち込まないことが不問なのです。
 他人に対して緊張する、人から嫌われるのではないかという心配、不安が起こって来るというのは、言葉になる前のそういう感情的なものとしては、いくらでもあり得るわけです。ところがそれを明確に言葉で概念化、つまり考えに組み立て直すところから引っかかるわけです。「あるがまま」というのは自己概念というものをまったく組み立てない状態でありまして、これが宗教性に通じる独特のものなのです。

 次のご質問は、お孫さんが今十六歳で、中学二年生の頃から不登校気味であるとのことです。その理由は、お孫さんが、周りの人からどう思われているかが気になって仕方がないことだそうです。親御さん達はその症状を治そうといろいろ工夫しておられ、本人さんも気にしないでおこう、あるいは平気になろうなどと随分ずいぶん苦心しているようですが、答えは非常にはっきりしていて、気になることは気になりっぱなしということです。気になって辛くてとても耐えられないと感じながら、次の勉強へすばやく取りかかるように指導なされば、すぐその場で治ってしまわれます。
 治すという手間をはぶいて治すことができるのがこの療法の大きな強みです。つまり、次の実行、次の生活、仕事、勉強に手をつけること自体が治った瞬間なのです。前の院長、宇佐玄雄は、すぐ健康人のふりをしなさいと言いました。それが治った状態そのもので、世間では神経症はだんだん治ると考えられていますが、それはまったく当たってはいないのです。あくまでもいきなり治るのです。日常生活を進めて行くその姿が全治ですから、心の内容の良し悪しは一切問わないのです。

 次のご質問は、神経症におちいった原因は、気持ちの良い快楽を求めたことによるのでしょうか、というものです。

 楽な感じ、あるいは幸福感を求めるということは神経症のさっそくの成立を招くことになるのです。快楽というのは、沸き起こる感情として、たとえば、うまく行ったなあという思いを感じましたら、そういう感情を結果的に味わっていらっしゃるだけでよろしいのです。求めてそれを得ようとやり繰りするといけないのです。治ることを求めることもだめです。自信を得ようとするのはなおさらいけません。自分に関することで、もっと付け足そう、もっと豊かにしようと求めることは、脱線するもとになります。
 では、森田療法で快楽の問題をどのように解決すれば良いかと申しますと、これが自分だというふうに言葉を自分に持ち込まないことです。つまり、快楽とは限らない、日常で必要な事柄にただ取り組むことです。即座にそれをなさることです。
 森田正馬先生は、道が二つあった場合、困難な方を選びなさいと言われ、前院長の宇佐玄雄は鉛筆が倒れた方を選びなさいと申しました。肝心なのは、とりあえずすぐやるということです。かつて大学の法学部の教授が三聖病院に入院されていて、先生が部屋でじっと考え込んでおられた時に、前院長がそれを見かけて、足ででもよろしいからちょっと布団のゆが んでいるのを直しなさい、と言ったところ、その先生はハッと気づかれたということです。足で布団を直すのは行儀が悪いですが、ちょっと何かすぐ用事をすること自体が大事なのです。

 次のご質問は、宗教が存在しないと自分にだまされると私が申しましたが、それはどういう意味でしょうか、とらわれるということでしょうか、というものです。

 まさにそうなんですが 宗教がその場を見事に解決する、役に立つのは概念で決めない。つまり肝心な中心は決められないということです。それを「知らなさ、分からなさ」と表現してもよろしいのです。心の問題に関しては一切言葉で決めないことです。自分で考えた自分のことを本当だと決めないことです。思いっぱなしで外の状況に応じた肝心なことをして行くという、それでもうとらわれから見事に離れることができます。宗教がないとどうしても自分の考えに答えを出してしまいます。自分の考えを確かなものと思ってしまいます。そこにとらわれが生じます。自分の心の中を言葉で組み立てず、どんどん必要な仕事をされれば良いわけです。

   2019.1.13


宇佐晋一先生 講話

分からなさ

 今日は皆さん方のたいへん良い体験を聞かせていただき、ありがとうございました。症状があれば治るのは絶対間違いありません。しかしそこに人間が介在かいざいしますと、たとえば私ですが、そうしますと、治し方を聞きたくなり、私が何かお返事しますと、それがお役に立つような感じになりますから、非常に具合が悪いのです。介在するのが人間ではなく阿弥陀あみださんでしたら、阿弥陀あみださんがどうお考えになっておられるかが分かりませんから、さっそく治ってしまう、救われてしまうのです。それが宗教の見事さなのです。

 その素晴らしい治り方を今日、ここで皆さん方が体験したいと思われるのでしたら、私を間にはさまずに実際のこの場の他の皆様にお役に立ついろいろなことを工夫していかれる、そして発言されれば、それで立派な全治が現れるわけです。ぶっつけに今この瞬間にどなたもが治った人としての行動をお始めになるというそこに、見事な本物の全治が現れるということです。

 昭和二十五、六年のことですが、京都大学では毎年、哲学者の西田幾多郎博士をしのぶ会を開いておりました。そこへ禅の大家、鈴木大拙先生が来られて、「西田君と私」という講演をされました。難解な西田哲学を鈴木先生がどう説明されるのか、これは絶対に聞き逃せないと思い私は耳を澄ませておりますと、「西田君の哲学はこの頃流行らないそうだが」と前置きされ、「あの絶対矛盾的自己同一というのは、お経のようにゼッタイムジュンテキジコドウイツと唱えるべきなのです」とおっしゃいました。これにはあっけにとられましたが、今にして考えますとすばらしい名言でありまして、それは西田哲学のあの難解なものが全部解けると言っていいほどのものなのです。

 これは森田療法でも同じことで、前の院長、宇佐玄雄が「理屈抜きですよ」とはっきり言っておりました。それは言葉もなく、論理もなく、何かがあるのではないということです。それでどんどん仕事しなさいと言っているだけのことなのです。

 では会場からのご質問にお答えします。

 「不安になった時に目の前の仕事を探して掃除や片付けをすると、そちらに意識が向き、気がついたら不安を忘れていることがあります。これで全治なのでしょうか」というご質問です。

 人間の意識というものは二つのことを同時に意識できないという決定的な事実がありますので、皆さん方がご自分の症状を問題にしていらっしゃる時は外のことが考えられないのです。逆に外のことに手を出して何とか工夫してやり始めましたら、途端に今度はご自分の長く苦しまれた症状が消えているのです。これが見事な意識の転換で、これは本当に立派な治り方なのです。自分の症状をどう持って行けば治るかという、症状対策、工夫というものはすべて具合が悪いのです。

 次は「日常の生活や仕事に没頭して生きる姿は多くの世間一般の人にあてはまりますが、そういう人と、悟っている人とは違いがあるのでしょうか」というご質問です。

 仕事に没頭しておれば立派なものですが、自分というものを考え出しますと、例えば心について論じたり、スポーツ選手がインタビューで「自信がつきました、強い心を持って頑張らなければ」と答えるのを聞きますと、気の毒なくらい心の問題をうまく卒業できていないのだなと思います。ところが悟った人である皆さん方は、もう今日以降ご自分のこと、心の問題について何もおっしゃる必要がありません。それは大変な違いです。その悟りというのは、自分というものを描かない、自分をどうするこうするという工夫がまったくない状態です。
 昭和三十六年に東京で日米精神医学会議が開かれた時に、鈴木大拙先生が特別講演で「悩みというものは人間が自分を概念化するところから起こる」ということをはっきりとおっしゃっていました。まったくその通りで、概念を組み立てる言葉や論理というものを自分に持ち込まなければ、もう絶対に悩みは起こりませんし、神経症はたちどころに治ってしまいます。

 次は「私にはパニック障害があり、薬をお守りとして常に持たなければパニック発作が恐ろしくてならないですが」というご質問です。

 パニック発作は非常に怖いものです。その恐ろしさは他人には理解してもらえません。それがどのように治るかと言いますと、ご自分が安心を求めること、つまり困った状態から早く抜け出ようとする、その治す工夫というものを抜きにして、実際その場でしなければならないことに調子を合わせていくのです。ですから、電車の中でパニック発作が起こった場合は、その場で周りの人に迷惑をかけないよう、ただじっとしているというだけのことです。

 次は「選択に迷ったら困難な方を選びなさいという指針は森田療法上どのような効果が期待できますか」というご質問です。

 このことは本には載っていないのですが、森田先生の次の教授でした高良武久先生が、福岡で国際森田療法学会があった時の懇親会の席で「今回はよほど出席をやめておこうかと思いましたが、道が二つあった場合は困難な方を選びなさいという師の教えにそむくことができませんでした」とおっしゃったのです。このことにはどういう良いことがあるかと言いますと、必要な実生活にすぐ着手することができるということです。言い換えますと、その瞬間に全治しているということです。困難な場面を皆さん方の全治の場所とされれば間違いないのです。

 次は「あるがままとは自分で認識する前のもの、自分で自分を見る前のもの、というのは真実ですか」というご質問です。

 まさにその通りです。西田幾多郎博士の著書、「善の研究」の序文に、純粋経験をもとにして哲学を組み立てよう、という趣旨が書かれてあります。言葉で自分を説明した途端に自己意識がはっきり組み立てられてしまいますから具合が悪いのです。純粋経験というのは、皆さん方がまだ赤ん坊の時のような、言葉を習得する前の意識であります。

 次は「私は強迫性障害なのですが、十年ほど前に三聖病院にしばらく通院していて、宇佐先生がよく、知らなさ、分からなさ、決められなさ、と言われていましたが、そのことがよく分かりません」というご質問です。

 これは「よく分かりません」というのをやめましたらすぐに治ります。何かご助言いただければとおっしゃって、私が何か分かるお話をしますと治りません。全治というのは常にぶっつけでいきなりなものですから、最初は分かりにくいと思われるのです。

   2018.11.11


宇佐晋一先生 講話

非伝達性

 それでは皆さん方にはお礼を申し上げるとともに、気がついたいろいろなことを全般にわたってお答えしたいと存じます。

 まず、伊丹仁朗先生には、日本森田療法学会の理事として、先般高知市に出向かれ、森田先生の没後八十年墓前祭にてご講演をいただきまして、誠にありがとうございました。その詳細を本日聞かせていただき、感謝に堪えません。感謝と申しましたが、これは伊丹先生に対する感謝であると同時に、集まられた皆さん方の森田先生への報恩、感謝の念の表われでもありまして、私の気持ちもそこにつながるわけです。

 先日東京で開催されました第三十六回日本森田療法学会に私も出席いたしましたが、今回の学会の会長さんは女性の先生で、女性患者さん達の苦悩や回復過程を視点においた研究をされて来られ、学会のテーマとして「やわらかに生きる」とされました。それはそれで結構だったのですが、会長講演の中で「自分らしい生き方の探索」という言葉を使われました。この「自分らしく」というのは自己意識を概念化していますから、それでは治らないのです。

 「あるがまま」というのは、言葉によって規制されない意識ですから、簡単に言えば言葉を使わなければすぐに実現できます。実に簡単であるだけでなく、それは瞬間的で、たとえば今日皆さん方とお話しているこの場で成り立ちます。皆さん方がどこにいらっしゃってもその場で成り立つのです。あるがままというその自己意識内容はご自分ではまったく分からない、知ったことではないというふうに、放ったままなのです。非連続的で、そして言葉で人に伝えることができない非伝達性を持っているのです。伝達不可能なのです。ですから森田理論学習では神経症を治すことはできないのです。自己意識内容を外からの言葉で変えることはできないからです。学会で発表を聞かせていただいて、そのことを分かっておられない方が実に多いと感じました。

 では会場からのご質問にお答えします。

 強迫性障害の方が何回も確認しないと気が済まない状態を、確認する回数を決めておけばうまく行くのでは、というご質問です。

 心の問題、精神内界、自己意識内に数字を持ち込みますと必ず失敗します。確認回数を決めればうまく行きそうなものですが、数字を自己意識内に持ち込まずに、ただひたすら他者意識、つまり外向きの意識に人間の知性を使って行くということです。
 自分の中に向けて知的な能力を発揮しようとすると、それはことごとく虚構きょこうに終わってしまい、森田先生はこれをよく屁理屈と批評されたものです。外への仕事、精神作業としての様々な勉強をすることは良いことです。例えば、森田理論を学習するのは結構で、森田療法学会で論争することも、それ自体は良いわけですが、それを自己意識内へ持ち込んで、自分の説明、自分の生活規範にしようとするともういけません。
 それで、強迫障害の方、森田神経質の方にとって確認回数を決めるなどの対策をとらないでいるというのは、自己意識内は中途半端で不完全な状態が残るのですが、そういう中途半端な感じのまま、すぐ仕事上の事柄に取り組むということです。ですからいつも不安、確かでない感じのまま、外の事柄への取り組みから始めて行き、他の皆さん方に十分役立つような仕事をするわけです。言い換えますと、自己意識を完全に放置しますから自己犠牲のきわみであります。
 自己意識の中で森田療法を働かせようとすると途端に失敗します。努力の対象は必ず外向きであって、さっと、精神作業、勉強すればそれは治った状態であるわけです。その、すぐ治った状態であることを多くの方には分からないのです。ですから、だんだん長い時間がかかって治るものとばかり思っておられます。現在の多くの治療者もすぐ治るはずがないと思っておられます。しかし森田先生はこれは病気ではないと言われ、病気ではないということは、すぐに健康人としての生活を始めるのが一番賢明なわけです。ですから、先ほどの強迫性障害の方は自分の気持ちは中途半端で納得しないまま、まだまだ不安なまま仕事なり、勉強なり、人のためになる、目的が外に向いたその場のことをとりあえず始めたところがもう全治なのです。

 では次のご質問です。 

 仕事上、論理的、概念的な表現を要する発表、企画をしなければならない時、内向きに、心に向いている思考をどのように外向きに切り替えれば良いのでしょうか、というご質問です。

 これについては、その場その場が立派な全治でありますから、内向きの思考からの切り替えは一切必要がありません。内向きの思考は完全に放ったまま、自分の知ったことではないというのが、あるがままの表われです。切り替えという工夫はまったく要りません。次に何をするか、どう発表するか、困ったな、という、もうそれで治っているということです。

   2018.9.9


宇佐晋一先生 講話

人間にはなぜ宗教が必要なのか

 本日はどなた様も日常でのすばらしい精進の姿をご披露くださいまして、誠にありがとうございました。三省会にこうして参加してくださること自体が、飛躍的な真実への申し分のない徹底ということがこの場で実現します。

 皆さん方の中から「人間にはなぜ宗教が必要なのでしょうか」という非常に重要な点をお尋ねいただきましたので、これについてお話いたします。これは、宗教がなかったならどんなに困ったことが起こるかというふうにご質問を置き換えてもよろしいわけです。

 宗教がないと、自分というものについての考えを最初から信じてしまう傾向があります。言い換えますと、自分にだまされるというようなことです。そこからいろいろな気分の良くなることだけを求めて嫌なものを避けるという、選り好みが始まります。ここからは、その先どう考えを持って解決しようとしても、そこにはいろんな自分本位の考え、結論が出て、その方法探しに明け暮れすることになります。そこからは森田療法の本当の全治は出て来ないのです。

 では、どういうことで皆さん方がうまく治っていらっしゃるのかと言いますと、自己意識(自分で見た自分、あるいは他人が自分をどう見ているかという意識)に対してのみ森田療法のあるがままをしっかり生かして行かれれば、それでよろしいわけです。すなわち、自分、心というものは完全に放ったまま、心はどうであろうとまったく自由で良し悪しがないのです。ですから、心の持ち方というものはもともとありません。自分を言葉で決める必要がありません。

 これが宗教の現われでありまして、宗教がないと脱線してしまい、自分の考えにとらわれ、その良し悪しを思案してひっかかってしまうのです。結局は安心を求め、治そうとする神経症の状態におちいってしまうのです。

 先日、皆さん方も熱狂されたロシアでのサッカーワールドカップの試合におきまして、テレビで批評家がいろいろコメントする内容に、精神面に話が行ってしまうということがよくありました。日本ではそういうことがありがちですが、その代表的な一つが、いかに平常心を保つかというものです。そういう心の安定が試合を左右するように言っている人がたくさんおりますが、これは大きな誤解です。平常心というのは、どんな心でもすべてありきたり、あるいはその場にあり合わせの状態を言いますので、特定の安定した心という意味ではありません。

 森田療法から申しますと、心の持ち方というものはありませんし、良し悪しもありません。どんな心でもそのままで、心の状態に関係なしに試合に一生懸命になって進めば、それで満点であったわけです。つまり心が決められていない、どうでもよろしいということが宗教の現われであり、皆さん方が生きる上で宗教が不可欠であることそのものであります。それはもう一切、自分、心などに言葉を使わなければ、この場でいきなり成り立ちます。

 一方、他者意識の方では、あれかこれかと必死になって考え、悩みながら、他の方々に少しでも役立つ事、あるいは世の中に幸せをもたらす事柄に向かって骨を折るということが精進でありまして、それは決して心がけの問題ではありません。どんどん実生活に取り組んで行くという簡単なことで、この療法の趣旨である「あるがまま」が自己意識の中に自ずと生きて来るわけです。

 そこの所を間違って「あるがまま」を求めないことです。自分についてはどうなろうと知ったことではない、自分の方からは何も求めて行かない、自分というものはこうだということを持ち出さないということです。

 浄土宗や浄土真宗では阿弥陀如来にすっかりお任せします。「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」の意味を解釈する必要はまったくありません。他者意識のことだけに気を配って、他の方々のために努力なさるということで満点です。自分にだまされることなく、自分が言わば主人公になってその場、その場の状況を判断して物事に対処していくことです。物事の選択に迷った時には、前の院長は、立てた鉛筆が倒れた方に進みなさいと言ったぐらいで、迷った所でもたもたせずにどんどんさっと目の前のものにとりあえず手を出して行くというところが、全治のいつわらない見事な姿であるわけです。

 いきなり実生活での状況、その場、その場の複雑な環境の変化にすぐに応じて行くのです。それはつまり自分を客体化しないということです。自分で自分を治す対象にしないことです。考える対象は心ではなく、いつも外に、目の前にあるのです。

 森田療法というのはもちろん宗教ではなく、森田神経質の方に対する特殊療法ですが、他の治療法にはない、自分を決めない、自分を知ろうとしないというあるがままの特色は、まさに宗教そのもの、あるいは禅の現われと言ってよろしいのです。

 本物の森田療法を日常でいつも実現しようとしましたら、前の院長が申しておりましたが、机の上を見渡して行って、目についたものや手に触ったものが、皆さん方にとってなくてはならないもの、たとえばお茶碗にしろボールペンにしろ紙にしても、よくもこれほど便利なものを発明し作ってくれたものだと感謝することです。

   2018.7.8


宇佐晋一先生 講話

絶学

 本日は大勢の方々から素晴らしい体験談、ご意見をうかがうことができ大変うれしく存じます。

 皆さん方は他の方の体験談を聞いていらっしゃるというこの瞬間、瞬間が全治そのものでありまして、改めて心がどうあるべきかということを論じないで進んでいるというだけで、非の打ち所のない全治の状態がいつも成り立っているのです。

 現代の宗教家が「しっかり自分を見つめなさい」とよく言いますが、江戸時代より古い宗教書の中でそういう言葉をいまだに見たことがありません。おそらく明治以降に言い出した人がいてそれが広がったのかもしれません。しかし自分というものをいくらうまくとらえようとしても、それはすべて脱線です。世間では自己意識の内容、つまり心、精神、自分について、言葉を使って概念化する傾向が強いですが、皆さん方はこれからはそれを言葉を使って表現することをやめて放っておくことで、見事に森田療法の神髄が現れて、これ以上のことはありません。

 それは「心に準備なし」とも言います。不安、恐怖などに対するとらわれ、つまり神経症のどうにもならない苦しさというのは、いわば自分自身に対する用心というところから発するもので、それが熱心に治そうという努力になっているわけです。その自己意識のところを言葉を使わず放っておいたままでいると、その良し悪しや自分がどうなってしまうのかについて何も答えを出さないでいるわけです。そうすると一挙に自分の問題、心の問題が解決してしまって、あとは日常生活上の他の皆さんへの十分な配慮のもとに、それこそ森田先生が「君はもっとハラハラしたまえ」とおっしゃったように、緊張したまま外への取り組みに熱心であれば、申し分のない全治の姿でいらっしゃると言ってよろしいのです。

 そして全治というのは瞬間的なもので経過がありません。こうすればこうなるということがありません。森田理論があろうがなかろうがそれとは無関係に今の骨折りで十分立派に成り立つというところです。これは非常に大事なことです。

 では会場からのご質問にお答えします。

 鈴木大拙先生に関してのご質問です。先生は三聖病院によくいらっしゃいました。昭和二十七年にニューヨークの精神分析研究所の有力な所員でありましたカレイ・ホーナイという先生を連れて日本にやって来られ、その時に京都の都ホテルで大勢の学者を集めて、森田療法の実際を前の院長が講義するのを聞いてくださったのです。その翌年には三聖病院に来られました。それをきっかけに精神療法に興味を持たれ、その年アメリカに行かれて「禅と精神療法」という講演をニューヨークの精神分析研究所でしておられます。その後、メキシコでエーリッヒフロムという精神分析の大家、そして鈴木先生の弟子の一人であるデ・マルティーノという禅の心理学に造詣ぞうけいの深い方との三名で禅と精神分析についての長時間にわたる座談会を行い、それが日本でも本になっております。
 その時に thing-as-it-is-ness を「あるがまま」の英訳として使っておられます。ただそれは長すぎるので、is-ness 、そしてさらにもっと平たく such-ness という言葉を使っておられます。
 私が大谷大学で「鈴木大拙と精神療法」という記念講演をする機会がありました。アメリカ在住の先生のところに十七歳の時からずっと秘書としてよく尽くされた岡村美穂子さんという方がおられ、現在は金沢市の鈴木大拙館の名誉館長をしていらっしゃいますが、その方も講演に来てくださっていて、私のその英訳の話に関して特に間違っているとはおっしゃってはいませんでした。

 次のご質問は「純な心は森田先生があらゆるとらわれから離れた状態として示されたもので、それに対して、とらわれた考えを悪智と呼んでおられました。誰しも森田先生の本を読まれたら、心の良い状態が純な心で、悪智は悪いものであるととらえられます。ですから悪智というものを気にすると、結局心をやりくりしているように感じますが、これについてはどう考えたら良いでしょうか」というものです。

 おっしゃるとおり悪智というものは自己意識内容に自分の考えをつぎ込んで良い心にしようという、つまり治そうとする努力を続けることそのものです。しかし、その場にふさわしい必要なことをどんどん緊張して進んでいらっしゃる状態は心の内容を問いません。自己意識内容がどうであろうと問いませんので、悪智も純な心もすべて区別なくその時の心はそれこそ真実、純な心なのです。そうしますと悪智と純な心を分けることがなくなってしまいますし、自分について自分で評価する必要がなくなるというわけです。

 次のご質問です。「自分を情報化してはいけないと教わったのですが、客観視と自分を見ることの違いが分かりません」というものです。

 これについてご説明いたします。客観視も自分を見るということもどちらも自己意識を対象にした考えでありますから、森田理論を勉強会のように学習しているという段階に留まりますと、熱心に自分を見るという脱線をどこまでも続けてしまい、いつまでも治らないのです。
 森田療法について、他の療法との違いなどをよく理解されることはそれなりに良いことなのですが、治るということの実際は、学習にまったく関係がありません。前の院長は大徳寺の僧堂に入る時に出身大学名を聞かれ、「早稲田大学を出て参りました」と返事するやいなや「その学校を捨てて来い」と言われ、それを実践しておりました。
 大徳寺の塔頭の一つである聚光院じゅこういんに利休のお墓があります。その隣が僧堂で、その間がつながっていて、修行僧は聚光院でお経を読んでから毎朝そこで食事をしていたようです。入門の時にその学校を捨てて来いと言われたのですが、これはもうとても大事なことで、自己意識内容を学問的に工夫することが一番おろかな脱線の始まりなのです。客観視も自分を見るということもどちらも自分を対象にしたやり繰りですから、今すぐおやめになって、外に対する緊張、ハラハラした応対、生活の仕方の方に重点を置いて進まれたら申し分ありません。

   2018.5.13


宇佐晋一先生 講話

治癒像

 本日は皆さん方の日頃の実際の生活面を中心とした、大変結構なお話をおうかがいしてうれしく存じます。

 まず、治っている姿、医学的には治癒像と言いますが、それをはっきりさせたいと思います。

 心の問題としての症状へのとらわれは、基づくものがご自分の感覚や感情でありましょうとも、すべて知的な葛藤そのものなのです。知的にどう扱って行くかという皆さん方のご苦心は、今日のお話の中でたびたび出てきました「結論」という言葉で現れておりました。ところが治癒像というのは論理のまったくないものですから、「結論」という言葉を少しでも使いますと、それはもう本物ではありません。

 その論理を「別種の論理」という方もおられまして、みんなが分かる形で論じ合っている、それではない。ということを示そうとされるのですけれども、私も若い頃はその「別種の論理」という論理があるのかと勘違いしまして、大変困ったことがあります。

 「別種の論理」というのは、普通の論理がまったく出てこない領域、言い換えますと、普通の論理を離れた領域を指しておりますので、別の考えという意味ではありません。このことを前の院長は簡単に、「それは理屈抜きです」というふうに申したわけで、筋の通らない妙なわけの分からないものでもあるわけです。

 それを鈴木大拙先生は、私が花園会館でうかがった「東洋の心」という講演の中で「分かる分からなさ、分からぬ分かるさ」という巧みな表現でその理屈抜きの世界を表されました。また、かつてメキシコで禅と精神分析についての座談会が開催され、その内容の日本語訳が「禅と精神分析」という題名の本になって出ておりますが、そこで「宇宙的無意識」という言葉を鈴木先生が使われ、耳新しく感心させられたものです。そこで先生は、宇宙的無意識は精神分析で言うところの無意識とはまったく異なる種類の無意識であることをはっきり言われ、cosmic unconsciousness と英語で表現されました。つまり、分かることと分からないことが同時に存在しているのです。誰もが分かる姿に整えようと一生懸命筋を通そうとすることをやめて、ぶっつけに、まだ考えもまとまらない、筋の通らない状態の分からなさのままでいる、あるいは一部分かった状態でいるということなのです。

 治癒像とは、これはこうだという「結論」のない状態ですから、それとそれでないものが対立することがありません。例えば、不安と申しますと、すぐ対立概念として安心ということを思い浮かべ、どっちが良いかと言えば、それは安心の方が良いに決まっているということで、そこにとらわれてしまうのです。安心と不安が明確な形をとりますと、恐怖の対象がよりはっきり怖いものに見えてくるということは皆さん方がご経験の通りだと思います。その他、好きと嫌い、そして外の現象では、天気が良いのと悪いのとのように、何かを決めるとそれにすぐとらわれるのは、世間では対立概念という形で物事がとらえられるのが常だからです。

 治癒像は、どのようにも決められないということで、前の院長は「神経症にもなることもでき、治ることもできるのが本治りですよ」と表現しておりました。ということは、決めていない、決められていないということです。ただ、「神経症になる」という表現は「神経症になっている」と言ったほうが好ましいものです。「いる」とか「ある」でしたら、どなたもが満点で、どっちが本当だとか、どっちに向けて努力するべきだというようなことがありません。

 前の院長は 心のありかたについて、まったく目標を示すことがありませんでしたので、それで治るということは極めて早いわけです。今、何をしなければならないかということを考えて取り掛かるところに、もう早速さっそく全治が現れるという、これほど早いものはないというほどの治り方を示しておりました。

 もう少し心が軽くなればとか、この症状がなくなれば、というような気持ちはあるでしょうが、それには手をつけないまま、実生活での仕事に取り掛かって行くというところが非常に肝心で、今日の治癒像の中心になっているものです。「あっ、分かった」とか「この要領だ、ピンときた」というふうにこの問題が解決したと思われたら、いつも答はそれではないというふうにお考えいただければ良いのです。いつもそれではない、あれでもない、それなら何かと探すこともないということです。どこまでも分からなさの中に入っている、入り込んだままでいるということで、難しいことは何もなく、非常に簡単です。

 では、会場からのご質問にお答えします。

 自分の選択がはたして正しかったのだろうかなどと、将来に不安を感じた時にはどうすれば良いのかというご質問です。

 森田先生がかつて弟子の高良武久先生に「道が二つに分かれた時は困難な方を選べ」とおっしゃったそうです。前の院長は「鉛筆を立てて倒れた方に進みなさい」と申しました。つまり、自分の考えや意志の入らない決め方でその方向をはっきりさせるということを勧めておりました。もうお分かりのように、とにかく答えを出そうと努力するよりも、やり始めてしまうことが大事だからです。
 不安に思える環境には踏み出しにくいものです。そこで安心する道をつい考えることになるのですが、前の院長はこわごわ、びくびくしてやりなさいと申しました。昔、殿様の前で家来が「恐れながら」と言って話をしました。そのまさに恐れながらやって行くということです。

 次のご質問は、心身ともに健康になるためにはどうしたらよろしいか、というものです。

 これには面白いエピソードがあります。1961年に日米合同精神医学会議というものが東京ホテルオークラで開かれた時に、特別講演に招かれた鈴木大拙先生が講演されました。先生は明治の頃からアメリカでの生活が長く、流暢りゅうちょうな英語で講演されました。その講演の中で、アメリカ人の聴衆がどっと笑ったのです。というのは、学会前にアメリカの知人から手紙が来て「今回は何とか東京へ行きたいと思ったけれど、心はそちらへ飛んでいるが、体が言うことを聞かないので行けない」というふうに書かれていたと先生が話されたからです。完全に心と体が分かれてしまっています。そんなことを話されて聴衆が笑ったのです。それから先生は、自分とか心とかを考えに置き換えることのない意識、概念化されない意識というものがあることを明確に述べられたのです。それは「禅と精神医学」という題でお話になりまして、悩みは概念化から起こる、考えに置き換えたところから起こるというふうにはっきりとおっしゃったのです。

   2018.3.11


宇佐晋一先生 講話

迅速根治

 広く世間に森田療法を理解してもらうために、あるいは学問的に明確に規定するために、かつて森田先生がいろいろ説明をされました。それは理論としてはもちろん必要なことでしたが、治療の実際から申しますと、その概念的に決めた事柄はことごとく治療の障害になります。

 そのため、前の院長、宇佐玄雄の講話と日頃の指導は、森田理論、学説を説明して理解してもらおうとするものではありませんでした。むしろまったく理屈抜きに、すぐその場に必要な事柄をとりあえず、いやいや手を出してやりなさい、ということに尽きるものでありました。ですから、他の森田療法の施設で行われていた森田療法との非常にはっきりした違いは、方法や理論的な説明というものが一切ないところであると、今では申し上げることができます。

 そうしますと、宙ぶらりんで頼りなく、元になる根拠がないというふうに思われるでしょうが、組み立てがない、あるいは理論的構成が前もってないという状態が究極のあるがままそのものでありますから、かえって治りが早いのです。

 私がまだ若い頃は、長年悩み苦しんだ神経症はやはりそれなりに時間、年月がかかるだろうと考えておりました。ところがそれは大きな間違いで、前の院長によりますと、まさに治るのは迅速じんそくかつ根治的だというのです。その頃の私にはとてもおかしな説明に思えました。ところが、その後、これはもう間違いなくその通りであって、これほど早く見事にきれいに治る治療法はないことを確信しました。

 「これが自分だ」というものはすべて本物ではなく、「これが自分だ」というところからすでに脱線なのです。考えた自分、考えた心、生きるということなど、それを最初から論じると、そこで止まってしまって、決して治ることがない、あるいは悟ることがない、という目のつけ所が前の院長の見方であったわけです。したがって説明を上手にすればするほど脱線してしまう、長くかかる、ということです。迅速根治じんそくこんちというのは何かと申しますと、そのいきなりの、ぶっつけの、やにわにこうであるという状況をおいて他にありません。

 精神全体の見方からすれば、人間の知性というものは本来心の外側の仕組みであって、「知性は精神の外部機構」という表現も心理学の教科書にもしっかり記載されており、心の問題をとやかく言うのは脱線です。

 心のことを言う前に、あるいは「これが自分だ」という前にいきなり実際の生活をするということです。森田先生もパッと石を投げてくる人がいたら、サッとそれを上手に避けるというようなことを例として挙げておっしゃっていましたが、自分というものをどう対処するか、と考えるより先に全治の状態がその場で現れているのです。ですから、森田先生が、外へ向けて君はもっとハラハラしたまえ、とよくおっしゃったと聞きますが、それでもう満点なのです。落ち着こうとか、ゆったり構えようとか、気にしないでおこうとか、世間の人が考える心の落ち着いた状態というのは間違いなのです。とにかく外界のこと、外のことに対して敏感に次はどう対応するか、ということを野生動物のように常に構えているという、そこのところでもうすでに全治であるわけです。

 先ほど会場から、症状のことを忘れてしまったというお話が出ましたが、忘れようにも忘れられない、あるいは忘れたくても忘れられないという症状、悩み、自分のことなどは、一種のこだわりで、その事柄に止まってしまっているわけです。忘れてしまえればそれでいいですけれど、そのこだわった状態をどうするか、私が前の院長に質問したところ、こだわったまま行くと申しておりました。

 忘れられない問題を抱えながら悩みながらそのまま行くという、そこのところに、あるがままの意識を持ち込まないという素晴らしさがあるのです。あるがままは言葉にする前の状態ですから、嫌だなあ、何とかしたいなあ、という感情が出て来ても、その段階ですぐ外へ向かっての緊張を高めた行動があるばかりなのです。心に向かって、これを森田療法でどう治したらいいのかというような工夫は一切要りません。かえって脱線します。ですから、こだわったまますぐ次のことをするという瞬間的な生活ぶりが見事な全治であります。

 すべての答えが間違い、あるいはそれでない、あれでもない、これでもない、こうかと言うとそれでもない、とこうなって来ますから、どうしたらいいかとお考えになる必要がもうまったくないわけです。方法を考えたらすべてだめで、あれでもない、これでもないと言っているその事柄からも離れているのです。禅ではこういうもろもろの事柄を否定することを百の否定、百非ひゃっぴと申します。例えば坐禅でしたら、その場で坐るというのが仕事ですから、いろいろ気になりながら、ハラハラしながら坐っているということになるのです。

   2018.1.14



宇佐晋一先生 講話

突然治る

 本日は貴重なお話をAさんから聞かせていただきました。大変結構なのは、全治が、こういうふうにしてというのではなく、突然のことだったと言われたことです。全治というのは、皆さん方のお考え、人の言葉、説明などによるものではなく、その時、その時の外への取り組みが突然の全治を実現させるのです。したがって外に向かっての、ハラハラというほどの緊張は、もうそれだけで全治の意識であると言ってよろしいのです。

 前院長は、秋の虫が長い触角を動かしている状態とか、眠っているように見える犬が寝そべっていても、耳だけは周囲の音に敏感に反応しているという見事な対応ぶりが、いきなりの間違いのない全治だと申しておりました。そして人間では自分の状態について、これで良いとか悪いとか、満足できるかどうかとか、自分のことについての考えをさしはさみがちだが、それはまったく無駄である、と続けて言っておりました。実は今年は前院長が亡くなって六十年に当たりますので、少しそういう思い出話をさせていただきました。

 前院長は患者に症状のことを決して言わせませんでした。「生活、仕事、勉強、人のお世話、何でもさっと、どんどんやりなさい」というところが生き生きとしておりまして、治す手間をはぶくのです。治ったらするというのではないのです。私が病院を引き継いだ時に、三省会で皆さん方に、ご自分の症状の説明をしている間は治りませんよ、と言いましたところ、皆さん方は黙ってしまって会が進みませんでした。そこで、私がまだ小学生の頃に入院されていて、三省会の役員をされていた方が、私たちは自分のことを聞いてもらいたくて来ているのですよ、やはり言わしてもらわないとね、と助言されたのです。そこで、三省会の席上だけはご自分の症状をお話になっても良いということにして、それが今日までずっと引き継がれているのです。

 前院長の治療の風格と言いますのは、学問を断絶する「絶学」と言えばよろしいのです。そのいきさつを申しますと、大正十一年に大徳寺の専門道場に入門いたしまして、初めてそこの指導者である川島昭隠老師にご挨拶したところ、老師から「どこの学校を出てきた」と尋ねられたので、前院長が「早稲田大学を出て参りました」と返事するやいなや、「その学校を捨てて来い」と、変わった指示を与えられたのです。これが「絶学」でありまして、前院長はそこから禅の修行を始めたわけです。つまり、より良い判断、解釈をすること、あるいは結論を出すことがまったく要らないのです。

 皆さん方は、今日は良い話を聞いたと思われたら、いつもそれでないというところから出発されれば、全治は間違いありません。いつもそれでないというのは、経験的な判断や結論の出し方をする前に実際の生活をすぐ始めて行くということです。

 皆さん方は自分のあり方、心の問題というのは、これからはまったく取り上げなくてよろしいわけで、これが自分だ、心だというような自己像というものはすべて主観的な虚構きょこうに過ぎないのです。ご自分では自己像を絶対確信的にお持ちになっていらっしゃるでしょうが、それをあてにして良い確かなものではありませんので、「これが自分だ」と言っていること自体が脱線なのです。さっそく外の実際の問題に皆さん方が手を出していらっしゃれば、もう全治はそこで十分成り立ちますので、それは突然、意識がパッと外に明るくなるということで、どなたにも始まると言ってよろしいのです。

 では会場からご質問が来ていますので、お答えします。

 質問:森田先生のお話の中に、「感じから始まる」といったお話があったように思いますが、それはどういう意味ですか。

 お答:人間の自己意識には、痛いとか痒いとかの感覚が発生し、また、いろいろな感情も沸き起こります。これらはもうその通りでありまして、どうするというわけには行きません。それで次にすぐ、知性が働いて、その現象をまとめにかかったり、意味づけをする、あるいは価値判断をする、などというふうに組み立てて行くところからが脱線です。
 「感じから始める」と森田先生がおっしゃったのは、実に上手に言っておられます。その感覚から、次はもう実際の仕事での工夫をしていらっしゃれば、他の皆さんのために役立つことがたくさんできます。他人から欲張りな人と言われるのでしたら、そういう他の皆さんのためになることをどんどんなされば、その欲張りは見事なものです。

 質問:絵画作品を見て様々に感じることと、その作品の作者や来歴を知ることとは違いがあるのでしょうか。

 お答:絵というものは、視覚芸術ですから、色と形を見ること以外はあり得ないのです。美というのはそういう感覚的なものでしかあり得ませんので、由来の解釈、価値的な判断、真贋しんがんの問題などというものは美とは関係がありません。色と形を皆さん方がご覧になるというところに、その美が自ずから成り立っているということがあるだけなのです。それとは別に美術史として、作品の学問的な取り扱いはもちろんあるわけで、それがいろいろ興味のある事柄として人々の注意をくことはまったく別の問題なのです。

   2017.11.12


宇佐晋一先生 講話

精神作業

 本日は高いレベルのお話をたくさんしていただきありがとうございました。森田療法のすばらしいところは、あらゆるとらわれから離れた生活がこの瞬間から始まるということです。そのあらゆるとらわれから離れているというのは、まさに森田先生の「あるがまま」なのです。

 皆さん方はそのあるがままを求めたくなりますが、私たちはこうしている瞬間にも、間違いなくすでにそのあるがままの中にひたっているのです。それがどうして長い間治らなかったのかというと、修養熱心であることがあだになり、ご自分の方に修養の努力を向けて来たというその長い歴史によるわけです。

 ですから、他の人にどのようにしてあげたらお役に立つかという、精神作業に重点がかかれば、それは途端にあるがままに他ならないのです。さっそく精神作業、あるいは実際の人助けに着手すればよろしいわけで、心を立て直すとか、ストレスを解消するとか、もっと良い気分になってからとかいう、ご自分の方に良いように努力を少しでも向けますと、もうさっぱりあるがままではなくなってしまうのです。

 そうしますと、他のあらゆる心理療法、精神療法とは異なって、森田療法はあるがままから始まっていると言えるのです。あるがままは決して結果ではありません。いくつもの手段を経てその結果として出て来るものではなく、いつもぶっつけのものですから、もうすでに治っているという全治の状態から皆さん方の生活が今この瞬間から始まると言ってよろしいのです。

 人間の意識というのは同時に二つのことを明るくすることはありません。つまり、皆さん方が何とか治らないだろうかと悩んでいらっしゃる時は、実生活のことには意識が十分行きません。反対に実生活のことに努力していらっしゃる時にはご自分の問題は立ち消えになっているのです。森田先生が「君はもっとハラハラしたまえ」とおっしゃったのは、実生活上しなければならない仕事に対していつも緊張していなさいということで、外のことに対して意識が明るくなっているわけです。

 それでは自分の症状や悩みの解決はできないのではないかと思われるでしょうが、人間の持っている知的能力というものは、まったく外向きの仕組みですので、自分のために役立てようという努力のことごとくがとらわれになってしまいます。皆さん方はこれまでは、自分で描いた自己像を元にして生活をなさって来たかもしれませんが、そういう、頭で考えた自分というものが本物ではないということがはっきりしますと、より良い自分というものを求めることが必要なく、しんどいまま、悩ましいまま、憂鬱ゆううつなまま、さっそく現実の問題解決に進まれればもうそれが申し分のない立派な全治に他ならないのです。

 では、会場からのご質問にお答えします。

 質問:会社で上司から頻繁ひんぱんに叱責され、うつ状態になり、不安で仕事がほとんど手につきません。生活を前進させられるようアドバイスをください。

 お答:質問の方は何をやっても間違っているのではないかというふうに思えて不安で仕事が手につかないとおっしゃっているわけですね。よく世間では、自分を否定的にとらえるネガティブな考え方をやめて、ポジティブな考え方で行きましょうと言われますが、そういう、自己像、自己イメージを明るくするとか強くするというふうなことはまったく要りません。私どもはいつでもビクビクで足りるのです。あるがままというのは、その時のまったくぶっつけの意識ですから、先に自分を中から変えてしまおうというのはおかしいのです。
 前の院長が、犬がべたーっと座って休んでいるように見えても、耳だけがパッと動くということをめておりました。つまり一見ゆったりと落ち着いた状態に見えても実はそうではないのです。いつもビクビクで精神作業として緊張しているというところが前の院長の治療上の表現であったわけです。
 皆さん方は森田療法を受けても意識としては何も変わってはいないのですが、いつも気を病んでいるというほどビクビクしていて、そしてここぞとというすきがあればパッと必要なことに手を出すという、それくらいいつも外のことに狙いを定めているというふうには変わっています。この油断なく周囲に気を配っているというそれがもう立派な精神作業で、しかもさっそくの今の全治に他なりません。
 そういうことですから、怒られて、何をやっても間違っているのではないかと心の中ではビクビクしながら、その気分を治そう、明るい気持ちにしよう、あるいは間違っていない、大丈夫だと自分に言い聞かせようとすることは治療の本筋からはずれた、自己意識の中の無駄なやり繰りです。ご自分を分かる形、つまり言葉でとらえるということはやめて、それはそのままほったらかしで、ぶっつけのあるがままで今の困難な状況に対処していらっしゃればよろしいのです。

   2017.9.10


宇佐晋一先生 講話

実際の生活に骨折って

 森田療法はご存じのように、経験より前、あるいは人から聞いたり人に伝えたりする前のところで全治が成り立ちますので、Aさんの理論を中心としたお話の後、会場からそういう点をご指摘になったというふうに私には思えました。この、人から聞いたということとまったく関係なく全治が成り立っているというのは、そのままがあるがままであり、いきなり実際の今の生活をお始めになれば、もう満点です。それが本物の全治、真実の姿であって、考えた自分、見つめた自分、分かった自分というのは、すべて自己意識であり、それをご自分であつかおうとする限り脱線するしかないというのがこの療法の趣旨です。

 森田療法関連雑誌の七月号の中に、治るとはどういうことかというテーマで、ほとんど一冊様々な方が文章を書かれています。しかし、治るというのは事柄ではないのです。ですから、治るとはこういうことだと言った途端に脱線してしまって、本当のものが体得できないのです。つまり、こういうことだという分かり方の前のところに本物の皆さん方の今日の見事な全治があるのです。すなわち皆さん方は治らずにはいられないのです。

 それでは会場からいくつかご質問が来ていますので、それぞれに対してお答えします。

 質問:日々の生活では症状をそのままにして目の前のことに取り組んでいますが、しばらくするとまた脱線し、症状にとらわれてしまって困っています。何か脱線しない方法をアドバイスしていただけないでしょうか。

 お答:脱線したらしたまま、次の今大事なことを始めてしまうということでよろしいわけです。では、症状にとらわれたらどうしたらいいかと言いますと、そのとらわれた心をとらわれない状態にしたいという気持ちが沸いて出て来るままに、今のとりあえずの仕事をどんどんやって行くのです。それで心の状況がどのようであったにしても、全治は確実に成り立つのです。
 よく世間では、特に宗教家が「心を整える」という言い方をしますが、それはまったく見当はずれなことです。もう少し落ち着くようにしようとか、もっと良い心の在り方に変えようとすることはまったく必要ありません。前の院長が「どんどんやりなさい」と申しましたが、このどんどんというところが値打ちものなのです。とらわれたらとらわれたまま、どんどんやって行くということです。

 質問:お釈迦しゃか様の悟りの内容はどういうものだったのでしょうか。

 お答:それは言葉に表す前の皆さん方の今の状態そのものなのです。三聖病院の洗面所の上に長らく「如々真にょにょしん」という額が掛けてありました。これは入院されていた方が、前の院長の講話を聞かれて、その言葉を達筆な字で板に彫刻され、退院の時に置いて行かれたものを掛けてあったものです。この「如々にょにょ」は「そのまま、そのまま」という意味で、これをおいて他に真実というものはないというのが、お釈迦様の悟りなのです。つまり「こういうものが悟りだ」というような、言葉で伝えられるような、あるいは考えに置き換えられるものではなく、このとおりという、まさに「如々にょにょ」そのものなのです。
 会場から「自分らしく生きる」という話をされましたが、考えた自分、これが自分だ、というのは明らかに脱線で、それはどうでもいいことなのです。ですから、自分らしく生きるというのは、お釈迦様の悟りにはまったく関係ないということです。

 質問:今通訳ガイドを目指して実習を受けていますが、外国人観光客に禅について説明する機会が多く、素人の私にそれを説明する資格があるでしょうか。  

 お答:禅はこのとおりという、先程の如々真にょにょしん、お釈迦様の悟りそのものですから、皆さん方が禅の僧堂で修行をなさらないからと言って、真実に生きることができないかというと、まったくそうではなく、どなたも真実の真っ只中にいらっしゃるのです。そのままあるがまま、実際の生活に骨折って、他の皆さんに役立つたくさんのことを欲張って計画されるところに禅本来の大事な点があるわけですから、この方が外国人観光客に禅について説明なさる時は、言葉を使うことなしに、そういう姿そのものをお見せするのが良いかと思います。また、禅のお坊さんのような修行もしないで悟りが開けるものですかと聞かれましたら、言葉で心の変化を説明しがちですが、そうではなく、いきなり生活面に努力されればその場で悟られると答えるのが良いわけです。
 皆さん方がご存じの江戸時代前期のお坊さん、白隠禅師は「衆生しゅじょう本来仏なり」という素晴らしい言葉を残してくださっているのです。それも外国の方々に、言葉を使わない真実のあり方を、それをやむを得ず言葉を使って説明してくだされば結構です。
 全治は経験以前にあるものです。そして人から伝達を受ける以前のところで成り立っているのです。ですから、治るとはどういうことか、という議論からは決して治って来ないわけです。皆さん方におかれましては、寝ても覚めてもいきなりその場で、しっかりとあるがままの真実が成り立っている、ということを改めて申し上げておきます。

   2017.7.9


宇佐晋一先生 講話

大自然

 今日は大変高級なお話をBさんのご体験からおうかがいすることができました。あるがままという森田療法の究極のものは思想ではありません。何らかの経験に基づいた考えでもありません。まさにこの通り、という言葉のない世界における事実そのものです。これが森田先生が一番はっきり治療の本質として示されたものです。

 これで良いのだという肯定とか、これではまだいけないという否定とか、皆さんのお考えに対する批評というものは何もありません。即刻、私どもが今直面している現実世界での皆さん方のやり繰りをおいて他にはありません。それを心の問題として取り上げますと、むしろ脱線で、例えば皆さん方が今日この三省会においでいただいてお話を聞いていらっしゃる、この瞬間、瞬間がどなたにおかれましてもまぎれもない全治でいらっしゃるのです。

 三聖病院が閉院になる時に、京都新聞がそれを取り上げて記事にしてくれました。そこに京都大学の新宮一成教授が談話として、精神療法が宗教と関係があることを示す病院であった、という評価を書いておられました。まさにその通りでありまして、三聖病院の森田療法は宗教も踏まえておりまして、それがなかったなら早速の全治ということはあり得ないわけです。自分についての考え、それをこだわりと言ってよろしいのですが、その中に悩みというものをくみ上げ、組み立てられるわけですが、何か理由がある、あるいは根拠があるというあるがままではなく、いきなりのぶっつけのあるがままが究極の状態であるわけです。ですから、ご自分でこの病気をどうしたらいいかと考えていらっしゃった方々にとりましては拍子抜けしてしまうような感じでしょうが、そういう、今まで宗教として考えられてきたものも十分、この森田療法の中に含まれているわけです。

 では、会場からのご質問にお答えします。

 質問:最近集中して仕事をうまくこなすことができません。上司から休職を勧められましたが、どうすればよいでしょうか。

 お答:ご自分の調子の悪さを中から何とかしようという、自分対自分の努力をさっそくおやめになることです。とりあえず仕方なしにやるべき仕事をやって行くこと、そしてそのやり方の工夫に全力を傾けて行くということです。前院長も、仕方なしに行きなさい、と何とも情けないようなことを申しましたが、これは非常に的確な指導なのです。前院長はまた、全治というものを段階的に考える必要はない、落ちているごみをちょっと拾うこと自体が全治そのもの、と申しておりました。そして精神作業のことをやかましく言っておりました。精神作業とは何かと言いますと、たとえば私がここでこうしてお茶をいただいて感謝をいたしますが、皆さん方も周りを見回して片っ端から感謝することで全治なのです。精神作業で外向きに頭を使っていらっしゃるのはすべてその場で全治でありまして、皆さん方は治らずにはいられないのです。ですから、ご質問の方は仕方なしにやるべき仕事を工夫しながらお勤めになるということで治っているということですから、どうぞそのままお続けください。

 質問:将来のことが不安でたまりません。たとえばもし自分に子供ができたら、その子が神経症になるのではないかという不安があります。

 お答:いろいろああでもない、こうでもないと不安だらけというのは、本当の森田療法では良し悪しがないのです。いつもその時の心でもう充分、ということなのです。子供が神経症になるのではないかという不安があって、そういうことはその時になってみなくては分かりません、という答えを出してはいけません。 前院長は本当の怖がりでいなさい、と申しておりました。不安のままでいなさいということです。同じような苦しみを子供には味あわせたくないというお気持ちを持っておられるのは、親の立場としてはごもっともなことですが、自分あるいは自分の子供に関する内側の問題につきまして、楽観視するべきかあるいは悲観的にとらえるべきかというような、論理的な解釈は一切加えないことです。
 内面の事柄に対して言葉を使わないことです。内側の世界は心理学的に言えば感覚と感情の湧き出るままです。つまり、人間が最も人間らしい、考えを組み立てるという能力は常に外側の事柄が相手で、内側は感覚と感情だけの世界にしておくということです。そこにあるがままの素晴らしさが開けているわけです。大自然というのは一般的には外のことについて使われますが、内側の内発的、自発的に出てくるものもまさに大自然の現われで、禅の大家である鈴木大拙先生の晩年の言葉を使えば「宇宙的無意識」です。
 私は前院長から心の持ち方とか、良い心のあり方とか、心理学的にこれが良いというようなことは一切教えてもらっておりません。つまり心には用事がなかったのです。

   2017.5.14


宇佐晋一先生 講話

いったいなにが主題なのであるか

 本日の例会では宇佐先生は講話として、会場の出席者からの質問に一つずつ答えられるという形で進められました。

 質問:三聖病院の作業室に「忍耐」という言葉が掛けてあったと思うのですが、これは世間的な意味ではなく、何か仏教的な教えを意味するものですか。

 お答:このことについては前の院長が、最初は辛抱だ、我慢だと言いますが、実はそうではなく、症状や気になることに対して何もしない、そのままです、と申しておりました。それはただの「あるがまま」ということに他ならないことを申し上げておきます。

 質問:宗教は必要でしょうか。

 お答:宗教がなかったら自分をどうしていいか分からなくなるのです。神経症の症状がまさにそれの最たるものでして、自分のあつかい、あるいは心をどうしたらいいかということについて、あらゆる手を尽くしてもうまくいかなくて困り果ててしまうのです。ところが宗教はその答えをまったく必要としない状況で、一瞬にして解決する働きがあるのです。実際の生活ぶりそのものが信仰であります。宗教と言うと世間では、何宗であるとか、何派であるとか、それぞれ説教の内容が違うというように、頭で考えた世界ととらえられがちですが、実際は考えに関係なしの心の状態、変化のままの姿ですから、これはもう一瞬にして言葉なしで解決してしまうのです。

 質問:先輩方のアドバイス通りに実生活をしていく必要のあることは分かっているのですが、いざ行動に移すことができずに困っております。

 お答:これは不安神経症の方ならまさにその通りだと思いますが、今日発表されたAさんのように、大勢の皆さん方から見られている、ということで十分であります。それはまるでテレビドラマに出演して非常な緊張を伴って役をこなしている状況です。それであるがままはひとりでに勝手にできてしまいます。心をどうのこうのと取り上げる必要はまったく要りません。

 質問:私は強迫神経症のせいで気になって字が書けません。誰かとしゃべっていても自分の発言の中身が気になり、内心もやもやでいっぱいになります。そしてそのようなことが不安となって積み重なって眠れなくなります。

 お答:これについては私自身が皆さん方にお話しする時は内心もやもやで、筋を通して話をする余裕もないです。ですから、まったく出たとこ勝負、肝心な表現だけを工夫しながら皆さん方に分かっていただけるように申し上げるということです。内心というのは、心が整っているとか、落ち着いているとか、不安がないとかということを目指す必要はありません。
 また、心の問題では積み重ねというようなことを何もお考えになる必要はありません。雪が降り続いて屋根やひさしがつぶれる危険性を考えるのと同じように、不安が積み重なって心が潰れないだろうかと思われがちですが、そういうことは決して起こらず、まったく放っておいたらいいのです。

 質問:メールで送った文字が間違っていないか、送った内容で相手を傷つけたりしないか気になって仕方がないのです。

 お答:私自身も依頼原稿の発送を月一回行っていますが、見直し、書き直し、あとからの追加、変更を何度も繰り返しています。これは読む相手がある場合は特に十分気をつけなければなりません。ですからどんどん文章を書いていらっしゃって、そこに表現の仕方の工夫をさらに加えながら、そこで悩んでいらっしゃればよろしいのです。それを自分の心の中の悩みを解決する方向へ持ち込んではいけません。自己意識の中というのは言葉はまったく無力で守備範囲を超えております。つまり心の中、自分の中に言葉でしっかりしたものを作り上げるという受け止め方をする必要はありません。

 質問:なかなかやる気が起きず困っています。環境を変えた方が良いこともあるのでしょうか。それとも森田療法ではモチベーションさえ要らないということでしょうか。

 お答:この方が今おかれた立場で、最も急がれ、最も必要なこととされている社会的な役割、骨折りをどんどんおやりになることです。その瞬間から、モチベーションがどうのこうのというような問題ではなく、社会的な難問に真剣に取り組んでいらっしゃる姿が他ならない全治の状態ですので、やる気というものを準備する必要はまったくありません。やる気が起こっているかどうか、あるかないかと振り返った瞬間に脱線します。
 前の院長は森田療法の極意として具体的な話をしなかったのですが、ただ一つ、長野市にある善光寺の本堂の床下に「戒壇かいだんめぐり」という真っ暗な曲がりくねった道が作ってありまして、そこに入ったら神経症はいっぺんに治ります、あるいは極意ですと言っておりました。私もそこへ入ってみましたが、一曲り二曲りしたら本当の真っ暗でした。手探り足探りで進むしかありません。つまり賢い見当づけというもののまったくなしに、ただその状況を打開する骨折りがあるばかりなのです。

   2017.3.12


宇佐晋一先生 講話

おめでたい日

 本日は新年の例会にふさわしく、皆さん方は非常に重要な事柄について言葉を工夫し、角度を変え取り上げていただき、大変うれしく思っております。皆さん方は今日どなたもが治らずに帰ることはできないことを申し上げる次第です。

 森田療法は説明を聞いて「分かりました」では本物とは言えません。なぜなら「分かる」という言葉は、「分からない」に相対し、そっちの考えよりこっちの考えの方が良い、というような議論がどうしてもつきまとってしまうからです。自己意識内(自分についてどう思うか、または他人が自分をどう見ているかという事柄)が、言葉という、自分を表現するのにはまったく不向きな手段を使って議論されると、自分の姿というものはことごとく虚構きょこうに過ぎなくなります。つまり自分で見た自分というものはまったく本物ではないということです。知性というものはあくまでも外向きに役立つ仕組みであって、自分を説明するということは、言葉の本来の働きからは脱線しているのです。

 ですから、言葉を外の事柄について使うことは大いに結構ですが、自分自身について、分かったとか分からないとか、これが自分だとか、違うとかいうような、言葉によるやり繰りはまったく無意味で、全治とは関係なく、きっぱりやめてしまってもいいものです。全治はどのようなものにも関係のないあり方で、ぶっつけに突然、今、このままにある状態をおいて他にはありません。どなたもがあるがままの外に出るということはできません。いつもあるがままの真っただ中にいらっしゃって、言葉を使って説明なさるより先にあるがままでいらっしゃるのです。これが全治の瞬間的な成立の特徴であります。

 今日のBさんのお話を聞きまして、いろんなお仕事に取り組まれると、こんなにたくさんのことをなさる方に変われるのかというぐらいに活動的でいらっしゃいます。大変重い責任を負いながらどんどん前進して行かれる姿は、それまでとはまったく目のつけ所が変わって、ことごとく自己意識ではなく、他者意識(外向きの意識)の中に目が開けて仕事を追いかけて行かれるというものです。これはかつての「治したい」という欲張りが大きく変化したものと言うこともできます。

 森田先生の「努力即幸福」という言葉がありますが、Bさんは、努力すれば幸福になるというのではなく努力しているその瞬間、瞬間が幸福なのだというお話をしてくださいました。私が瞬間的全治という話をいたしますが、これがいかにも奇をてらうようで突飛とっぴな話のように聞こえますが、森田先生の「努力即幸福」は瞬間的な幸福の成立を言っておられるので、同じことなのです。ですから、世間の人が、だんだん治って行くというような段階的な治り方を想定していらっしゃるのは、自己意識の内容を人間の知性で情報化して、こうすればこうなって行くに違いないという知的な心の探求ですので、森田療法からすると大きな間違いで、その情報のやり繰りで良い結末を招くことはあり得ません。

 世間では自分を情報化する材料として、外の情報を仕入れて来ていろいろ勉強される方が多いです。勉強というものは外向きの、例えば、仕事上、学問上でされるのは良いことですが、ご自分にとってという形でそれを応用しよう、自分に役立てようとなさると、その情報はまったく役立たないばかりかご自分を抜き差しならない状態へ導いてしまいます。勉強しただけ苦しみが増すというようなものであって、これが自分だ、これが心だ、これが症状だという種類の、内面的に組み立て構造化し、論理化して確かなものを作り上げようとすることは今日以降なさる必要はありません。

 会場から「恐怖突入」と「そのまま前進」は同じような意味ですかというご質問がありました。「恐怖突入」という言葉は森田先生の論文の中に「(恐怖症に)悩んでいる人を恐怖に突入せしめて」という文章がありまして、森田療法の理論学習で治すという立場の人たちがそれを大きく取り上げて、金科玉条きんかぎょくじょうのように使ったのです。ところが、森田先生から直接指導を受けられた鈴木知準先生がこれは森田先生の間違いであると、学会ではっきり発表され大きな反響を呼びました。つまり「恐怖突入」という言葉は使うべきものではなく、突入するのはその恐怖を起こさせる仕事の方なのです。恐怖を対象にして自分の怖さに突入するというように、怖さを引き起こす状態に突入するのが大事だとお思いでしたら、大間違いで、これは三聖病院ではまったく使わなかった言葉です。前の院長は「こわごわ、恐る恐る、ビクビクしながらやって行きなさい。本当の怖がりでいなさい」と言っておりました。

 「そのまま前進」は自分についてまったく概念化しない、恐怖という言葉も使わない、つまり考えに置き換えない具体的な行動をするということです。目の前のしなければならない、人に役立つ仕事に手を出した瞬間が全治そのものなのです。

   2017.1.8


宇佐晋一先生 講話

経験を超える

 肝心な事柄は、皆さん方がなるほどそうかと了解されることが実は邪魔になっていることです。本物というのは、こうしたからこうなるというようなことから離れて、まったく論理、理屈のない、概念化されない、自分を振り返ることのない、今この瞬間の現実生活に対処している姿そのものなのです。そのことが皆さん方のお話の中によくうかがわれたことが大いにうれしく存じます。

 前の院長、宇佐玄雄が自慢にしていたのは、森田療法を受けられた人の方が、禅の修行僧よりもちゃんとした本物が身につくということです。森田療法の方が十分大事なものが身につくことを保証しておりました。それは何かと言いますと、ただ “理屈抜き”ということです。

 つまり、これが自分の症状だとか、これが自分の状態だとか、自分を対象にして、考える自分と考えられる自分という二分した描き方、これは昨今の心理療法や精神療法によくあるものですが、それらはことごとく具合の悪いもので、皆さん方はご自分を対象化する前のところですでに立派に治っていらっしゃるのですと、前の院長はよく言っておりました。

 それから今日是非とも申し上げたいことですですが、この前の9月の例会で体験発表されたBさんと、今日発表されたAさんとで全治の状態で違いがあるかと言いますと、まったく同じなのです。日常経験という点では、もちろん年上のBさんの方が長いかもしれませんが、森田療法では経験の長い短い、多い少ない、浅い深いとかにまったく関係なくどなたもが同じでいらっしゃるということです。

 一般の人は、一人一人の人間が同じ意識でいるということは、絶対にあり得ないと考えます。それはあくまでも物事に対する考えのことで、それは当然のことなのですが、それとはまったく別にどなたもが異なることのないものが、分かる前の意識です。それが働いて、今日初めて森田療法のことを聞く方もBさんと同様に全治なさるわけです。その質、内容に良し悪しがあるわけではまったくありません。

 分かる前の意識というものは、経験を超える、あるいは体験を超える、言い換えればさらに歴史を超えるというふうに申してもよろしいことです。ところが、このようにしてやっとこの境地に到達したというのは、まだまだ不十分なのです。世間一般では目標として到達すべき境地というものがあるように思われていますが、実はそれをきわめて行こうという段階的な努力よりも前に、ぶっつけに今のこの状態で、もうそれは立派にどなたにも現れているのです。治す前に全治の状態がいつもそこに現れていますので、森田療法ほど早いよい治り方をする治療はありません。

 経験を超えるというのは、今に始まったことではありません。鎌倉時代の終わり頃、京都の大徳寺の開山である大燈国師というお坊さんが「不伝ふでん妙道みょうどう」という言葉を残しています。不伝の妙道とは、伝わらない、あるいは伝えられないものを伝えることについて、理解することのまったくない、「無理会むりえのところに向かってきわめ来たりきわめ去るべし」と言い残しているのです。

 私は最初は受け取り方が間違っておりまして、分からないからそれが分かるまでしっかり努力せよと言っているのかと思っておりました。しかしそうではなく、初めから分からなさに向かってどこまでも突っ込んで行きなさいということなのです。皆さん方にはおなじみの「知らなさ、分からなさ、決められなさ」です。説明もできない、つかむこともできない、伝えることもできない、そのままどこまでも分からないままです。この分からなさの真っ只中がいつも全治でありまして、森田先生が「僕の療法は不問療法だ」と言われて、今日の森田療法のようなああいう詳しい説明をまったくされなかったのです。「僕の言うことは信じなくてよろしい。ただ言われたことを実行しなさい」とおっしゃったのは実にすばらしいことで、分かってから実行しなさい、ではないのです。

 会場から「症状やその他気になっていることをそのままにしていると、脳の中で何かがつぶれていく感覚が起こるのですが、これは私だけに起こる特殊なものでしょうか」という質問がありました。この自分で見た自分というのは、まったくお一人お一人違っておりまして、これをそのまま味わうということで瞬間的に治ります。「私だけでしょうか」と尋ねられるということは、一般的にはどうなのかということを気にしておられ、器質的な病気と同じように考えておられるわけで、これを治療しようとすると結局だめになってしまいます。神経症というのは病気ではないのです。自分にとってはこれほど辛い、苦しいものはないとお考えでしょうが、まったく虚構きょこうのものなのです。 

 つまり、自分の中に引き起こされた状態を、考えた理想的な自分というものの方向へ向かって熱心に努力するという、まじめで良心的な人間的素質をお持ちになった方々だけに起こる架空の、病気のような状態に過ぎないのです。ですからこれを一般化なさらずに、それぞれの方の独特な感じを味わわれ、とにかく症状には負けていくのです。どこまでも精神内界の事実に無条件降伏なのです。

   2016.11.13


宇佐晋一先生 講話

瞬間的に治る

 本日は大変良い体験発表を聞かせていただきありがとうございました。Aさんは様々な苦しみを持っていながら、治るということは今日の生活の一瞬のこととおっしゃったことが一番大事なところです。

 Aさんが皆さん方のお役に立てるよう、いろいろ苦心して周到に準備をされて発表されたということは、まったく他のかたへの行為ですから、全治また全治の繰り返しで、本治りの状態が他の方へのサービスで続いて行くということです。それは瞬間、瞬間の連続でありまして継続というものではないのです。すなわち全治は必ず瞬間的なものばかりですので、せっかく治ったのにまたすぐ再発して治すのに随分ずいぶんまた苦労しないといけない、というような普通の病気にありがちなことは、神経症には当てはまりません。  

 世間ではよく心の病気と言いますが、これは自分で見た自分の感想をもとにした、治す努力に重点のかかった状態です。ですから、森田神経質の方の神経症の特色は必ず精神的な葛藤かっとうがあるのです。どうしたら解決できるかというその熱心さが特徴です。病気ではないのですが、治そうとすることで病気の状態ができあがっているのです。そうすると、自分自身が不満足であるという自己不全感があればあるまま、そこからすぐ今の皆さん方の大事な生活に進まれるその瞬間が見事な全治でありまして、継続という考えではなくその場、その時に現れている状態が見事な全治であるわけです。  

 世間では神経症というのはなかなか治りにくいと思われていて、瞬間的に治ると主張している私のようなものがいるのが不思議に思えるのです。ところが神経症というのは本当に瞬間的に成り立っていて、しかも瞬間的に治るのです。多くの方は神経症が小学校の頃から続いていますとか、ひと月ずっと悩み抜いてますとかおっしゃいますが、この場で瞬間的に成り立っているのです。たとえば夜中に眠っていらっしゃる時には、神経症は消えているのです。

 仏教の世界でいうところの悟りですが、世間では大変むずかしい高度な意識だと思われていますが、実は自己意識内を概念化しない、考えに置き換えないというだけのことです。これが自分だ、これが心だというふうに話を組み立てないというのが悟りでありまして、お坊さんですと、人を救うことの方に重点がかかりまして、自己意識の方は真っ暗になっているわけです。

 会場から「会社で仕事上の結果を求められていますが、ずっと良い結果が出ず困っています。その困っている状況から何とか解放されたいと思っていますが、それは脱線だとは分かっております」というご質問がありました。 会社でお仕事上のことで良い結果が求められていることは社会生活の常でありまして、もう朝から晩までそれを心配しているという状況がこの方としてはお困りなのでしょうが、それは特に悪いことでも何でもありません。森田先生も思い通りにできなくて、一日の終わりに残念、残念と何度もおっしゃったそうです。この残念というのはいわば仕事上、生活上の欲張りなのです。森田先生はその自己不全感、つまり自分が完全ではない感じというものをしみじみと味わっておられたということです。

 森田先生のお弟子の高良武久先生が、国際森田療法学会が福岡で開催された時「今回はよっぽど東京から行くのをやめておこうかと思ったけれど、森田先生から、道が二つあってどちらに行くか迷う時は困難な方を選べと常々言われていたので、そのお言葉にそむくことはできませんでした」とおっしゃっていたのが印象的でした。

 ですから、ますますお仕事に対して工夫、苦心を重ねて一生懸命やって行くということを実際の生活となさることです。心のほうからしっかりして行こう、心から楽になっていく方法を考えようということではなく、その困難な仕事にますますしがみついて取り組んで、いろいろ工夫していらっしゃるというのが道としてはもう間違いのないところです。

   2016.7.10 


宇佐晋一先生 講話

まったくどういうものでもない

 本日はBさんに日頃の神経症についての、治療者としての実践ぶり、ならびに会場の皆さん方からのご質問に対する的確なご回答を頂いて、大変参考になりありがたいことでございました。

 Bさんが神経症は精神疾患とは一線をかくするという表現をされたように、両者は程度の差というようなひと続きではないのです。神経症の人は森田先生流に言いますと「生の欲望」が強い人なのですが、自分というものを取り上げて、良い生き方をしたい、良い人柄、良い社会人でありたい、という非常に強い気持ちをお持ちです。

 ところがその努力にも関わらず、少しでもその目標に達していない部分があると、強い不安感、恐怖感にさいなまれます。これが森田先生以来の森田神経質の説明です。

 森田神経質の人にとってその不安感や恐怖感などは邪魔でつらく、なければいいと思う感情ですから、それを無くそうとなさることに非常にご熱心です。しかしいくら治そうとしても治ってこないので、これはもう病気に違いないとご自分で判断される人もいらっしゃいますし、外来で、これは治しにくい病気だと診断されることもあります。

 しかしこれを病気と見なして治そうとしても全く治ってこないのは、普通の病気とはまったく一線を画する別のものであるからです。その証拠に、神経症の人には精神のずれ、ひずみあるいはまとまりのなさなどの症状が一切ありません。

 前の院長が大正十五年に作家の倉田百三氏を診察した時に、あなたは今でも偉い人ですが、治ればもっと立派な仕事をする人になりますと申し上げた、と私に言っておりました。森田先生の「神経質優秀論」というものがありまして、病気の人、普通の人、そしてそれよりも上に神経質の人が来るわけです。自己批判の強い、向上を目指す努力ゆえにとらわれた方は優秀であるというものです。

 思い通りの良い状態の自分、つまり不安がなく悩みの状態が解決できる自分というものになりたいという、別の自分へ向上するための努力が、自分の心の問題の努力になってしまうため、そのはからい、言葉によるとらわれから抜け切ることができなくなってしまいます。

 これが自分だという自己像、自己イメージというものにもとづいたやりくり、工夫というものは世間的には立派な、正当化された努力と見なされておりますのでますます一生懸命にやります。そして森田療法を実践しても少しもあるがままになれないという結果が失敗感として感じられるわけです。

 ところが正当化されたかに見えるその自己像、つまり自分が自分を問題にするという、主と客に分かれたそのあり方というものは完全に無効であります。すなわち自分を描く脱線、自分を知る脱線、自分を決める脱線です。

 あるがままというのは言葉で表せるものではなく、森田療法を受ければそれが分かるようになるというようなものでもありません。まったくどういうものでもないのです。前の院長はこの状態を自分についての理屈抜きと申しておりました。森田先生は端的にそれを問わない、つまり「不問」というふうに打ち出されて、僕の治療は不問療法だと言っておられました。したがって私達からしますと「不答」なのです。こちらとしてもこうだ、ああだという議論をするような問答ができないのがあるがままなのです。

 そうしますと、皆さん方は自己意識をやりくりするという用事がなくなって、外向きの、つまり他者意識の中の、より細やかな気の利いた早速の取り組みのみとなります。その時の感情はそのままで、仮に嫌だという感情でしたら、その嫌なままとなります。自己意識の中は嫌なままで、外については必要なことをして行くということです。それで森田療法における全治がどなた様にもインスタントにその場で成り立つのです。

 悩みが瞬間的に解けるというようなことは起こり得ないというわけで、このことは世間一般では受け入れにくいものです。しかし瞬間的にしか治ることがないのです。治らないでいらっしゃることはできないのです。皆さん方が、治らないなあ、とお思いになるのは、だんだん治るものと思っていらっしゃるからなのです。

 これは非常にはっきりした事柄で、前の院長は、健康人としてやりなさい、と言っておりました。つまり、治った人としてやって行く、あるいは、まったく何も決めずにそのまま今のままやって行くということです。

 二つの状態を同時に意識することはできません。これは森田療法だけで言っているわけではなく、一般的な心理現象として起こることです。つまり今対象とされているご苦労が意識の明るい中心になりますと、心の問題はどんどん暗くなります。

 外の問題の解決に苦心し骨折っていただく努力が今の課題です。それは皆さん方が良い社会人になられます修養ということに他ならないわけなのです。

   2016.5.8


宇佐晋一先生 講話

役に立つ薬

 私が今日、会場に到着しました時にちょうどビデオ映像で禅のお坊さんが話されているのが写っておりました。そのお坊さんが「心を空っぽにする」ということをおっしゃっていて、大変気になりました。昔は偉いお坊さんのおっしゃることを傾聴してうかがっておりましたが、この頃はお坊さんが何と言われようとも事実だけが本物と言わざるを得ません。ですから、心はそんなに無になるものでもなければ、空っぽにならないといけないものでもありません。ビデオ映像に登場されたお坊さんは「」というのを、有る無しの、無い方に意味づけしておっしゃっていることは明らかです。私どもとしては、そのままだけですから、あればあるまま、なければないままなのです。つまり、苦痛があればあるまま、不安があればあるままです。  

 そうしますと、特別に目標とされる良い心の状態、あるいは進歩、向上、発展、治るということを想定することすらおかしいことなのです。禅の話の中には心という言葉は使われてはおりますが、心ということを取り上げる必要はありません。自己意識、あるいは自己像、自分のイメージから離れてただ日常生活をどんどん発展的に向上させていらっしゃるということですべて尽きるわけです。

 き上がってくる感情については十分に味わい、そして知性を働かせたり言葉に置き換えたりするのは心の外の実際の生活上のみになさればいいのです。お釈迦様が悟りを開くまでの六年間を縮めるということではなく、もう今早速さっそく、お釈迦様が明けの明星をご覧になって悟りを開かれたこととまったく同じ意識が現れるのです。 

 体得と言いますと、何かをつかむということが必要なように思われるでしょうが、私どもとしてはそれは意識でありまして、森田療法における全治の状態というのは、人間がれることができない意識のおのずからの変化であります。ですから実生活の真っ只中におれば、十分にどなたもが全治そのものなのです。

 会場から、私が講話で白隠禅師の話をするのを聞いたことがありませんがそれはなぜでしょうか、という質問がありました。これはまったく偶然にこの方のご入院中に白隠禅師の話をしなかっただけのことです。

 白隠禅師は江戸時代初めの偉い禅のお坊さんで、現在の禅宗の各流派とも白隠禅師の流れをんでいるといっても過言ではありません。日本的な表現で禅の極意を体得させることを上手に工夫された方です。坐禅和讃という有名な詩がありまして、その最初は「衆生しゅじょう本来仏なり」という言葉で始まるのです。平たく申しますと、皆さん方は一人残らず仏あるいは悟りを開いた真実に生きる人なのです、ということです。もっと良い心を目指す、まだ不十分、未熟な自分だと思っている人にとっては拍子抜けしてしまうわけですが、これは今日会場に来られている方にとって一番のお土産として大事な意識なのです。治っているか治っていないかはまったく問わないで、答えを出さないまま、大事な必要な仕事を多くの皆さん方に役立つように工夫してなさることが間違いのない全治の姿であります。

 会場から「症状を薬とする」とはどういう意味か教えてください、という質問がありました。これはもうぶっつけに、今気になる、例えば強迫観念などを持ったままという状況を、その場ですぐ役立つ薬と申しただけでありまして、森田先生の「苦痛を苦痛し、喜悦を喜悦す これを苦楽超然といふ」とおっしゃったのとまったく同じことです。

 したがって症状以外のものを薬としてお飲みになるというのはただちに脱線です。そういう点で皆さん方は妙薬を自前でちゃんと初めからお持ちになっていらっしゃるので、飲むか飲まないか、つまりあるがままでいらっしゃるかどうかだけの話です。あるがままでいるということは外へ向かっての働きがあって初めてあるがままの意識がそこに出ますので、それを作ろう、手に入れようというような構えはまったく要りません。

   2016.3.13


宇佐晋一先生 講話

コスモス

 あとで、どのように理解なさろうと、それより先に治ることのほうが実現しますので、馬鹿を見るのは自分についての考えですね。皆さんが、私ってこういう人間だというふうに思っていらっしゃることです。

 今、ある方の手記をカルテに写しておりましたのですが、自分のことばっかり書いてある。自分の思い、自分の気持ち、こうだったああだったという、自分のことばっかり書いて、ここは自分のことを書いたら治らなくなると、繰り返し申し上げていますが、そういうことはピンとこないんでしょうかねえ。

 感心な皆さん方は、この日記に、見たものとしたことだけに限られたこの内容を、けっして自分の心の問題にわたって書き込まないことを、よく第二期のはじめに申し上げておりますのを、毎日よく守ってくださって、それが立派に治っていらっしゃることの始まりですが、ついうっかりすると、自分のことがわかってもらえないんではないかと、そう思われるのかもしれませんですねえ。自分のことがわかってもらえないで、どうして治るだろうと、そう思われるのかもしれませんです。

 自分のことを離れて、はじめて立派な、真実に生きる皆さん方が、即座に、その場で、ここで誕生されるという、すばらしいことが、今日、今晩、ここで起ころうとしておりますが、どなたも考えた自分の、筋の通ったありかたの方を重要視されまして、思い通りの自分の状態が、ここで実現しなければ、自分が生きているということそのものが、無意味なもののように思ってしまわれるんですね。

 もっとも、人生は意味ではありませんから、意味があるとか、ないとかいっていること自体が大きな脱線で、どうでもよい。意味ではない。じゃあ幸福も意味。不幸も意味ですねえ。

 そういうことで、何がどう決まるものではないので、簡単に申しましたら、悩み、神経症、神経症性障害ですねえ。あるいは気分的な困った状態。自分について悲観してらっしゃるというその内容、ことごとく意味でありますから、あっさり今、意味に関係ない生活が、ただちに皆さん方の作業という姿で始まるところに、もう普通、世間の人なんかとても気がつかない、すごいことが起こっているのですが、それを皆さん方が、納得なさらないと、うまくいった感じがしない。つまりよくわかる。納得する。そうだと全面的に肯定される。そういうことが治った状態だと思っておられますから、いつまでたっても治らないわけです。

 治るっていうことは、自分についてのことが納得がいく、つまり意味としてとらえられることと、まったく関係がないんですね。

 非常にきれいにあっさり申しますと、治るということも意味ではないのですから、ただ一重に、実際の生活上の、皆さん方の並々ならないご苦心の、どこまでもその場の必要さに応じてやむをえずそれをやって、その目的を果たしていらしゃることそのものですね。

 森田先生も最後に「ただ働くだけです」といわれたといういい伝えがあります。ごもっともでありまして、実に見事ですね。なにか森田先生が、独特のお考え、思想というものをお持ちになって、それをみんなに分からせようとされたかのごとく思われているのは、大きな間違いでありまして、森田療法というのは思想でもなんでもないのです。

 知ること、分かること、抽象的論理的思考、そういったものから離れて具体的に実際の生活の真っ只中に、皆さんの全治はいつもかも、つまりこの講話をお聴きになっていらっしゃる瞬間にも成り立ちうるものですが、それについて理解、自分の状態を分かるという形に、抽象的論理的に置き換えた途端に治らなくなるんですね。 

 ですから、抽象的論理的思考というのは意味であるためにうまくいかない。今日はそういう説明をしておりますけれども、そんな説明はなくても、実際に働いている姿、生活している姿、勉強している姿、それことごとく全治です。というこの事実は毎回の講話を通じて、少しも変わっていないですね。

 ただ、森田先生の口癖かもしれないですけれども「誰々君分かったかね」と、時々いっておられるんですね。座談会でも「分かりましたか」といっておられます。

 分かるも分からないも、それはどうでもよいのでして、実際のところは、分かったから治るということはあり得ない。まったく関係ない。分かろうが分かるまいが、 皆さん方が今のお仕事に骨折っていらっしゃる。あるいは写経ならその新しい字をお書きになる、その苦心があればもう立派な全治ですね。その他、芸術家としての骨折り、鶴を今まで何度も折っている。何羽も折ったというそれとまったく無関係に、つまり、過去の経験に関係なく今の鶴を折っていらっしゃるという、それが全治でありまして、なにも過去の経験に関係がないのです。

 どうしても、どういうことなのかと、分かろうとされる。それは皆さんの外の世界です。今ここで問題になっているのは内側の世界ですね。それが精神内界ですから、分かることとは無関係です。

 ギリシャ人でしたら、外の世界を大宇宙というのに対して心を小宇宙と、こう見たんですねえ。ミクロコスモス (microcosm)と、こういう。ミクロっていうのは、マイクロバスのマイクロと同じ語源です。ギリシャ語ですね。で、コスモスというのは花の名前だろうと、そう思われるでしょうけれど、もとは宇宙ということです。それが花の名前についたんですね。もっと広い世界のことでありました。

 で、この小宇宙というほど、この心の世界は皆さん方の思いのはて、どこからどこまで、というようなことが決まってないように、広やかではありますが、外のマクロコスモス(macrocosm)大宇宙と同じ論理ではありませんのです。

 外の論理をそのまま、ミクロコスモスの方に持ち込みましたら、何一つ通用しませんのです。それを、自分の心だからなんでもない。昔の言葉でいいますと、組し易し。取り組み易い。とばかりに常識的に自分の心をあつかいますと、さあ大変、うまくいってるようで、わけが分かってるようで全部脱線しますから、解けなくなるんですね。

 ですから自分の心を、どうかしようということは、世間では当たり前でありますが、それが悩みの起こってくる根源。一番の理由であるというところまでは、 世間では気がつかない。という気の毒なことがありまして、皆さん方は今晩それを、はっきり、ここでお分かりになるんですねえ。

 そうしますと、自分のことをいったり、心の問題を取り上げたり、こういうふうにして生きてるんだという、その姿を論じたりされることは、片っ端から、筋の通らない別の論理に引っかかってしまうのが落ちで、それから先、治る気づかいはないですね。

 ですから泥沼に足を滑らせて、はまりこんだようなものですね。あるいは虫の世界では蟻地獄みたいなもので、自分について、あるいは心について、生きるっていうことについて、ひとたびそれに触ったら、なんとかしようとされますと、そこから出られなくなる。這い上がれなくなるんですねえ。

 そういうのを、あたかも病気の苦しさに似ているものですから、病気になぞらえて、神経症性障害と呼ぶわけですね。けれども病気ではありません。これは人間なら誰しも、人間ならっていうのは、チンパンジーはならない。というわけですね。日本猿でもならない。人間が抽象的論理的思考という、言葉と文法を使って、自分を分かったように、自分のことは自分が一番よく知ってます。と、うそぶいて、人がせっかく親切にいってくれても、そういうことには耳を貸されないんですねえ。これ非常に惜しいことであるのです。

 自分のことを自分が分かっている。ということから離れて今晩生活なされば、即座に全治します。真実に生きること間違いなしですね。

 前の院長、宇佐玄雄が書き残した字を、私が昭和三十三年の一周忌に、それをしおりにしまして五枚、お参りに来てくださった方々に、お配りしたんですね。

 その中の一枚に「自然即時入必定」(じねんそくじにゅうひつじょう)というのがありまして、親鸞聖人の「教行信証きょうぎょうしんしょう」 という一番大きな著作、中心をなす、論述されたもので、大部たいぶのものです。四部からなり、教のまき、行の巻、信の巻、証の巻、とありまして、音読みにすると、 教かん、行巻、信巻、証巻といいます。その二番目の行巻ぎょうかんの終わりに、はなはだリズミカルな詞的な構成による「正信偈」 という、浄土真宗の、あるいは仏教の真髄しんずいを述べられたものが付いておりまして、それだけが切り離されて、門徒、つまり浄土真宗の方々のおうちで朝な夕な唱えられている、というものですねえ。

 その中にこの「自然即時入必定」という一句があります。この自然じねんは、皆さん方なら自然しぜんとお読みになる。意味もそれでよろしい。

 皆さん、しかし困ったことに不自然という、自然でないものを反対側に考えていらっしゃるんですね。自然と言ったら反対側に不自然というものを当然お考えになる、これを対立概念という。

 あるといったらない。お天気といったら雨とか、高いといったら低いとかですねえ。反対の言葉で表されるものを対立概念というんですねえ。したがって、皆さん不安で困りますとおっしゃるのは、対立概念である安心を求めていらっしゃる。ということでもあるんですね。

 森田療法では、たまたま、このいい言葉が出ましたので、はっきり申し上げておきますが、対立概念のない状態。これが全治です。

 今晩でも、言葉という言葉、文法という文法を、こと自分に関する限り、あるいは小宇宙、あるいはミクロコスモス、あるいは自己意識ですね。その中に使うことを一切おやめになる。その時はもう対立概念がなくなりますから、皆さんが安心を求められることがなくなってしまう。

 とにかくね、いやなものをきらってなくそうとする。もっとあったらいいと思うものを実際以上に求めようとされるんですねえ。それは、ここにいらっしゃる方々ことごとく共通した心理です。簡単に言えば、良いものをもっと欲しい。悪いものは捨てたい。なくしたい。それが神経症のもとでありまして、外の世界ならなんとかなるんですけれども、心というのは論理の異なる、どうにも普通の考えでは通用しない別の世界ですから、そこへ対立概念を持ち込んで、良いものをたくさん増やしたい。嫌なものを少しでも減らしたい。 なくしたい。そうやっていたら、もうとたんに神経症といわないまでも、悩みがすぐ生じますね。

 誰しも生きるってことを願い、死ぬということを嫌って、これはもう万人共通のり好みです。

 もうおわかりのように神経症というのは、自分の好きなものを増やそう。嫌いなものを減らそうという、その選り好みにあるんですね。したがって、対立概念といいましたけれど、もとはといえばむしろ好き嫌いに関係あるんです。

 好き嫌いっていうことが、人間の感覚に伴う感情として、皆さんご自身で、起こらないようにすることはできません。つまり感覚的なもの、熱いとか痛いとか、つらいとか、辛いというと感情的なものが入りますが、そこに感覚的な純粋に、例えば、なにかにぶつかって痛い。あるいは歯が痛い。お腹が苦しい。といったような、体の外も中もですね、その感覚の起こってくる場所でありうるんですね。 あるいは頭の中で考えるだけでも心が痛むというぐらいですね。そういうようなのが感覚ですが、そこに次は感情が沸き起こります。で、この段階まではとても早いです。

 痛いと思ったら、あっ嫌だなあ。とこう、なんとかしたくなる。で、なんとかしようというのは考えですから、知的なものですね。知能に関係があります。その知能に関係あるところまで、皆さんの頭の中で処理しようとしたらもう失敗するわけです。

 ですから、今までお話してきましたのは、感覚と感情。そこまではもうとても早く来ますから、その次に、なんとかしようというよりも先に、実際の生活に取り組んで、今しなければならない大事な事柄に、手をつけていらっしゃるという、そこで全治するわけですね。

 ですから、自分の頭の中で、どうしようと考え、あるいは言葉と論理を使って自分なりの工夫をする。これ一番神経症のまずい始まりになるんですね。

 そういうふうになるまでの、感覚と感情というのはまさに自然(じねん)、自然(しぜん)であるんですね。もう対立概念も何もない。好き嫌いってことになれば対立概念ですね。そこに、なんとかしよう。楽な方を目指し、あるいは嫌な方を減らす。苦しい方をなくそうと。そのような考えに基づく感情の処理が起こってきたら、もうそこからは治らないです。

 ですからその感覚と感情までのところが、この黒板に書きました自然じねんでありまして、それをそのままで、辛い場合を申し上げれば、嫌だなあ。とかね、 困ったなあ。と、そこまで。これはたまらないとか、いたたまれないとか、そういうもの、これは感情です。そこまでですね、これが自然じねんであります。そしてあとは、すべて実際の大事な生活の方に、進んで行っていただく。そうしますと、 心の問題は、その嫌だなあ。という感覚の次の感情で宙ぶらりんになるんですね。で、その時、宙ぶらりんのまま、これが 入必定にゅうひつじょうです。必ずその、宗教的に究極の状態に入っています。

 必ず、じょう、その定まった決定的な真実そのものに入っています。仏教的にはじょうっていうのは、もう真実です。きわまるということですから。あるいは救われていること。あるいは禅でしたら悟りが現れていること、ですね。それが、なんとインスタントなんですねえ。即時である。この正信偈の素晴らしい時間の表現が、私にですね、森田療法がだんだん治るのではない。と、はっきりいわしめるもとになったんですねえ。

 治られるのは、インスタントである。 このことは他の精神療法の、どれを見渡しても、そんなすぐ治るはずがない。とこういう。

 この間、東京から、わざわざ、マインドフルネス、認知療法の先生が京都へ来られて研修会がありまして、聴きに行きました。それはそれは、何十日もかかってですね、少なくても八セッション。一回の話し合いが一セッション。それを順番に繰り返して行くという、たいへんな操作について説明がありました。

 こっちはインスタントで、皆さん今晩もう治っていただくという以外ありえない。これは「自然即時入必定」という、 これに刺激を受けて私が、治療はもうこうであるほかはない。皆さん方は病気でいらっしゃれば治すのに手間取りますけれども、病気の感じだけで困っておられるんですね。それは、自己意識の中で、考えが皆さんを、自分自身を救おうとして組み立てられていくということの失敗です。

 ですから自然じねんというのは感覚と感情ですね、そこまでです。その次の段階の考えは外に使うもので、皆さん方の取り組まれるお仕事や勉強、生活の上に十分に発揮していらっしゃれば、もう立派なものです。これありがたいですねえ。自然即時入必定じねんそくじにゅうひつじょう

 このインスタントさっていうものは、科学者で心理学者でいる人達は、とても分からないです。ところが宗教っていうのは、よくそこまで思いついたというほど、このインスタントさをよく見極めて人を救うんですねえ。

 自分をどうしたら良いかということに、答えを出すことのない状況をつくったら、もう皆さんは全治なんですからね。

 長野市、信州長野の善光寺、ご存じの。 これは今でいう大阪湾。昔の難波なにわで、阿弥陀如来と両脇の観音、勢至菩薩(せいしぼさつ)。立っている姿だと伝えられる。それが引き上げられまして、それを本田善光という人がもらい受けて、そして今の長野県まで持ち帰ったんですねえ。そこにお寺を建てたのが始まりで、本田善光の名前をとって善光寺というのです。

 善光寺の本堂の床下に「戒壇かいだん巡り」という真っ暗な曲がりくねった道が作ってありまして、私もそこへ入ってみましたが、右に左に曲がっているんですね。もうほんとに真の闇でありまして、次々、 トントントントンと段を降りて床下へ行くわけですが、人が続いていますからね、 他の人の後に続いて行くわけで、それだけは心強いです。けれどもあれが一番最初であったり、一人だけだったら、ずいぶん心細いだろうと思うんですね。右手で触っていくわけです。左がどのぐらい幅があるかわからない。で、曲がりくねっておりましてですね、中ほどまで行きますと、みんなが、ガチャガチャガチャと音を立てているんですね。このマイクロフォンぐらいの大きさのものが、壁についている。真っ暗なのでわかりませんけどね。こう歩いていくとしますとね、ここに、私の感じでは壁についている。皆これ、ガチャガチャとやって音を立てているので、ははあ、そういうものがあるのかと、こう思うんですね。

 で、前の院長、宇佐玄雄が、あれは神経症を治す極意ですと。私が何度も聴いた講話では、唯一それのみが、前の院長が極意といいました。不思議なことをいうもんだと思いましたですね。

 それで昭和三十二年の秋に、もう前の院長がその年に亡くなったんですけれど、その長野の善光寺で、日本精神病理精神療法学会が開かれまして、今は、なんとか会館とか、なんとかホテルで開かれるのが通例です。例えば国際会議場とかね。ところが、その昔は善光寺の宿坊しゅくぼう、つまりそこへ、その信者の人、檀家の人がお参りに来て泊まるための宿泊施設があるんですね。そういうところを借りて、医学の学会を開いていたんです。昭和三十年代の初めというのはそういうものでした。

 それで、学会が済んでから、それは夕方で、あくる日、これだけは是非行っておかないといけないと思いまして、そこへお参りに行ったんです。

 そうしますと、ここに、こう降りていく階段があって、それで、こう曲がってるんです。私の見たところ、中へ入った感じでは、坂はありませんでした。真っ平ら。そういうふうにして、皆目何もわからないところを行くということは、考えが役に立たないということですね。常識が何にもならない。まさに前の院長、宇佐玄雄のいおうとしたのも、考えてうまくいくものではない。ということです。ただ、右手と両足が頼りですね。つまり、実際の生活なんですね。

 皆さん方の治療、あるいはご自分についての治療、あつかい、というものは、もうことごとく考えによって、やっておられるんですねえ。それで失敗する。考えを離れて、生活を純粋になされば、もう今晩、全治疑いなし。間違いないですね。それが親鸞聖人の自然じねんなんですね。

 ですから、全部一通り歩かなくても、一歩進めれば、それで全治なんですね。本当いえば。

 最後の二つ曲がるところの、一つ曲って、ちょっと行くと、ポーっと、薄明かりが見えてくるんですね。それはもう、ホッとしますですね。そこからトントントントンと段を上がって外へ出るんです。

 それで、私が講話で、たいへん良かった。これはもう神経症を治す極意である。というふうに申しましたらですね、奈良県の王子町、大阪府との境になります、法隆寺から南西ですが、そこから山に登りまして、朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)。こんな長い名前の寺は他にありませんですね。そのお寺は、信貴山という山の上に立っているんですね。世間一般では、朝護孫子寺というお寺の名前より、信貴山というほうがお寺の意味でいわれています。

 で、三省会でそこへ行くことになったんですねえ。どうしてかといいますと、そこにありますというニュースが入ったんです。それなら行きましょうということで行きました。行ったのは良かったんですけど、まるで違うんです。長野の善光寺は皆目わからない。真っ暗。信貴山は蛍光灯がついてるんです。足元にね。全部、曲がりくねった廊下が、足元を照らされてるんですねえ。これでは前の院長がいった、神経症を治す極意とは到底ならないですね。分かってしまうんです。

 それから、私は知りませんが、なにか近畿地方で、またもう一箇所、そういうもののあるお寺があるということを聞かせてもらいましたが、もう、その、ポーっと明るいような装置があるようなところではもう、皆さんにお勧めするほどのものではないんです。

 で、こうして肝心なことは自分、 心、あるいは生きる、というこの姿に皆さんのお考えが引っ付かないように。 これはこういうことなんだなあ。つまり 「こと」として皆さんがおつかみにならないように。心とか自分、生きる姿は 「こと」ではない。さっきは意味ではないと申しましたようにね。

 ですから、どんな説明をしても、皆「こと」になりますので「分かりました」というのは、すべて治ったことにならないのです。

 それに反して、皆さんが今晩、一生懸命、作業なさった。これは見事に「こと」 を離れている。「考えた生きること」を離れた実生活ですね。実際の仕事ぶりですから、これはよっぽど上等です。ですから、分かることを先にしようとすることほど、馬鹿げたことはないのですね。

 マインドフルネス(Mindfulness)というのは、意図的にですね、つまり、わざと皆さんが、この瞬間、意味付けをなさらない。わざと意味付けをしないで、 この瞬間にこうであるという状態。それを指して、マインドフルネスとこう呼んでいるんですね。そこへ認知療法が引っ付いてきたんだそうです。認知療法があって、その中にマインドフルネスというものができてくるのを目指すのではない。と、この間、東京の先生が一生懸命いっておられました。

 意図的にですから、私にとっては「考えが働くなあ。だからだめだなあ」と思って聴いてたんですけどね。ここのは皆さん方の考えによって、こうだああだという工夫が、心に行われたらもう治らない。ですから皆さんが作業に骨折っておられる瞬間、瞬間というのは、ご自分の方に工夫が向かないんですね。ただその仕事に 一途に骨折ってらっしゃる。世間ではそれを 集中といいますが、集中という言葉は使わない方がよろしいですね。集中というのは考えになってしまう。どうしてもなかなか集中ができない、というような。

 考え、集中はどうでもいいのでして、 いろいろ気になることがあるままで、今の、とりあえず目の前の仕事に骨折って進んでいらっしゃる姿。それでここは全治なんですね。マインドフルネスというようなものが、あろうがなかろうがどうでもよいのです。

 森田療法では、意図的にということが何もないですね。あるがままは、これからあるがままにしましょうというような、皆さんにお誘いすることがない。意図的に、こうしましょうというのではないんですね。そこが大きく違います。いわば、手間ひまのかからない、ただの放ったらかし。が、あるがままです。言葉のない、文法のない状態が「あるがまま」ですね。したがって、世界のどの精神療法も、これに追いつくことはありません。

 言葉のない、文法のない精神療法というのは、今まで、一度も聞いたことがないです。精神療法というのは、もう三百もあるという、世界に。人によっては四百もあるという。ま、それは色々な治し方が、工夫一つで生まれてくるんですねえ。その治そうとする工夫がいけないのです。

 こうしたらいい。自分の悩み、考えなどを風呂敷に包んで、ぽいと、川に投げ捨てる。という、皆さんお笑いになるかもしれませんが、そんなことまで大真面目に心理学の学会ではいわれていて、ある年の学会で、三つや四つ新しい治療が出てくるのが普通だそうです。みんな考えるんですね。ところが、どれもこれも考えによる治療ですから、私どもの事実による治療と違う。ここのは事実による治療でありまして、考えというものが引っ付きません。考えは皆さんの外に使う。

 今日お話してますこと、さっきお話したことを絵にしますと、感覚、そしてやがて、というよりすぐ感情、好き嫌いですね。そういうふうに、パッと変わるんです。痛いといっただけで、すぐ感情が起こるんですね。その次に、思考、つまりこれがこうだからこうしたらよい。あるいはどうしたらよいか。という、当たり前のように思っておられますけれども、論理の異なる自己意識の世界でこれをやったらもう、脱線するのに決まってるので、ここで止めなければいけないですね。この自己意識の思考はだめで、思考は皆さんが、外の他者意識の世界へ、十分、いいお考えで仕事に取り組まれる。あるいは勉強なさる。生活なさる。それが全治なんです。これ非常に簡単でしょう。

 感覚と感情はもう、そのまま放ったらかし。良いも悪いもないです。その次に、どうしようという時に、すかさず、外の今の生活を始めてしまわれれば、もう全治なんですね。これが インスタント、 即時入必定ですね。自然じねんというのは、まさにこれが自然じねんなんですね。しかもほかならぬ「あるがまま」なのです。

 皆さんに、はっきり申し上げておかないといけません。いや、多くの心理学者にもいっておかないといけませんが、人間の知能というものは、外向きの仕組みであるんですね。これが、よく知られた事実であるにも関わらず、心理療法、精神療法では、ころっと、みんな忘れてしまって、一生懸命、心の問題を、人間の言葉、考えで解決しようとするんですね。これ大きな間違いです。

 ですから、精神にはいろんな働きがありますが、精神の外部機構っていうのは外向きの仕組みである、ということです。これは人間の知性、あるいは知能、知的な働き、知ること、分かること、納得することなど知的な働きを自分、心、生きることに使うということは、使い間違いであるんですね。私だけがいってるのではなくて、ちゃんと心理学の教科書に書いてあるんですね。みんな忘れてるだけです。で、馬鹿なことをしているんですね。

 精神療法というと、カウンセリングかしらとお考えになるかもしれません。カウンセリングというと、一つの心理療法のあり方でありまして、一生懸命、悩みを聴いてくれるカウンセラーという人がいて、べらべらしゃべらせている。それが傾聴だという。その人の悩みが大事だから解決するっていうのは、良いことのように聞こえますけれども、その人の知能を自分のために使ってるわけですね。自分の説明ばっかりするのに使ってる。治すためにやってるのかもしれませんけれども、治らないことを決定的にしている。という馬鹿げた行為であることは皆さんお分かりのとうりですね。

 こういう説明をしたら、なんと世の中で馬鹿げたことを推奨すいしょうしてるなあと、お分かりになりますね。心理療法と称して、心の悩みを聞いてあげますというのは、なんという不親切なことでありましょうか。

 そういうことです。今日は、このへんで講話を終わります。

   2013.9.13


宇佐晋一先生 講話

願ワクハ婆子 永ク苦海ニ沈マンコトヲ 



 たぶん参考になることを聴く機会だろうと。講話を聴いて、それをヒントにして上手に治していけば、治るということも競争で、早かったり遅かったりするだろうと。それ全部間違いでありまして、第一ヒントではないんです。講話は学校とか塾とか講演会の会場のように見えますから授業ということを考えたり、今まで知らなかったことを勉強したりというふうなことを雰囲気から感じてしまわれるでしょうけれども、それが一切ないというところにここの講話の大きな特色があります。

 それは一番最初から申し上げておけば、きっとお役に立つことは、わかって治るということがない。ということで、もっとほんとのことをもうしますと、治そうとする前に治っている。治そうとしたばっかりに治らなかった。という、このへんのところを、なかなかのみこみにくく思われるでしょうけれども、自分に関わったらいけないんですね。自分の考えが自分をなんとかしようという、いちばん助けたい自分のこの不安を解決したいという願い。これは共通してどなたもお持ちになっていらっしゃるわけですから、つい手が出るんですねえ。ところがそれを最初にするともういけませんので、まず生活を先にする。それはみなさんのお食事が生活ですね。顔を洗うこともそうですね。

 夜の10時、木の板を上手に叩いていただいておりますですねえ。お一人お一人叩き方がこう、リズムも変わっていて、それ自体独特の趣きがあります。独特というのはその方なりの趣きがあります。

 昔はね、午後9時に東福寺の僧堂で同じように木の板を叩いておりまして、それはあそこは早いのでここは10時ですけど9時に消灯なんですね。それを枕を開くと書きまして開枕かいちんというんですね。その音が私が窓を開けておりますと聞こえたものなんですねえ。このごろほんとに世の中が変わりまして、本当の話と思われないでしょう。もっと不思議なのは、みなさん夜の何時かに、ゴーンと鐘が鳴るのを聞いておられるでしょうか。とくに不眠の方なんかお困りであろうと。常識はずれですね、真夜中に鳴らす。しかも一回や二回ではないですからね。不眠の方によくその鐘の音を聞きなさい。数えなさい。何時から何分から何分までか、それもよく調べなさい。といってますと、いっこうそれにお返事がない。つまり、そんなの聞いておられないんですねえ。不眠で困っておられるぐらいなら、そんなのはなんでもないと私は思いますけども、まともに答えた人はない。

 あれなんかどう考えてもおかしいですね。なぜかといいますと、この東福寺の開山 聖一国師、聖徳太子の聖と数字の一、二、三の一を書きます。日本で一番最初に国師という号を皇室からいただいた人です。

 その聖一国師が、それより先にみなさん教科書でお習いになった栄西、栄えるという字と西と書きまして、栄西禅師が臨済宗を中国の僧から伝えましてですね、建仁寺というお寺を開きました。ところが建仁寺、栄西禅師のあとを継ぐ人が一時途絶えた、いなかった。それで聖一国師が東福寺から応援しておられたんですね。東福寺のお弟子の雲水の人たちを指導して、そのあとここから出発してですね、約3.5キロあります。真北ですけどね、そこへ歩いていかれたんです。その今から出発されるという合図を東福寺のお弟子のお坊さんが建仁寺に知らせるために、ゴーンと撞いたんですね。ほんとによくそんなばかばかしいことをよくやってるなあと、今眠ってる人の目を覚まさせるようなことですからねえ。やめてもいいと考えますけれども、伝統を守っているんですね。そんなことしているお寺はほかにありませんです。たいへんばかばかしい伝統でありまして。で、たぶん真夜中になりますから建仁寺で泊ってあくる日帰ってこられたんだろうと思うんですね。そういう二つの僧堂をかけもちしておられた聖一国師の出発の合図であるというふうに伝えられています。

 で、ある時、あまりにやかましいので、ここに入院している人が、もうちょっとなんとか静かにいていただけませんでしょうか。といって、ちょっとお菓子持ってたのみにいかれたそうです。不眠で悩んでおりましてですねえ、せっかく入院したら真夜中にゴーンと鐘を撞かれて困っております。で、今晩こそたのみに行ったので静かに小さく撞いてくれるだろうと、こう思ってましたらですねえ、かえっていつもより大きくゴーンと撞いたんですね。まあ笑い話なんですけれども、その人は期待が大きい、今日こそはたのみに行ったから小さく撞いてくれるだろうと思っていますね、そこに刺激は同じ刺激であってもきつくこたえるんですね。

 ですから皆さんがこうしたら治るだろう。こういうふうにもっていったら早くうまくいくだろうと。そういうふうに症状に対して期待しておられるということは、その反対の結果を敏感に強く感じるという逆のことになるんですねえ。ですからそういうことはむしろもう期待をなさらずにほうっておくと。ここで今申し上げているのは森田療法がうまく効くかどうかですね。半信半疑で、こんなんで治るだろうかと思っておられるんですね。

 三省会の方がですねえ、もうとうてい長生きできない。治るとは思っておられなかったんですねえ。ですから私がいくらお話しても、こんなもんで治るだろうかと思ってたそうです。それがなんと入院して10日たつかたたないかで今までところっと変わってしまって、おうちの人が面会にみえてびっくりされた。

 それぐらい人間の意識、これ意識に関係のある問題ですからね。どこかが故障しているような本当の意味での障害といわれる状態ではありませんのです。強いていえば主観的障害ですね。他の方からは元気に見えて、皆さん方だけがこんなに悪い。こんなにつらいと言っておられるようなものです。ですから自分で見た自分というものをもとにすえて、そこから割り出した治し方は全部失敗に終わります。じゃあ客観的にはどうかといいますと、まったくどこも悪くないんですね。 

 ということで、治すという言葉がもうそもそも当てはまらない。普通の病気なみに全治とか完治とか治るという言葉を使いますけれども、これは不健康な状態が健康な状態に変わるという意味のものとしてお受け取りになると、まるであてが外れますですね。もっと正確に言えば、いまのは考えた人生、考えた心、考えた自分、なんです。それは世間の人ほんとに気がつかないですね。

 みなさんこれマイクロフォンと思っておられる。マイクロフォンでないものが見えない。「これマイクロフォンじゃないですか」と、こうなるんですね。ですからマイクロフォンでないものが見えたらもう今晩見事に全治なんです。

 そいうふうに人間は今まで憶えたものの名前、それから機能を考えでとらえていますから、それを離れたらもう分からないようになってしまう。言葉をとってしまったら、なにがなにやらわからないようになってしまう。ところがこれははじめから言葉がないものなんですね。

 今とにかく、これはマイクロフォンだという認識ですね。簡単に言えば、そのように分かるということから離れてこれをご覧になることはいともやさしい。

 私は真実に生きるというのを言葉としては治るというよりもよいと見てます。ただ真実というのは言葉であらわしたものではないんです。ぶっつけの、これ。つまりマイクロフォンでないものが真実なんです。しかし皆さんはマイクロフォンという言葉でこれを見、これを知ってしまわれる。それで治りにくいんですね。ですからいっぺん言葉を外して生活なされば、この神経症、悩みの問題はいち早く簡単に解決します。

 東京の週刊誌の人が、昨年森田療法について聞きたいと言って長い時間一生懸命書いて帰られた。それで、待てど暮らせど9月に見えて、いくら待ってもその週刊誌を送ってこないのでどうだろうと思いましたらね、昨日電話がかかってきて、どうしてもうまいこと書けませんでした。ということで、もうこれで9カ月たちますねえ。それでもういっぺん補足的に聞かせてもらって書きたいですと。まっ、熱心なことは大変結構で、待ってるわけですが、その間に勉強したんだそうです。森田先生がいらっしゃった慈恵医大の森田療法センターに行っていろいろ教わってきました。つまり教わるといろんなことでまた書き方が変わってくるんですね。ここだけでしたら非常にまとめやすいはずですけれども、ちよっとその、皆さんが本をお読みになった森田療法と違いますわねえ。森田先生の本来はっきりさせようと思われた事柄が、今は分かる形に置き換えられて、その意味では勉強しやすい。森田療法が分かりやすいんですけども、治す上には大変妨げになる。これをマイクロフォンといって解決しようとしているような、かえって難しくしてしまうものがあるんですね。

 外の問題は名前がないと区別しにくい。それをどうするこうするという問題も、共通の呼び名としてこれはマイクロフォン、とこういうことで話がうまく進むわけですね。けれども、それと同じことが自分の問題、心の問題ともなりますと、その名前を決めたことで動きがとれなくなる。

 よくお話をする平常心、お坊さんが「びょうじょうしん」と言われますが、そいうものがあると思ってしまうんですねえ。非常に辛い、イライラして落ち着かない。これは平常心を取り戻さないといけないとか、なにか平常心というような心があるように思えてしまう。それは言葉で決めたからです。平常心というもの、特定のものがあるのではないんですねえ。その時ありあわせの心、今ある皆さんの講話を聞いてくださっているその心が平常心でありまして、決して平常心と非常心、まっ、そんなこと言う人はいないんですけどね。普段の心と非常、つまり普段でない心、普段どうりでない特殊な状況における心というものが別々にあるのではないんですねえ。ですから心はなるとうり、変化のまま、ただほっとくというだけの話であるんですね。

 長い日本の伝統で心が大事であるというふうに言われ続けてきたもんですから、皆さんこそ迷惑しておられるんであろうと思うんですねえ。心なんかどうでも良いといったら世間では常識のない人である。不埒な人間である。心を綺麗にして磨くぐらいにしないといけないのに、どうでもよろしいというのは困った人間だというようなもんですねえ。ところがここはそれを承知で心は蜘蛛の巣が張っててもよろしい。埃が1ミリメートルもたまっててもよろしい。よろしいというのは良し悪しがないという意味です。心は関係ないんですねえ。

 心というのは自分で見た自分の状態、あるいは人がこう見ているだろうと、これ自己意識と呼んでおりますが、その内容は決して向上させるべきものではない。ただ一切手出しをしない。その成り行きのままに手を引いておく。あるいは負けておく。成り行きのままのときが真実に生きる見事な状態で言葉が引っつくともうだめなんですね。

 今日入院された方が第一期、半日入院してから横になってやっておられて、自分は犬を飼ってますと、で、犬が繋がれて何もなかったら寝ている。ということを思い出した、というんですね。第一期療法で寝てばかりいたら辛い、退屈なことに違いないですけど、犬を連想されたというのは面白いですねえ。

 そうなんです。犬は言葉を知らない。ただそういうふうにこうしなさいとやっている。で、犬を人間は思い通りに命令してそうさせようとします。お座りとかお手とかなんとか。それからお預けとかいって美味しそうな食べ物を目の前においてよだれ流しながら待ってる。というような、感心な犬だ。飼い主のいうことをよくきく。とほめたりして犬も辛いことですが、テレビでお預けといってからぱっと飼い主が部屋を出る、そこをテレビで写している。という実験を見ましたが、やっぱり犬も主人がいると守りやすい、ですね。守ってるんです実際。ところが主人が部屋から出て、言われたことを忠実に守って食べないでいるという犬は少ない。やっぱりその、時間が経てば初めは守ってるんですけど時間がたつと食べてしまう。そういう非常に参考になる実験をテレビで見たことがあります。別に犬が悪い訳でもなんでもない。

 で、その、皆さんにしてみればしたいことをしない、ですね。したいことをしないということはお預け的であるんですね。第二次大戦後の日本で流行ったアメリカ流の心理学の言葉に、フラストレーションという言葉があって、これは欲求不満と訳された。いかにも手に入りそうに見えていて、あるいは他の人は持っている一般的なものであるのに自分には手に入らない。で、それは品物と見てもいいですけれども、心というふうに見て私らの先生は、みんなが戦後にだんだん物質的に戦争中のようなことがなくなって、こう豊かに手に入るようになってきて楽しんでいる、ところが自分は不安が強くてどうも楽しめない。そういう形で神経症が起こるというようなことを考えておられて、まっ、私はそう考えていないんですけどね。それも一つの理由、戦後に神経症、今のうつ状態が大変増えてきていることが憂慮されていますように、第二次大戦後はその神経症をドイツ語でいって、「ノイローゼ」が増えたと。それは非常に心配されたことであって、この私の先生の教授は手に入りそうだけれども入らない。欲しいけれども手に入らない。そういう欲求不満で起こると、こういういうアメリカ流の心理学を使って説明をされたものです。

 ところがですね、どうしたら治るかということばっかり考えてその治療の責任のある実践者として、私はしたいことをしない稽古をここでしてもらってたんですね、それできれいに治られた。

 今は薬があれもこれもいっぱい皆さんのお役に立つような顔をして出てくる。しかもそれを抗不安剤、抗不安薬。どっちでもいいんですけど人によって呼び名が統一されていません。そうすると不安が消えればいいと、こう思ってしまってそっちの方に流れる。治療の主流がそっちにいくんですねえ、楽になればいいと。これでは本格的な治療にはなりませんのです。で、ここは抗不安薬ができる前から、昔いい薬なかったんですよ。それで、ちょっとましな薬が出てきたのが昭和28年、9年といったあたりですね、でも一般的ではなかったんです。そういう昔は精神安定剤といっていた、そういうものを健康保険で使うというのはそれなりの理由がないといけなかったんですねえ。今はもうなんということもなしにどんどん使っていますし、いくら薬を使っても抑うつ状態、うつ病や、気が沈む状態の人が治ってくれたほうがいいと、薬をいくら使ってもいいから治ってほしいと。

 ちょっと自殺の傾向が減った。この上半期ですけど、6月いっぱいまででちょっと減ってきたのは大変結構なんですね。けれども減ったといいましてもその2倍、つまり1年に置き換えますと、やっぱり3万人を超えているのには変わりがないんです。ほんとにこれは心配なことですねえ。

 で、その、本当は薬がその人を楽にする。ということが悪いんだと言いたいのですけれどもねえ。つまりね、人間は楽になると、その反対がものすごくこたえる。薬で不安が消える、楽になる。といっている間はいいんですけども、そうでない状態に対して敏感になる。不安に対して敏感になる。恐怖に対してますます怖くなる。

 ところが森田療法はどうでしょうか。もう皆さんお分かりのように安心と不安を同時に解決するんです。これ東京から取材に来てくれるという週刊誌の人に今度はよくいっておかないといけないんですが、今ここでは安心と不安、不安対安心ですねえ。ところがこれ世間でいえば生と死の問題。

 今、自殺のことを申しました。生と死というその死ぬ。ということ何が何でも防がないといけないと、こうなるんですねえ。そしたら生。生きていくということについての、まあ私からいわせたら解決ができてない。皆さんについて申しますと、不安をなんとか薬でなくすということができても、安心についての解決ができていない。というふうなことが申し上げたいんですねえ。

 なんでうつ状態が増えるのかというのは、薬に責任があるかもしれない。と密かに思っているんです。つまり楽になるから、ですね。もうはっきり私の主張を申し上げれば、皆さん方ももっと苦しまねばならない。といえば神経症は絶対成り立たないんです。

 もうちょっとでよろしいから苦しんでくださいと、まっ、誰かがいう。いう人はいないんですけど、まっ、私がいうとして、ですねえ、明日は今日よりもうちょっとでよろしいし、苦しい状態になってくださいと。そうしますともう神経症自体成り立たない。どう治すかどころか、あれっ、神経症なくなった。というようなもんで、これが生と死を同時に解決するやり方、ですね。つまりね、楽になるということだけを目指すと、安心も不安も非常に際立った違いとして、要するに安心と不安との比較がこたえるわけです。それを片方の不安だけをきれいに無くそうということになりますと、かえって安心がうまくいっただけに不安がひどく目立ってくるんですね。楽になることばっかりがうまくいくんです、ということになりますと、うまくいかないとき、苦しい状態、辛い状態というものが非常にこたえる。そうしますと、もう生きてるのが辛い、と。それはそうなりますわね。今本当にそれがわかってくれる人が、皆さん方はここでよくわかってくださいますが、少ないですね。

 これだけ皆さんに一生懸命お話し、聞いてくださってありがたいんですが、退院される方が日記に「まだ不安がすっかり消えたわけではありませんが」と書いてある。この程度なんですねえ。人のことをいって悪いんですけども私にしてみたらがっかりですねえ。まだ不安は完全に消えたとはいえませんが、というような、何をいっておられるんですかねえ。

 おとといは月曜日ですか、その前の日曜日に、「苦痛を苦痛し、喜悦を喜悦す、これを苦楽超然という」という森田先生の掛軸、書かれたものを持ってきてご覧いただいたんですねえ。そのあとの日記にそう書いてある、なんということでしょうねえ。まっ、言い換えたら不安が消えたら退院しようと思っておられるんですねえ。

 で、そういう考え方は世間一般にあるわけです。ですから抗不安薬、抗不安剤で不安をとりあえず楽になくしてしまうと。不安をなくしてしまったらそれでいいと。世間の人は非常に短絡的にそう思うわけですねえ。ところがここは、そのようなことをいいませんでしょう。不安を消しましょう。不安を薬飲んでもいいから楽になくしましょう。不安を目の敵にしてなくそうとする、というようなことはここはないですね。

 それでそういう考え方。つまり、不安を薬を使わずに上手に消せないのでまだ完全に消えたわけではありませんが退院します。というのは本当にもうかないませんですねえ。森田療法を受けましたとはとてもいえませんですねえ。

 中国の唐の時代といいますと、618年から907年までですねえ。その終わりの頃に趙州禅師という人が出て、これは普通読むときは、ちょうですね。ですけどこの人の呼び名だけは、じょうと読む。趙州観音院というお寺に住んでいた偉い禅の先生で指導がうまい。この講話でも一番よくその話が出てくるかと思いますがねえ。一般の人とのやりとりが話として残っている。

 鎌倉の松ヶ岡文庫。鎌倉の円覚寺の門より前に東慶、東という字と慶応大学の慶を書きまして、東慶寺という駆け込み寺で有名な所があります。

 前の院長が医者になったものの貧しい僧侶でありましてですね、どうしたものかと困って鎌倉円覚寺の管長でした釈宗円老師がインフルエンザで大正9年、8年に猛威をふるったインフルエンザ、9年まで続いていたんですねえ。東慶寺という円覚寺から離れたところで静養しておられたんですね。そこへお伺いしてどうしましょうといいましたら寺を出なさい、といわれた。それでこの病院ができることになったんですね。お寺で細々と診療所でもやってたらとてもうまくいかないんですけど、まっ、大本山東福寺のたいへんな後押しがあるということはもう感謝にたえませんですね。

 その東慶寺で松ヶ岡文庫という鈴木大拙先生が禅関係の書籍を多く集めておられましてですね、東慶寺の側に住んでおられたんです。そこに趙州禅師語録というのがあって、うらやましくてしかたがなかったんですね。その鈴木大拙先生の口語、つまり日本語でも読める形にして出版されたんですね、たいへんうれしく思いましたものです。ですからあんまりよく読んだら和綴じの本でね、紐で綴じてあるんです。その紐が切れてばらばらになりかけている。まっ、一番よく読んだからですね。

 そこにどのくらい年取ってるか知らないんですけれども、お婆さんと書いてある。その女性が趙州禅師のところへ訪ねてきて、男の人に比べて女性は五つのハンディキャップがあります。生まれながらに人生的に負担が多いということですね。五障、障害の障ですねえ、生まれながらにこういう差し障りが五つあります。つらいことです。どうしたもんでしょう。と、趙州禅師に尋ねたんですね。

 こういう話は趙州禅師語録、非常に特徴的でしてねえ、とっても参考になるんです。他の禅の偉いお坊さんの語録というのはそういう一般人との関わりがまず少ない、書いてあるのが、ですね。

 そしたら趙州禅師が、願わくはお婆さん、どうかお婆さん、永久に苦しい海に沈んでいてほしいものです。と、えらいことをいったんですね。
 「願ワクハ婆子、永ク苦海二沈マンコトヲ」と。
 「五障ノ身、如何二シテマヌガルルヲ得ンヤ」と。どうしたら逃れることができますかと、こういってるんですね。そしたら趙州禅師が、「願ワクハ婆子」 婆子っていうのはお婆さんと、呼びかけているんですねえ「永ク苦海二沈マンコトヲ」と。

 これは絶対神経症が成り立たないんです。さっきお話したことですねえ、どうしたらこの辛い状態をまぬがれることができるでしょうか。と、やってる間が神経症あるいは悩みであるんですねえ。趙州禅師のほうはもっと苦しまねばならない。ということをいっているんですねえ、そうしたら悩みも出てこない。神経症も成り立たない。治すことが問題ではなくなるんですね。

    2010.7.7


宇佐晋一先生 講話

自己像が脱線のはじまり 



 今晩、この講話が終わるまでに本物を体得されますのにお役に立つ大事なことを申し上げます。

 毎回、大事なことをお話しているのですけれども、どうもその見当違いの話のように思われて、もっと具体的に何がどう楽になるのかという、その話をご期待になる皆さん方からすれば抽象的に思われるかもしれないですね。

 私の話は抽象的なものでない。という点で、もうなによりも抽象的でない。つまり事実を指して申し上げておりますだけで、この抽象的、つまり皆さんが「あっそうか」というふうに納得される、そのピンとくるとかですね、「今日やっとわかった」というふうな種類のものは皆、抽象的である。あるいは学校の授業はもう小学校の1年生からして抽象的であるんですねえ。

 そういうものがないのが特徴でありますから、皆さんが抽象的でないものとしてお考えになる具体的なものですね、そういう何かの事実を示せといわれたにしても、私からすればそれは呼び名、あるいは状況の細かな説明とか、これがこうなっているでしょうという、その解説ですね、そういうような皆さんが期待される具体的なものさえも、私どもからすれば実際から離れた抽象的な事柄であるというふうにみるわけですね。

 ですから言葉を使って説明している限り、それはこの講話では置き換えで、事実のままではないんですね。

 言葉、この場合日本語ですけど、日本語にいくら英語やフランス語などの外国語を織り交ぜて皆さんがお使いになったとしても、それはその言葉で説明する段階で事実から離れてしまっておりますので、もう抽象的だとこちらからはいわなければならないですね。

 森田療法っていうのは、非常に、結果的に皆さんこんな簡単なものかと。前の院長の言い方ですと「ああ、なんと楽なもんだなあ」とこうなりますと。それは皆さん今、考えて一生懸命この講話の内容を、肝心なところを見極めようと待ち構えておられますから、いわばご自分から抽象的に結論を上手につかもうとかですねえ、あれはきっと何かヒントを分からせようとしているんだろうというふうにおとりになったりして、それを要領よく、ぱっとつかもうとか、こう思っていらっしゃるんですね、そういうのはことごとく事実ではありませんです。

 ですから、森田先生がこうおっしゃいましたという形の講話は無難ではありますけれども、ことごとくそれは日本語に置き換えた、肝心なものからはずれた事柄で、それでいわば森田療法の本を一冊読めば治るだろうと、たかをくくっていらっしゃる、それが絶対そうはいかないんですねえ。

 森田療法の本なら良い。ほかの療法の本はお勧めしません。と、私がいってると思われるかもしれませんけれども、ここで一冊も森田療法の本、ことに私の関係しました本など、一切 皆さん方におわかちしないですねえ。

 とても心配されまして、この近所にここから300メートルほど北に本屋がありますけど、そこにわざわざ注文して私の本をお読み下さった。という方がおられましたが、私が皆さんに読んでいただかないようにしているのは、特別の考えがあってしていると思われたのかもしれませんが、考えというものに関係のない治り方が本物なんですね。ですから、私の本なら読んでいただいたら結構です、というようなことはないわけです。

 結局のところ、どの本も皆同じことで、そういうのを抽象的論理的思考といいますが、言葉に当てはまらない説明はないわけでして、これがだめ。といっているんですから、どこのどなたが上手に説明されたにしましても、それはここで全治の太鼓判を押すわけにはいかないんですね。

 極端なほうが早くお分かりいただけるでしょうから、短くはっきり申しますと「治りました」ということは抽象的論理的思考によるわけです。じゃあ「治りません」はどうですかと言われるならば、これも抽象的論理的思考にあてはまるんですね。じゃあどっちがどうなのかというと、どっちもだめっていうことです。

 これで、だいぶ本物に近いんですけれども、いかんせん、この私の講話が日本語あるいは言葉を使っておりましてですね、この講話をお聴きになる限り、皆さん方の優れた大脳の作用は、抽象的論理的に事柄を受け取ってしまわれる。

 そういうふうに、もう皆さんが小学校へ行かれる前から、幼稚園とか保育園とか行かれる前から、もう出来上がっているわけですね。で、それを今更 改めていただくというわけではなくて、それはほっとくわけです、この森田療法では使わない。で、新しい何かをしなさいと申し上げたら、皆さんも困られるでしょうけれども、ほっとくぐらいのことはどなたでもお出来になる。何もしないという、自分に対して言葉を使わない。文法を使わない。なんにも自分を言葉で決めることがないんですねえ。

 で、そうしておいても頭というところは、次々と考えを一人勝手にいろんなことを次々考えてしまうところでありまして、そういう出てくるものを、これを防止することはできないんですね。医学的にいえば予防という形にもっていくわけにはいかないんですね。したがって皆さんの頭、大脳の働きに責任ある。ということはないんです。そこでこればかりは全くのご自由でありまして、こういうことを考えるのは好ましくない。と、ご自身が思われましょうとも、こちらからは何をどうお考えになろうと良し悪しがない。これが徹底した頭の働きの扱い方ですね。そうしますと、新しく言葉を見いだし付け足して、一つの皆さんの治療に役立つお考えというものが出来上がってくるのを助けることはないですね。これが申し上げたいところで、皆さん方のお考えを側から助けているということはないんですね。

 むしろ、どのようなヒントめいた、キラリと光るお考えも採用することがないですね。「あっ、これだ」というその決め手がない。あるいは、あったら脱線。

 そこまで申し上げて、これからは言葉のない精神生活と皆さん方に治療の第1日、第1期療法の説明でお話した、そのことがらを改めて思い起こしていただきたいですね。思い起こしていただくのは、なるほど考えを思い出していただくことではありますけれど、そこに手段、方法、治し方といったものがまったくない、ということを申し上げているんですね。

 昭和25年というのは1950年でありますが、新しく大本山東福寺、正式には臨済宗東福寺派大本山東福寺なんですね。そこで長らく空席になってました新しい管長職ですね、花園の妙心寺。あの日本で一番大きな禅宗のお寺ですが、そこの僧堂の指導者、お師家しけさんといいますが、林恵鏡老師。その字は恵みの恵、それから鏡と書きます、その方が管長としていらっしゃった。

 ついでながら、この昔からありそうな菅長という言葉は明治政府がつくったもので江戸時代まではありませんでした、江戸時代まではただ住職です。

 それで、それまでと違って日曜日に講話を一般の人を対象に始められたんですねえ、今晩のこういう講話みたいに。それで聞かせていただきに参りましたら、袂をこういうふうにまくりあげて、黒板が置いてあります、それに「一法の助くるなし」と、こういわれた。何か心の問題で助けになる方法があるのではない。と、ほんと、びっくりしましてですねえ、こうしたらうまく悩みが解けます。というふうな話かと思ったら全然そうでなかったんです。そんな変なものかなあと、こう皆さんも改めて思われるでしょうが、心の問題の解決にどのような言葉も実は役立たないんですねえ。絶対そこへ言葉を持ち込んではいけませんので、それを、きわめてはっきりと表現されたものですね。よっぽど不思議な、難しい、特殊な訓練を経て、そういう意識のもとに生活ができるようになるのかと、誰しもそう考えてしまいますねえ。何年も難行苦行してお坊さんになった方であって、はじめて到達できる心境か、けっしてそういうものではありませんのです。

 ごくごく普通の、そして今晩この場の皆さんの、この意識で十分でありまして、ただ言葉を使わないんですね。このとき簡単に神経症問題のみならず、心の難しい悩みの様々なものが一挙に解決いたします。

 前の院長は、元 禅の僧侶で三重県上野市にあります山渓寺という、伊賀の上野というのは伊勢の津の、皆さんは藤堂高虎という江戸時代初めの人をご存知でしょうが、その大名の支藩といいまして支店の支ですね、津藩の支藩、一種のブランチですが、その上野の城がありまして、やはり藤堂高虎が築城、城を造るのがうまくて、そこも造ったんですが、その高虎が今の愛媛県の大洲から連れてきた禅の僧侶が初代の住職で、それが宇佐といいました。で、代々のその大名の関係者がそのお寺に葬られている、そういう菩提寺なんです。

 で、そこで心を健康にするのにお寺の説教だけでは到底うまく指導できない。ということに気がついて、それから医学の勉強をすることになるんですね。東京で昔内務省という省庁があったわけですが、そこが主催した人間の様々な性質のあり方についての学者の、たぶん心理学の人の説明があったんですね。それを聞いて痛切にお寺の説教ではうまく救えないと感じて、それから医学の道に進んだんですね。

 そして、幸い今の慈恵医大、当時は医学専門学校と称しておりましたが、そこの精神科の教授が森田正馬先生でありまして、卒業の年1919年(大正8年)が、精神医学では一般に森田療法完成の年と認められているんですね。ですから、ちょうど森田先生がこの治療を編み出して創り上げていかれる途中にお世話になって、それ以来ずっと、卒業以後ですね、この森田療法の最初の病院として、ここに東福寺 のお寺の援助を得まして、空いている二つのお寺を借りて、この病院のもとになる三聖医院というものを開きました。ちょっと解説が長くなりましたが1922年のことでありました。

 それでこの、前の院長は「正法しょうぼうに不思議なし」と、こういう。それを申し上げるためにえらく回り道しましたが、こんなに摩訶不思議な、世間並みの考えを離れた、難しい宗教的な話があるように思えても、実際はなにもそのなかに世間並みでない、妙な理屈をこね回している、変な意識を説いている。ということはなくて、ごくごく日常的な普通の意識で十分なのだ、ということですね。

 ところが、お聞きになる皆さん方が、どう考えても理屈に合わない。ということを、ここの、この森田療法についてでしたらば、症状をほんの少しも治そうとしない、ということについて思われるであろうとお察しいたします。で、わざわざ「正法に不思議なし」といわなければならないのは、宗教の中に、心の問題を扱って普通の理屈と違うことをいってるからですね。あるいは普通の理屈の通らないことを述べているからですね。そうしますと、ますますお聞きになって混乱をきたされるかもしれませんが、わざわざ「正法に不思議なし」といわなければならないのは、その心の問題で理屈に合わない変なことと思える内容の話をするのは、実は心の方は、まったく意識のありかたが違う、筋の通った事柄が逆に脱線であるからなんですねえ。そこのところを抜きにして宗教の話しをお聞きになりますと、もう初めから終わりまでおかしなものです。

 今日お話してますのは、それを精神医学的に、まともにお話の正面にすえて、遠回しでなしに、あからさまに申し上げていますので、この説明のわかるようでわからない感じの部分は、ことごとく自分で見た自分、簡単にいえば心のありかたについて、それがけっして普通の理屈通りでない、論理っていうものを持たないんですね。論理が異なるといういい方、あるいは別種の論理に従うといういい方などがあるのですけれども、そういう AとBという二種類の論理があるわけではなくて、理屈がない、まったくそこに論理性がない、ということをお話しているんですね。けっして特殊な考え方のなにかがあるのではありませんのです。理屈がない、論理性がない。という、それが「正法」であることをいっているのが「正法に不思議なし」ですね。

 おかしいなあと、早く気がついていただいて、普通の世間的な一般の、皆さんが学校で勉強してこられ、あるいはもう日常、普段お使いになっている筋書き通りの、この論理というものは必ず外の世界、皆さんの外にある環境ですね。世間、社会、そういうところにある普通の論理を心の中には持ち込めません、ということです。簡単にいえばそういうことです。そこは、はじめから論理というもののない、身体の高級な発達をとげた一部であるんですね。

 1日24時間、これは正確に地球が回転しますので、太陽は動かない。地球がこう回っている、自転しているわけですねえ。その時間は間違いないんですけども、身体の時間は25時間というリズムで動いておりますことはお聞きになってるかもしれません。だいたいの1日という意味で「概日がいじつ」という言葉を使いまして、医学的にはこういう言葉で25時間を身体のリズムの中に皆さんの日常があるんですね。

 頭と違う。頭の方は24時間に合わせて生活していらっしゃる、時計がそうですから。けれども身体は、そういうふうに1時間ずれたかっこうにリズムがなっているんですね。ずれたというのは24時間のほうを正しいと考えた表現です。けれど事実が事実ですから、これ一つでも身体というものが、外の理屈に合わないものであると。で、そこから生まれてきます心という精神現象ですね、これはもう理屈に合わんわけですねえ。で、外の状況、社会に合わすために、やや無理に自分というものを合わそうとして、中に、これが自分だという自分のイメージを組み立てていらっしゃる、これを自己像というんですねえ。

 そうして無理なく社会生活が、外の状態に合わせてできるように工夫しておられる。そうとうこれ、しんどいのがわかりますね。

 マイセルフというそのセルフ(self)、セルフイメージ(self-image)ですね。そういうものを、あたりまえのことのように作っておられますけれど、これは作られたものでありまして、もう今晩からおやめになってもよい。これが自分だ。これが心だ。これが生きているということだ。という、それは早速おやめになってよろしい。もって作って無理して合わす必要は全然ないですね。

 じゃあどうしたらいいかと申しますと、中の、皆さんのお身体に向かっての方向、もっと具体的にいいますと、皆さんのお考えが脳に対して、この頭の働きに対して、もっとこうなってほしいと思われたにしても、いうことをきかないということですねえ。身体のほうは、変化は、まったく外の状況と食い違った形で進んでおりますから、もうそれはそうしておくほかありませんのです。そうしますと、すぐれた皆さん方のいいお考えは、ことごとく外向きでありまして、外の社会生活上の必要な事柄を次々と処理して進んでいらっしゃるだけでよろしくて、ご自分の心を良い、思い通りの気持ちの良いものにしようというのは土台無理である。ということをあからさまに申し上げているのがこの講話ですねえ。つまり、どうすることも余計な手出しでありまして、したがって、なにか心を練り鍛える。難行苦行して心がしっかりする。というようなことを目指す努力はことごとく失敗に終わるんですね。

 前の院長は、さっきのようなことから大本山であります東福寺の僧堂に入るべきであったんですけれども、そのお師家さんが年をとっておられて、もう弟子は引き受けない。といわれたので同じ臨済宗の大徳寺ですね、皆さんは一休さんがしばらく住職をされたことでご存じの通り、その大徳寺で修行しました、僧堂に入っておりました。ですから、その修行に比べて精神医学的なここでの皆さんの修養生活というもの、本来同じ趣旨であることがよくわかってまして、そして手前味噌みたいですけど、ここのほうが早く真実に目覚める。と、そう私に申しておりました。僧 堂で何年も修行しているよりも、ここのほうが早く悟りが開ける。と、そういう種類のことをいっておりました。

 皆さん方が40日というのは長いと思われるかもしれませんけれど、たいへん短い早い悟り方でここでお治りになるというのは、悟りを開くということですから、絶対そうでなかったら治るわけないので、なにか悟りは、お釈迦さんでも6年かかったというので、たいへん難しいものとお考えになりがちですけど、そうではなくて、お釈迦さんが悟りを開こうとしたことによる、自分に目的をもった失敗で、開けなかったのでありまして、悟りを開こうとする、自分の方に目的をもったやりくりを失敗に終わってからやめた。途端に悟りが開けたんですねえ。それに6年かかってしまったと、こういうわけでありまして、皆さん方は、わずかに40日間でそれを成し遂げられるんですねえ。

 それは一生懸命なされば、その努力はご自分の方へ向いている間は上手くいかないんですねえ。外、人、事柄のほうに目的をもって、そこは皆さんがたいへんご熱心な方々ですから一生懸命なされば、もう今晩この講話が終わるまでに真実に目覚めていただくことが十分、可能です。

 一般には、お釈迦さんでも6年かかるのなら、自分は10年かかるだろうぐらいに謙遜してお考えになりますけど、それは間違いで、真実に生きるのは瞬間的であるよりほかはないんですね。

 常に瞬間、瞬間、皆さん方がありとあらゆる比較、比べることを、例えば治るのと治らないのとの比較をやめて、その事実のままに生活を進められる、この状況を最も純粋な真実の姿と認めてよろしいんですね。ですから、考えが先に整うという必要がまったくありませんから、考えという考え、言葉という言葉、一切をやめにして、そして外のことにだけ言葉を使って、心の問題は何がどうという筋を通したとらえ方、わかり方、知り方、決め方をやめてしまわれるんですねえ。この瞬間をもって真実に生きていらっしゃる、ということができるんですねえ。その脳の働きは、あたかもチンパンジーが自分を、言葉を知りませんから、言葉を使わずに感じているのと同じと見てよろしい、ちょっとわかりやすいかもしれませんですね。

 「これが自分だ」という、セルフイメージを描くことができる人間であってはじめて悩みが生じてくるのでして、それをまた人間ですから上手に解決しようとして、もういっそうまた引っかかるんですねえ。

 とらわれるのも人間らしいことですし、こだわるのも人間らしいことです。どこまでも解決を目指すという、その熱心さは、皆さん方におかれましては、ひと一倍努力家でいらっしゃるんですね、ご自分の解決に完全を目指される。これは一般的な傾向ですが、世間の人は非常に呑気でありまして、思った通りにいかないものだなあ。ということぐらいのことで、簡単にいえば自分の心の問題は、うやむやのうちにあきらめてるみたいなところがあります。ところが、そういうのを世間で「あっ、上手くいってる」と思う、それは間違いであって、ですね、ほんとはどのような考えもそこに持ち込んではだめなのだというところまで、よく見極めておいていただかないといけないですね。いい加減な考えで上手くいくということを、時として世間の人は、そんなに真面目にしなくてもいい。60パーセントぐらいできていれば、まあそれでよいとしなさい。と、そういうふうになぐさめ半分でいう場合がありますけれども、実際には心の問題は、ぴしっと、どのように抽象的に言葉を使ってわかる形にしても、それは本物でない。という、そのへんの徹底した言葉によらない精神生活が、今晩はっきり、ここで講話をお聞きになる最中に言葉から離れるんですねえ、言葉離れ。あるいは一種の離れ業でありますが、それは単に使わないというだけのことで、新しい別の考えを特に必要といたしません。

 で、それで今までのことを自己意識、自分の中で見た自分の姿ですね。あるいは他人がこう見ているだろうと、そういう想像ですね。それを含めて自己意識と申しますが、その中は完全にどうでもよろしいんです。つまり、ちょっとでも決めたら逆に脱線で、何をしてるかわからない。つまりその努力は無駄骨折りであるんですね。ですから自分というものを決めることを、心を磨くといったり、しっかりするといったりですね、世間では大事なことのようにいっているわけですが、それを今晩からおやめになりますと、もう立ちどころに皆さん方の悩みは雲散霧消してですね、悩もうと思えばできますですね。つまり解決しよう、自分の心を良くしようとすれば、悩みとして成り立ちますが、心に言葉を持ち込むことがなかったら、もうその瞬間に神経症の症状、安心、不安の問題、気になる事柄の回答、どれをどうしたらよいかという、人間の知的な論理にもとづく抽象的論理的な考え。というものが成り立たなくなって、自分の扱いというものがいらなくなる。これが、さっき申しました「ああ、こんな楽なもんか」ということなんですね。それは世間の人は絶対、それは皆さん方以外の人が見つけられることはないです。

 学問的に申しますと、人間の知能ですね、頭の外向きの働きというものは、すべてはじめからそういうものであったんですね。外部機構であると、これはもう、なんとも今まで何をしてきたんだろうと思われるでしょうけれども、たいていの方は、なみなみならない苦労をして、ご自分の心の良いあり方を目指す努力を惜しまれませんでした。つまり、良い心の持ち主になろうという努力ですね。これはむしろ世間一般の事柄で、心を問題にしないということは、かえって世間一般では、だめな人間である。心のことをいい加減に考えてるのでは、けっしていい人間になれない、 というふうにまで考えられているんですね。自己啓発書といわれる種類の本が後から後から出てくるわけですし、心を磨くというような本が売れたりもするんですね。

 なんと、皆さん方のお知恵はご自分のためにあるのではない。これ、なにも私一人勝手にこういうことをいってるのではなくて、ちゃんと私が勉強した心理学初歩という本に書かれていた言葉です。

 精神医学を勉強する医師、皆さん方医者になったら当然心理学はよく心得ているだろうと、こう思われるでしょうけれども、医学の勉強に心理学は出てこないんです、精神医学はありますけども。

 ですから心理学は、本で勉強したり心理学の先生から教わったり、つまりここでですねえ。そういう次第で、ちょっと不思議に思われるかもしれませんですねえ。一般に心理学を軽視しているんですねえ、精神医学の人達は。

 ところが前の院長は、元々禅の僧侶であったということもあり、心理学的な研究を続けました。心理学の人との交際がずっとありましてですねえ、昭和11年、1936年に「感覚残像と心的態度との関係に就て」という論文で医学博士になったんですね。

 感覚残像というのは、ある感覚を皆さんが、例えば痛い、例えば赤く見える。というふうに痛覚、視覚など様々ですが、そういう刺激の去った後、つまりそれがなくなった後に残る、しばらく続く感覚をいうんですね。例えば赤いものを約10秒、皆さんご覧になって、ぱっとその赤いものを取り去りますと、その後に薄緑の、もやっとしたもの、だいたい四角ければ、もとの赤い色が四角であったら四角に近い形で薄緑色のものが残ります。そういったものは時間とともに、いっそう薄くぼんやりしてきてやがて消えます。これを感覚残像といいます。例えば細い針金の先を手のひらにぎゅっと押し付けるという道具がありまして、前の院長が作ったんですけど、それでこう、痛いですね、当然。それをぱっとこう、バネがついていて、手を離すとこう、ぱっと痛みが消えますねえ、針金がぱっと上にあがりますから。ところがその後しばらくは痛みに似た感覚が、ずうーっと続くんですえ、何秒か。それが心の状態によって、長引いたり早く消えたりするという、それをまあたいへんな回数、それから協力してくださった大勢の方々のご好意によりまして調べることができたんですね。

 結論を早く申し上げますと、どういう時に長くなるかといいますと、それを感じないようにしよう。と、その見えたり痛みが残ったりするのを早く感じないようにしようとしたら一番長く残った、重要な事柄ですね。

 つまり森田療法的にいえば、皆さん方が治そう治そうと努力しておられるということは、一番その症状を長引かせているということでもあるんですね。

 それに対して、どういう時に短かったかと申しますと、もっと長引かせようとした。その赤いものを、ぱっとのけて薄緑色が見えはじめてから、それをもっと長く見ようとした。そうすると早く消えてしまったんですね、痛みも同様です。 

 それから、こそばい。筆の先をかすかに皮膚に接触させるということもやりました。そのほか痛覚のほかに温覚、つまり温度感覚ですね。熱いのや冷たいのやいろいろやったんですけど、一番はっきりしているのは視覚と痛覚でありましてですね、精神態度でもっと痛みが残るようにと努力したら早く消えてしまったというものです。

 それからもう一つは、そのままにしておいたということですね。で、そのままにしておくのと、もっと長引かせようとしたのと、じゃあどっちが短かったか、これは皆さんもご関心をお持ちになるでしょう。これは変わらなかったんです、結論的に。

 で、ここでいう、あるがまま。森田療法はもうなにがなんでも、あるがまま。ですが、それは言葉のない、あるいは心に意味付けをしない、こういうふうにしようという心を持つんではないんですね。その状況のとうりにほうっておく、感じたままでいる。というそれと、それからもっと症状、皆さんならば不安を強くしよう。気になることをもっと気にしよう。というそれとは同じであったということですね。ですから、わざわざしなくてもあるがままでけっこう早く治るわけです。

 こういうことをした人がなかったのですね。こういうことをもとにして、それで森田療法というものを数字で、治り具合の状況を知ることができるようにしたんですね。

 つまり森田先生の頃でしたら、治ったかどうかというのは森田先生の判断で、その本人さんがいわれるのを聞いて決めておられたんですね。ところが前の院長のは、客観的に治ったかどうかという、その経過を、その感覚残像の長い短いから他人にも分かるように捉えたというんですね、これはほかに例がありませんです。熱心に治そうとした人ほど長引いたんですね。もうこれでお分かりでしょうけれども、いつも申し上げますように神経症のとらわれというのは、治そうとするという、病気でないのにその熱心さが生み出した症状でありまして、治そうとする病気みたいなものですね、病気ではないんですが。

 自分に対して良い状態にしようという努力によって、具合の悪い感じが長く残る。というそれを実験的に明らかにしたんですね。したがって最も具合が悪いのは人間の知能、知性あるいは知恵というものが、自分を助けようと思って努力している間は、残念ながら治ることはないですね。

 自分に対して皆さん方が、じゃあどうしたらいいのかというと、どうもなさらなくてよろしいわけで、ただ頭の中に浮かんでくる、次から次に出てくるその考えのままほっとけば、もうそれで十分満点であるんですね。

 今あるその症状を最も大事な心の間違いないあり方として、宝物のように減らないようにもっていらっしゃれば、もう早速さっそく今晩が全治のおめでたい時を迎えられる。ということでありますから、いくら再発しようが次の瞬間に自分というものを取り上げなければ、ですね、自分というものから治そうとなさらなければ、もうそれで満点でありまして、心に人間らしい考えというものが必要がないという、それをいってるわけですねえ。

 じゃあ、心はいったい誰がどうしたら褒められるのか、ですね。ですからこれ、さっき「一法の助くるなし」という東福寺でのお説教の一部を思い出してお話いたしましたが、そのように心の問題で誰かに頼んで助けてもらう、ということはもういらないわけです。なんのことはない、ご自分持ち。不安な時は不安を、その時の心として大事にもっていらっしゃれば、もうそれでよろしい。ただ、外へ向かっての緊張はたいへん大事ですね。森田先生はよく「君はもっとハラハラしたまえ」と、こういわれたと、これはもう素晴らしい言葉ですね。外へ向かって緊張をうんと高めていらっしゃるという。それでよろしいので、人間の知能とか知性とかいわれるものですね、それはもう自分の方に使わなくなったら飛躍的に皆さん立派なこと、お仕事を成し遂げられる方に変わられるんですね。

 自分の知性を自分のために使おうとしているということが、もう何にもまして、はなはだ具合の悪いことをして自分らしさを、自分であることをだめにしているんですね。

 今、自分らしさといいましたけれども、これはもうまったく無駄な言葉で、世間では自分らしい状態ってものを褒める人、お手本にしようとする立場などがあることはありますけれども、これはまったく無駄です。自分というものを描くこと自体が、間違った自分のあり方をそこから始めることになりますし、それはもうするだけ無駄なんですね。ですから、この自分についてどのようにも言葉が使えないその領域を、皆さんお分かりでしょうけれども、それはほんとは何もいらないんですね。ですけれども世間の人はそこがさみしい、あるいは不安、気になるもんですから、その代わりに宗教家が神様とか仏様という世界を用意して、ですね、宗教の世界っていうのは、心でなんとかしようと間違ってしている人たちをそういうふうに救うんですね。考えは外向きの仕組みですから、ここでは宗教の立場でいいませんから、外へだけ、どんどん皆さんの優れた知能を発揮していらっしゃれば、もう間違いないと、こういう。いくら再発しても次の瞬間は必ず全治であると。これはたいへん助かりますね、後戻りということが全くない。再発ということが起こりえないんですね。次々、外の大事なことに取り組んで進んでさえいらっしゃれば、それでよろしい。こういうのが森田療法ですから、治らないでいらっしゃることができません。

 治そうということだけ、それをやめればよかったんですね。はい、じゃあ、このへんで今日の講話を終わることにいたします。

    2014.6.6


宇佐晋一先生 講話

天に偽りなきものを 



 はい今晩は、お待たせをいたします、それでは講話をいたします。

 講話をお聴きになって、本当に治るんだろうかと思われる、その皆さんの疑問に思われることよりも早く、治ることの方がやってきますので、治すよりも先。という、これはこの講話の特徴ですねえ。

 合理的な筋の通った、わけのわかる、なるほどという世間の常識的な治り方。これは心にはまったく通用しませんので、心の世界、言い換えれば自己意識の内容というものは論理性がない、つまり筋が通らない、わけのわからない、まったくこうだと決めたとたんに脱線する、具合の悪い状況をもっておりますのはですね、そもそも最初から心というものが、皆さんの中に法則があって、それで心が生きいきと出てきているのと違うからですねえ。

 世間では、外の物事に対して、皆さんが科学者として確かな経験をもとに組み立てておられる社会についての見方がありますでしょう。学校での勉強も、その経験というものをもとにして将来を予測しながら理論化して、ますます発展させていらっしゃった人間の知能、知恵ですね、あるいは知性。そういう抽象化、論理化した物事が、今日の立派な社会、あるいは文化を生み出したのです。ところが心はそういう仕組みになっておりませんから、社会の仕組みと同じように心もまた思ったとおりに、こうなるはずだという予測が当てはまるかといいますと、まったく当てはまりませんので、一番、その真実、本物は、人間がそれをこうだと決めることのない状態のところに現われるんですね。

 ですから、ほんとに生きいきした本物の皆さんは、ついに今日まで現われることなく、どなたもご自分で、これがほんとの自分だ。あるいは自分のことは自分が一番よく知っている。という世間並みの考えでいらっしゃったとすれば、ほんとのご自分は全然わからずにいらっしゃったといってよろしいですね。

 本当の皆さん方は、どういうときに現われるかといいますと、もう、はっとして、びっくりして、ですねえ、まっ、例えば大地震で皆さんがあわてふためいて、取るものをとりあえず避難していかれるといったような状況の時に、もっとも確かに現われるんですね。

 ですから、本物でない生活っていうのは、考えた、これが自分だということをもとにした経験による生活でありまして、それは確かなように思えてはいますけれども、実際には、まったく本当の皆さん方でなしに、考えに置き換えられた皆さん方で、その置き換える前の、もとの皆さん方は論理の当てはまらない、普通の筋の通らない、常識的に扱えない論理の異なる心の世界を指しているのですから、それが、すべて考えに置き換えられた脱線、本物でない状況のもとに、人生というものについての皆さんの見方が、今日まで続いてきたわけですね。

 その中で、もうまことに当然のことながら、心の扱いは不適当、あるいは妥当性を欠いておりまして、心の正しい扱いというものが、そこにはなされることがないんですね。

 考えた心というものは本物ではありませんから、そこにさらに筋を通してその問題を解決しようなど、手出しをされますと、もともと論理性のない心の中は、夢のような、わけのわからない世界でありまして、それを、まがりなりにも分かる形にした自分というものを持って生活していらっしゃるんですね。

 ですから、もうそれは初めから考えで固めたものですので、基づく心がぐらぐらで、あやふやで、普通の論理に従わない、まったく別の論理の世界ですから、安定した、基になる確かなものはないわけです。したがって神経症、あるいは悩み、そのほかですねえ、皆さんがお困りにになる状態は、常に中から出てくるといってよろしい、ですね。

 外の世界は考え方一つでいろいろと間違いにも気づき、人に相談して、こっちのほうが本当だとわかれば、例えば試験問題でも、どうしても解けないものがあっても、後で回答を調べればわかる、というふうなもんですね。

 ところが心の問題は、人に相談してみても、他の人がそれを上手に解決してくれる。というような世界ではなくて、皆さんお一人お一人、独特の、夢に近いもやもやした、決まった法則性のない世界ですから、それを社会生活に安定した状態で臨むために、一通りの型を決めてその中に自分を安定させる。というふうなことを世間の人はしながら社会生活に臨んでいるわけです。土台、それはもう無理な話でして、皆さん方だけが失敗して、この悩みの中に巻き込まれてしまわれるという、特別の、例えば病気のような状態ということになっていらっしゃるわけではないんですね。

 ですから、皆さん方が治られますと世間の人がおかしい、世間の人の、あの本当のことが見抜けないで、まがりなりに自分をなんとかこれでいいと思える状態にしようとして努力し、それを本当の自分と思い込んでいるのは気の毒であるんですね。皆さんのほうからそう思われることは間違いないですねえ。

 じゃあ世間の人は、今どうして皆さん方ほど悩んでいないのかと、すぐそう思われるでしょうが、ですね、それは呑気だからです。

 皆さん方は、よりにもよって、大変こう、熱心なお方なんですね。物事の解決に几帳面、あるいは完全主義的、理想主義的ともいうべき、これで間違いないという心のあり方、人生っていうものを見抜いていこうとされますので、そう本来できない心のことですから、皆さん方にしてみれば、うまくいかない感じばっかり強い。これを、「自己不全感」と申します。

 で、この自己不全感は、完全主義の、きちっとした几帳面なお方でないと出てこないんですね。

 世間の人は呑気っていうのは、そんなに自分は人に比べて具合悪いところがあると、普通思わないんです。言い換えれば完全主義の傾向が少ないですから、まあまあというところで、自分自身を適当に扱っている。したがって、もっといい完全な自分を目指す。人間としての完成を願うというようなことは、まず少ないんですね。それで間違った心のあり方を平気でしながら、それを悩みとするに至らずに毎日を送っているんですね。そのほうが健康に見えているだけの話で、ああいうのはけっしてよろしくないでんすね。

 で、この、ひとたび自分というものの、思い通りにならない困った状況を、ご自分でしっかりご覧になって、これは困ったと、そこで立ち止まってしまわれた、今回のようなことを経験された方においてはじめて、生きる本当のあり方、真実が明らかになるんです。

 ですから、皆さん方のほうが、まるで、ちょっと見ますと不健康あるいは病気になりかけられたというふうに、世間の人からも見られることがありますが、実際は逆でありまして、ですね、本当の人間のあり方、真実を求めるという、その、真面目な理想主義的な努力というものをなさる方は、それだけ悩みも多いに違いないですけれども、しっかりしたものが、そこで、あるいは今晩ですねえ、この場で見抜けてですね、皆さん方が、ご自分の考えに迷わされない。という状況に立ち至られれば、これほど結構なことはないのです。私どもからすれば、もっともそれが望ましい、もっともそうお願したいところなんですね。

 世間の人がこの境地にたどり着くには、まだまだ、悩みという避けてばかりいたものを、まともに自ら徹底して、その解決の難しさを味わわないと、適当にごまかしておいて済むものではないんですね。

 世間の人は、だいたいものは考えようだと思っていますから、人生もまた考えようで、楽々といけるだろう。そういうのを幸福だと称して望んでいますけれども、実際はこの様々な悩みを心の常として、言い換えれば心っていうのは、解決しようとすると、とたんにそれは悩みになりますので、皆さんの努力の対象になさってはいけないんですね。

 心っていうものは、皆さんが自分の心だからと思って、こうしようああしようと、つい、なさるでしょうけれども、そういう相手にしてはいけないんですね。

 自分、あるいは心ですねえ、この生きているということ。それを考えの対象にしますと、もう途端に脱線して真実が見えなくなります。

 そこで、やり繰りして、なんとか楽になる方法はないかと、皆さん方なら真面目にその解決に骨折られる、考えられるんですねえ。

 そうしますと、人間の考えが自分の心や自分自身を救うということが、ありえませんので、つまり論理が異なりますから、理屈が通りません心の世界のことですから、考えを足せば足すほど脱線が輪に輪を掛けてひどくなって、こんがらかるんです。

 治そうとするという、体の病気なら当たり前の良いことですのに、自分対自分の心の問題になりますと、どこがどうして反対になるのか、ちょっと分かりにくいでしょ。

 それはつまり、体の病気なら客観的障害として、その故障している、いたんでいるところを治せばいいわけです。それは、ちょうどテレビの故障を直すのと同じことですね。

 ところが、心の問題、自分対自分の問題は、心っていうのは、言葉でも考えでもないわけです。文法も入ってないですねえ。それを治すという、自分にとって楽な状態を目指すことで、考えに置き換えるんですねえ。そこで上手くいかなくなるわけです。

 当然のことなんですけれども、最初は筋を通して、心を安心にもっていこうという真面目な努力を、なにも悪いことをしていると思われませんから、一生懸命されるんですねえ。

 努力が足りないのかもしれない。と思って一生懸命努力されますけれども、それはもういくら考えを足しても、人間の知恵というものは、自分を救うことはできませんですね。

 で、これ一つはっきりしますと、もう皆さん方、今までの努力もですが、これからの努力も、心とか自分というもの、あるいは生きることを解決しようとして考えを使うという愚かなことを、もう今晩限りなさらなくなります。これはもう人生上とても大きな変化ですね。

 これが世間の人には、まだないんですね。皆さん方が、一足お先に本物、真実を見極められるということは明らかでありまして、世間の人は、皆さんのような、生きること、自分、心についての悩みがまだできない状態ですね。

 どうしたらいいかということを真剣に考えるところまで行ってない。で、呑気ですから、それで毎日の仕事が忙しくて、そっちの方にかまけて生活に骨折っていれば、この問題は表面上は解決できるんですねえ。それで自分は健康だと、一般には思っているんですね。

 ところが、もし皆さん方と同じように、この問題を真剣に自分の中心にすえて解決に骨折る。あるいは考えつくすということを世間の人もすれば、ですね、これはもう、いっぺんに引っかかって、どうにもならないようになります。

 世間の人が健康で、皆さん方が病気であるという思い方は、いままではやむおえなかったでしょうけれども、私のように精神医学的に横から皆さんのご努力を見せていただいておりますと、これは世間の人のほうが間違っているんですね。

 ですから皆さん方が、たまたま、たいへん真面目にご熱心に、ご自分、心の問題に取り組まれたということで、これだけ苦しまれることは、なにも人に比べて悩みの解決ができない、ということで間違っている。あるいは劣っている。ということではないんです。

 必ずや、こういうところを通って、真実に目覚めるという、この道筋は、もう間違いないところでありますので、皆さん方、諦めてしまわれずに、今のこの悩みの多いあり方、生き方の続きを、今度は、ご自分の答えを今晩限り出さない。ご自分を決めない。ご自分がこうだと主張しない。ということで改めて出発し、前進なされば、立ちどころに見事な全治の状態、つまり真実に生きる姿は瞬間的に現われます。これを保証しているのが私の役割です。

 世間一般の治し方と、まるっきり違いますから、どうか、私の考えによって治そうとなさらないように。あるいは皆さん方が、なにかヒントをつかんで、ご自分の努力で心の問題を解決しようとなさらないようにお願いをいたします。

 これは、ほんとならですね、世間の学校で、そこのところを、ぴちっと指導なさればとても良いんですね。ですけども、それは先生が、皆さん方のように神経質な人とは限らないんですね、やっぱり、ものを良く見極めるには、神経質、つまり自分というものを対象に、はっきりさせようといする真面目な努力をする傾向、性格傾向の人でないと無理ですね。

 教育という事柄が、先生の方からだけ、他人を正しく導くという、それで済むかといいますと、一番肝心の生徒、あるいは学生の、自分対自分の問題が抜けてしまうんです。

 先生対生徒、学生の関係はそれでよろしいんです。自分対自分、つまり、生徒自身、学生自身が真に生きること、真実っていうものは、どういうものかを見極めかねている、できないでいるわけですねえ。そこを上手に指導してもらわないと、いつの世の中になっても、悩みはつきることがないんですね。

 多くの人が、もうとうに若い頃に悩みを解決し、そういうことはもう卒業したと思っているのは大間違いで、年をとって経験的に、すべてがわかってきたというのを、心の問題の解決であるとすれば、それは間違いです。たとえ50、60、70、80、90になりましても、この肝心なものを、年の功で、ちゃんと見抜いているかというと、私の見渡したところでは、そういうことはありませんです。歳をとっている人が、みんな、よく悟りを開いているか、あるいは真実を見極めているか、というと、けっしてそうではありませんです。

 ですからどうぞ皆さん方、この問題を中途半端に終わらせずに、まあまあ、というところで終わらせずに、ですね、ここでの生活に、あるいは日常、他の方との関わりにおいて、ですね、常に自分というもの、あるいは心を言葉で決めないという、簡単にいえば、心に関係のない生活を、今晩、今から始めていらっしゃるように、ですね、そこで初めて真の実在、ですね。本当の皆さんが急に現われるんですね。

 それはどんなのかっていいますと、なんのことはない、生まれたての赤ちゃんの時と同じ言葉のない精神生活でして、ですね、もう、言葉を知ってから後は、心は台無しでありまして、心っていう物があるかのように決めてかかって、それを自分の中心にすえる。というのは残念の極みで、心を自分の真ん中に据えては失敗なんですね。そういうことが分からない間は、心が大事である。と、世間では、そういわないと教養がないように思われるんですねえ。心のことをいうと、立派な人だというふうに思われる。ところが、だめなんです、それは。心をいっている間は、本物でないんですね。

 ですから、私どもの点数のつけかたっていうのは、心のことをいってる人はだめで、ですね、心とか自分とか生きることについて、まったくいうことなく、実際に外の世界、他人とか外の物事ですね、事柄に、じかに取り組んでいらっしゃる、皆さん方の状況であれば、ですね、これはもう、たいへん尊敬に値するんです。

 心の問題の卒業ですね、心の問題から離れている。自分を決めていない。自分に言葉を使っていない。ここまで行って初めて真実に生きる人でありますし、それから、森田療法で神経症あるいは悩み。ことごとく悩みというものは、自分対自分の心のあり方で引っかかって起こるわけですねえ、心に言葉を持ち込んで悩みが起こるわけでして、それが全部解けた人と、という尊敬すべき人柄がそこに現われるんですね。

 究極の目標は、はっきりしているのですが、それを目標とする考えが、ですね、自分に目的を向け、自分がそのために骨折るという形を作り出すために、せっかくの、その狙いが脱線してしまう、だめになってしまうんですね。

 つまり、考えておられることはいいのですけれど、自分というものから、どうしたら離れるか、あるいは症状のとらわれから、どうしたら綺麗に離れた生活ができるかというのは、自分についての考えですから、これで、せっかくの良い狙いもだめになってしまうんですね。

 ですから、その自分対自分の皆さんの骨折りを、今晩かぎり、むしろ負けて、ですね、自分に勝とうとか克服とか、世間では聞こえの良い話ですけれども、その方針をおやめになって、完全に心の問題では負けておいて、どうなろうと自分で解決しようという努力をなさらずにですね、努力のすべては外の、なんらかの目的のある仕事に早く着手されるのがよいですね。

 人のお世話など、とてもそのために立派なことです。あるいは作業と名のつくものならば、ですね、精神作業も立派な作業でありまして、ですね、ほかの皆さん方のお役に立つこと、喜ばれること、あるいは手助けになることでしたら、知恵をしぼって協力すると、つまり精神的に援助する。あるいは仕事上の誘導、導きですね、様々な作業のマニュアルが、ここに作られていますが、そういう、あとからそのことを学ぶ人、実行する人のために、手順ですねえ、いろんな無駄なやりくりを省くための手引き、というものを皆さんが作ってらっしゃるのは、とてもいいサービス。

 サービスというのは、必ず皆さん方の、ご自分の自己犠牲を伴いまして、それだけ皆さんが、そういう、他の人に役立つための骨折りをなさる、という犠牲が払われているんですね。

 この自己犠牲的な取り組みというものは、ここで皆さん方が目的を非常に、はっきり明るく、ほかの方々が余計な遠回りをなさらないように教えておあげになるというようなことは、ですね、ほんの少しも皆さん方が、ご自分の方に良いこと、得になること、あるいは報酬、そういった自分に目的のある事柄など全然考えずにやってらっしゃるんですねえ、掃除がそうです。お風呂の当番がそうですねえ。それから午後の10時に木版を叩いてくださる、ということもそうですねえ。

 そういうふうにして、自分に目的が向かないように。というと、おかしいですけれども、実際は、ほかの人のより良い生活のために。と骨折るっていうことは、もうごく普通に自分の方に内省が向かない、ですね。自分にとって、ということがまったくなくなります。

 仕事上の、これでいいか悪いかっていうことは十分、検討し、吟味を要するところで、その工夫はあってよろしいんですが、これで自分にとってうまくいくだろうか。自分にとって早く治るだろうか。自分にとって不安が消えるだろうか。というような判断やもくろみは、もうすべてが今お話したことの、一瞬にして消えてしまう後戻りですねえ。というほうに変わるんですねえ。

 ただ森田療法では、次の瞬間に皆さん方が、またほかの皆さん方のために骨折られますと、急に、そこに全治が瞬間的に現れるんですねえ。だから、いくら後戻りしましょうとも、次の瞬間によい骨折りを早速なされば、全治はもうお手のものですね。

 これを考え方による。などと思っていると、そこに手間ひまがかかってどうにもなりませんです。自分についての手間ひまは、まったく要らないのでして、心の処理は、まったく皆さんのご負担になるなんらかの事柄が必要ではないんです。

 もう実際は、考えよりも事実によって明らかですので、先に考えること、知ることが必要かっていうと、実際はまったくそうでない。

 考えるかぎりは、難しいと皆さんが思われる事柄でありましょうとも、そこに、自分にとってどうかと振り返られるために、難しいとか易しいとかが出て来るんですね。それを、自分というものをまったく描かない。言葉を使わないで、決めない状態の皆さん方で、そして仕事上は外向きの、世間の皆さんのお役に立つ、より公共的な、ここでしたらば大勢の方に喜ばれる、役立つ事柄に骨折ってらっしゃるんですねえ。そういう瞬間、瞬間、これを全治としますので、皆さんのように、まじめに庭を掃除してきれいにしてくださっていると。もうその瞬間、瞬間、ここに「歩々是道場」と書いて掲げてありますように、一歩一歩のその仕事ぶりそのものが全治、また全治と申して差しつかえないんですね。これを保証するのが、私の役割です。

 こういう保証する人がいないと、どれが本物か、どれが治ったので、どれが偽物であるか、ということがはっきりしないですね。どうしても自分を振り返ってしまいがちなんですね。自分にとってこれでいいのだろうかと、ですね。

 今日も、森田療法をしたら本当に治るんでしょうか。と、こういわれるんですね。そういう方がいらっしゃってましたんですけども、治らないでいるっていうことができない。森田療法では、治らないでいることができないっていうのは、治って治って、治っているほかしかたがないんですねえ。治そうとする熱心な努力を続けてこられた方々ですから、ほんとに治るだろうかと、こういう疑問をお持ちになるので、実行に余念なければ、実行ばっかりしていらっしゃれば、治ってばっかり。といってよろしい。

 三保の松原っていうのは、昔から、天女が舞い降りるという、その伝説がありまして、あの静岡県ですねえ、富士山が見えるという三保の松原。それで天女が羽衣を身にまといますと、それで空を舞いながら帰っていくと、そういうことですねえ。

 で、猟師が、松の木に天女の羽衣が掛けてあるのを見て、喜んでそれを手にいたしますと、天女がですねえ、それを見つけて戻ってきて、それをどうぞ返してください。と、こういうんですねえ。で、返してもらいたいために、舞を舞ってお見せしましょう。と、こういった、というんですねえ。すると猟師が、返すのは返しますけれども、返すと、舞も舞わずに、すーっと天に昇って行ってしまうのとちがいますか。と、こういうんですね。それは人間だれしも、そういうことを疑う心がありますですねえ。そうすると、天女がいいますのに、「天に偽りなきものを」と、こういうんですねえ。天に所属する自分においては、ですね、人をだますような嘘はまったくないのです。と、これには猟師も一本まいりましてですねえ、そこでその羽衣を天女に返すんですねえ。これはうたい、謡曲にあります物語ですね。

 天に偽りなきものをっていうのは、非常に良い言葉であると、そう思われますですねえ。

 この真実っていうのは、皆さん方のお考えを離れた、想像を絶する世界でありましてですね、今まで「これが自分だ」というお考えのもとに生活していらっしゃった事柄が、ですね、その、さっきの言葉でいえば、偽り多き人生であったということです。

 今までは、勝手に心とはこういうもんだ。自分とはこういうもんだ。人生とはこういうもんだ。と、皆さんが、ご自分なりに描いておられたもののすべてが、ですね、本物でなくて、皆さんのお考えに過ぎなかった。ということからすれば、ですね、心の問題は、すべて作り物であったという、間違いない事実の上に立って、これからは心に関係ない、皆さん方の本物の人生が、今晩から現われてくるんですねえ。

 ですから、ここの生活の究極の純粋さっていうのは、綺麗さっていうのは、それはもう考えによって煩わされない、考えに関係のない、皆さん方の行動、様々な行為において早速現われるんです。

 ですから今晩からは、皆さんのお考えは、外の世界、社会に対して使うことになさって、ご自分の問題には、心を作って参加させられないように、参加、心を役立てようとなさらないように、お願いをいたします。

 心っていうのは、けっして大事なものでないばかりか、皆さん方をだめにするんですね。

 心によってだめになった状態というのは、悩みがそうですし、神経症性障害というものが、その代表的なものですね。

 自分を何とかしよう、自分を助けようと思って、その自分の考えで、やりくりして失敗する。というのはまさに、心に言葉を、自分の考えを使ったための脱線で、すべて事実を誤認するんですね。

 これは、精神病の場合の妄想とまったく区別されるべきもので、言い換えれば、いま誤認といいましたが、誤想でもいいです、思い込みの失敗です。

 妄想は、ぜんぜん事実と異なる間違った考えで、その人一人だけに通用する、訂正不可能な考えを妄想と申します。

 これは誤想あるいは誤認でありまして、思い込みのために事実を見損ねたものです。

 それはどういう思い込みかというと、論理の異なる心の世界に、世間並みの常識的な筋を組み込んでストーリーを作った。「これが自分だ」という話を作った、その失敗なんですね。

 それはもう今晩、いっぺんに消えます。ので、なにはともあれ皆さんの外の実際のお仕事や生活、ここでの作業、あるいは精神作業としての勉強ですね。そこから出発されれば、ものの見事に、この誤想、誤認は解ける。つまり自分をきめることのない人生がはじまるんですね、今晩から。これはもう見事な、大きな、画期的な事柄であるといってよろしいです。

 それでその、入院という事柄がですねえ、せいぜい体を休ませ休養の目的であって、そしてこの、そのうちに考え方も穏やかに、気分の変化とともに安定して安心の状態が広がってくる。こういうような常識的なねらいは、もうまったくの当て外れで、早速皆さん方が今の生活に十分緊張を高めて、それはもう森田先生が「君はもっとハラハラしたまえ」と、おしゃったという、このことからも明らかなように、十分に緊張を高めた仕事ぶり、生活ぶり、応対ぶり、ですね。とくに他人に対して、この、対人緊張というのは、治す必要のある、たいへん困った状態と思われがちですけれども、ここで対人緊張、対人恐怖をしていけば、もう立ちどころに本物、つまり全治の状態が現われるというくらいに、それは皆さん方にとって最も役立つ状況、あるいは薬なんですね。

 症状を本気でする。という、その、おかしな努力は、立ちどころに皆さん方の全治を約束する。という具合に、けっしてご自分の、不十分、不完全な、自己不全感と今黒板に書きました。これを解決することを一番にお考えになってはいけないんですね。自己不全感を薬として飲んで、なにより急がれる大事な今の作業、仕事、勉強、その痒い所に手が届くほどの気の利かせようですね、それが森田療法のほかの療法にまったくない、優れた、早速の全治を導く絶対確実なあり方ですね。

 ある婦人雑誌の編集部から電話で依頼されまして、森田療法について話してほしいと。で、その雑誌社に参りましたら、ですね、なんと京大の医学部の名誉教授、つまり以前、私らが勉強してたころの教授の先生が待っていらっしゃって、その先生と対談をするという、まことに私としては緊張そのもののインタビューがありまして、先生と私、そして編集部の女性とですね、その先生が、「森田療法とはどういうもんだ」とこう私に、もう単刀直入におっしゃるんですね、それで私が申し上げたのは、「気配り人生です」と、これ一番皆さん方にも、その雑誌を読む方にも、分かっていただきやすいもんだろうと、神経症をどう治すかでは、これは、ほんとは治らないんですね。

 神経症の説明を、皆さんが何十ぺんお聞きになっても治らないですわねえ。森田療法の治し方はこうだという本を、お読みになって、お分かりになるでしょうけれども、治らないですわね。

 分かるけれども治らない。という、これは、もう今日の説明で十分ご納得がいきますように、治し方っていうものは自分に当てはめる。つまり、「これが自分だ」というものが描かれた上に、当てはめようとしますから、自分を概念化してしまう。自分を考えに置き換えてしまうんですね、そこで治らなくなるわけです。

 おかしな話で、森田先生のお話は治し方が書いてあるわけですから、それを自分に当てはめようとする段階で脱線するんですね。

 ですから、肝心なことは気配り人生で、外へ向かっての十分行き届いた細やかな気配り、あるいは緊張でもいいです。ハラハラして、その場その場を最もいい形で、世間の皆さんにお役に立つような工夫をしながら進んでいるという、それが全治なんですからね。

 こうしたら治るというのは、すべていけないんですね。こういう、こうしたら治るというと、それが、「治し方」になってしまいますから、自分に当てはめようとすることになって、治らなくなるんですね。

 ですから、森田療法の本に必ず書いてあります、森田先生のおっしゃった「生の欲望」ですね、それを裏返せば「死の恐怖」、「生の欲望」「死の恐怖」という、これは、しばしば今日でも、関東のほうでは治療のために使われます。けれども、よく吟味してみますと、これは説明概念でありまして、ですね、どうして神経症の不安が起こってくるか、恐怖が起こってくるかですね、それを説明するために、ですね、生の欲望が強い、言い換えれば理想主義的、完全主義的な、いい人間であろう、よい仕事をしようという皆さん方であってみれば、ですね、そこに自分の粗さがしのように自分の不十分、人に比べて劣等、あるいは弱い、あるいは不十分、といった感じが見えてくるんですねえ。

 よい人間であろうとすれば、それが自分の中に、あれも具合が悪い、これもまあ人のように出来ないという感じが出て来るんですね。それで極端にいえば死の恐怖というんですねえ。

 で、パニック障害でお分かりのように、この、しっかり生きようと思う時に、もしもこうなったら困るという、その不安が強まるんですねえ。そうならないように予防すれば予防したとおりの具合の悪い症状が早速出て来る。という、もうパニックほど困るものはない、ですね。で、なんのことはない、そのパニック障害の状態で皆さんが進まれますと、とたんに治るわけです。

 つまり、用心して、そうならないでおこう。あるいは治そう、と工夫する。自分に対する知的な工夫、考えた工夫が神経症をよびおこすんですねえ。

 ですから、説明概念として生の欲望が強いから死の恐怖が出て来る。という、これは皆さん方を納得させる説明にはなります。

 けれども、治療っていうのは、まともに今の辛さのままで、すぐ早速その社会、その場に必要な事柄、仕事を手始めに、身近なものからしていらっしゃる、という、それでよろしいんですね。

 ですから、説明概念を治療に使うというのは、もう馬鹿げた話でありまして、ここでは、「あるがまま」という言葉を言わなくて済む。

 森田療法では、「あるがままに症状を受け入れて、なすべきことをなす」というあれだなあと、皆さんこう思われる。そういう、分かる形の森田療法っていうのは、分かるということに終わってしまうんですねえ。

 そうではなくて、自分というものが、皆さんのお考えの中から一瞬にして消え去るような仕事、あるいは行動、あるいは表現、態度ですね。仕事への取組み、あるいは、さっきの精神作業としての気配りのように、ですね、その場その場の十分な緊張のもとに、すばやく今なにをしなければならないか、ということを考えて進んでいらっしゃる、それが、はじめて本物の全治の現われる瞬間であるんです。

 ですから、治すためのいろんな準備、あるいは計画ですね、そういう治すためのそれが、かえって逆に邪魔になりまして、ですね、自分にとっての計画も準備も、なんにも要りませんから、実際生活上の十分な取り組みをなさっていただきたい、ですねえ。

 それはもう皆さん方、けっして今予想して、たぶんこうだろうと思っていらっしゃる、そのこととはもうまったく、天と地ほど異なるもので、実行を何が何でもなさる皆さん方におかれましては、間違いない、その場その場の全治が、計画や予測に関係なく、つまり心に関係なく皆さんの生活ぶり、お仕事ぶり、勉強ぶりの真っ最中に、そこに現われますので治らないでいらっしゃることができないんですねえ。これが、ほかの療法と森田療法のきわめて大きな、格段の違いであると、いってよろしいです。

 こうすれば治りますというふうな話は、だめなんですね。そこのところを、よくお分かりいただきたいと思います。

 それでは、今日の講話はこのへんで終わります。

    2013.1.30


宇佐晋一先生 講話


歴史をこえる 



 はい、こんばんは。たいへん失礼をいたしました、それでは講話をいたします。

 問題になってるのは自己意識。つまり自分が見た自分と、他人が自分をどう見ているかということについての意識。これが、いつにかかって皆さん方の、今晩の治られるかどうか、のるかそるかの大事な土俵になっているんですねえ。

 ですから他者の意識。つまり他人、それから他の動物、また植物、あるいは数字を使う計算、その他事業やいろんな仕分けや一般社会の科学、政治、経済、教育、文化、なかで芸術だけは外さなければならないのですけれども、そういった一般的なものが、今までどおり皆さん方の日常の大事な取り組まれる課題、あるいはお仕事、勉強である点に問題はありませんです。

 そうしますと、あれだけ広い悩みや神経症の問題が、ひと握りということになりまして、そこで今晩の講話が皆さん方にすぐお役に立つというのも、複雑多岐にわたるようなこの神経症問題も、もとをただせば皆さんご自身でこの日本語をお使いになる。日本語の文法をお使いになるという、そこに極まるんですね。

 それだけの話で、もし日本語や日本語の文法がありませんでしたら神経症は成り立ちようがない。それは英語でもフランス語でも構わないのですけれど、とにかく日本語のようにうまく普通は操れませんから、神経症もいい加減なフランス語の神経症、英語の神経症ということになりまして、まともな取り組みにくい相手ではなくなるだろうと予想しております。

 ですから簡単に今晩の勝負について申し上げれば、それは道具としての日本語と文法を、皆さんが一切お使いになることなく、ここに酸素が全くないところでの炎が、もうたちどころに二酸化炭素の充満している中で消えてしまうというように、神経症の成り立ちようがない。もう消えるほかありませんのです。

 その、なんか森田理論というものを唱えた人たちは、決して森田先生がそんなことおっしゃってないのに、戦後になってから、理論学習で治るというような具合の悪い治し方を系統化しまして、そういうことを一生懸命教育しているというような塩梅で、それではどこまでいっても知ることの範囲内ですから、自己意識というものが消える時がない、ですね。自己意識とともに神経症が成り立っているんですから、自己意識が消えない以上は、徹底した治った状態、森田療法における全治というものは望むべくもありませんです。

 ここでは理論的な学習ということを一切いたしませんし、森田先生の時以上にはっきりしてるのは、非分析である。

 森田先生は非分析治療で、精神分析とながらく対立して、その論戦が日本精神神経学会の名物であったといわれるくらいの伝説が残されておりますので、その非分析、分析でない治療であることは明らかですが、それ以上にここは非分析でありまして、決して皆さん方の、加えてなお分析しようとされるお考えを脱線としか申しません。

 これ以上に、ご自分の心の状態を分かる形に置き換えて、抽象的論理的に描き、それを実像、本当の姿であるというふうに誤認されるということは、もう今晩限りおやめになったらよろしいですね。

 そうしますと、今晩限りの次は何かというと、もう全治しかないんですね。だんだん治るということはありませんので、もう神経症の隣は全治。悩みの隣はいわば幸福と、いう。まっ、努力即幸福と1927年に森田先生が、お書きになった額がそこに、廊下にかけてありますとおりで、努力したらそれから幸福になってくるんではなくて、努力している、まっ、私が皆さんにこうお話していることが、もう私の今晩の今の幸福そのものであるんですね。

 ですからこんな結構な療法はありませんです。その、ほんとうの結構さが皆わからんものですから、あれだろうか、これだろうかと、いろいろ考えて想像して、その療法上の見通しというものをはっきりさせようとしていますが、もうはじめから「あるがまま」という森田療法の中心的課題は、見通しを持たないものなので、治るとか治らんとかから離れているんですね。

 治ると聞いたら飛びつき、治らないといったらそっぽを向く。というふうな今までの皆さん方の取り組みとは全く違って、そんなものに関係のない、今の本治りというそれが、実際の生活、仕事、勉強の真っ只中にのみ現れて、ですね、それがその都度、今の皆さんの仕事ぶり、働きぶり、 勉強ぶりと共に常に成り立つんですね。ですから、それをおやめになると途端に今までと同じような状態がやってくるわけでして「ああまた後戻りか」と、そんなことはない。その次の、後戻りの次は、もう全治のやってくる瞬間であるんですね。

 ですから、いくら後戻りしようがどうしようが一向構わないので、どっちにでも、なるとうりになっているのが全治です。という、前の院長のが一番確かな皆さん方への保証であります。

 神経症にまたなるときは、なるとうりになっているというのが本治りでありまして、皆さん方のように治る状態ばかりを目指して、そのための努力を惜しまれない。というのは、いわば目標が自分の治ることにどこまでも向いているという、決定的に治ることを妨げる考えであるんですね。 

 ですから全治の状態。本治りというのは、目標が必ず皆さんの離れた外にあること、ですね。

 それから、それが他の人にとって、あるいは動物にとって、植物にとって、あるいは無生物にとって、じゃあどうなのかというと、究極のところ、それが何々、誰々、それらのためにという事から離れて、ただその大事な働きのみがある。というように、なんの縁もない。そこに見事ないい行いが今ただちに現れるというかっこう、これが本治りの良い状態ですね。

 こういうのを縁のない、素晴らしくいつくしみのある状態。と言いまして「無縁大悲」。ちよっと今、いつくしみといいましたけれど「悲」、無縁の大悲。縁の無い、大いなるあわれみです、失礼しました。慈悲の「慈」という字が出て参りますと、これはいつくしみですね。

 「悲」っていうのは、悲しんでるんではなくて、これはあわれみです。ですから外へ向かっての同情ですね。あるいはお世話、あるいは対象に対して尽くしていくこと、サービス、すべて入ります。

 医師会で、まだ昭和のころにレクレーションで、観光バス一台で、京都のずっと北にあります、大悲山峰定寺という平清盛が建立した山の中のお寺に行ったことがあります。昔と今とずいぶん行き先が違いますね。

 平安時代末期のお寺で、それは大変高い山に清水寺のように舞台を組んだ、舞台を組んでいるところは必ず観音霊場なんですね。それは仏教でいう補陀落山という山に観音菩薩がいらっしゃって、33種類の変身を遂げて、今困ってる人に、ただちに助けにいらっしゃっる。ということを踏まえてのお寺の構造ですから、すべて舞台と言われるあの突き出た崖の上の構造物があるんですね。そういうのを懸崖造り。これは脱線ですけど、とにかく崖に懸かっていると書いて懸崖ですね。懸崖造りと申します、はい。

 で、この大悲山峰定寺というのは、鞍馬なんかよりも、ずーっと北にありまして、近づきましたらバスガイドが、どんな勉強してきたのか知りませんけど「なんともあわれな物語のあるような場所でございます」といったんですね。そんなん大違いで、そうじゃないんですね。これは、あわれみ。でありまして、人々に深くこう事情を察して同情する気持ちですね、これがあわれみです。これはいい精神作業です。

 どうも他の森田療法では精神作業を取り出して非常に重要視するというところは見当たらないのですが、ここは皆さんが他の方に同情なさる。というだけで全治と認めます。あるいはただ気の毒だというだけでなしに、どうしたら助けてあげることができるか、ですねえ。そういう具体的な ことを頭で考えていらっしゃる。というその計画の点でもう立派な精神作業です。

 また、退院される方を皆さんが大いにお祝い、祝福されます。これも良い精神作業ですね。その反対に私は昨日、精神科の病院の院長格の、よく活躍された方が亡くなられて、お通夜に行っておりましたんですが、そういう、お悔やみ、あるいは亡くなった人のことを追慕する。そういうことも精神作業です。それから人の困っておられる失敗を、気を落されませんように十分同情し、慰めるということも、そうですね。 

 精神作業っていうのは、おろそかにされがちですけれども、十分皆さんの立派な本治りの場面を作り出す大事な事柄です。

 ここでなさっています、写経をはじめとする手先のこまごました、ものを作り出すということも、それはいい作業で、その作業と治ることとは全く同一の事柄で、瞬間でいえば同じ瞬間ですね。

 作業してから、ぼつぼつ治ってくるのではなくて、作業してすぐ本治り、作業しているというその状況において、これ以上ないといういい治り方が実現するんですね。悩みの解決もまた同様です。  

 ですから第1期療法から第2期、第3期、第4期と順序よく整えられ並んでいるように見えますけれども、それは段階的な治り方を示しているあらすじではなくて、ですね、第1期で治り、第2期で治り、第3期で治り、第4期で治ると。その順番を全く逆転してもいっこうにかまわないです ね。学生さんが試験も近いということでしたら、第4期を先にして、それから第3期、で、第2期、第1期というふうにしても別におかしくはないんです。

 全てに通じて申すことができますのは、心に関係なくその場にふさわしい行動をする。ということですから、心はご自由。森田療法ほど心が自由に、そのまま持ってることのできるものはないです。

 他の療法は皆、今の心の持ち方は悪いから、心の持ち方を変えましょうという療法なんですねえ。

 精神療法といい、心理療法といい、それは呼び名が変わっても同じことで、精神療法というとそれは病院で健康保険で受けられる。心理療法というと臨床心理の人がされるので、健康保険に関係がありませんから、高い料金がいるという違いがありますねえ。 それから健康保険は厚生労働省の管轄ですし、心理療法は文部科学省の管轄。えらいその背景が違ってくるんですねえ、やってることは一緒で。

 あともう一つ宗教。そんなややこしいことまで一緒にいっててくれるなと、皆さんからいわれそうですけれど、この森田療法を今晩、身につけられたら、今晩、宗教を身につけられたのと全く同じでありまして、ここで40日を過ごされれば、宗教のからくりっていうものが、その手の内が全部わかってしまうんですね。

 ですから、もうあの大きな教団というものがね、どうして、あんな形で揺らぐことなく膨張して、つまり、だんだん大きくなってきますねえ。そういう、ほんと不思議な話で。

 宗教っていうのは、皆さんの今晩の、今の心をなんとかしようとしておられるのをやめさせて、それを良いとか悪いとかでなしに、このまんまほっといて、それで大事な皆さんの今晩の生活をなさるという、そこに自己意識の中を最もいい形で処理していくのが宗教の役割です。 それで自己意識の中の自分対自分の問題でありましてですね、なんかもやもやして、非常にこのわかりにくい、まっ、それはお経もあり、いろんな経典があり、そして、いろいろこうだああだと教えられる。なんか別の、ややこしい世界のように思われますけれども、自己意識にどんなことをしても、全部それは脱線で、そういう、さっき日本語と文法のことを申しましたが、分かる形に置き換えるということは全て抽象的論理的に組み直したものですね。だから実際の具体的な心の事実を全て離れておりまして、時にはそれを抑え、時にはそれを形作りして、結構自分の都合のいい心に作り直しをしようとされる。

 例えば、不安を安心に置き換えようとして薬を飲まれる。というふうなことは皆この療法からすれば脱線でありますし、宗教からしてもそれはおかしい。おんなじことなんですね。その森田療法でいおうとしていること、つまり、言葉と文法を、すっかり自己意識の中に持ち込まずに、人間 の知性、知能、知恵というものは、全て外向きの道具としてお使いになるということですねえ。

 知的な能力が、人間ほど発達したものは、これまで長い生物の歴史の中ではなかったので、それは生活を、あるいは社会っていうものを今日のように立派に発達させる。ということで、他の動物と違った文化を築き、人類の発展はめざましいものがあります。

 けれども心の問題は、常に一からという、それは皆さんでも、ご両親さんから受け継がれるすごい大事な事柄によるのかっていいますと、そうではなくて、心の問題は、必ず皆さん一代のものでありますですね。

 教わって上手くいくっていうのは、皆さんから外の他者の意識、他人、他の動物、他の植物、他の事柄についてのことで、教育というものは、そこに大きな力を発揮するんですね。ですから自分対自分の問題、自己意識の問題に教育が大きな力を発揮することはありませんですね。

 こういうことをきっぱり申し上げておきませんと、何がなんやら、もう社会の事柄が、ごっちゃになってですね、で、もうおわかりのように宗教に教育っていうのは、ありませんのです。 

 こういうことをはっきり申し上げたら、どんなに皆さんのお役に立つだろうと、こう思うんですね。物事が、きっぱりしておりまして、人間の知恵、知能、知的能力っていうものは、全て外向きの発展をしておりますので、外向きの仕組みとして考えていただいて結構です。

 ですから今その用事が、本当の知能の守備範囲でない自分自身を対象に、何が何でも解決しようという悩みの解決に向かって間違った使われ方をしているに過ぎないんですね。

 それはまた同時に、宗教のまた最も嫌うところでありまして、宗教っていうのは、自分についてひと理屈こね回したらもう到底救われない。必ずそれは失敗に終わりまして、自分についての事は、全部神様仏様にお任せする。というふうにいわれるに違いない、ですね。

 こうやって見ていきますと、森田療法も宗教も、森田療法は科学的な医学的な精神療法ですし、宗教としての心のあり方、強いて言えば宗教心理学という分野がありますが、ともかく一般社会常識から離れた奇妙な論理で特色づけられた別世界のように思われている。これはある意味では正しくて、その論理を超えた、論理の役立たない、あるいは別の種類の論理の世界である。というふうに特色づけることは大いに結構ですね。ということは普通の考えを心の問題に持ち込むっていうことが防がれるんですね。

 皆さんは、普通の常識的なやり方を心の問題に持ち込んで解決に骨折っておられるというので、上手くいかないんですね。

 種明かしをすれば、もう実に簡単でありまして、皆さんの、これまでご両親から教わり小学校、中学校、高校あるいは大学というふうに勉強してこられたのは全て人間の知性の働きの対象になる他者、他の世界ですね。他人、あるいは他の動植物、その他の事柄に対して、もう例外なくどなたも科学者として、それを客観的によくとらえて、まっ、簡単に言えば実験的ですね。皆さんご自身からそれを体験してきておられた。ですからその証明というものは、一人皆さん方のみならず、どなたがなさっても同じ結果が出る、というふうに証明できるんですね。言葉として実証的である、ということですね。

 英語が流行って、エビデンス。そういう医学でも実績がものをいう、想像で予測していうているんではなくて、まさにこういう実際の成績がものをいうんですねえ。

 ところが心の世界もそうかというと、全く違いまして、心の方は全然論理が異なるんですね。ですから扱いは常識的であってはなりません。合理的であってはなりません。また理論的であってもなりません。それを森田理論というものを組み立てて、この学習で治るというのは全くの不見識と言わざるを得ないんですね。

 前の院長はこの大事な事柄を簡単に、理屈抜き。と申しまして、それで治る、というんです。何も森田理論、麗々しく掲げて、それを学習して、やっとこ治るというものではない。今晩、理屈抜き。それは言い換えれば、論理抜き。別の論理ですね、別種の論理が支配する世界。ですから普通の皆さん方がお考えになる筋道、論理っていうものは役立たない。というそこをはっきり見極め、心に、自分に、あるいは症状に対しては、ほんの少しも分かる形に置き換えた治療戦略。今日、薬屋さんが来ましてですねえ。いろんな、まっ、今日は動脈硬化、糖尿病との関係などいろいろと、いろんな資料を持ってきて、薬の宣伝をしていったわけでありますけれども、中に治療戦略といいますねえ。という言葉がありまして、それは高血圧あるいは、ひところ高脂血症と言われる、今は脂質異常症、脂肪の代謝の異常ですね、コレステロール、中性脂肪、そういったものの話ですが、それに関しての糖尿病との関係を、普通よりも糖尿病だと治療が難しくなる。それに対してどういう持っていき方をしたら良いかという話が書いてあるパンフレットを見せてくれまして、そこに治療戦略という言葉が書いてあって、その人と話して笑っていたんですけども、それはですね、こういう高血圧、あるいは脂質異常症、糖尿病といった、その体の病気、器質的の病気、どこかが障害があるという病気ですね、それならばそれでいいです。

 ところが心の、不安をはじめとする気になる症状。これは論理が全く異なる心の世界のことですから、治療戦略という常識的なあるいは合理的な、科学的な、こうすればこう治るだろうというものが、ことごとく当てが外れるんですね。したがって治療戦略の一つとして森田療法、中でも「あるがまま」という言葉のない世界を皆さんがお使いになりますと、もう到底治ることはありませんです。治療戦略が治るものをも治らなくしてしまう。これは誠に残念な事柄でありまして、今晩、直ちに皆さん方が、この治療戦略っていうものを放棄、手放し、ですね。放棄されまして、それで最も身近な、手近な、ですね。草引き、ごみ拾いから、スリッパそろえ。みなされましてですね、どんどんその瞬間、瞬間、全て全治です。

 私が家に帰ろうと思いましたら、片足が、庭ばき用のサンダルふうのものですけれども、靴脱ぎのそばにあって、もう一つが1メートルほど先、庭にあるんですね、ああいうのはどうやって入られたのか、ですね。ですから神経質、これが神経質かと思われませんか、人のを見て。神経質だったらもっと、ぴちっ、ぴちっ、ぴちっと揃ってないといかんですね。それがこうやって、ぱらっと、これなんやろうとこう思われる。

 よく見学に見えた方が言われる。神経質やったらきちっとなってるやろうと。そやないんですね。自分、自己意識の中だけ神経質で、外が大雑把、あるいはいい加減なんですわ。外のことに神経質にされれば、もう間違いなく全治ですね。

 で、ここの東福寺の僧堂、これはお坊さんの教育機関ですね、修行の道場です。ですから看板はそこへ行ってみますと、東福専門道場と書いてあります。 

 道場っていうのは、本来皆さんが、柔道とか剣道とか弓道とか、ですね、そういう武道の道場のことかと、すぐ思われますね、それは江戸時代にそういう形のものが流行ったからですね。けれども本来は鎌倉時代の昔から、道場といえば坊さんの修養、特に禅の修業の場所をそう呼んでいた。ですからみちと書いてあるんですね。

 道場っていうのは、長い私どもの昭和32年、1957年から今日まで53年間、こういう講話をしてまいりましてですねえ、最初、訳に困ったんですわ。もっといい訳はないか、もっといい表現はないかいろいろ考えて、これはみちを極める場所であるというふうに訳すに至りました。

 ここに、歩々是道場(ほぼこれどうじょう)。と書いてあります。一歩一歩が道を極める道場である。失礼しました、場所である。

 道場ってのは、したがってあれ、剣道場とか弓道場とか柔道場、道場ってのは、どうですかねえ。みちを極めてますか、どうですか。うーん、えー、まっ、そのほか合気道の道場がありますね。いろんなのがありますが、みちを極める場所っていうのは、これはやっぱり皆さん方、ここがその重要文化財でありまして、ですね、それほどのことなんですね。

 それほどっていうと、なんだそれだけのことかといわれそうですけど、それほど重要な場所であるんです。したがって、東福専門道場というてるほうが、本来の使い方ですね。ですから、なんとかの弓道の道場などというてるのは、ちょっとその違うんじゃなかろうか。

 武士道、どうだという、そうですねえ、何でもかんでもどう。と、こういいますが、ほんとにみち。極められるべき悟りに相当するみちどうっていうものが、そこで明らかにされているのかどうか、ですね。剣道、弓道、柔道、合気道、そこでどうっていうものがどう受け取られているのか、ということが肝心ですね。

 で、このどうっていうこれが究極のものであることは間違いではないのですし、森田療法でいったら究極のものは、言葉が出てくる前の「純な心」ですね。

 あるいはそれは、五つのひらがなで表される「あるがまま」。前の院長は「そのまま」という言葉の方をよく使いました。これみんな同じもので仏教でいうほうですね。

 ここは科学的な医学の治療をする施設で、仏教を身につける場所ではないと思われるかもしれませんけれど、仏法っていうのは、何者かではない、何かでないんですね。何かがあると思うので脱線するのでして、まさに皆さんの今こうしていらっしゃるまま。このとうり。そのような状況をほうと、こういうんですね。ですから抽象的論理的に一切論じてはいけません。分かる形に置き換えて、それで治ったということはありえないんです。

 で、再発を非常に心配されますが、本治りっていうのは、いつも次の瞬間、皆さんが実際の生活をなされば、それが本治りですから、いくら再発しようがいっこうかまわないのでして、ただ聞いたとうり、そのまま、心そのままで今肝心な仕事、生活、勉強についての前進を怠りなくなされば、その瞬間、瞬間は、間違いない本治りです。ですから心の中は、どんなに後戻りしようと、再発しようと、それが問題になることはありませんですね。それはご自由ということですね。心の中は、再発し後戻りしたままほっといて、実際の生活を間違いなくしていらっしゃるという、その瞬間、瞬間が本治りで、それ以外にありませんです。

 どうもその、2,400何10年前という、おおかた2,500年前、インドのお釈迦さんの頃、悟りを開かれた事実っていうのは、極めて明白でありまして、ですね。後にだんだんだんだんその細かく分かれていくその教団がですね、いろいろ、なになに派、なになに派とこう分かれていく、そこからがややこしいんですわ。あんまりややこしいんで、いっぺん皆んなで集まって結集、こう聞きました。私はこう聞きましたっていうのを、こう整理し直すんですけどね、またブワーっとこう分かれるんですねえ。

 ですから一番最初、日本で6世紀のはじめ、その、今は538年に仏教が伝わった。6世紀の538年ですね。ということになっております。そういう百済から伝来のそれ。それから8世紀になって、どっとたくさんのお経が、中国にあの孫悟空で有名な玄奘三蔵が持って帰って、それを中国語に訳す。これは一番たいそうな訳が行われて、その思想が大きく伝わったんですね。

 それから、その中の浄土教が日本に強く平安時代の末に影響を与える。それから鎌倉時代には新仏教としての浄土真宗、禅宗、一遍上人の時宗、融通念佛宗。そういったものがどっと出てくる。それでその平安時代の密教がありますねえ。天台宗と真言宗という、その辺でいっぱい非常に難しい教学ですね、仏教の学問の方が、お坊さんの修行には欠くことのできない学習的な要件となりまして、ですね、お坊さんであることは悟りを開かんなりませんが、十分な教学の複雑な深遠な教理を身につけなければならなかった。つまり勉強しなければならなかったんですね、大変なことです。

 弘法大師も伝教大師も唐の今日の西安市、西と安心の安と書きます。昔の長安の都に勉強しに行ってるんですね。もちろん修行もしたんですけれど、そいうたくさんのものを受け取って日本へもたらした。そういう功績があるんですが、いかにも仏教といえば勉強が主体のように思えてしまうようになりました。

 ところが、もとに帰ってみますと、なんのことはない。心を今のと違う別の心にするという自己中心的な自分の気持ちで、もっと安心したい、もっと癒されるものを持ちたい。もっと明るい気持ちでいたい。そういう人情から別の心を求めるようになるんですね、それをピタッとやめさせるのが本来の仏教の肝心な役割であったんですね。

 ですから悩みを聞いて、それじゃあこうしましょうというのはもう、すべて後手後手に回った下手なやり方で、仏教では、そんな、あなたどんなことで悩んでいますか、というような話ではないのです。従って仏教カウンセリングという立派な本がありますけど、そんなのはどう考えてもおかしいので、仏教にはカウンセリングなどひっつくはずもない。で、森田療法、私にカウンセリングありますかと、こう聞かれますね。いろいろお話しして、診察を済んでからカウンセリングありますかと。森田療法というのはカウンセリングに反対しているわけですからねえ。それがてんとわかってもらってない。無理もないことでしょうけどね。精神療法といえばカウンセリングだと思ってしまう。

 でその、悩みがどうで、こうで、どういうことがあってこうなって、という、そういうことがもう一切ない。

 つまり分析的な、その、心の歴史によって刻み込まれて抑圧された心が、普段は表に出てきませんけれども、中でこう、うごめいて悪さをする。というような考え方は、ですね、第2次大戦後にヨーロッパからアメリカを回って、ぐるっと一回りして入ってきて、たいへんな勢いでした。けれども今はもうそんなん気をお使いになる必要はありませんので、もっともっと早く、あっというこの声を出す瞬間もいらない、ですね。精神分析は3年、十分に治療しようと思えばかかる。3年というのは、もう1千日を超えますねえ。その費用たるや膨大なものですねえ。精神分析というのは、だいたい高いものと相場が決まっておりまして、ですね、私は精神分析を受けています、というのは一種の自慢なんですね。

 1952年に森田療法を知って、なんとかその人たちと話し合いたい。たまたまニューヨークで禅の集まりがあってですね。鈴木大拙という大先生が、文化勲章を受けた大谷大学の名誉教授ですが、その禅の先生が開いておられる集まりに関心を持って、それでカレン・ホーナイさんという相当年を取られた女性の精神分析家で、元はドイツからアメリカへ移った人なんですが、その人が昭和27年にこの京都へ来られて、前の院長もよばれて、今日のウェスティン都ホテルのロビーで夜遅くまで話し合ったということがあります。

 ここでしたら、皆さん時間というものがないんですねえ。治るのに時間を必要としないからです。ですから、なんとかそれをいおうとして瞬間的というてるんですね。瞬間的全治と。ですから1秒かかったらそれは全治ではないんです。時間的な1秒という、この、1秒前と1秒後が比べられる状況では全治ではないんですね。

 皆さん方が、今の次の瞬間がいつも全治であると。こう見ていただいて間違いないです。次の瞬間は皆さん生活、仕事、勉強しておられるからですね。去年あたりから私は「次は外」と皆さんにお話しして、特にその、素早く皆さんの外の仕事に取り掛かられるように、ですね。ちょうど「鬼は外」という、都合のいい言葉がありますから、それを真似て「次は外」とこういうんですね。その外っていうのはもう治っている見事な瞬間です。

 ですから3年間もかかる。お金も膨大なものがいる。というような精神分析ともう比べるべくもないです。

 あの第1期療法の最初の1週間で、皆さん方が還元法と右下に書かれたあの文字をどう読んでこられたか、ですね。元にかえすという、還元ですね。それは人間としての一番元の状態、生まれたての赤ちゃんですね。それが出発点、この森田療法の精神生活の出発点である。それはもう間違いなく日本語を知らない。日本語の文法も知らない。ですから抽象的論理的な考えを組み立てることができない。そしたら神経症は成り立たない。というところに目をつけたものです。

 言葉がそういう考えを組み立てる役割をしない状況におきましては、これが自分だというイメージはそこには絶対、描かれないんですね。自分がどのようにも決められない。というそこになんの見通し、なんの予測がたつか、ということですね。

 神経症は予測の上に成り立った病気のような状態で、将来を、まっ、当然のことながら、たいへん具合の悪い見通しで、そうなったらどうしょうということですね。不安というのは、見通しの極めて悪い状態です。学問的な定義では、うまくいくようにも見えると、けれどもうまくいかないようにも見えると、その割合は問いませんということですね。

 その、だいたいこの推薦入学で大学へ入れるとおおかた決まった。でもほんまに1%でも、ひょっとしてうまくいかんことがあるかもしれませんと、そういわれると、そこに不安を生じますですね、そうです。宝くじでも当たるか当たらんかが決まる前っていうのは、もう大方、当たらないだろうと予測はしているものの、まっ、不安ですね。つまり決定的なものがない。で、見通しに関係があるところに不安、あるいは神経症の大きな成り立ち上の要素があるんですね。

 ですから、その、治療っていうものは、世間では一般に、答えをその人に代わって出すということが一番親切なようにいわれておりますが、それでいきますと、何べんでもその相手に心配なたびに聞く。不安が出てくるたびに確かめる。というふうに誰かが必要になるんです。ですから普通、神経症っていうのは二人三脚みたいに誰かを頼りにして、誰かにもたれているんですね。これはもう依存的であるという一言で表現できる事柄ですが、それはもういわずと知れたことながら、他人の言葉が必要なんですね。答えが必要なんですね。確実な見通しを持っている、権威ある人の一言が必要なんですね。お分かりのように。

 それが、何から何まで要りません。というのが第1期療法。第1期療法でどなたもあれが全治だったんです。そうは思われなかったでしょうけれど、ただ心配ばかりに明け暮れしたというような第1期療法、あれで全治なんです。仕事はどんな仕事をしたって、寝ていなさいと言われて朝から夜中まで寝ていたという、あれが実行、実践、生活そのものなんですね。

 心はまったくご自由で、心にもないことをした。それが全治なんです。

 で、心にもない。というとお世辞などを考えますね。心にもないお世辞をいうと。そういうふうに心と関係なく今必要な、お世辞はまあ別として、とにかくいい役に立つ、大事なことを皆さんなされば、それが全治です。

 心に基づいた、いわば自己意識の中から割り出したやり方で乗り切ろうってのは、絶対うまくいきませんですね。

 そうしますと、見通しのない前進でいいんです。自分にこうすれば治るという見通しを持たないで前進なされば、言い換えれば振り返らない、ですね。決して振り返ってはいけませんと、そういうことです。

 京都の方はいつも少ないですねえ。ここにいらっしゃるのは遠いところの方ばかりですが、嵐山の京福電鉄の終点から西へ渡月橋、月を渡る橋という渡月橋を渡って、その西にちょっと小高く虚空蔵菩薩をまつったお寺がありまして、そこは13歳になると子供を連れて参るので有名で、十三参りといいます。そこへお参りして帰りに知恵を授かって帰るのだそうですが、渡月橋を東へ渡るときに渡りきるまで振り返ってはいけない。一般にそういわれていて、子供が後ろに振り返りたいんですけれども、そこは絶対振り返らずにまっすぐ京福電鉄の終点の方へ歩いてくる。そこの左側が天龍寺ですね。まっすぐそのまま行けば嵯峨釈迦堂清涼寺に突き当たります。

 はい。で、ともかく振り返らないというのは非常に大事でありまして、振り返ることは歴史性を持つ。外の歴史はもう動きませんです、決定的ですね。

 ところが皆さんの心の歴史っていうものが、同じようにあると思っていらっしゃるのは、引っかかった考えで、歴史っていうのは、心の歴史は見事にこえられる。それが森田療法の一大特色です。

 森田療法で皆さんが、今晩全治なさるということは、歴史をこえた状態。歴史というものにとらわれない状態というていいですね。


    2010.7.21


宇佐晋一先生 講話

生きることと死ぬこと 



 はい、たいへんお待たせしました。 どうも、それでは講話を始めます。

 だいたい不安さえ片づきましたらですねえ、あとはいうことはない。 というふうに、ひょっとして思われるかもしれませんけれどもですね、 安心という皆さんが、これさえあればと思っていらっしゃるその安心を解決なさらないことには、完全ではないんですね。

 安心なんか解決しなくてもいいと思って、どなたも安心に対しては何もなさることはないです。それと同じように、とにかく今お話しようとしてますことは、ちょっと先回りして申しますと、どの感情もですね、安心も感情ですよ。 不安も感情。ただいわないだけですね。不安感情といいません。安心も不安も感情です。感情という感情はいずれもまったく同じ扱いをなさって、けっして依怙贔屓をなさってはいけません。そんなこといわれなくても、と思っていらっしゃるでしょうけれども、皆さんほど依怙贔屓しておられる方はありませんので、安心ばっかり大事がってですね、不安をもう毛嫌いしておられる。というようなこれは依怙贔屓以外のなにものでもないです。

 で、感情をすべて同じように扱っていらっしゃればもう森田療法をお受けにならなくても、この世界中、 日本中だれよりもすばらしくて、 お釈迦さんに並ぶほどの人です。

 お釈迦さんが偉いということは皆さんより、まっ、例えばパソコン一つできる方ではない。物理学が分かっていらっしゃる方でもない。地球が自転して自分で回っていて、それで太陽は動いていないということなど根っからご存じないですね。

 どうして偉いといわれているのかと申しますと、そんなこといわんでもいいわけですけれど、やっぱりこれは自分自身に、内向きに、つまり心に対してもう用事がなくなった。そういうところにすばらしい悟りを開かれた。

 森田先生流に申しますと、ここにも「事実唯真」もっと正確に読みますと、「事実のみただ真なり」ですねえ。それをよく今から2千400数10年前に発見された。そういうところに偉さがあるんですね。それはほかならぬ、どの感情にも公平で依怙贔屓がないということで。ですから皆さんが、この講話が終わるまでに、つまり、もうこの今の一瞬にお釈迦さんに並ぶ方になられる。つまり、そういう偉さの方におなりになるということは十分可能である。ということを私が保証いたします、ですねえ。

 普通世間では仏教徒、お坊さんでもお釈迦さんを別格扱いにしますね。ぱあーっとものすごく特別偉い人。そういうふうに、それはだいたいどの宗教でも開祖とか宗祖、宗祖という言葉はあまりお聞きになりませんか。

 京都の大谷大学へ行きますと宗祖、つまりその宗の最初の人。この場合は親鸞聖人ですけど、そういうふうにこう最初の人を非常に高く尊ぶという傾向がありますですね。 そうしますと、後の人はそのお坊さんの修行された事柄に助けられ導かれてまたその後に従う、あるいはその流れにつらなる。ということになりますとですね、ますますお釈迦さんという初代の人に対しての距離感が大きくなるんですね。つまり間にたくさん挟むほど遠く高くなってしまうということで、とても我々はおよびもつかないと、こういうふうに思ってしまうんですね。

 ですから私の今の講話のようなのは、まったくその不遜、不見識ですし、その、もっときつくいいますと不敬である。つまりお釈迦さんに対してご無礼であると。こういうふうになってしまうんですね。そうしますと、お釈迦さんみたいに偉くなったらいけないみたいに、これおかしなもんですねえ、お釈迦さんみたいになってこそ本当に心の問題が、ちゃんともう見通せたことになります。同じ体験者として皆さんが並んでいらっしゃる。にもかかわらず、そういうことが悪いことみたいに、お釈迦さんと同じだ。というと、その、なんか不遜な、驕慢とか、傲慢とかですねえ、増上慢。増という字と上そして自慢の慢と書きまして増上慢。つまり自分が偉いというふうに思う、それは悪いことである。と、そういうふうになって、 お釈迦さんよりお坊さんが至らない。で、我々はお坊さんより至らない。というように、こうだんだんだんだん離れてしまう。肝心なものがもう雲の上みたいになって、身近な手近なものと思えないんですね。

 ところが森田療法ってのは、そういうことがありませんから、ぱっとその本物が瞬間的に手に入るんですね。 そうしてよく見ますと、本当はそれはお釈迦さんの目指されたものでありまして、前の院長は「お釈迦さんは神経質者の大先輩です」はっきりそう言い切っているんです。ちょっとびっくりされるかわかりませんねえ。

  しかし、同じその不安を皆さんと同じくらいの熱心さ、いや、ひょっ としたら、もっと神経質的にその完全を期して一生懸命されたかわかりませんが、追求してですね、どうしたら不安が消えるかということに6年間を費やしたというのですから、まあ、その神経質ぶりがよく伝わってまいりますですね。

 世間ではそういうことは分かりにくいですけれども、皆さん方は「あっ、これだ」というんですねえ。つまりこの皆さんの誰にも負けないその追求の熱心さ。あくまでも完全に理想的な状況に到達できなかったら、これはだめだと。

 これは本当に尊いことでありまして、森田先生はこれを神経質理想と呼んで、普通の理想と違って非常に高級なものと考えられたんです。 だいたい森田先生以外、あるいはそれ以前はですね、この健康な人がいてその神経症、そのころ神経衰弱といってました。つまり弱いとかですねえ、それから耐えられないほうのこの脆さですね、そういうふうに置いてたんですね。で、もっとその客観的な障害がある場合は、これはまあ病気ですわねえ、精神の病気ですね。 そういうふうに考えていた。

 ところが森田先生は普通の人よりも神経質の人のほうが優秀であると、神経質優秀論といいます。森田の神経質優秀論。これはあんまりここでお話したことがない話ですが、それくらい人間の良い状態を、つまり狙いが高い。いい状態を目指すというのは、普通では気が済まないんですね。平凡というのは、なにも平凡が悪いことはないのですが、平凡では気が済まない。皆さん方はそうです。そこが神経質理想の素晴らしいところで。

 ですから尊いものとかですね、孔子風に申しますと徳とか仁とかですね。そういう人間として、はっきりさせておかなければならない、そういう道徳でいえば徳目。そういうものがはっきりしてないといけない。つまり、簡単にもうしますとね、 俗、通俗とか世俗とかいいます、俗っぽいほう、 これはもうとても耐えられない。つまり具合が悪い、ダメなことであるんですね。ですからこの頃はもうめったに聞きませんけど、達人といいますね。一般、 俗っぽいものを超えて、ひときわ光を放つような、ですね、そういう高潔な人格というものをどなたも目指される。というところに特色があるわけですねえ。

 で、それがなんで悪いかというと、悪いことはありませんので、神経症というのは、とかくその今でも変わりませんですねえ。神経症というと世間の人は病気と思っているわけですから。ほんとは病気でない。客観的障害でない。 強いていえば主観的障害。ということは、ほとんど毎回のように私が申し上げているところで。じゃあ皆さん何を治そうとしておられるか、という大きな疑問があるといえないでしょうか。

 病気でないものを治そうとしていらっしゃる。これが本当なんですね。ほんとに大きい声でいっていいことなんですねえ。しかし、あんまり大きくいいますと健康保険が使えなくなるという、痛し痒しというのがあるんですねえ。病気であるということにして健康保険を使って、治すんじゃなくて修養するという、これはもう最も賢い現代における人間のあるべき姿というものを極めていこうとされる皆さん方の進んでいらっしゃる姿であるといってよろしいですね。

 お寺へ行って、ちょっと修業したいんですけど。といって健康保険を持っていっても使えませんけれど、それはさすがに、その病院というのは名ばかりで病院の体裁をとっていますけれど、ここも健康保険で皆さん方の修養をお助けするんですね。いや、まったくこれ、その事実を申し上げ、おおっぴらにしてなにもおかしくないんですけど、神経症を病気であるという前提のもとに組み立てられている世間の考え方からしますと、ですね、やっぱりここは治すところ、病院であるというふうに看板を出してるほうが、とおりがよろしいですね。で、そこを間違えないように、ですね、病院だから治すんだ。健康保険が通用しているから病気なんだ。という意識が、非常にこの治療に邪魔する。ということはもう間違いないですね。

 どなたかおめでたく退院される。まっ、最近続々とご退院が続きまして、ですね、ほんとにうれしいことですが、うれしい半面、こうちょっと、ねたましいという気持ちもあって、ほんとに治りましたか。というような、そういうこと聞きたくなりますですねえ。ということは病気である。それは治さなければならない。病気であるのに治さないでおく手はないと。そういうお考えがどなたにも潜んでいるんです。ここのところをはっきりしないといけませんですねえ。

 うつ病は病気です。昨日も診察を受けに来られた方に、もうその、「病気でないんですか神経症は」という、そんなんですわ。ほんとにねえ、これ、「うつ病と聞いてきました」と、その人は一生懸命治すのに熱心で、あちこち回っておられる。うつ病といわれて、まあまあこんな話もほんとうに脱線なんですけどねえ。抑うつ神経症なんですねえ。神経症で悩んでられたら前の院長はね、だれもそんな明るい気持ちにならないと。そら神経症で明るい気持ちの人はないわけですねえ。だから抑うつ状態です。それは、うっとしい憂鬱、あるいは気力が低下する。なにもやる気がしないとかねえ、そこだけ取ったらもううつ病みたいです。

 ところが神経症の方は、本来の性質である神経質から理想、完全といった状態を目指されますですねえ。そうすると思うにまかせないご自分の調子の悪さ、考え方のすっきりしない、集中できない、あるいは雑念というものが邪魔になって困るとか、そういう障害になるものが目立ってくるんですね。目指すのが高ければ高いほど邪魔者が目立ってくるんですね。

 もういっぺん整理して申しますと、安心を目指せば目指すほど不安が目立つ、不安だ不安だといっておられる方は、心の中が不安でいっぱい。と口ではいわれますけれども、安心を求めることが人一倍熱心だ。ということです、裏返せば。

 ですから不安だけ、抗不安剤という薬を飲んで消してみたから治るかというと、うまくいかない。なんでかというと、安心が解決してないからです。安心を解決することが抜けているからです。

 森田療法は、そこは非常に親切にできておりまして、安心を解決してしまう。

 もうちょっと、正しい表現に変えますと、安心と不安と両方いっぺんに解決するんですねえ。これが森田療法のいいところです。そんなんありません。他の療法で。

 これはもう森田先生のころと違って数多くの精神療法、心理療法、特に心理療法は、いろんな方法が出てきて、どれもこれもうまくいくという主張を理論的にしますですねえ。

 ところが森田療法は理論を使わないですからね。これはもう私が生涯で、はっと思ったほどうれしかったのはですね、自分で気がつかなかったんですねえ。

 東京の方で、森田理論というものを組み立てて、ですねえ、それをもとにして治す。というような理論学習というようなことを始める人が出てきて、それが印刷物になって、ぱあっーとこう全国津々浦々に広がってくる。その時初めてなにか違和感を感じまして、おかしいなあと思って、それはどうおかしいのか、私自身ももやもやしてはっきりわからなかったんですねえ。

 ああそうだ、ここでは理論で治していないなあと、はっきりそれから後で気がついたんですねえ。反面教師といいますか、まっ、失礼ですけど、その反対側のものの具合悪さを見て本物がはっきりしてきた。

 理論で治すんでないんだなあと。これは皆さん方も是非はっきりさせておいていただきたいんですが、そういえば、前の院長は講話のたびに、「理屈ぬきですよ」といっていた。理屈抜きというのは、どうもそれもピンとこなかったんですが理論を用いない、ですね。逆に言葉を置き換えて論理を用いないというとなお徹底します。

 論理っていうのは、わかりにくいところもありますので、まっ、私どもは文法といって、言葉を組み合わせて考えを形作るもの、これは文法ですねえ、そういうものを使わない。

 そういう特色が、すばらしいものとしてあるにもかかわらず、理論を振り回して、ですねえ、森田理論を学習したら治るかのようにいっている。それは学習止まりなんですねえ。知ること止まり。わかること止まりでありましてですねえ。新幹線で東京を出ましてですね、大阪止まり。というふうに、それで、それが目的の、まっ、例えば大阪へ行く方ならそれでいいわけですけれども、ほんとに福岡まで行こうという方には具合が悪いですね。

 その、究極のゴール、終点とはなにか。と申しますと、今日一番のテーマとしております、あれとこれと両方同時に解決する、ということです。

 つまり不安を解決するっていうのは、片っぽうだけの解決で。昔はこういうのを簡単に言い表す言葉があったんですけども、この頃は使ってはいけない言葉になっておりますんで、ようするに片っぽうだけで両方でない。だから不十分だと、そう申しますわけですねえ。

 それは、安心と不安を同時に解決するというのでなければならない。いやそれは、まさにこの療法の一大特色で、片っぽうだけ、例えば不安だけ消えたというふうに思っていらっしゃる。それでいいんだと思っていらっしゃると、根本的に治ったことにならないですね。で、それを、もうちょっと言葉を入れ替えれば、とってもびっくりなさるほどのことになる。つまり、あれとこれというのをね、生きることと死ぬこと、ふつうは生死せいしと言いますし仏教、禅のほうでは生死しょうじと多少読み方を変えますが。

 この廊下の突き当たり、ということは突き当たりでなしに出口ですけれども、木版、木の板がぶら下がっておりますね。で、直日さんが、ぽんぽんぽんぽんと午後10時に消灯の合図として打たれます。

 あの最初のところに、生死しょうじのことは大なりと書いてあるんですねえ。

 で、これは、当院では午後10時であることはご承知のとおりですが、もし9時ごろ、通りが静かで耳をすましていらっしゃいますとね、私どもここで東福寺で鳴らしている僧堂の木版の木の板の音を聞いたものです。

 9時に枕を開くと書いて枕開かいちん、開く枕と書きますね。つまり枕がたたんでありますとこうのばしてですね。たった一畳、畳一畳が生活のスペースですから、そこで棚にのせてある布団をおろし、枕を開いて寝む。

 それでその、着のみ着のまま寝るんです。皆さんも必ずやパジャマに着替えておやすみになる。寝間着っていうのは、昔から着替えるものとなっていますけれど、そんなこと絶対してない人がいる、それは僧堂がそうです。

 昔の軍隊も寝巻きはなかったんです。こんなこと今更なにもただ面白い、そうだったかというだけの話ですけどねえ。それで布団は5月5日の節句の日に柏餅を皆さん召し上がりますですねえ。柏餅は柏の葉にこう包んでありますわねえ。それでこの布団を柏布団といいます。どいうものかといいますと、布団のですねえ、こう半分に寝て、こうやって、これは掛け布団、敷布団と掛け布団は、こう繋がっているんですね。それをこうやって柏餅のようにして間に挟まって寝る、ということです。

 それでその、軍隊の話が出ましたんですけれどもですねえ。文化勲章を受けた末永雅雄という先生はですね、これは奈良県の県立橿原考古学研究所の所長。それを創設した方ですけれども、「敵襲」敵が襲来した。というふうに声がかかったら、ですね、その先生は騎兵だったんですね、元。馬に乗るまで皆さん何分とお考えになりますか、寝てるんですよ今。真夜中で寝てるときに「敵襲」という声がかかって、そしてばっと馬に乗る。ということは、ばっと出られるんですね。その出られる状況にもってくまでにどのくらいかかるか、末永先生によりますと10秒だそうです。10秒でないといかん。まっ、そんなことを折々いっておられたんですねえ。

 ですから、そんな寝巻きって、着ていられないんです。寝巻きを脱いで、軍服を着て、なんかいろいろ装備して、それから靴履いて、まっ、靴は寝るときは脱ぎますけどねえ。とにかく、ぱっと10秒間に馬に乗ってないかんというほどの俊敏さを要求されるんですね。ここでもそういうことがあったら皆さんいっぺんに、もう神経症を離脱、もしくは解脱されますですねえ。

 戦争中にここの入院の方が今よりもっと減った。というのは、ちょっと、おわかりになるでしょう。つまり、この間も外に厳しく決められた状況で、神経症っていうのは増えない。ということをお話しましたですねえ。きちっと、いっぱい決められているという。韓国の話から、あるいは儒教的な生活から、その話の続きで申し上げたところですけども。軍隊っていうのは、むちゃくちゃに厳しいですから自分にかまってられないんですね。この靴は自分には大きすぎます。というようなことを言うたら「足を靴に合わせろ」というような、軍隊っていうのはおかしなものですけどねえ。

 で、布団なんかないんですねえ。寒い冬に布団なしでどうしてただろう。と思われるでしょうが、結局、毛布ばっかりなんです。毛布の枚数が増えるだけですね、寒くなったら。その、ふかふかとか、ほかほかとか、そんな感じ全然ないんですね。枕はありましたです。なんかわかるような気がなさるでしょうかねえ。

 ようするにね、安心と不安を同時に解決する。ということは生死の同時解決であるんですねえ。で、死だけを問題にする。ある宗教雑誌から、「死後の世界とその覚悟」とかいうね、たしかそういう題で特集をしますのでちょっと書いてください。とかいうような、そんな何年も前ですけれども依頼がありまして、生のこと、生きていることがちゃんと解決されたらいいかというと死が残る。死が解決されたらいいかというと生の問題がある。結局、どっちかだけいうてるのは片っぽうだけなんですね。あとがぬけてるんです。それではいけませんので生死(しょうじ)、生死(せいし)を同時に解決するというものでなければならないんで、いやそれしか本当は解決というたら、それしかないんです。

 ですけれども、頭で考える限りは、嫌な方だけ、不安とか死ぬことだけを解決したらいいというふうに思ってしまうんですね。ですから安心を解決するというふうなことを申しますと、「へえっ」といって皆びっくりされる。生きていることを解決するというと、また驚かれるんですねえ。死の方が大事じゃないですか、と。

 で、今ここまでお話してきますと、今から2千4百数10年前に、お釈迦さんが何を解決しようとして山に入ってしまわれたか。身分は一国一城の主の息子でありながら、言い換えれば古代インドのカースト制ですね、4種類というよりも階級ですね、非常に厳しい生まれながらの階級が決まっていた。その一番上位なんですね、お釈迦さんの場合。普通考えたら何にも困ることがない。しかも結婚して子供、息子さん一人できていると。いうふうな状況で何も困ることがない、国王の後継ぎですからね。もっともこの間お話したように府県知事に相当するぐらいのものとされてますが。で、それにもかかわらず山に入る、修行をするっていうのは不安の解決。皆さんといっしょで、これをほっといて人生も何もあったもんではないという。そうですね、これこそ大事だという。

 そうして、不安をどうしたらなくせるかと真面目に取り組んだ。それがですねえ、はじめから6年もかかろうとは思っていなかった。でしょうけれども、ついに6年間もうちょっと、もうちょっと、もうちょっと、と思っているうちに経ってしまったんですね。そして結果は挫折に終わったと、こういうわけですねえ。

 その、普通の物語では、それは崇高なお釈迦さんの修行の一貫として語られますから、ですね、そんな今ここで私が、とうとうだめだったというような話をして申し上げているのは、説明の仕方が違いますですね。やがて悟りを開くための前段階として、その6年間の苦痛に耐えた修行ってものが前提として大事であったと、こういうことになっているんですね。けれども実際は失敗している。それはそうですわね、不安を消そうというのですから。とうとうお釈迦さんも世の中のことについての不安は、それは、まっ、なんとかできると。なんとかできるというのは例えばお金で解決がつく場合もある。というようなもんですねえ。けれども心の中の不安はどうしても消えない。と、そう述懐されたという話が伝わっております。皆さんといっしょなんですね。お釈迦さんだけが、ぱあーっと、ものすごく高い、高潔な人格である。と、そういうのではないんですね。今日特にそれを申し上げておきます。皆さん、この一瞬にして、このお釈迦さんと同じ心の高さ、同じ達観ですね、ものの高い見地から見通す。ということがおできになる方々ばかりですからね。

 別格扱いしてしまうのがいけないんですね。別にお釈迦さんを引きおろそうというわけではないんで、皆さんが、ぱあーっとこう並ばれるんですね。それは安心と不安を同時に解決したということです。あるいは黒板に書きました生死を同時に解決すると。これがほかの宗教とまるっきり仏教の違うところですねえ。仏教のいいところです。

 じゃあ皆さんどうしてと、そこを知りたいとお思いになるでしょうけれども、どうしたらということを、やめたらいいんですね。どうしたらそううまくいくだろうという、それをやめる。それはとりもなおさず答えを出すことをやめる。ということは何のことはないんです。こういう比較というのは、ものを決めるところに生じますですねえ。

 森田療法をはじめとして禅の世界では、自分を概念化する。つまり言葉や文法で決めることを一切しません。そうしますと、どうしたらうまくいくだろうってことが成り立たないんですね。

 私どものここでお話していますのは、神経症の治し方、悩みの解決法ではなくて、ですね、まったく神経症成り立たない、成り立ちようのないところを指し示すというものですねえ。あるいは悩みっていうものが、つくろうと思ってもつくれないところに皆さんをご案内するというのでもあるんです。それは難しいことではなくて、この講話が、どうですかねえ、あと12分ばかり、それが時間として余りすぎるんです。たった12分もかからないと。こんな儲けものはないです。

 それは世間の人は、ほとんどそれは知らないんですねえ。ですから、せいぜい心を癒すぐらいのところでお茶を濁しているともいえるんですね。心が癒されたというたら、もうなんか最高の喜びのようにいうてますけれども、あんなん大したことはない。そんなんがいけないんです、むしろ。ある状況を目標にした、つまりお手本とか標準とか、ですね、そういうものを目指すこと自体が比べてるわけですから、これが自分だ、今のこんなんではいけない。だからこういうものを目指そうという、それもうすでに自分を決めてますからね、そこには言葉も文法も自分に使われている。その自己意識の中に言葉と文法を持ち込む。ということを一切やめれば、ですね、もう簡単に、いながらにして皆さん方が、どう治すかでなしに、神経症も悩みもそこに作り上げることができない方に早変わりされるんですね。これがこの療法の神髄です。

 そうしますと、死んでからのことを、まっ、たいそうにいろいろ言ってますけれども、生きていることを解決すれば、ともに両方とも、二つ別々でなしに解決が一挙にできるんですね。ですからまず不安を解決して、次に安心を解決して、そしてうまく両方が解決できるところに到達するかといいますと、そうではない。片っぽう、実をいえば片っぽうだけ徹底すれば比べることがなくなりますから、もう実は本当はそれでいいんですね。

 究極のところ不安を解決するというのは、今の世間の人が、抗不安剤を手っ取り早く飲むことで不安をなくした。と、こう思っている。それとおんなじじゃないかと。それはもう全然違うんでして、不安の成り立ちようのない状況を、今日あと10分ばかりで見抜かれました皆さん方が、安心というものを組み立てることがお出来になるかといいますと、もうできないんですね。不安も安心も組み立てられない状況にお立ちになれば、もうそこは安心不安を比べることもありませんし、解決したらどうなるかっていうことを比べることもありません、というんですね。すべてA対Bという形の比較が成り立たないんですねえ。

 で、二つがなくなったら一つかと、そう思いますね。その一つだと思われる、それも守らない。そこを大事にしないんですね。二つが同時に解決されれば一つか、一つになってしまうのか。それは考えなんですね。

 ところが自己意識の中は、考えによって組み立てられることが一切ない。というそれを、ここの講話ではまったく普通、世間の論理と違う世界。論理の異なる世界。あるいは別の種類の論理の支配する世界。いろいろ表現の仕方を工夫いたしますが、前の院長の理屈抜きの世界というのと同じです。言葉も文法もそれが役立たない世界ですねえ。

 ですから頭はいくらでも考えますので、問いは出てくるんですね。さっきは、どうしたらっというのは成り立たないと、その事実を申しましたけれども、疑問だけ出てくる。出っ放し、というんですね。どうしたら安心不安の問題が解決できるかという問いが出てくる。もうそれっきりということですね。それに対する答えが出てからではもう治らない。つまり考えがそこで組み立てられますから、どうしたら治るかという考えによっては解決しないんですね。ですから問いが出たら出っぱなしの、宙ぶらりんの、まっ、中途半端っていうことですね。

 皆さんよくよくこの現実、事実あるいは真実という、その真の実在、本物ですねえ。でいらっしゃるんですけれども、考えたご自分についてのイメージだけが余分なんですわ。余計なんです。外がイメージ、あるいは考えで上手に対策を工夫して、これだけの立派な世の中を、いろいろ文句もいわれますけれども、曲がりなりにもこれだけ平和な日本を60数年もこう守ってきているんですねえ。それはもうみんなの知恵を出し合って国会で議論して、いろんな法律を作ってというのはそうですねえ。ところが頭は全くそれとは正反対に、決して組み立てないということが、それこそが本当なんですね。便宜上、森田療法では組み立てない。禅でもそこを理屈抜きにするというのではないのでして、世間の人みんなに、自分対自分の問題で、ほんの少しも組み立てることがないように教えてあげたいぐらいですね。

 それは皆さんが今後、ご自分の問題の解決っていうことを今日で終えられますと、もう今日限りなさらないということになりますと、あとはこう、みんなにそれを拡げていらっしゃればよろしい。そういうむしろ大事な役割を自覚されるに違いないですね。

 で、そういう決められない自分をもとにした、たくさんの文芸作品が生まれてきたんですねえ。禅の世界っていうのは、他の宗教の場合と違って、その宗教の説明をしないんですわ。むしろその決められない自分からたくさんの文芸作品を生み出してきたんですねえ。たくさんの詩がありますでしょう。言葉でも優れた、中途半端で、切れっ端で、理屈に合わん、妙なのがたくさんありますですねえ。そういう数限りなく奇妙な、人になんだこれはと思わせるような言葉がたくさんある。

 京都で五山文学というものが発展いたしました。特に室町時代ですね。鎌倉にも五山、五つの本山がありますですねえ。それは京都の五つの、特に臨済宗の禅のお寺、大本山のことを指しているんですね。

 ただその順位は時代によって上がったり下がったりした。その中に入る寺もあれば、はみ出してしまう、脱落する寺もあったんですね。この隣の万寿寺っていうのは、京都五山の下の方ですけども一つなんですね。今あんな大きいんですけど、まっ、一般に大本山と呼ばれるところよりは小さくなっておりますが、ほんとは万寿寺通りにあったんですね。万寿寺通りの高倉にあったのが火事で焼けて、それでこの隣の三聖寺さんしょうじ、この病院の名前のおこりになった三聖寺、この病院も三聖さんしょう病院です。ほんとうは。で、そこへ引越ししてきたんですね。

 で、五山文学っていうのは、もうそれこそ「これが自分だ」っていうものを全く抜きにした文学ですから、特色のある室町時代の文芸作品ですねえ。そして、どうなるかいいますと、答えが出るまでのところで立ち消えなんです。これいい言葉ですねえ。立ち消えはいい言葉です。えーっ、立ち消えになるんですね。問いだけ、問いだけと。

 こういうふうにですね、問いだけが宙ぶらりんで、それで終わる。立ち消えになるんですねえ。仮に最も身近な、どうしたら治るかという、それ、ですね。どうしたらいい生き方ができるかでもいいです。答えがないんですね。もう答えはそこで、もう出てます、という。それは、このとおりという形で出てます。その次のものが出てきては困りますですねえ。つまり問答、問いと答え、問いと答え、問答、問答、問答と続いていくところに、ほんとうの解決はありませんのです。

 とこんな、これでも私、説明をしてしまってますが、説明抜きで一字で表わすんですねえ。そうしますとここに今日持ってまいりました「如々真」このとおりでもいいですね。あるいはそのとおりでもいいです。そのとおり、そのとおりが真実ですねえ。真実っていうのは真の実在です。この本物のこうあることですねえ。この「にょ」この一字で足りるんですね。

 その、皆さんが英語の方がお得意で、わかりやすいとおっしゃるならですね、この such-ness ですねえ、こんな言葉字引にありません。such だけしかありませんけども抽象名詞にしまして、such-ness こういうことですね、そのとおり、そのようなであることですね。そのような、もちろん「こと」ということで終わる概念化はいけませんのですね。言葉として表しますから such-ness ですけども、うーん、これは鈴木大拙っていう先生が、表現上こういう言葉を使われたんですねえ。あるいは、そうであること、is-ness そうであるということですね。こういうことをこの講話でお話してきた次第です。

 はい。じゃあ日記もいつも読まずに、その、こんな話ばっかりでどうも失礼しました。これで今日の講話を終わります、はい。

    2008.1.6


宇佐晋一先生 講話

あらゆる悩みを瞬間的に解く 



 講話は、目にもとまらない速さで皆さん方の間違いない全治を実現しますが、あっという間にその瞬間が飛び去りますから、あと考えで終わられますと、考えが邪魔になって全治を取り逃すんですねえ。

 ですから、治るということに考えを役立てようという、やり繰り算段はもうまったく、今から今晩もう無用でありまして、皆さん方の即この場における生活、それは人の話を聞くというこの行事における皆さん方の実行にかかっているんですね。ですから多少とも賢く、生活上のあるいは治療上のヒントを得ようというような、皆さん方の頭を働かせた治ることへの努力は、まったく無駄に終わります。

 今日もお客さんと話をしてましたら、つい向こうも森田療法の考え方。という言葉を持ち出されましたけれども、こっちは考え方で治してない、というそこが大事なんですねえ。皆さん方が考え方として受け取ろうとしていらっしゃるなら、いつまでたっても治りませんです。

 前の院長が、昭和28年に講話が難しいほどの病気になりまして、それまで週2回しておりました講話を1回減らしますと申しました。今はこうして週3回させていただいておりますけれども、前の院長の時は2回でした。それが1回になるということになりますと1週間に1回、半分に減るだけでなく、非常に間が空くんですね。そしたら、前の院長と同じ郷里の方が入院しておられましてですね、同郷のよしみで気安く「もっと講話をしてください」と、たのまれたんですね。その場に私居合わせまして講話を聞いたあと、これから講話を週1回にしますといったのに対して、もっとして下さい。と、その方がたのまれたんですね。そしたら前の院長は、「あなた講話っていうものは本来ないものですよ」といったんです。

 今にして思えばですねえ、私はよくその方がたのみ事をして下さったと感謝しております。もしその一言がなければ、私はついに、講話というものは本来ないものである。という、前の院長の大事な事柄、私に伝えようと思っていたかどうかわかりませんけれども、大事だとしていた事柄が、ついに伝わらなかったんですね。

 そのような注文をされたおかげで、講話は本来ないものですよと、こう、前の院長が申しまして、これは非常に私、今皆さん方のお役に立つ、大事なこととして、今日の講話の主題ともなるべき重要な森田療法の内容をなすものですねえ。

 で、さっきの話で森田療法は考え方でない。そして講話というものは本来ないものである。このようにして森田療法の究極、皆さんが全治なさる今晩は、ですねえ、この「治療における課題の喪失」です。

 皆さん方は、治療にとって、言い換えれば、ご自分にとって何が必要なのかと、そういうことをまずお考えになるでしょう。いらないことはやめ、必要なことからしようと。ところが、ご自分にとってという事柄は、まったくないのでして、大事なのは、その場の状況における皆さん方の生活であり、お仕事であり、勉強であるんですね。

 ですから、自分にとってということを考えていらっしゃる限り、治ることはありませんです。 

 第1期療法の方が、入院診療計画書を読んだら、自己中心性の打破と書いてありますが、私そんなに自己中でしょうか。と、ちょっと心配して質問されました。あれは世間でいう、わがまま者、自己中、つまり自己中心的な勝手な行動をするという、いわば傍若無人という振る舞いを指しているのではなくて、これが自分だというその自己像ですね。セルフイメージ、マイセルフ、ユアセルフのセルフですねえ、セルフイメージ(self-image)。これをまったく取り上げない、取り合わない。それを課題、主題としない。ということですね。まっ、こんな簡単な、こんなすっきりした完成度の高い治療はありません。ほかのどの外国の治療を持ってきても、瞬間的に治るというようなものより速く治る治療は、ありませんですね。

 京都から久松真一という先生が、この方は京大の文学部の教授で、禅哲学で知られたお方でしたが、皆さんもご承知のユング、C・G・ユング(Jung)という人ですねえ。その先生のところへ、スイスへ訪ねていってですねえ、その紹介状は、いつもお話する鈴木大拙という先生が書かれたものでありまして、ですね、そして「先生はあらゆる悩みを瞬間的に解決する方法をご存じですか」と聞いたら、「ええっ?」といったというんですね。ですからユングは全然そのことには、気がついていなかったことは確かです。「えっ、瞬間的にですって?」とこう聞いたと書いてあります。その日本語による記録が残っておりますですねえ。

 あらゆる悩みを、ときたので、びっくりしたんでしょうねえ。いきなり日本から来たお客が、そんなことをいったもので、ユング先生おおいにびっくりしたと。

 で、皆さん方には、あらゆる悩みを瞬間的に解決するという、めっぽう素晴らしい、この療法の真髄を、この講話が終わるまでに十分体得していただく時間的余裕があります。またそれをちゃんと身につけてお帰りになるというのでなかったら、ここに入院されたということは無駄に終わりますですねえ。

 そういう、たいへん目のつけどころの高い治療、あるいは生き方でありますから、どうか世間並みの、ちょっとした考え方、森田療法はこんな考え方だ。というのをつかんで、これをつかんで帰るのを「概念的把握」といいます。概念的把握におわらないように、くれぐれもお願い致します。

 で、中途半端ということがないんですね、治ってないか全治か、しかないんです。皆さん方は、その中途半端を考えておられるでしょうから、本物が身につかないというのでもありまして、前の院長の一言ですねえ。「嘘でも健康人として生活しなさい」と、もうこれ一言、もうそれ以外にない。といってもいい。皆さんが嘘だと、こう思っていらっしゃろうと、それはご自由ですと。つまり考え方ではないんですから。その考え方はいけませんと、私がいうてるわけではないんです。森田療法は考え方でないんですから。ここは嘘だと、この私のいうことを、疑っていらっしゃって、かまわないんですね。ただ、健康人として生活をするという、それが世間並以上、世間の人よりもっと立派な健康人としての生活ぶりでありますように。それは仕事ぶり、勉強ぶり、人への応対ぶり、その他社会人としての皆さんのふり、ですね。

 精神といい心といい、同じでして、別に変わりません。それは脳に対して心、脳と心ですねえ。この形ある脳と、そしてその現象である精神やもしくは心ですね、その皆さん方の存分に発揮される知的な生活の対象はすべて外の物、人、事柄です。心理学の人の言う、他者意識ですね。それに対して脳という身体のつづきである、あるいは身体の中枢であるその部分、そこにおいては、皆さんのせっかくの、すぐれた知能、もしくは知性ですね。それは自分を自分で統制することが、実はできませんのですね。なんと皮肉な話で、世間の人はなんとでもなると思ってますから、それで、心の持ち方一つだと、うそぶいて、うまくいくと思ってますけれども、自分の心を自分で調整しようと思っていること自体が、大きな不見識、あるいは認識の欠如で、間違いがもうすでにそこに始まっているんですね。

 ですから、心をなんとかしようという精神療法、もしくは心理療法は、そこから救われることはないんですね。つまり心の方は皆さん外向きに発揮され、そしてこの脳のほうの働きは、ただその成り行きのみ。ということです。

 身体に直結したものが、皆さんの精神を、その、空港の管制塔みたいに上手に操っている。皆さんの心は脳で調整されているなどと思われたら大違いで、脳は外向きの精神の現象の起こるその場所でありまして、特に、前頭前野の見事な外の状況の、把握して認識して、理論を上手に打ち立ててそれを発揮して、将来を予測しながら、今しなければならない大事な事柄に見当をつけるんですねえ、その優れた働き、外向きなんです。

 それと同じことを、自分にしたら、いいはずなんですけれども、脳が脳に命令、注文、あるいは納得、あるいは調整ですねえ、そういったことは、およそ不得手でありまして、脳は身体の続きですから、なにをどう考えようと、痛いと思おうと、好きだ嫌いだと考えようと、それを統一的に、自分の、まっ、いわば主人公となって自分を保っていく、自分を良くしていく、皆さんでいうたら治るっていうことの指導者たりえないんですね。

 ですから皆さん方は、もし治療について何かなさるとすれば、他人に森田療法がよく実行できるように、指導してあげる、ということはできるんですねえ。

 自分を森田療法で治そう。これが脱線のもとでありますから、前の院長が、講話というものは、本来ないものですと。嘘だと思うのはご自由ですから、嘘と思いながらも、実際の生活上必要なことをして行きなさい。こういってたんですねえ。

 今日そこからお話して、まあ意外にも、心の持ち方などどうでもよいことが、お分かりいただければ、たいへん結構です。

 森田先生のおっしゃったことで、私たいへん尊敬してやまないことがありまして、その一つは、僕のいうことは信じなくてよろしい。と、ただいわれたとおり実行しなさい。とこうおっしゃったということですねえ。これ、たいへん素晴らしいことでありまして、そんなこという精神療法家、心理療法家がいるでしょうかねえ、とくにその昔ならなおさらのことですねえ。治療者のいうことを信じなくて治るかと、髭をぴんとはやした、大正、昭和初年の偉い先生が、そういわれてもおかしくないのに、ですね、森田先生は、学生服を着て慈恵医大の中を歩いて、用務員の人と間違えられて、おじさんといわれたてたと。ほんとに、びっくりするような話ですねえ。ただし学生服といっても金ボタンではなくて、黒いボタンであったんですねえ、ただ身なりは学生そっくりであった。偉い教授でありまして「僕のいうことは信じなくてよい」。

 で、大事なのは、さあこういうとき森田先生は何とおっしゃるだろうか、ですねえ、というふうに、もう皆さん方が、言葉をたよりにした治し方を、こと問題にされたときに、ですね、それより先にもう火事場と一緒でですねえ、火事だ水だと。そこにすぐ消火器を持って走り、119に電話し、他の人に大きな声で連絡し、などして、それはもう今一人皆さんがいらっしゃった場合の話ですけれども、もし二人以上いらっしゃったら、もう手分けしてどんどんその対策を講じていただかねばなりませんですね。

 もう昭和のことですけどもねえ、壁に貼ってある紙が燃えたことがあるんですねえ。それはもうびっくりしました。もちろん119に連絡して消防車が来ました。まっ、たいへんなことやったんですねえ。それはもう、その晩、寝ないで警戒せよと。あれは警察の人がいわれて、まあたいへんでしたですねえ。そういう非常な事態を連想していただければよろしいことなので、何が何でも最も行き届いた万全の対策を講じなければならないんですねえ。そのためには専門の警官とか、あるいは消防署の人とかの指示に従うと、こういうことになりますね。もう病院の中はただならぬ雰囲気でありました。それはそれっきりで、まっ、問題が広がりませんで、大きな火事にならなくて幸いでした。

 今一つの例として、そういう予想外のですね、それこそ事もあろうにというような状況で皆さん方が、ぱっ、ぱっ、ぱっとこう、行き届いた工夫、気配りでその対策をたてていらっしゃる、これはもう日常的などの事柄にも通じております話で、臨機応変というですねえ。

 で、これがどなたにとりましても、自分にとってということでない。あるいは治療にとってということでないんですね。森田療法において、それがどうかというのでない話。というところに森田療法における課題の喪失というものがあるんですね。治すという課題が、あっさり消えてしまう。というそこが肝心かなめのところでありまして、そこに自分、あるいは心、生きることなどを持ってきて、確かなもの、良いもの、健康なもの、皆さん方がそれは共通して安心を求めていらっしゃるんですね。その反面、不安を嫌っていらっしゃる。というこの感情の好き嫌いの事実に基づいた生活が入院まで、そして今あるいは皆さんにも残っていることであるかもしれないですね。そういう心による生活の計画ですね、まっ、簡単にいうたら、したいとかしたくないこと、それを今晩の方針としてはいけませんですね。したいとかしたくないということから今日、今、行動してはいけません。肝心なのは皆さんから離れた外の、さっき黒板に書きました、他者の意識という、それは人でいえば他人さんです。皆さん方ですねえ。そして精神作業もそこに含めて、広くそれは生活といってよろしい。広い分野の事柄で、そのどれ一つとっても皆さん方の全治の瞬間ばかりです。

 治らないのは自分の状態が目的として、ひょいと出てきた、ということによるんですね。ところが瞬間というものは自分の中でも心の問題が、そこに大事なテーマとして出てくることはありえませんですね。瞬間に、これが自分だということを認識することはありません。自己像を描くこともありません。そういうふうに、皆さん方の瞬間というものは、完全に、自分に関係のある事柄が、見事に成り立たない状況にあるんですね。すかさず今、先ほどの火事の場合のように緊急のその場の事態にすぐ応じてですね、それこそ、あたふたと、ですねえ、あるいは森田先生流に、ハラハラと、ですね、最高の緊張状態で、その場の対策に奔走なさることあるのみですねえ。

 ところが世間の人は逆に、あまり気を使ったらいかんとかねえ。あるいは刺激を避けることの方を勧めたりする。という、いまお話してきたことの反対を治療と考える人が多くて、とかく心を問題にする、あるいは大事にするんですね。このことを入院案内で自己中心性といっているのです。自分の心を大事にして、言い換えたら、皆さん方が、どうしたら安心できるかと考えていらっしゃる、それを自己中心性と言っているんですね。自分の方に目的が向いている。ということです。ですから、それはそっちのけにして、素早く実生活からはじめていらっしゃれば、その瞬間は、申し分ない全治でありまして、その全治、また全治、全治の瞬間、瞬間、瞬間の非連続的な連続が全治の状態ですねえ。

 もうその連続の具合をどうするんかという、そんなことは問題でない、瞬間いうたらもう続かないものです。で、その瞬間、瞬間、瞬間、瞬間というものがこのようにありまして、それを皆さんの感じとしては、続いているなあというふうに思っていらっしゃるだけなんですね。

 こうして、意外な全治の姿が、皆さんのお考えよりも、やさしいというふうに浮かんできますと、ですね、昔の人のいうてたことが、何とこれであったかというふうに、はっきりとしてくるんですね。この、皆さんの左の北側の壁に下手な字で書いてあります「言語道断非去来今(ごんごどうだんこらいこんにあらず)」これはまさにそれをいっているんです。

 言語道断は、今、日本語で、それはもってのほかである。もう呆れていう言葉もないというふうに、極端な非難を強調していうときにのみ使われますね。今、黒板に書いたのはそのようなものでなくて、ただ素直に文字通り読めばよろしいので、言葉でいうことが途絶えた状態です。言語、言葉でいうことが、道という字がいうです。それが分断されているんですね。言葉でいうことが途絶えるのは、コミュニケーションがないということです。あるいは概念的把握がないということですね。わかる、知ることがないということです。言葉でいうことが途絶えて、青で書いた去は過去、赤で書いた来は未来、将来ですね。過去、未来、そして今は現今、現在です。過去でもない、未来でもない、現在でもない。それが去来今に非らず。でありまして、ダルマさんから3代目、ダルマさんはご承知のインド人、6世紀のはじめに中国に来ました。それから3代目がちょうど7世紀です。法隆寺ができたのが607年でありますが、そのあくる年に亡くなったダルマさんから3番目の鑑智禅師の信心銘という、400字近い漢字で、はなはだリズミカルに詩的に、つまり単なる文章ではなく、詩のように書かれたものがあるんですね、それの一番最後の言葉がこれなんです。

 ですから、長いその詩のような形式の禅についての見解が、ずうーっと書かれた最後に、ずうーっといってきたけども、ですねえ、言葉でいうことが、ここでおしまい。そして、事柄は過去でも未来でも現在でもありません、中途半端ですね。そういう、この、ぱっと途中で突っ放されたような論理性の喪失ですねえ。あるいは課題の喪失というてもよろしいですね。こう一生懸命ついていこうと思って、こう分かろう、分かろう、分かろうとしてたら、ぱっと言葉でいうことがこれでおしまい。そして過去でも未来でも現在でもありません。とこの鑑智禅師が、その話をやめてどこかへ行ってしまった、それでおしまい。こういう甚だ奇妙な終わり方ですね。したがってこれは普通なら結論と思いますね。一番最後の行なんですから。ところが、そういうもんでないんですね。まことに、途中で、ふわっと、立ち消えになってしまう。ふわっと、それが終わってしまったと。

 そうしますと、前の院長が「講話というものは本来ないものです」といった話ととても似ている、同じという印象をお受けになるでしょう。皆さんが、つかめない、つかめない、分からない、納得できないと日頃思っていらっしゃる。そのことは何もおかしいことはなかったんですねえ。そういうものとして、私が皆さん方に、つかめないもの、知ることのないもの、あるいは、分かることのないもの、そして、決められることのないものとしてお話している、この講話そのものがそうであったんですね。

 ですから、皆さんに信じていただこうとして、私が何かの治療の話をしている、森田療法とはこういう考え方です。と教科書的に話をしているのではなくて、皆さんが、つかもうとしてつかめないでいらっしゃるままで終わってしまう、という講話であるわけです。そこでお分かりになるのは、つかもうとしていたことが間違いであったという、この一言ですねえ。

 皆さん方は試験に悩まされ、まあ、数えきれんほどのつらい思いをしながら試験を受けていらしゃったんですねえ。それは、その必ずや、しっかりした授業内容の把握ですね、つかむ。内容をよく理解してつかむ。それを、どのような応用問題が出た場合も、ちゃんと憶えたことを発揮して解決ができる。というような記憶において、ですねえ、大変な頭の働きを発揮してこられました。

 ところが森田療法の講話は、そのように憶えること、理解すること、納得することなのではなくて、心の問題、自分自身のこと、あるいは生きるこの姿において、それはほんの一言も言葉を使って、ふに落ちる話として皆さん方が胸におさめられる、という必要がなかったんですねえ。わかる形において脱線する。知る形において違ったものになってしまう。決めることによってその自由自在のあり方が失われてしまう。というのですから言葉と論理もしくは文法が、いかに皆さん方の精神生活を、だめにしていたか、ですねえ。この日本語が、そして日本語文法が、皆さん方をだめにした。まさかそんなことはないだろうと思っていらっしゃったでしょうけども、実はそうなんです。

 ですから今晩、今から心や自分、あるいは生きる姿において、一切の日本語と日本語文法、そして英語をはじめドイツ語、フランス語、韓国語、中国語、皆さんありとあらゆる言葉という言葉を用いない、採用しない。という姿において早速今の作業、今の仕事、今の勉強に骨折っていらっしゃるという、その瞬間、瞬間において、もう全治は皆さん方のものであり、皆さん方は、治らないでいらっしゃることができなくなります。治そうとしたら治らないんですね。ところが私が今申し上げた、心の問題よりも先に実際の生活を、とりあえずなさる、その瞬間において皆さんは、治らないでおこうと思われたとしても治ってしまわれる。というほどの確かさで、広くどなたもの状態を覆っております。

 まず、その速さにおいて瞬間的であるんですね。瞬間以外にありえない。ということですねえ。それから、この、種類と程度を問いません。皆さん方の悩み、あるいは安心、不安の感情の問題など自己意識の内容のいかんを問いません。それから、この3番目にですねえ、どなたもこの真実、この肝心な真実に生きていらっしゃる。真実に生きるという姿が、だれかれなしに実現するんですね。この3つが優れたあり方です。

 他の精神療法、心理療法と比べて、どうのこうのという必要はもう全くないんですねえ。その徹底ぶりは、どんぐりの背比べみたいなものでなくて突出しているのです。瞬間より速い治り方は、どこにもありませんですね。

 そして皆さん方が、健康人としての姿を、ふりを、心、気持ちに関係なく、その場の状況に応じて表現していらっしゃる、その瞬間、皆さん方は、治らないでいらっしゃることができないんですね。つまり、お分かりのように、治そうとしたという、その真面目な、熱心な努力が、皆さん方をこの真実から引き離してしまった。あるいは真実に気づかれないような、妨げになる考えがそこに出てきていたという理由でありまして、どうしたらいいかということはもう今日から問う必要がなくなってしまうんですね。

 このような森田療法も、ほかでお聞きになりますと、とかく分かる話に置き換えられ、理解することによって、理論によって治るのだというような、もって回った方法が、筋道であるかのようにいわれておりますから、どうも手間暇がかかって仕方がないんですね。肝心なものをここで、この瞬間にこそ十分に体得されて、ですね、体得っていうのは、考えによらない身につけ方でして、皆さん方のお考えや判断を用いることがあっては、今説明してきました真に治るということは成り立ちませんから、安心できる答えを目指す皆さん方の推理に基づいた本治りの姿をですね、どのようにも決して描かれませんようにお願いをいたします。

 私の診察が午後になりましたために、看護師からこの第1期療法を概略お話して、午前中は寝ていただいたんですねえ。で、あとでお会いして、その方がですねえ、看護師の人から生まれたての赤ちゃんのようにしていなさいと言われました。と、そういうふうに私に言われました。これはたいへん的確な指示でありまして、ですねえ、今日これだけ1時間、皆さん方にお聞きいただいた事柄が、言葉を使わずに、話によらずに、ちゃんと赤ん坊はできているんですねえ。皆さん方は、できるかできないかというところで、判断に迷われるんですねえ、自分っていうものを描いて、そこに判断を加えられますと、もういけませんのです。赤ん坊は、自分対自分という形が、少しもありませんですね。「対」という字があるとすれば、対お母さんですね、お母さん対自分、この間柄が、そこで生きることが見事に成り立っております。

 けっして赤ん坊が、自分に対して、この自分は、とかね、この心はとか、この問題はとか、そういうことは考えようにも考える材料である日本語と文法がありませんですねえ。お母さんの「お」の字も知りませんですねえ、それで、やむおえず自分対自分の問題は、ほったらかし、というかっこうで、皆さん方にいつもお話する、この森田療法の「あるがまま」そのものでいるんですね、あるがままは言葉のない状態で、あるがままというものがあるのではありませんです。そして、世の中の世界の全てのものが、あるがままである他ありません。

 ところが言葉というのは不思議なもんで、ですね、そうでないものを作り出すことができる。

 もうお分かりでしょう、あるがままと言ったそのすぐ後で、では、あるがままでないものは、とこう考えてしまう。ある一つの言葉を持ち出すやいなや、それでないもの、それ以外のものが、ちゃんと考えで作り出されてしまう。これを、この前もお話しました対立概念といいます。これは外向きの頭の働きの優れた点ですねえ。ですから、その優れた点が、内向きの自分については働きますと、自分の中に安心、不安、良いとか悪いとか、好きとか嫌いとか対立概念が出来上がってしまって、にっちもさっちもいかないんです。

 ですから、対立概念に縛られた姿で、ここにおいでになったといってもいいくらいですね。ですから、赤ん坊には、全然それが成り立ちようがない。対立概念がありえないんですねえ。皆さん方にはあったわけです。

 ところが第一期療法で、言葉のない精神生活を、あのように一週間、皆さんにしていただきましたんですね。そうしますと、良いとか悪いとか、好きとか嫌いとかですね、この皆さん方が、二つの事柄を片っぽうが良いとか、片っぽうが悪いとか、いうふうに決めつけてしまわれる、そのことがなくなってただ勝手に良かったり、悪かったり、好きなものが出たり、嫌いなものが出たり、いろいろに変わっているんですね。昔の思い出が出たり、今のが出てきたり、ですね、もうほんとに、心の中っていうのは、得体のしれないものでかまいませんわけです。

 外の状況は、皆さん方の優れた記憶力で、きれいに整った姿で時系列といいますねえ、時間の古いのから新しいのへと順番に頭の中に収まっているんですね。

 降る雪や明治は遠くなりにけり

 という俳句をご存知でしょうか。中村草田男という方の優れた俳句として伝えられるものですねえ。雪の中を、中村草田男は、出身校、小学校の門の前を通ったそうです。そしたら中で子供たちが雪を喜んで走り回ってたんですね、それを見て思いついた句だそうです。で、はじめは、

 雪は降り明治は遠くなりにけり

 と、読んでいたのだそうですが、あとで降る雪やにあらためた。

 私のいとこが、この草田男っていう先生の古い弟子でありまして、先生から直接にその話を聞いたんですね。

 というように、文芸っていうのは、外の状況、何年何月というふうな捉え方はいたしませんが、はなはだ趣のあるものですね。

 今何を申し上げているのかといいますと、歴史はきちっと決まりますが、心に関係のある文芸というものは、それが一つの味わいとして記録性を持たないですね。この、まっ、こういう一つの味わい。文芸っていうものは皆さん方の日記にお書きになることとは別な、そういう日記は記録性がありますが、そういうもんでない趣きそのものなんですね。あるいは症状は文芸性をもっているといってもいい。そのまま味わうという、それで十分なんですね。

 はい。症状の扱い方というものは何も決まっておりませんので、直ちに実生活に着手される。という瞬間的な治癒ですね、瞬間的な真実の姿を今晩、十分に、この講話に引き続き体得していただきたいんですね。

 と、いうことで、今晩はこのへんで講話を終わることにいたします。

    2014.2.12


宇佐晋一先生 講話

心に関係のない生活のはじまり 



 講話をいたします。

 講話は、皆さんが、ひとひねりふたひねり工夫をそれに加えて、もっと身近にもっと自分にぴったりのもの、というふうによくお考えになって、それから効果が出てくるというものではなくて、ですね、皆さんがお考えになる前にもうその究極の本物の皆さん方が、最も生き生きした今晩ここでの本来の皆さんの持ち前のお姿が、なによりも先に現れて、ですね、それを皆さんが、本当の姿と認めようとなさることに時間がかかる。というのが実際ですので皆さんの優秀な想像力がかえって馬鹿をみるんですね。

 つまりそれだけ、こうだろうかああだろうかと、本当のところを手探りでいろいろ想像しながら、本物をしっかりとつかもうとやりくり工夫をしていらっしゃる間、かえって肝心かなめの本物が、ご自分の中に探し物をなさること、その知的なやりくり工夫に妨げられて、そこに現われてこないという皮肉な事柄が、皆さんのそのお考えによってそういう状況になっているという、考えてみればおかしなことでありますけれども、心の中あるいは自己意識の中という世界は、皆さんがお考えになっているその合理的な常識的な筋の通った考えのまったく当てはまらない、まったく異なる論理の支配する世界であるものですから、これはどうにもならないんですね。

 したがって、もっといい考えがあれば、今度はこの私どもにですね、もっと親切なヒントがあれば、事柄はぴったり皆さん方のお望みどおりのものとして、そこに見えてくるんではないかという、その期待を込めた皆さんの推理は、ですね、ことごとく覆されてしまうんですね。

 したがって心の問題に、なにか気の利いた世間の誰もかれもがいわないような、ぱっとした何かが必要なのではなくて、肝心なのは皆さんのお考えが、とくにご自分の大事な問題についてその役割をはたそうと、まっ、当然そうだろうと思っておられるでしょうけれども、皆さんのお考えによってこの目的が達せられるというその見通しを離れて、あらためてやめて、ですね、それで直ちに今晩の実生活、ここならば人の話を聴くというその実生活に、この場の目的をはっきりと見定められれば、それがほかならぬ願っても得られなかった全治の姿に相違ないんですね。

 この、考えによることを離れた、こうだろうという推理に基づかない、目的から離れたところに本当の生き生きした皆さんが、ご自分の工夫によるのでなしに、お望みどうりの究極の真実そのものとして、それをあたかも見えないように覆っていた余計なものが雲があるいは霧がはれるように、ですね、すうっとこう皆さんのお考えから、皆さんご自身についての余計な憶測を見事にぬぐいさって、本物がこの実生活の真っ只中に、しかもいつもかも現れるという幸運は、ですね、必ずや皆さん方の今晩のご自分についての熱心な追求のそのお考えが、なんらかのひょうしに遠のいたところ、離れたところ、なくなったところに俄に現れるんですねえ。

 その、あたかも入れ替わりという劇的な瞬間は、ものを知るという頭の重要な働きの範囲外のところでありまして、ですね、皆さんが、お小さいときから、ずうーっと勉強して、何回となく数えきれない大小の試験をお受けになってこられたその教育の埒外にあるんですね。教育で示されていた抽象的論理的な思考、考えですね、それの範囲外にあるんですね。

 このごろはらちという言葉はどうですかねえ、埒も無い。というぐあいに残っておりますか、あまり使うこともないかもしれません。

 学校教育の延長上にお望みの治った状態、全治の状態が皆さんを待ち受けているということがなくて、教育を離れて、知的な類推、たぶんこうだろうという予測を離れて、まったく趣の異なる実際生活の真っ只中に、それこそ期せずして、期せずしてというのは予期せずしてということですねえ。

 たぶんこうだろうという予測に完全に関係なく、もっと簡単にいえば皆さんの心に関係なくそれがもっとも確かにそこに明確に現れるんですね。ですから、わかりにくい、かすかな、あやふやな、ぼんやりした、あるのかないのか見極めがつきかねるような、ある精神の現象ではなくて極めて明確な、そうであることが先で皆さん方のお考えが後である、というその事実の行き渡った姿。それは、ちぐはぐとかね、むら、あるいは多い少ない、時によって違う、という不確かさをまったく持っておりませんのです。

 ここにいらっしゃる方はもう見回して、いつも思っておられるでしょうけれど、非常に知的なその推理能力において人に負けない、つまり心の問題以外ではとても賢い、知的な処理の得意なお方でありまして、ですねえ、その限り外の事柄を解決する上に、まるで特技であるかのように有能さを発揮されるんですね。ですからそこはもうまったくが問題がない。

 どうしてそれほどの優れた知的能力を持っている方が、ご自分の心ひとつを解きかねてこうも悩まれなければならないか、ですね。ご自身でもそれは、おそらくおわかりにならないほどの不思議なことであるに違いないですねえ。

 外のことが、理論化された細かい分析力で抜け落ちたところなく、ぴちっと繰り返し正確な答えを出して進んで皆さんのお仕事を処理していらっしゃるのに、どうしてもっと身近な心の中の問題が、そのように順調に解決できないのか、ですね、まったく不思議に思われるでしょうけれど、それは世間の人の見極めが甘いわけでありまして論理が異なるんですねえ、違った世界なんです。

 まったく、外のやり方で自分の心がうまく解けるということはありえないのでして、それを今晩、科学者としての皆さん方が事実に基づいて、ですね、心の中は心の中の事実に従って、それを考えた外の科学者としての皆さんの物事の処理の仕方を応用しようとなさらなければ、ことは簡単に間違いなく、ほっといても皆さんの努力に関係なくいらなくて、ですね、それがいらなくて皆さんの最も欲しいと思っておられる状態が、この瞬間にも現れてくるんですね。ですから難しい問題がだんだん解けていく、解決されるのに暇がかかる、あの感じとはまったく違うんですね。

 この心の問題を対象にして努力が続くかぎり、それは自己意識の中のやりくりですから皆さんの仕方が悪い、あるいは熱心さが足りないという理由によることなく、それとは関係なしに、いままで磨いてこられた知的な問題解決の能力が、論理の異なる世界である心の中、自己意識の中におきましては、まったく無力であったと。それは通用しないのですから何も不思議なことではなくて、押し進めようとしたことのほうが間違いであったんですね。

 森田先生も1919年、大正8年の古い論文で書いておられるとおりのことを申し上げますと、「感情ニハ普通論理ニ従ガワヌモノアリ」と、普通の考え方、物事の処理の仕方では心の中が解決できない。ということをはっきりと述べておられて、まったく敬服いたしますですね。

 そういう大事なことを、せっかく森田療法をやかましく論じ、押し進めようとする人々でさえも、もう遠い昔のこととして忘れてしまって、けっこう筋を通して心の問題を、例えば「恐怖突入」などと、もっともらしくいっているのは困ったものでありまして、人間の知能、それは外に向かっては問題解決ですねえ。内に向かっては外からの情報を学習する、吸収するという、その二つの大きな働きをもったものです。それを外の物事を対象にこれまでどおりお使いになる分には何も問題はありません。ところが自分自身あるいは心を対象にして、ご自分の優れた知能を自分のために使おうとされますと、相手が悪い。相手っていうのは自分の意識の中ですねえ。論理の異なる世界ですから分かる形で解決を推し進めようとする、その努力があるかぎり、これはうまくいかないんですね。

 で、ちょっともそれはおかしなことではなくて、そういう事実に基づいて皆さんが真の科学者として、ですね、外の理屈は外の事実に基づいて理論化されたものであり、心の中は心の中の事実に基づいて見極められれば問題はない。それは外も中もいっしょ。というふうに世間一般に考えられていますから、ですね、その扱いの区別がなされていない為に、いたずらに心の問題ばかりが難しいこととして大きな課題となって皆さん方を苦しめるんですね。

 ここまでお話してきますと、外は外の事実に従い、心の中は心の中の事実に従うと。これが真の科学者としての皆さん方のありようでありまして、ですね、そこには普通の論理しか通用しない頭の中の知的な考えはもはや無力である。というところで見極めは極めてはっきりして、あと実際の皆さんのお仕事、生活、勉強、この場の社会生活という身近な問題から遠い、国としての諸問題、あるいは国際間のこと、さらには宇宙空間のことに至るまで、外はますます皆さん方のこれまで以上に大きく活躍の羽を広げていらっしゃる世界が広がっているんですね。

 そうしますと、自分に相手になったばっかりに、自分を普通の論理で解決しようとしたばっかりに、そこにだれしもがひっかかる。これは個人的な問題ではなくて、人間の心の仕組みとしての共通の事柄でありますから、もっと一般化して分かる形にしていってくれたらいいのにと思われるでしょうけれども、一般化という事柄は外の論理でありまして、それと異なる心の中の話を中で一般化することはできないんですね。つまり、どんな説明も心の中の自分対自分の問題の解決には役立たないんですね。

 ですから皆さんから離れて、他人があるいは心理学者がといったらはっきりしますね。学問、心の科学としての心理学の目で皆さんの心の問題を、外の論理と心の中の論理、筋とは異なるということを明らかにすると、これはできるんですね。心というものは、と一般化することができる。まさに心理学はそういうようにして体系づけられた、心について最もよく知ることのできる学問です。それが役立たない。無意味だ。といっているのではなくて、外の世界にはそれはそれで十分、学問として成り立つのですけれども、他人が皆さん方に対して、たとえば私が皆さん方に対して、心理学や精神医学を学問を基にして考え、森田療法でさえも森田療法学として、ですねえ、学問としてこれをさらに発展させる。ということはできるのですけれども、ひるがえって皆さんご自分の心を自分でどうするかと。ここでうまくいかないという話をしているんですね。すべて客観的な外から見た話ならそれは簡単なことです。けれどもその簡単なことも世間では曖昧ですけれども、そういう心の中の問題を心理学的に分かる形にとらえなおせば、それでよく説明ができますから、それで責任が果たせたように心理の専門家も思うかもしれないですねえ。けれどもそれは説明がうまくいっただけであって、実際治すという場面におきましては、今日お話しております、このようにですねえ、その応用を離れてはじめてその本来の姿が間違いなく現れるんですねえ。

 ですから森田療法を使って、あるいは心理学を使って自分を治そうと、自分を目的に、自分の治ることを願って、自分を相手取った工夫を皆さん方がなさっている限り、どう工夫なさってもうまくいかないんですね。ただ、ほかの精神療法、心理療法に比べますと、唯一森田療法だけは、その自分対自分の問題にどのような答えを出してもうまくいかないのを見越して、説明的ではありますけれども、症状をあるがままにする。という、ほかの治療法に見られない確かな心のあり方を示す親切さがあるんですね、それが森田療法の特徴です。しかし受け取った人、聞いた人が「ああ、あるがままか」と「症状をそのとおりにしているんだなあ」と普通の論理で考えていらっしゃいましたら、これはせっかくのあるがままも役に立たないんですね。

 普通の理屈を離れた「あるがまま」あるいは筋書きなしの「あるがまま」分かる形でとらえない「あるがまま」ですね。そういう持って回った言い方で本当のものを示す以外にちょっとこれは難しいですね。

 ここまで簡単に申しますと、話を難しくしたのではけっしてありませんです。むしろ皆さん方のご負担がまったくない状態を間違いなく示そうという工夫で申し上げておりますので、人生の半分を占める自分の問題が、ですね、あるいは心の問題が、この講話をきっかけに今晩用事がなくなるというほどの見事さでありますから、見事さっていうのは私の説明を褒めてるんじゃなくて、森田先生の見抜き方がすばらしいんですね。

 ですから、この療法の凄みっていうのは、まるで地球を真っ二つにするほどの迫力をもっているんですね。そうでなくて皆さんが「こうかなあ」「ああかなあ」とこう、いままでの困難に直面して、想像された様々の場面のどれが本当か、などというあれ式のことではないんですね。きっぱりと、それは凄いものでありまして、もう皆さんがこうしていらっしゃる真下に地球がない。というほどの凄みをもっておりますので「ああだろう」「こうだろう」という、もっともらしい見解は心の問題にはすべて甘い、あるいは当てはまらないですね。

 こちらからのお勧めは、普通論理で攻めていく、追求していくという、それを心の問題についてばかりは、もう今晩かぎり今かぎりおやめになりまして、ですね、ほんの少しも分かることも残らない、こうだああだと決めることも残らない。それを、はっきり心の問題において全面的に推し進めていらっしゃると、ですね、それが今晩の間違いない全治を瞬間的に実現する大きな道であるんですね。

 簡単に申しますと、考え方でないという話をしているんです。難しく思っていただいたかもしれませんけれども、心の問題が皆さんにとって、まったく残らないように。残るっていうのは、それをご自分の考えで解決しようとなさる、そのやりくりが残る、ということですねえ。それが全くないように、もう完全に心の問題、自己意識の中の問題におきましては、そこにほんの少しも知的な解決の努力が残らないようにと、そうお勧めしているのが今晩の講話であるんですねえ。それは一刻も早く、皆さんがここで本物の真実を体得され、真実に生きる人として外の生活に関わっていらっしゃる限り、ですね、世間の人がまだなまぬるく解きかねている自分の問題、心の問題が、ですね、もう皆さん方は今晩卒業でありまして、どんどんその問題を離れてひたすら受験勉強に励まれたあのときのように、ですね、今まさにそういう時期ですねえ。

 もうすべり止めの大学の入学は決まっている。というふうなところを次の試験のために皆んな頑張って勉強している。というような、そういう時期なんですねえ。その時のように皆さんが、心の問題にまったく目もくれずに、ひたすら勉強その他の生活に大いに苦心して進まれれば、ですね、その生活っていうのは例え話として受験勉強をあげましたけれども、廊下がちょっと濡れている、そのところを皆さんが雑巾でちょっときれいに拭き取って、またその雑巾をゆすいでかけておかれるというふうな、身近な手仕事で同じ値打ちがある。値打ちをいうことはおかしいですけれども、受験勉強は例え話で、ですねえ、まあ、いうたら脇目も振らずに皆さんが一生懸命、外の問題に取り組まれたことを、現在の受験生のこのシーズンにおける状況を重ね合わせて、ですね、思い出していただくことを目的に持ち出したわけでして、実際は仕事であればなんでもいい、作業と名のつくものならなんでもよいですね。

 ですから、物が見えるというその事柄ですね、外のものを見ているわけです。ですから日記に、今日見たものと、それから、ほんといえばそれに並ぶもの、聴いたもの、皮膚に感じたもの、舌のうえに感じた味覚ですね。そういった感覚、なんでも同じことなんですが、もうわかりやすく見たもので代表させているんですね。それと皆さんの仕事ですね、作業内容。それを日記の今日の大事な内容としてお書きになれば、もうそれでよろしいですね、見たものとしたこと。その見たものという中に、様々な感覚のものが含まれるということですね。したことのなかにいろんな種類の仕事が含まれるということですね。

 ですから古事記抄という、朝晩、意味のとりにくい古い言葉で書かれた、去年で1,300年を迎えました、712年編纂の古い本がですねえ、見事に神経症を完全に治す働きを引き受けてくれているんですねえ。

 この間、電話で神戸から古今集がどうのこうのいうてこられて、それは思い違いなんですけどね、その人はもう昭和のころに入院されたので、古事記抄のことを忘れて古今集を読んだかのように記憶の間違いで述べておられるんですね。

 しかし森田先生が、古事記を選ばれたというのは、やはりその難しさ、面白くなさですねえ。古今集はやっぱりより芸術的、和歌でありますから読んでそれなりの感動があります。そういうものを選んで悪いことはないです。よく味わえばそれでよろしいんですけれども、その内容のほうに気がいってしまうんですね。取り組んでいるその苦心、どういうことだろうとその解釈にはなはだ苦労される、その骨折りですねえ、そこのところが古今集にはないんですねえ。

 で、今でこそ4世紀の考古学でいう古墳時代の初めの景行天皇ですね、大帯日子淤斯呂和気天皇(おおたらしひこおしろわけのすめらみこと)のくだりを読んでいただいておりますけれども、あれは私が選びなおしたもので、森田先生は、本居宣長が伊勢の松坂で古い古事記をその苦心の研究で読める形にした。あれ漢字だけだったんです。712年、古事記が完成したんですね。それでその最初は、今ではその言葉もほとんど通用しない神代の昔、つまり神話として遠い昔の物語という、うっすら記憶にとどめられているぐらいのものですね。そういうところから古事記の文章が始まる、そこを読ましておられたんです。

 森田先生がですね、昭和10年ごろに葉書を下さって、今度古事記を読ますことを考えた。と、ですねえ、それでそういう本を作ったので三聖病院にもそれを分けてあげようかと。そんなことが書いてあって1冊10銭とか書いてある、そういう葉書が見つかりましてですね、ご親切におそらく何冊かを送って下さったんだろうと想像している、まっ、実際ありましたんです。残念ながら1冊も残っておりません。それは皆さんの日記よりもやや小さいんですねえ。今の古事記抄のようにB5版ですねえ、といった読みやすい大きさでなく、小さかったですねえ。

 で、皆さんが聞いておられる、天照大御神(あまてらすおおみかみ)という、まだ地上に神さんが降りてこられる前の世界というのは、それにずうーっと続いてくるんですねえ、さっきの話から。

 で、その子孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、その高天原(たかまがはら)というあめの天照大御神の世界から地上へ降り立つ、それが宮崎県の高千穂の峰である。

 高千穂の峰ですね、そこでその舞台は南部九州なんですねえ。そして宮崎県は昔は日向ですね。日向の美々津みみつというところから、その子孫の、後の神武天皇が船をつくって軍団で日向灘を北上するんですねえ。で、豊後水道を通って瀬戸内海を東へ進む。今、簡単にいってますけど、これ、そう簡単に来れないんですねえ。あっちこっち寄りながら東へ進んでくる、これ、まことに妙な話でありましてですねえ、日本の国のはじまりが、宮崎県から出発するというのは、ほんとにまあなんとも考古学的な事実を伴わない、架空の話であることはもう間違いないんですね。

 宮崎県が文化の中心である、やや著名な古墳群があるのは、古墳時代中期ですね。5世紀に至って西都原(さいとばる)古墳群という、宮崎市に近いところで大和に匹敵するぐらい立派な大規模な前方後円墳が群集で群集墳として造られるんですね。けれども九州を全体に見渡した場合にですね、2世紀まではもう絶対、北九州ですね。大和に勝る大陸的な中国的な文化が高度にあったんですね。それが3世紀のはじめになりました頃に逆転して大和が優位になるんですねえ。まっ、そのへんに邪馬台国が誕生するんですね。微妙なところでして、ですから、どこをとるかで中心地は九州になるか、大和になるかということですけれども、私どもは弥生時代から古墳時代にかけての文様をつぶさによく調べて、新しい資料をよく分析し、そしてその文様が、皆さんが古事記抄でお読みになる大和の纏向であるんですねえ、今の奈良県桜井市、その石塚古墳の堀から出てきた文様の板、文様を切り抜いた板が、これがそれの一番古いものである。それがそこを中心にだんだん拡がっていき、発展していって全国規模に及んでいく、つまり古墳文化の発展がその文様であとづけられる。私、これを一番うれしく考えているんですねえ。

 診察室に、黒板のところへかけています、まん丸い、赤い、切り抜いた図柄の、半径55センチの円板は、これは1975年にテレビで全国放送した時のもので、もう38年も経っておりますかねえ。もう、おかげさんで見当は誤りなく、まさにあれこそが卑弥呼の勢力が後にいわれる大和王権の中心と重なるんですね。卑弥呼だけ遊離して大和王権は大和王権で考えられるというのは、ですから、結びつきはなかったんですけれども、その拡がりから考えてあれこそ卑弥呼が大和王権の中心であったということを示すものというふうに、今では申しております。はい、それはちょっと脱線でありましたけども。

 で、肝心なのは、ここでの生活に研究的でいらっしゃることですねえ。その鶴一羽を折るという、だれもがしていることがらの、その技巧的な、こうすればこうなるというお手本がありながら、なかなかそうもなってこう手が動いていかない、そのへんの皆さんのお骨折りですね、それは一重に研究といってよろしいですね。そういう取り組みです。それは指の問題でもあるかもしれませんし、知的な経験の上に立つ推理によるものでもありましょうし、その研究という、簡単にいえば、「どうしたらいいか」ということが、外の皆さんの作業の上に次から次にありますように、ですね、そういう工夫が必要なんです。

 なにかテーマをおつかみになったら、それを一生懸命できるかぎり研究的に見ていらっしゃる。細かくそれについて勉強なさるっていうのは、いいことですねえ。皆さん方も、ここでの、それは別にどこでも、ここの中でなさることの毎日の比較研究からですね、そこに複数の同じ状況のもののうえに、いままで思いつかなかった事柄が、第三のものとしてまた新たな発見をなさるかもしれないですね。ですからやっぱり自分で勉強するのも大いに結構ですが、機会あるごとに実物に接して、ご自分の目でよく見極めていただきたいですね。

 幸いここは、ほんの1km歩いて10分ばかりのところに国立京都博物館があって、ですね、ほんとに庭先みたいなところ、ついそこですから始終勉強なさるとよろしいですね。もうじき狩野山楽とその息子であります山雪、山、雪ですね、この親子の大きな襖絵、屏風絵などをテーマにした、ちょっと近来にないこの春の特別展があります。そういうときに繰り返しご覧になることをお勧めいたします。私どものこの美術スライドが、そういうことのきっかけになりましたら非常にうれしいですね。皆さん方はただそういう機会があまりなかっただけのことで、ですね、そういう機会を逃さず、たくさんのものが集まるそういう特別展あるいは集めている美術館、博物館などに恵まれた京都ですから、頻繁にそれを見て廻られることをお勧めいたします。

 はい、どうも、今日はこのへんで講話を終わることにいたします。

    2013.3.6


宇佐晋一先生 講話

頭が全治を妨げていた 



 それでは、今日はたいへんいいお話をうかがいましたうえに、どなたもが、よくよく身につけていらっしゃいますことを、壁の上塗りのように、お話しいたしますことになりそうで恐縮なのですが、十分、不必要なことを省きまして、肝心なことだけ申し上げておきたく存じます。

 常にと申しますのは、ずうっとのことですから、もちろんこの今も入りますので、「常に今」というのは、口調をととのえるだけの、まったく同じことを二度いってるようなものです。強いて申しますと、常にというのは恒常性、コンスタントであること、いつもかも恒常、それから今といえば現実性をどちらかといえば強めた言葉になりますでしょう、しかしここで申しますかぎりは同じことです。

 この、真実というのは真の実在でして、そんなら仮の、嘘の、偽物の実在っていうのが、なんかあるかと申しますと、それは、これもわざわざ比べていえばあるということでして、比べなければ、どれもこれも、なにもかも真の実在そのものですが、まっ、強いて、これも強いて申しますならば、考えた自分というのは、いつも本物から離れているという点で真実ではありませんのです。

 さっきの結構なお話の中に、昭和51年のちょうど今頃、お正月に入院しておられまして、その時の日記に「頭が全治を妨げていたのです」と、私が赤い字でお書きしたということを、その証拠であります日記をわざわざお持ちくださいまして、5年前のお話を今のことのように私がうかがいました。

 この、頭が全治を妨げていた。ということは、考えた自分というものが、病気といわれているものの本体で、その考えた自分という妨げが消え失せますと、本来の真の実在が一人勝手に現れて、つまり、治ろうとか、真実に生きようとか、わざわざなさる必要もなしに、もともとそこにありますものが現れて、それで治ってしまわれる。こういう仕組みになっているのが森田療法です。森田先生はそういうふうには説明しておられませんけれども、あるがままっていうのは、考えた「そのまま」とか「あるがまま」というのではなくて、言葉をとってしまった「あるがまま」、「そのまま」なんですねえ。

 ですから上手におっしゃいましたですが、その現在のですねえ「ありのまま」普通ならそこですねえ、それのもう一つ「まま」と、ご本人さんは、お気づきになっていらっしゃるかどうかわかりませんが「ありのままのまま」と、こういわれたんですねえ。これは、もうほんまに徹底なんですねえ。「そのまま」、「ありのまま」とか「あるがまま」とかいっていますが、考えていっているからですねえ。「それのまま」なんですねえ。もう一つ、考えたそれよりも、それをもってくることもない「そのまま」でして、それでもまだお気に召しませんでしたら、もう一つ「まま」をつけてもいいですね、どこまででも。

 そういうふうにして、そのままの徹底というものは、それがどうのこうのという理屈のないものである。それでこの治ることの実際は、本物ほど手間がかかりませんので、いたって簡単であるわけです。ちょっと難しいようなのは、みんな考えた要素。考えて、これが治ったことだ。と、いっている要素が入っているわけですから、それだけ難しくなるんですね。本物ほどやさしいんです。もうそれは濡れ手に粟といいますほど、やさしいことでありまして、しかも時間がかからないんですね。ということは、だんだんそのうちに治るということがないからです。

 ここで、日本の基本的なものの考え方の一つとして、初詣ということをなさるんですね。普段から神様にもまたお参りなさって、いろいろと幸福について祈られるということが、ご自分の今後のご幸福をおつかみになりますためにお祈りされましたと存じます。こういう試験に受かりたいとか、安定した生活をしたいとか、結婚できますようにとか、いろいろこう、たくさんたくさんたくさん、ずうーっとこう、まあいうたら、欲張ってこう、お祈りすることになるわけですねえ。それに対して神さんが、どういうふうにされるかといいますと、そんな欲張りはいけないんで、むしろこの真心をもってやるべきであると。

 これは今、1月8日の京都新聞の夕刊にあります、あるお宮さんの宮司さんのお話を、神道というものをよく表しているものとして、取り上げて申し上げるんですが、皆さん方はその、私がこう申します意味はですねえ、普段ここで、そのまま、あるがままっていうものを体得されていて、そして神社にお参りになって、どうしていらっしゃるのかということです。

 で、この宮司さんはですねえ、真心というのを生活信条にしていらっしゃる。心を通じて語り合い行動する。これが大事なことではないかと、ですねえ。で、菅原道真公の生き方が、この真心を基本にしたものであってですねえ、で、九州に流罪になりましたが、最後には真心が通じて祭神として祀られるようになりました。と、こういうことですね。ついには神様に通ずる、至誠、真心が通ずるという、こういう考え方がありますね。

 ここのは、皆さん一生懸命されますと、それがなんか最後には通じて全治されるというのではないのですから、そこが大きな違いであるんですね。

 つまり神様が、こう最後には認めてくださる。というのは、皆んながあんまり欲張りなので、その欲を持ち出さずに、真心で一生懸命、生活をしていくという、そのことを最後にその試練を経た人、これでよしということで神様が認められる。そういう仕組みになってるわけですねえ。

 ところが、ここのはそうではありませんのでして、皆さんが一生懸命なさっていらっしゃるそのことが、もう全治そのものである、というんですねえ。

 それですから、今年ここへ入院しておられる方が、八坂神社に初詣に行かれましたですね、「八坂神社の神様は、悪い心を持つ者には厳しく、清らかな心のものにはやさしい神様です」と、神社の境内で放送しているというんですねえ。

 まっ、ともかく、そういうのが普通に通ずる理屈に合った話ですねえ。こういうのが宗教と考えられているわけです。ところが、ここのはそうではなくて、悪い心を持っていらっしゃろうと、そんなことは皆さんないとして、まっ、とにかく、清らかな心を持っていらっしゃろうと、ちょっとも心についての値打ちは変わらないわけですね。あるがままとか、そのままからしますと、どれも皆満点でありまして、心の状態によって、早く治られたり遅く治られたりということがありません、というのが特色ですねえ。こういうふうに違いをはっきりとおつかみいただけましたら、全治というものは非常に確かなものです。

 で、さっきの、あるお宮さんの宮司さんのと、今のお宮さんでの放送と、両方あわせて考えますと、どちらも心がけがいいかどうか、という心のあり方が問題になっていて、それが具合が悪いのからだんだん良くなって、ついに神様に通ずるという形で救われると、こういうふうになって、めでたしめでたしと。

 ところが、ここのは、そういうふうに段階を経て、心がけが変わっていくという主義ではありませんのですから、いかにもぶっつけ。まさにその場、その状態が全治にほかならん。と、こういうんですね。

 今まで治らなかったと、長い苦しみの後、振り返えられますときに、それはことごとく、絶対例外なしに、治そうとしておられた、ということであるわけです。

 これはまったく、治そうとしておられた、ということは、その自分の状態を、もうちょっと別の状態に変えようと努力されますことそのものが、この病気のようなものの本体でありまして、いかにこの安心というものを確かにしようとして工夫されたか、ですね、それを熱心にされればされるほど、怖いことが、いろいろつぎつぎ出てきて、たいへんな辛さをなめてこられたんですね。今日のお話に明らかなところです。

 それもその、ふと始まった。今日とくに大事なのはですね、もともとそうではなしに、ふと、そういうことが始まったということをおっしゃいましたですね、ある時から。非常にはっきりしてるわけですねえ。それがその、一生懸命、念を入れて、こんなことではいかんというので、努力されますほど、その辛さがひどくなられた。

 今度は、どういうふうにして治られたかということは、もう一つ大事ですが、良いか悪いか分からないことを、直に味わわされた、ここで。その良いか悪いかは、治るか治らないかとも言い換えて、さきほどお話がありました、良いか悪いかとか、治るとか治らんとか、そのどっちも答えがないんで、それが分からんわけですねえ。分からない、どっちとも答えの出ない、不気味さを味わわされた。と、こういうわけです、ここで。これがなんと、治ることに目覚めていらっしゃる、大事なきっかけになったと、さっきお話くだしましたですね。普通でしたら、もう大丈夫ですとか、安心しなさいということで、すぐ済んでしまいます事柄を、そういう答えを出さずに、どっちか分からんままで、不気味な思いをさせられた。ここのところが大事でして、これが「そのまま」とか「あるがまま」とかいうものの、今早速にある状態です。

 これから、あるがままとかそのままが始まるのではありませんのでして、今早速に心について答えがでない状態が、これが全治なんですね。

 ですから「あるがまま」「そのまま」「全治」「真実に生きる」というのはみんな同じことでして、皆さんご自身を対象に、考えでまとめ上げない状態ですね、言葉に置き換えないとか、あるいは抽象的、観念的に論じないとか、言葉はいろいろかわりますけれど、ご自分の状態を取り上げて、さっきのお話ですと、「ひょいひょいと出てくるのを、それにこう相手にならない」という意味のことをおっしゃいましたですねえ。あとで質問された方のお答えに、「ひょいひょいと浮かんでくるもので、それに取り合わないだけです」と、浮かんでくることを、なんとかしようとしてたのが、これがその治そうとする病気だったんですねえ。

 ところが、その出てくるものを浮かばせておいて、それに取り合わないだけです。と、これで見事に全治されるんです。それは今のこの瞬間でして、別の時に治られる、ということはないのですから、もう治りっぱなしということであるわけですね。

 常に今、真実っていうのは、心がけを変えていくやり方ではなしに、心というもののあり方を、いわば問題にしない、取り合わない、相手にしない、そして実際の生活上のことに相手になっていらっしゃるんですね。

 私の拝見いたします限りでは、あの大きなお仕事を成し遂げられる、そのころ、もう大変立派に活躍をしておられましたです。もう確かなもんだっていうことは、私はよくはたで拝見しておりまして、よくわかりましたわけです。しかし、そういう、のっぴきならん、ご用があってなさるということでなくとも、ですね、こわごわで、今もうどうしようかと思っていらっしゃる方がいらっしゃいましたら、その方も治りっぱなしの、ずーっと、そのままの引き続いた状態ですから、そこでもう、うんと外のお仕事に欲張って、どんどんなさるならば、もう見事なものということになります。

 そういう点で、新年にちなんで多少申し上げますなら、ここでもうしております、一体どこに向かって拝むかというそのことのない、方位という、この向きですね、ちょうどお正月にちなんでならば、それは恵方という言葉がありますね、今年の恵方はこっちだという、このお宮さんだという、そういうその救われよう、助かろう、幸福になろう、うまいこといくように、というふうなことが方角に結びつきます。そういうことがまったくないのがここの全治の状態で、いかにもその突然に全治がやってくるというふうに申します私の話がおかしく聞こえるかもしれませんけれども、それはもういつもかものことだからでして、皆さんが、わざわざそれを手に入れようとして努力なさるまでもないことであるんですね。ただ、ご自分が別の状態になろうという工夫さえあっさりおやめになりましたら、もうとたんに、そのいつもかもあります、真の実在というものがはっきりしますわけでして、それが常に今真実ということであるわけです。

 どうも、つまらんお話をいたしまして、どうも失礼しました。まっ、このへんで。

    1981.1.11


宇佐晋一先生 講話

虚構の自己像 



 皆さんの、間違いなくお役に立つ大事なことを、それのみを申し上げますが、それは普通、あっ、わかったとかですね、ピンときたとか、第六感で、それとさっせられるとか、もういかなる形によりましょうとも、わかるという捉え方では、皆さんにキャッチされない種類のものでありますから、どうか、わからなかったからといって、わかるように考え方を変えようとなさらないようにお願いをいたします。

 わかるということのほうが、不安定で、不確かで、実は脱線であるっていうのが心の世界、言い換えれば自己意識のなかの論理、あるいは別のあり方、ですね。

 新聞テレビ、その他で言葉を媒体として、仲立ちとして、よく皆さんが、おわかりになっている、その考えた社会、考えた人生ですね。そういう、いかにも確かそうに見える事柄はですね、外のみ確かです。

 ところが、人生、生きるっていうことになりますと、もう外のことを離れて、本来皆さんの生き生きした、こうしていらっしゃる事実。ですから同じ論理ではないんですねえ、外の事柄は。まっ、いわば、わかりやすく作り上げられ理論化された社会です。ところが生きるってことは、皆さんの事実あるのみで、けっして先に生きる意味があるのではありませんですね。

 ところが治そうとなさる、ご熱心な方々は、意味で捉えることに重点をおかれて、事実を、そのつもりはないとおっしゃるかもしれませんけれども、無視していらっしゃる。あるいは、ないがしろにしてしまわれるんですね。

 で、申し上げております、大事な事柄は、明後日の三省会を待たずに、皆さん方に、一足お先にお伝えしようとする事柄で、残念ながら三省会に出席できないでご退院とあいなります方々にも、ですね、今晩の話をよくお聞きくだされば、三省会に出席されただけのことはあります。

 組み立てられた意味によって、生きていらっしゃったこの社会生活。それよりももっと確かなもの。それは言葉のない、この事実。それが最も確実に心に現われておりまして、ですね。その心っていうのは、あいまいですから、もっとはっきりしたものをとおっしゃるならば、ぱっと、皆さんがご覧になる。こういういいお花を活けていただきまして、そのお花をご覧になる。というこの事実は、言葉によらないすばらしいものです。

 作品こそ、こういう活け花という形でありませんが、皆さんが心に思い浮かべていらっしゃる、様々なことがら、それは皆さんのお考えより前に生き生きと、そこに流動的に、決まった形をとらずに、変化のまま、うつり変わっておりますので、生き生きした目の働きと、とてもよく似ているんですね。目の方がわかりやすい例えですから申し上げてますが、心の問題はそのように、言葉で捉えることが、ことごとく脱線で、無理にわかる形に作りかえるということをこれまでなさってこられたことは、ことごとく便宜的なものでしかなかったんですね。

 まず第一に、「これが自分だ」と思っていらっしゃるのは、ご自分がご覧になった自己像、自分のイメージですねえ。つまり見られた、考えられたご自身です。

 じゃあ考えている方はどうなってるのかというと、皆目わからない。考えている皆さんのほうが、もっと量的にも多い。広やかなものである可能性がありますが、それはわからないですね。自分は自分をこう見るという、見られた自分だけがイメージとして描かれる。という、大きな抜けたものがあるんですね。

 すぐれた頭の働きは、そのように、わからないです。頭が描き出した皆さんの、「これが自分だ」というイメージだけが、そこに描かれるんですね。これが重大な自分の見損ないです。

 それから、いわくいいがたしという言葉でもお察しのように、言葉の限りをつくして、細やかな表現をなさったにしても、言葉には限りがありますから、すべてを微妙に表現することはできませんですね。それは皆さん英語、フランス語など、いろいろの外国の言葉を援用、援けて使う、応援の援ですね。援用して日本語の足りないところを、外国語で上手に補っておられるんですね、カタカナ書きの多い表現ですね。それをもってしてもなお不十分です。心を微細な点に至るまで表現することは不可能ですねえ。

 ですから、言葉は物事を決める。限定する。という強い働きがありますので、この生き生きと流動的な、変化に富んだ心の動きを、まるで、まったく変わらないもののように、ぴちっと、決めてしまうんですねえ。決めるっていうことは、形をあたえてしまうということです。そうしますとこの生き生きしたものは、たちどころに色あせた、味気ないものに変わってしまうんですねえ。

 こんなのが皆さんのこれまでの「これが自分だ」自分のことは自分が一番よく知っていると思っていらっしゃた、自己像、自分のイメージであったんですねえ。

 で、いかに上手にご自分を言葉で捉えられたか、それが上手くいったとした場合におきましても、そこに、上手に自分を表現された言葉の数々は、もちろん心そのものではありませんですね。

 皆さんは、言葉や考えではなくて、もっと豊かな、生き生きした、生きていらっしゃる事実のなかにいらっしゃるんですねえ。

 例えば皆さんが日記をお書きになるとして、ご自分の説明をそこに述べられました場合、それは文芸の世界でありまして、ですねえ、文芸の存在っというものは、皆さんが、こう生き生きと見事に生きていらっしゃることとは、遊離しているんですねえ。つまり別ものである。皆さんは文芸ではありませんです。

 それから、「こうだ」と、自分のことは一番よく信じ込んでいらっしゃる。間違いない。と思っていらっしゃる。それは、もう、お気付きでしょうけれども、客観性にとぼしい主観そのものです。自分を離れて自分を見ることはできません。他人が批評してくれるように自分を批評することはできませんですね。自分の中から「こうだ」と、それはもう信じ込むよりほかしかたがない世界でもあるんですね。

 世間の人の会話によく、バイアスがかかる。そのバイアスっていうのは、思い込みのことです。思い込みあるいは、色眼鏡とか、世間でいう、事実を曲げて自分流に受け取ってしまうということですね。本物のご自分を、いくら工夫されましょうとも、そこに正しく描き出すことはできません。

 さらにですね、よく似ておりますが、心理的に、心理学あるいは精神医学的にというてもよろしい、つまり学問的にいえば、そこに自己暗示という現象が働きます。

 釣り落とした鯛は大きいと、いう例えでもよろしいし、針小棒大という言葉もありますねえ。針のように小さい事柄が、棒のように太く大きいものに感じられて、その表現で満足している。人にいうときに、ずいぶん大袈裟になるといういい方でもいいですね。これは自己暗示の特徴です。まったく客観性を失って、しかもそれが、さっきの主観的というその続きではあるのですけれども、大袈裟の度合いが著しいんですねえ。受け取り違いのはなはだしいものですね、自己暗示。その気になってしまう。

 以上、6つの理由をあげて、どれ一つ皆さんの正しいご自分を、考えて描き出せることを助けるものはなかったんですねえ。どれ一つとってみられましても、考えた自分は本当のものではありえないです。もうここまで申し上げれば、7番目まで申し述べる必要はないです。

 それに今、考えた自分に固執して、とらわれてですねえ、それを治そう、なんとか変えようと努力していらっしゃる、というのは、まっ、実に屋上屋を架す。見ぞこないの上にまた見そこないを重ねる。あるいは鉄道関係で使われる、競合脱線ですねえ。

 こんな言葉が新聞に、あるいはニュースにテレビに出てこない方がよろしいんで、出てきたら、目も当てられんというような、理由が二つ以上重なった脱線ですねえ。ですから、こんなん聞いたことないとおっしゃるほうがよろしいんですが、輪に輪をかけた脱線ということですね。その世界に、なんの気無しに生きてこられて、本物でない虚構のご自分をこれほどまでに苦心して、変えようと扱ってこられた。というそれを今晩離れて、ですね、本物に生きていらっしゃれば今晩全治です。

 皆さんが、これがほんとだと思ってられるほうが、このように、はなはだ具合の悪い、本物を見損なうように作られたものであったんですね。治られるのは実に簡単で、ご自分のイメージによらない今日の生活を始められたら、とたんにどなたもが全治です。

 鈴木大拙博士というのは、しばしばこの講話に登場される禅の学者で、文化勲章を昭和27年にもらわれ、もう亡くなってから45年は、十分に経ちます。ここへもいらっしゃったことがあります。51年前に親鸞聖人の、という前に、ちょっと申し上げておきますが、京都の北区に大谷大学というのがあります。東本願寺系の浄土真宗に関わりの深い大学です。宗教関係の大学ですねえ。そこの名誉教授。

 今年、親鸞聖人が亡くなられて750年という、去年ですね、失礼しました。その盛大な法要が、東西本願寺で長い期間続いて行われました。

 で、50年前ですから700年の記念の法要がありました時に京都会館で特別の講演会が開かれて、ですねえ、その時92か3ぐらいやったんですねえ。第一ホール、非常に大きい会場で、ですねえ、ライトが強く当てられて、こうやってですねえ「これなんとかなりませんかなあ」とこういわれた。聞いてる人が気の毒がってですねえ、「電灯消してください」というようなことで、あちこちで、そんな声が出たぐらいです。で、この、ちょっと騒めいた後、お話が始まって、「もし親鸞聖人がここにいらっしゃったら、私と同じことをおっしゃるでしょう。しかしそれは鈴木曰くでよいのです。」と、そうおっしゃったんで、私、度肝を抜かれて、びっくりしたんですねえ。親鸞聖人という鎌倉時代の偉い方のすべてをそっくりに鈴木先生がおっしゃる。まったくその同じ思想、同じ宗教経験、その人格すべてが同じというようなふうにとれましたから、ですね、びっくりしてしまいましたですね。ここが皆さんに今晩、申し上げる大事なことですが、考え方が一緒だという話でないんです。考えた自分、心、生きること、などまったく虚構でありますから、その考えによらない事実を申し述べましょうと。そういうことです。

 そうすると親鸞聖人が、すべてのほんとらしくいうてることは、「ひがごとにて候なり」と、ひがごとっていうのは、間違ったことですねえ。そういうこと「末灯抄」というのにいうておられるんです。わざとらしく、そうだああだとその信心について、宗教、仏教について、いっているのは、みんなひがごとにて候。っていうことは、全部本物ではありません、と。

 「念仏には無義をもって義とする」念仏っていうのは、わけ、ですねえ。平たく意味でもよろしいです。「こういうことだ」というている、それ、ですね。それがないっていうことを、たてまえとしています。わけとしています。まったく筋書きのない、あるいは筋の通らないことを筋としています、と。そこを鈴木大拙先生、「親鸞聖人がもしここにいらっしゃったら、私とまったく同じことをおっしゃるでしょう」と、そのことがそうだったんですね。ですから思想とか考え方、なんらかの宗教経験ですねえ、そういうことが一緒だという、それをいうてるんじゃなくて、なんにもそこに組み立てたものがほんとはない。と、親鸞聖人もおっしゃっている。それを私もこれからお話するのです、ということなんですね。まっ、うっかり私も「こと」と申しましたが、この講話は、ほんとは「こと」がないんですね。皆さん方にお伝えするには、事柄としてお話をし、コミュニケーションというものがそこに成り立ちますですねえ。

 「こと」がないと、キャッチボールをしてて、ボールがないようなものでして、投げることも受け取る方もですねえ、どっちも成り立たないですねえ。いや、実はそういう形で真実は、コミュニケーションなしで、たっぷりとありうるのです。

 森田療法の全治も、私を抜きにして皆さんが、じか、直接、ダイレクトにその意識でいらっしゃる形で行き渡るんですねえ。伝わることがない、というんですね。ですから人から人へ、人々へと伝わって、皆さんが「あっ、わかりました」と、おっしゃる形になるのは、本物ではありませんのです。で、この本物が、他のどの事柄にもまして速く、時間の概念なしで、もう立ち所に皆さん方のものとして、生き生きとそこに現れるんですねえ。ですから私は伝達者ではないんですね、仲立ちではないんです。

 何10年も前に、私は昭和32年から、1957年ですが、この責任者、院長として、こういう講話をこのようにしてまいりましたが、初めはお恥ずかしいことながら伝達者であったんですね。森田先生は、こうおっしゃいましたと、こういう時にはこういうふうにお話になりました。今でもそれに似た事実を、ある事柄としてお伝えすることはありますが、それは「話」です。まとまった事実を伝えるだけのもの、ですね、普通、エピソードなどといわれるのは、あるまとまった事柄を、話の材料としてそこに持ち出す場合ですね。ところが、それは本治りに関係がない、ある昔話に過ぎませんですね。ですから肝心な皆さん方の全治は今晩この場でしかなくて、間違いなくそれは、この60分間の事実のみであるんですね。

 ですから、だんだん治ると、いうふうに他の病気と同じようにお考えになっていると、治り損ないますですね。しばしば申し上げますように、これはもとより病気ではありませんです。病気としてのいわば思い込みに過ぎませんです。ほんとの病気よりも思い込みの方が辛く苦しい。というのはどうしてだ。とこうおっしゃるなら、ですね、それは、架空、虚構、偽物の、この病気のように見える状態を、病気として治そうとされたことに由来するんですね。ご自分を病気を持った人、病人と認識されて、だから治そうという、筋の通った努力をされた。ところが、その相手であったご自分、そのイメージは、ですね、ことごとく虚構のものでありましたから、熱心にそれと取り組まれた、その事柄は、自分を描いてすでに脱線、その上に解決しようとする脱線が、先ほど申し上げたように加わって、ですね、それはもう、やがてそこに本物が現われてくるというようなことはありえないんですね。言葉を使った工夫が、ご自分の描かれた、これが自分だというお考えの上に加われば加わるほど、複雑に、ややこしく、不可能なぐらいに、見通しの暗い状態として、少しも明るい見通しは出てこないですね。もう、だめかとこう思われるんですね。

 世間では、明るい希望を持たせてあげたら、その人の役に立つだろうと、考えるんですねえ。私どもは、実は大谷大学の学生相談室で相談員をしておりまして、他に4人の臨床心理の人が担当してたんですね。つまり、月、火、水、木、金まで各曜日一人一人が担当してたんです。他の臨床心理の人が、学生援護課、一般に学生課というようなとこですね。世話をするところの研修会でですね、この学生さんの自己のイメージ、自分についての考えている姿を、もっと明るくしてあげなければならない。と、一見親切のように見える発言をしたんですね。世間の心理学の人っていうのは、そんなもんかなあと思って聞いてたんです。

 自分に関わるイメージというのは、悲観でも絶望でも、一向構わないのは、ここですねえ。皆さんに一度も、この講話で希望という言葉を使ったことがないんですねえ。そんなに悲観してはいけませんと申し上げたこともない。言い換えれば、つい今まで絶望していらっしゃったお方も全治なさるのはこの瞬間であるというんです。今までの心のあり方が全く問われない。どうであったかが問題でないんですね。そのぐらい鮮やかな見事な治り方を、お一人の例外もなくどなたもが、この講話が終わるまでになさることが、十分お引き受けできる、私としてのよろこびであるんですね。

 つまり暇がかからない。暇がかからないということは、手間暇といいますが、まさにそうですね、手間がかからない、お金もかからない。という世界でめっぽう精神療法、心理療法の中で、もうだんとつに優れものですねえ。これから何かになる、なっていただこうとする、厄介な仕事が何もない。今の皆さん持ち前の、その状況、あるいは症状で、いっこうかまいませんのですねえ、その皆さんが完全にお治りになるのに、こちらから、こうしてくださいああしてくださいとですね、注文をつけることが一つもない。

 今日も診察の時に、「難しいですねえ」って言われてしまいまして、私、頻繁に言われてですねえ、「難しいですねえ」何かこれから変えていく、例えば考え方、心の持ち方を変えてくださいと、もしお願いするなら皆さんは「それは難しいですねえ」とおっしゃっても無理もない、ですね、ところが、ぶっつけに今のままで足ります、と。何の準備もいりません、と。それが今直ちにこの瞬間の全治そのものです。と申し上げれば、ですね、何の難しいことがありましょうか。

 京都府の宇治市に黄檗おうばくというところがありますね、黄檗山万福寺、中国の山、黄檗山、そこからきているんですね。

 余計な、ごてごてしたことは抜きにして、ですね、唐、中国の7世紀から10世紀までが唐です。で、その唐の時代に、それより前、6世紀の初めにダルマさん、ボディダルマが、インドから伝えたというその禅が、唐そして次の宋にかけまして、唐宋の間、中国でとても発展するんですね。今日知られています、有名な禅問答、気の利いた禅問答は、ことごとくその唐から宋にかけての偉いお坊さんによるものですねえ。で、わずかに6世紀初めの、ダルマさんの言葉、それを2代目、3代目、4代目といきます、わずかな中国人の禅の先生の話が残ってはいますけれども、多くは唐の時代に発展した、禅の道場でのやり取りが伝わっているんですね。ダルマさんから4代目の時に、隋から唐にかわったんですね、国が、618年ですから。まっ、これは禅宗の歴史の話です、はい。

 で、今、黒板に黄檗禅師とその弟子、臨済禅師。この師弟関係をあらわして、黄檗がまだ臨済を弟子として、認めてなかったとき、認めるというのは、これで悟りを開いた、あるいは真実に生きる姿である、というふうに認定しなかった頃ですねえ、まだわからないところを何とかわかろうと、臨済が「どういうのが仏ですか、どういうのが真実ですか」とこう聞くんですねえ、そうすると黄檗禅師が、ちょっと荒っぽいんですけども、胸ぐらをつかんで、ぼんっ、とこう突いたりしたんですねえ。で、またしばらく修行して、また行って「どういうのが仏ですか、真実ですか」と聞きますと、また胸ぐらをつかんで、ぼんっと、で、三べん胸を、どんっ、と突かれたんですねえ。そのときに目が覚めたという、目が覚めたっていうのは、そういう抽象的、論理的な、どんなのが仏ですか、真実ですかと聞いていること自体が脱線であるという、それを言葉を使わずに、親切にも体験させたんですねえ。黄檗一言も言ってないんです。臨済だけが「こうですかああですか」と、こう聞いて、それで、まるで怒られるように、ぼんっ、と。

 臨済禅師の、後にいうところをまとめたのが臨済録という本ですねえ。臨済禅師の生活と意見を、ちょうどこの病院と同じ名前の三聖さんしょう、今ここ三聖病院というてますが、世間の人の間違ったいい方に押し切られて、ですねえ、第二次大戦後、いや私が院長になってからですが、今のような名前になったんです。もとはといえば、三聖さんしょう病院です。前の院長はけっして三聖とはいわなかったんですねえ。私は責任を感じておりますんですが。で、三聖さんせいっていうのは、お釈迦さんと、文殊菩薩と、普賢菩薩。釈迦、文殊、普賢ですね。これが禅における三人の聖人として、崇める人です。

 で、三聖さんしょう院というのが、臨済禅師のいたところで、「三聖に住する慧然記す」と、臨済録に臨済の弟子の慧然えねんが書いた。

 このように、三聖慧然という場合もありますですね、三聖院にいた慧然。慧然が記録したわけですね。で、臨済禅師がいいますのに、ですね、黄檗禅師に三べん、その大事なことを問うて、質問して、三べん胸を突かれた。それは、ですね、黄檗禅師の仏法っていうものは「無多子たしなし」と書いてあるんですね。

 第二次世界大戦後まで、岩波文庫の臨済録には、これを「たいしたことはない」と解釈され、そういう説明がついてたんです。黄檗の仏法も実はたいしたことはないんだ。と、今皆さん岩波文庫の臨済録を買ってお読みになりますと、そこは全く違った解釈、違った説明が書かれています。これは著者が代わったんですね。それもあるんですが、中国の唐の時代の俗語がよく研究されてまいりまして、ですね、禅の言葉っていうのは、日常生活の中の俗語が普通に使われているんですね。仏教語ではなくて、そこらで普通に使われている言葉で肝心なものがいい表されているんですねえ。

 この無多子たしなしっていうのを、たいしたことはないというんではないと見抜いたのは、亡くなって数年になりますが、柳田聖山という先生で、大谷大学の出身者で、のちに京都大学の人文科学研究所の所長になった方ですねえ。柳田謙十郎という哲学者の婿養子になった方です。

 で、どう書いてあるかっていいますと、やさしいことだと書いてあります。黄檗の仏法はたいしたことではないと、値打ちを下げて書いてあったのが改められて、やさしいことだと。ですね、造作のないことである。

 なんにも条件、あるいは考え方をひねくる必要がない。考え方自体がいらないんですね。考え、言葉、文法、そういうものなんにもいらん。ただそのまま、すっとこう、耳鳴りの方は耳鳴りのまま、ですね、心臓がどきどきする方は、どきどきのまま、強迫観念の方は強迫観念のまま、ですね、現実生活に取り組まれれば、それをもって全治とする。まだまだだめだと、だれもいわないんです、本当は。

 ところがお坊さんは、値打ちをもたせるためか、やたらとそのへんのところを、もったいつけて、難しそうにいわれるんですね。ここは、そういう普通の物ごとと違う点を強調せず、ただ言葉で説明することが一切途絶えている。言葉の無い、言葉の使われる前というてもいいくらいの世界ですね。このほうが、心については皆さんの生き生きした状態については本物である。先に本物だったんですね。ですから、これから悟りを開かれるというよりは、言葉を抜きにして、元々の事実で生活なさる。

 例えば、目が物を見るのと同じようにですね、目は考えてものを見ているんじゃないんですね。目を開いたらもうものが見えるんです。ぱっと、目を開いたらそこに花がある。「私は花を見る」と皆さんおっしゃらないでしょう。花がここにあります。ちゃんとこういうふうに生け花として飾られています。当然、皆さんの目がそれを見て、それを脳がその目に映じたもの存在を認識して、そして、ある。と、そういう理屈っぽくいえば、そうですけども、そうじゃなくて、もう目をこちらの方へ向けられた途端に、ここに生け花の作品がある。というふうに見てしまわれるんですねえ。

 認識ということ、それをこの頃の言葉で、認知療法の認知というふうに、同じ意味です、知ることですね。簡単にいえば、知ることを介在させないで、直接の体験として、考えによらないのを直接といいます。考えてわかるのを間接的な捉え方といいますですね。

 テレビはかなり直接的ですね。コミュニケーションのメディア、媒体としての映像を、かなり直接に受け取られますが、ラジオですと実況の放送は、まっ、野球でも、それを分かる形に言葉に置き換えて放送しているわけですねえ、あれを間接的な捉え方というんですね。そのように視覚、視覚的な、ものを見る働きっていうのは、皆さんの全治にはもってこいの例えです。それで感ずること、あるいはご覧になる、見ることはですねえ、知ることとは別である、と。これは皆さん全治なさることは、知ることとは別である。ということの代わりにお話しするんですね。

 ですから、辛い、苦しい、嬉しい、楽しいと、内容をいうてるんと違うんですねえ。その直接の、ほかならぬ皆さん方の、そのようにしていらっしゃること、見えていること、あるいは感じていらっしゃること、あるいは気分的にもそういう感じで、感じといっても、感覚もそうですし、感情もそうですね、知ることより前の話ですよ。知ることより前に、そうであることが間違いない全治なんですね。そこに知ること、認識、認知が引っ付きますと、そこから脱線がはじまる。ことに、これが自分だ、これが心だ、生きる意味だ、という種類のものが引っ付きましたら、もうここでは到底治りませんです。ですから、素早く、実際の生活をはじめられることをお勧めするんですねえ。

 そういうふうに、「黄檗の仏法無多子たしなし」黄檗の仏法は、実はやさしかったんだと、臨済禅師が、やがて気がつくんですねえ。三べんどつかれといて気がつく、皆さん方、やさしいもやさしくないも、なんにも自分で心に工夫することがいらなかったんだ。森田療法無多子たしなしと。そういうふうに、実生活の中で、やがて感じられることがありましょうが、感じられなくてもよいんですね。ですから、その不安がまだとれない、恐怖が襲ってくるとかですね、それを悪いとすると、退けなければならない。退けようとすると症状が固定して治らなくなります。言葉を使いますからねえ。

 不安というのは言葉のないものなんですね。よろこびもそうです、ほんとうは。それを言葉で表しますと、嫌な、悪い、不健康な心のように思えて、不安をなくそうとする。

 世間の人がストレスといっているものも、ですねえ、あれいわなかったら、とても簡単な日常的な感情の一つですね。ストレスという言葉を使って角が立つんですね。

 ストレスのない社会っていうのを、夏目漱石がもうすでに使っているんですね。なんか邪魔な自分にとって不都合な気になる事柄、というものを、どなたも見いだして、それのない快適な、安心できる状態、心が癒される姿、そういうものを求めてしまわれる。はじめに嫌なものをきめた途端に、その反対のものを待ち望む人生が始まるんですね。神経症っていうのは、それのない状態を目指すことで、あらゆる努力が皆さんを苦しめる、きわめて奇妙な状態ですね。

 ですから、決めるっていうことをおやめになれば、実に何事もないんですね。決めることによって、好き嫌い、良し悪しですね、この好き嫌いは、感情的な一番もとのものですね。良し悪しは価値的な、知的な判断ですね。そういうものが、次々加わりますと、もうその嫌なものそして悪いものは、心の中から早く除き去りたい捨て去りたい、が人情です。そこから後もううまくいかないです。ですから好き嫌いをいう前のところで実際の生活に手を出していらっしゃることですね。これが今晩の全治で、例えば、この分からん話をご熱心にお聞きくださるという、聞く作業はもう間違いなく、花を見る作業と同じように全治なんです。ですから講話の内容が問題ではないんですね。聞く、という作業で全治なんですね。

 臨済録に、「歴々タリ目前ノ聴法底人」と書いてあります。

 この、歴々は、もう極めて明白なこと、はっきりしている、ですねえ、以下のことははっきりしている。何がはっきりしているかと言いますと、臨済禅師の講話を聴いている、目の前の法を聴く、そのような人、皆さん方とこういう。

 ですから内容、あるいは分かり方とかですねえ、その感想とか、そんなんなんにもない、心の内容に関係なしですねえ、目の前で私の話を聴いていらっしゃる皆さん方、そこにはっきりと真実は現われていますと、これは臨済禅師がそういっているんです。そこのところが、ついうっかり見逃されますけれども、もうそれで十分ですっていうことですねえ。別に真実という何かがあるのではありません。生活を皆さん方が、あらゆる場所でなさる、その場その場の皆さんのお姿が、全治している人そのものですねえ。そこに皆さんご自身や心を、こうだああだと言葉に置き換えて、意味付けして比較などなさることを持ち出したら、もうそこからうまくいかない。

 一番馬鹿げた言葉の使い方として、ですね、「まだ不安が残っています」という言い方、これは退院しようと思われる方が、もう口をそろえて言われるんですね。これは本当はよく分かっておられないからです。まだ、まだっていうような言い方など、絶対使うことのありえない言葉なんですね。まだ残っていますと、不安。

 ですから、ちょっと言葉を足して脱線を覚悟して申し上げればですねえ、その時の心を心としていらっしゃれば、満点ですね。

 宮沢賢治が、「農民芸術概論綱要」という詩の中で、

 「なべての悩みをたきぎと燃やし なべての心を心とせよ 風とゆききし 雲からエネルギーをとれ」

 というふうに詩をつくっておりますとおり、ですねえ。36かで亡くなった人が、どうしてそんなこと分かったんでしょうねえ「なべての心を心とせよ」。

 今の心を皆さんの心として、それ以外の別の心で置き換えようとなさらなければ、それで十分とおるんですね。

 悩み、なべての悩みを薪と燃やしっていうのは、まさにいいですねえ。今の症状、皆さん方、不安だ、恐怖だとおっしゃっているそれを捨てるとか消すとかでなしに、そのままこう燃やしていくんですね。

 煩悩としてこうまさに悩みとして燃やしながら進んでいく。そういうことです。

 はい。どうも、今日の講話はこのへんで終わりといたします。

    2012.5.11


宇佐晋一先生 講話

わかる前に治る 



 実際には、考えによる治療ではありませんので、皆さん方固有の今の考え方を改めていただく必要は、まったくございませんです。どういう思想の持ち主でいらっしゃいましょうとも、それに一切関わりなく、この神経症問題、あるいは悩み一般ことごとく、よく、きれいに、この瞬間にも治っていただくことができるという特色がありまして、むしろ考えが皆さん方の治られるのを妨げるという、思ってもみられなかった事柄が、現実の大きな問題です。考えで待ち受けていらっしゃる、そういう皆さん方を考えて、私が皆さん方のお気持ちを予測して先回りして、こういうことを申し上げて、この講話を始めさせていただきます。

 したがって講話は、ひたすらただお聴きになればよろしいものでありまして、この一般に、特に文章でも詩でも、場合によっては能や演劇におきましても「起承転結」ということは、古来重要な、その構成つまり成り立ち、組み立ての要素として、ですね、もうご存じでしょうけれども、組み立てはたいへん役立ちますね。ところが、この療法、あるいは心のあり方におきましては、まったく必要がないのです。むしろ邪魔になるくらいでありまして、こういう構成、組み立て、成り立ちは、この講話にはございませんです。どこをお聴きになりましても、例えばこの録音をあとで、皆さんお聴きになります場合に、最初から終わりまできっちりお聴きにならないと肝心なものが受け取れないのではなくて、終わりの方、五分の一お聴きにになった場合でも、まったくその効果的な役割をはたします。つまりよく効きます。

 講話が、ほんのちょっとしか聴けなかったという場合も、その効果は、まったく同じことですので、全部聴き終わって、ああ、なるほどそうだったのか。ということにはなりませんから、逆に今日の講話はよくわかった。と、今まで全然わからなかったけれども、今日ので納得できた。という種類のものは、本物ではありませんのです。

 そういうふうですから、学校の授業とまるっきり、その役割が違いますので、何らの心理的な受け渡しという、皆さん方のほうへ私からお伝えするという趣旨のものがありませんので、世間でコミニュケーションの理論で申します媒体ですね、メディア、コミニュケーションメディアですね、メディア、そういう媒体というものが、この私の言葉でありながら、ですね、それが役割をはたしておらないのです。つまり、ないに等しいですね。そういうことを申し上げている、というのはおかしな話ですねえ。この私の言葉が役立ちませんというふうに今お話しているのですから、まったくおかしな話であるといわなければなりませんですね。

 したがって講話は、お聴きになればなるほど、考えで受け取られる皆さん方の、今までの教室、講義室での先生のお話、授業の受け取り方とまったく違いますので、ぜんぜんわからないですね、あるいは納得がいかない。いうふうに思われようが思われまいが、どっちも治られます。つまり皆さん方の、この講話に対する反応として、どういうふうにお感じになるか、どう受け取られるか、その皆さんのお聴きになった上での感想は、ですね、つまり、どうであろうと皆さん方が治られることにまったく関係がありませんです。という趣旨のものですから、日本古来の心に働きかける、心を唯一の大事な精神修養の中心的課題である。とした生き方と、これからの講話とは、まったくその趣を異にするものであるんですね。

 その点、ほんの少しも分かっていただかないようにしようというところまでになっていますから、いささか取りつく島もない、ですね。

 本来、心の問題の真の解決は、皆さん方が、ご自分の頭の中の働きを、ご自分で変えようという、考えてみてもおかしな話でありましてですね、そういうところに、いわば無理なもっていき方がありましたわけですね。

 きょうここに、「養神ようじん」という、おそらくどんな機会にもご覧になったことのないだろうとお察しいたしますが、こういう掛け軸を持ってまいりました。

 この「しん」から先に申し上げますと、これは精神そのものです。けっして、神を養うではなくて、精神を養う、言い換えれば修養ですね。この修養、精神修養というのも、近年ますますその影が薄くなりまして、およそ使われないようになってきているかに思われますけれども、ですね、これはすべての人に、まっ、絶対必要なことがらでありまして、ですね、皆さんが、宗教なんか用事がないとお考えになることもあろうかと思いますが、それは宗教に関連していろいろな、それぞれの宗教の行事や、それから経典、ですね、尊い内容の本など、それに関連して独特の宗教的行事ですねえ、そういうものが目について、そこに魅力を感じられない。むしろ嫌がられる傾向があろうかと存じますです。

 ここは医学、精神医学に関連した治療施設ですから、宗教には関係ありませんけれども、内容的にまったくぴったりな事柄は、その趣旨におきまして、皆さんのご参考になることが大きいので、宗教に関連した話を話題にいたしますけれども、趣旨はあくまでも森田療法あるいは皆さん方の、本物の皆さん、今までお気付きにならなかった、これが自分かというもの、ですね、それをこの講話の終わるまでに発見していただくという狙いがあるものですから、ですね、それに役立つものでしたら、まっ、たとえ昔の宗教に関係のある話も役立つものはなんでもいたします。しかし趣旨は、実は皆さん方のお考えによらない、本来の生き生きした姿を、この場で実現することそのものでありますから、ですね、どれもこれもその共通の狙い、あるいは趣旨として簡単に言えば、何ものにも関係がないということを申し上げればいいのです。

 最も皆さんに関係の深い言葉で申しますと、治るのと治らないのと、その二つを比べることがまったくない。治る治らないの両方に関係ない。という趣旨の話ですから、皆さん方多分、もう何がなんでも安心が必要だ。不安はほんのちょっとでも残っていたり、また顔を出してきたりするということが嫌だと、こう思っていらっしゃる。そういう方々にこの講話は、一挙に選り好みをやめていただいて、まったくそれらに関係のない、皆さん方のご自分に対する見方、捉え方、評価ですね、そういうものの良し悪しという、価値的なことの捉え方が、この一瞬に消え去れば、ですね、この療法の趣旨は、この瞬間にも、もう皆さん方のものでありまして、話を聞いてわかってそれから治るという順番は、まったくありませんのです。極めて速い、あるいはこの一瞬のことであると、そういう見方からすれば、とても現実的であるんですね。架空の話をして、遠い将来いつの日か治りますというのではなくて、この現実をおいてほかに、皆さん方が全治なさる、最高によくなられる瞬間は他にありません。という話をしているんですね。

 これが精神を養った状況です。心を磨いたり、心を丸くしたり、明るくしたりする。というのが精神修養ではなくて、ですね、皆さんご自身に、今までのお考えにまったく関係のない、そしてこれからも、なんの関係もない、なにかに関係づけてご自分を良いあり方にしようとなさる工夫のまったくいらない。という皆さんが、にわかに誕生されるという瞬間は、ですね、その機会は、あまたありまして、もっと平たく申しますと、いつもかも皆さん方は、全治していらっしゃるほかありませんですねえ。

 治って治って治ってばかりでしかいらっしゃることができない。治らないでいらっしゃることができないのです。ただ、それを残念にも、見逃していらっしゃるんですねえ。なにによって見逃されるかといえば、ご自分の考えによって、ですねえ、その素晴らしい瞬間を見逃しておられますので、治らない治らないと嘆いていらっしゃるに過ぎませんです。

 この今の話は、万に一つの、あるいは千に一つのですね、とても貴重、珍しい、難しい機会ではなくて、いつでもどこでものものですから、ご自分についての、ああだこうだと決めていらっしゃる、これが自分だというその決め方を、この瞬間にもやめてしまわれる時には、ですね、そこに、思いもよらん、まったく今までと異なるご自身が、見事に現れて、ですね、今まで考えた自分、考えた心、考えた人生の中に生きてきていたなあと、そういうふうに、つくづくと思われる、そういう瞬間が、いつもかもあるということですね。

 もう一度ひとたびそれを見出されますと、真っ暗な部屋で、例えば停電による真っ暗になった時に、まっ、どなたかが、ちょっと柱に備え付けてあります電灯を、ですね、こうぱっと付けられる。と、その大体の見当がついて、まっ、例えばこういう机にぶつかることがありませんですね、片隅でぽっと明るくなれば、大体の検討がつきますね、ああいう検討のつき方が、どの場所でもどこでもですね、起こる可能性がいっぱいありまして、ひとたび検討がつきますと、今までの皆さんの苦心、やりくり、治そうとする努力はことごとくいらなくなります。

 治すということは、皆さんの良いと思われること、好きなことのほうに全面的に変えていきたいという感情の自然、あるいは人情によりまして、目指す良い心の状態が、はっきりしておりましたんですね。そのために、考えた自分を絶対離れることができなくなっていらっしゃったんですね。

 その考えた皆さん方、考えた心、考えた人生という、それ自体が、もう本当のものをきれいに離れてしまって、架空の描いた皆さんであり、心であり、人生であった。ということが、ひとたび明らかになりますと、もう改めて自分を描いて決めるという、わざとらしいことはもうなさらなくて済むのですから、至って手間の省けた、用事のない、ご自分という変化がありますですね。

 今は、皆さんご自分のことで、とても重い気持ちになっておられるほど厄介なお荷物でありますけれども、ですね、それが、まったく手間の省けた状態。どうすることもいらなかったものとして、手出し無用という言葉がありますけれども、そうする必要がないという意味の、手出しのいらなさは、ですね、めっぽうすばらしいです。どうする必要もない皆さん方が、はっきりそこに現れるんですね。ほっといても現れるんですね。いや、ほっとくと現れるんですね。そこに神経症、あるいは悩みの状態における、ほっとけない事情というものが、どなたもの良くなられることを妨げていたということが、あとではっきりいたします。

 考えた治った状態、それは必ずや今の皆さん方にとっては良い状態。あるいは段階的には高級な状態でして、それを心の向上、あるいは治療の狙い、となさるということは、まことによくわかる事柄です。よくなりたいということですねえ。ところが外の社会の事柄をよくしようというその努力は、この国家的にも、あるいは世界的にもですねえ、それはよくなる方向へ向けてのみんなの努力というものが必要ですけれども、内側へ向けて、自分自身によくなる努力というものは、その自分で見た自分の世界におきましては、思いもよらないことに、まったく、その基づく論理が異なりますので、なに一つ皆さんの分かっていらっしゃる通りのものはないんですね。筋の通ったお考えが、そのまま通らない、通じない、役立たない世界なのですけれども、まさかそこまでは、変わった世界とは思われていませんですね、ご自分の中ですから筋書き通り、理屈通り、どんな理論も通用すると思っていらっしゃるでしょう。それは外の世界に役立つ、皆さんの優秀なお考えが、自分の中にも通用するという、一人勝手に思い込んでいらっしゃるだけの話で、外の事柄を、心の中にほんの少しでも持ち込んで役立つことは何一つありませんのです。

 心の中はまったく筋書きの異なる世界、というその見方が、世間にはまったくありませんので、自分の心ですから自分でなんとかすればよいと、そう思いがちなんですねえ。

 皆さんも、ごくお小さい頃に、自分のことは自分でしなさいと、お父さんやお母さんから、しつけられてこられたんですね。そういう教育を受けていらっしゃれば、学校のことはよくわかりませんけれども、とにかく自分で自分の心をしっかりとよく保ち、明確な「これが自分だ」という中心をいつも保ち続けるということが大事であろう。というふうなお考えは、かなり共通して皆さんお持ちのことです。

 その自分というものをはっきり安定した状態に、あるいは明るく保つというその趣旨の事柄が、もっぱら修養と考えられて、日本ではそれが古来、神道、神様の方、神社の方ですね、の思想として受け継がれてまいりました。これは思想です。私が講話でお話するのは思想ではありません。私の考えではありません。森田先生のお考えでもありません。神さんの方の思想は、改めて申し上げるまでもありませんけれども、明き、浄き、直き、誠の心ということを主張して、明きっていうのは、英語のレッド(red)ではなくて、ぱっと明るいということです。直きっていうのは、もう説明するまでもありませんね、神道では、穢れるということをきらいますので、穢れのない、あるいはこれを純粋と見ていいかも知れませんが、浄い、汚れてない心ですね。直き心、直きっていうのは、直しというのは、この素直さです。簡単に改めて論ずることのない素直なあり方をいいます。で、誠の心っていうのは、そのぶっつけに今あるそのままが誠ですけれども、しばしばそれは誠意。人に対しての心ずくし、という趣旨を含みますですね。明き、浄き、直き、誠の心で生活をするのが、かんながらの道である。もう今の皆さん方ですと、かんながらの道っていうのは、どこにあるのかというほど縁遠い言葉でありましょう、また、お聞きになってない方もいらっしゃるかも知れません。3年ほど前に、医師で神主でいらっしゃる方が、日本森田療法学会で、「かんながらの道と森田療法」という、そういう趣旨の発表をされました。で、後でまた私もご挨拶したんですけれども、それはその、さっき一つ直きですね。明き、浄き、直き、誠の心。直きというその素直であるというそれは、確かに共通しているんですね。つまり心の問題を論じないという趣旨ですが、どうも、ほかのは森田療法と関係がなさそうだなあと、思って私は聞いておりました。しかし、かんながらの道っていうのは、この自己意識のなかで、この自己像、自分を描いている皆さん方の、これが自分だというイメージですね、それを表に出していかないものなんですね。そういう趣旨が、かんながらの道であるとすれば、森田療法的ではあります。

 で、そういうふうに、心の問題として修養をとらえるという大きな流れが、この古い日本にはありましたんですね。日本にはそれだけかといいますと、それよりは、ずっとわずかではありますが、鎌倉時代以来、自分をこうだと描かない。自分を決めない。自分というものがあるとかないとかさえもいわない。そういう精神態度というものが伝統的に、伝統的っていうのは、教わっていくということで、教える人と教わる人がいる教育ではなくて、まったく言葉で伝達することがない、コミュニケーションがない、という心のあり方で伝わっていく。そんなおかしなことは普通はないですねえ。伝わるっていうのは、コミニュケーションによることは間違いないんですけども、なんにもないものを伝える。なにも教えることがない、あるいは教わることがない。というその間柄、それを尊ぶんですね。先生から弟子へ、また教える人から次の弟子へというふうに伝わっていく、とすれば、それは思想ですけれども、そこになにも決めない、なにもそこに描かれない。「これだ」というものがない。そういうものが伝わっていく。これは言い換えれば、普通の表現なら、まったく伝わらない素晴らしい道と、こういうことですねえ。

 たびたび講話でお話を最近はいたします、大燈国師ですが、その弟子の人たちへの戒めた遺言に「不伝の妙道」というのが、自分からあなた方へ一番伝えたい大事な趣旨であると。そう述べておりまして、この不伝の妙道を身につけていない人は、自分の弟子とはいわせないぞ。と、こういってるんです。自分の子孫、児孫というてますが、児は、児童の児です、それと孫ですね。児孫と称することを許さじ。自分の子供や孫、まっ、それは弟子ですね。弟子と自分からいったりしてはいけない、とこういうんですねえ。この「不伝の妙道」を、ちゃんと持っていないことには、自分の、大燈国師の弟子ですということを許さない。と、そんなに書いているところです。これははっきり、コミュニケーションがない心のあり方を明らかにしたものですね。

 今日持ってまいりました、精神を養う。修養ということはまさにそれでありまして、何かの今まで気がつかなかった思想を、皆さん方が、新たに私から教わり受け取って、それを実行するようにという趣旨のものではありません。まったく自分を何かである。何か、例えば森田療法を受けました。というふうな、皆さん方ならそうおっしゃりたい、ですね。受けましたけれどもなかなか治りませんでした。というふうなことになるかもしれません。受けたのでよくなりました。とおっしゃるかもしれませんですね。それ、どっちも具合が悪い。ほんとに治るという状態は、自分がAの状態からBの状態に変わりました。という、その経験にまったく無関係のことです。皆さんが描かれる、治る筋道、経過ですね、そういったものが治ることに必要なのではありません。

 ほかの療法のことなんか、もうどうでもいいのですけれども、計画、例えば10回の面接で、あるいは10回のセッションで、とこういうふうにいいます。その段階的に進んでいく、療法が進んでついに治る。ちょうどこう、階段を登るように治っていくというふうに考えられた療法の系統的な組み立てが、行われておりますですね。ここにはそれがありませんです。

 今日初めてこの講話をお聞きになった方も、本治りされます。10回お聞きになった方も同様です。早く皆さん方が、本物の皆さんでいい生活を始められ、それでここでの生活を何10日か過ごされるっていうことを私は一番期待しているわけですね。40日たてば治ります。とか、20日たてば半分治っているでしょう。とかいう経過というものを重んじませんです。皆さんが毎日のご気分が良かったり、悪かったり、という普通の言葉では波があるとしますね。あるいは進んだり後戻りしたり、一進一退であると。というふうな経過ですね、そんなん全然関係ないです。

 その、今までのやってこられたことが何だったのか、つまり無駄であるとして、もうこの瞬間に治られるということほど素晴らしいものはない。

 世界で瞬間的に治るもの以上に速く治るものはないです。で、また、治るのは、決してだんだん治るのであってはならないのです。瞬間的に治ること以外にありえないんですけれども、それは、ここにいらっしゃる方々以外の、ほとんどすべての方はお分かりにならない、だろうと推測しますですねえ。

 瞬間的全治以外にありようがない。治りようがないのです、本当は。だんだん治る。その治った状態は禅の悟りに等しい。と、認知療法のある先生が、東京からみえて、京都でそんな講演をされましたけれども、それは全然おかしい、全くおかしいんですね。

 悟りに近いんじゃなくて、今日皆さん方が、本物の悟りと何ら変わらない素晴らしい状態を、ここで座っていらっしゃりながら体験されることほど素晴らしいものはないんですね。

 もう、お察しがついていらっしゃるかもしれませんが、比べたらいけないんです。悟りと悟りに近いものと悟っていないのと、この三つを比べてはいけないんです。

 ここまでお話して、言葉で表現するっていうことは、もう脱線であるという、心についての、もう、ほんとのところを申し上げた上で、悟ったのと、つまり皆さん方は、全治なさったのと全治なさっていないのとは、全く比べることができない。言い換えますと、同じっていうんですね。皆さん方は、治りたい一心から、何が何でもこの講話でかなりなところまで治りたい。と、今日ご希望であろうとお察しいたします。けれども実際は、比べないということですねえ。で、比べるのは、必ず言葉や文法、つまり論理を使いますですねえ。

 それは、その瞬間に皆さん方が、本物の皆さん方でない、考えた皆さん方、あるいは心、というふうに置き換えられてしまっているんですねえ。この講話の趣旨、この「養神」というのは、考えに置き換えられない皆さん方、どのようにも言葉で決められない皆さん方、教育的な伝達が行われていない心のあり方、ですね。それを指しているのです。したがって、心の問題、治る治らないの問題など、一切の言葉による比較は、本物、全治、あるいは真実に生きる姿においては、ありえないんです。

 ですから、治ったのと治っていないのとが、全く比べられない、同じという、同じというのは、概念、考えですねえ。それよりも全く比較がないというのは、言葉のない状態ですねえ。ですからそれは、皆さん方が、生まれたての赤ちゃんのとき、等しくそのようでいらっしゃって、「お母さん」という言葉もご存知なかった。そういうときに、どなたもが真実、もしくは本物でいらっしゃったんですねえ。ですから赤ん坊にできて、皆さん大人の人にできないってことは、ありえないんです。

 あるいは、ちょっと例えが悪いかもしれませんけども日本猿、あるいはチンパンジーが立派にそれを成し遂げている。一生やっているんですねえ。心の健全というのは、そういう言葉のないところに歴然とあるんですね。

 で、一方、外の世界、社会に生活をしていかれる皆さん方には、言葉と論理は大いに必要です。したがって、これを他者の意識におけるあり方として、人間の知能、知性というものは外向きの仕組みと捉えることができます。

 それに対して人間の知能、知性は、自分を守ったり成り立たせたりするには不向きである。まして、治すということには絶対よろしくない。役立たないんですね。

 これは心理学的な事実として、すでにいわれている事柄です。人間の知能は外向きの仕組みである、外部機構である。ということを、改めて申し上げないことには、皆さん方は自分のために、心のために、人間の知能、ご自分の優れた頭の働きを、役立たせようとして努力していらっしゃったんですね。これは使い間違いであるんですね。これからは言葉や文法、すなわち論理を、外へ向かって大いに発揮していらっしゃれば、もう全治疑いなしです。

 じゃあ心をどうしたらいいか、これは言葉なしの、ただこのとおりというだけのことです。このとおりというのを森田先生は「あるがまま」といわれたんですねえ。それは論理をわざわざなくす、というふうに思われたかもしれませんけれども、本来、論理のない世界なんですね。というのは心とか頭、まっ、皆さん方、心と脳と申しますと、その二重のあり方ですね、脳は見えるもの、心は見えない脳の生み出した現象ですが、いずれも外界に対応する仕組みとして発達したものです。したがって外界をしっかり把握する、社会に生きていくために、子供が教育を受けて、脳を発達させてきている、ということはお分かりのとおりですねえ。つまり外向きに発達した部分で、自分自身が先に論理化されて育ってきたわけでもなんでもなくて、ですね、あくまでも身体は、言葉のない世界。で、その優れた外向きの働きとして脳が、大いにその知能を発揮するわけです。

 ところが皆さん方は、嫌だ。とかですねえ、気に入らない。辛い。苦しい。という好ましくない状態において、その脳の働き、つまり心を自分に役立たせようと使われます。それが方向として使い間違いであるんですね。

 で、それを昔から見事にやめた人たちが、ほんの、この日本でも限られた少数の修養生活あるいは修行をした人が、それは多く宗教家ですけれども、自分を考えに置き換えない状態の立派にあることを実現し、それを書き残しましたんですねえ。その一つが、この大燈国師の「不伝の妙道」です。心の問題は、全くそれを分かる形から出発してはならない、ということですねえ。

 道元という曹洞宗の禅をはじめて普及しました、鎌倉時代の優れた坊さんは「心を先とせざれ」といったぐらいです。「心を先とせざれ」心から解決しようとしてはいけません。心を問題にしてはいけません。ですから、明き、浄き、直き、誠の心っていうのは、本物ではありませんですねえ。

 戦争中は神道、神さんの方が大事でしたので、こういう話はできませんでしたんですねえ。けれども今となって公平に批判すれば、心を問題にしない、たいへんはっきりそれを表明した禅の人たちの功績は、まことに大きいです。

 心のあり方を、一切決めないということからすれば、ですね、心は変化のままでいっこう良し悪しがない。この良し悪しがないというのが、まったく値段をつけることのできない、素晴らしい宝物である。「無礙むげ宝」というんですねえ。

 東福寺にいらっしゃって方丈を見学された方は、その最後のお堂から離れる手前の、そのお堂の高いところに「無礙宝」という額が掛かっています。何か特別の心の拠り所、心のあり方を示すものがあるのではありませんと、明確に物語っているわけですねえ。

 昭和25年に東福寺に管長としてこられた林恵鏡、恵鏡というのは恵、鏡と書きますが、恵鏡老師は、そのお部屋の名前を「無礙室」この無礙と、部屋の室ですねえ。「無礙室」と称して、そんな字を書いた木の板が、その部屋の前にありましたですねえ。

 こんな扇形の木の板が、お部屋の入り口の側に置いてありました。「無礙室」と書いてありました。心の問題に価値を問わない、良し悪しがない「心に良し悪しなし」ですねえ。皆さん方は、良い方を望まれるあまり、あまりっていうのは、それの影響として好ましくないのを嫌われますですね。安心を好まれるあまり、不安を嫌われますですね、安心好みの不安嫌い。ということですね。これを言葉をなくせば簡単にやめられます。一切、自分で見た自分、あるいは人から見られているであろうという自分。これを自己意識といいますが、自己意識内に言葉を持ち込まない。つまり身体の続きですから、身体の中に社会的な仕組みが元々あったわけでもなんでもないんですね。ちょうど手に持って歩くライトのようにですねえ。

 仮に身体と心、あるいは脳と心と、こういう平たいいい方にしました場合にですね、それは必ず外へ向かって照らす仕組みです。それを皆さん方は、自分を照らして使い間違いをしていらっしゃる。こういうふうに図示することができるんですね、本来は外向きのものですどこまでも。したがって、これが自分だ、これが心だ、これが人生だ。といっているそれは、ことごとく脱線でありますから、そこに治った状態を描く努力をしていらっしゃるのは大間違いですね。

 こういう基本的な心のあり方というのが、世間では間違いも堂々としてまして、ですね、あまりにも間違ったことを平気でいってるもんですから、それが正しいと思われがちであるんですね。明き、浄き、直き、誠の心が大事だと。いうようなのは、悪いですけど、それは具合の悪い、本来の心をよく見抜いたものではないんですねえ。ですから心は変化しどうし、したらしたまま、そしてまったく言葉のない心のあり方からしますと、よいも悪いもありませんと、こういうことですね。

 江戸時代の初め、17世紀に、盤珪というお坊さんが、禅のお説教を今でいう口語でしたんです。みんな漢文をもっともらしく書いて難しいですねえ。それに盤珪禅師ばかりは仮名法語といいまして、この方は「すべては不生で整いまする」と、その仮名法語でいっておりまして、ですね、これが日本的な禅の神髄を見事に踏み外さないあり方として有名ですね。これで盤珪の不生禅といういい方があるのはお分かりいただけるでしょう。盤珪の不生禅といいます。私はそれを昭和19年、1944年、学生のころに聞きました。よくまあ、あの戦争末期にそういう話を、まっ、哲学、西田幾多郎哲学教授のお弟子の方でしたが、そういう話をされたんです。友達に聞いても誰もそれを憶えていませんが、私、禅の話だったんで熱心に聞いたのかもしれません。

 不生禅。不生っていうのは、要するに言葉を生じない、持ち出さない。ということをいうてるわけですねえ。生ずるっていうのは、概念化あるいは考えが、皆さんの頭の中で始まること、それが生じているということですねえ。で、それに対して全く言葉が生じない、何かが始まらない、何かがそこに出来上がっていかない状態ですね。その皆さんのお考えとか心に、こうだああだという、その意味が生じない状態が不生です。それでうまくいきます、とこういう。

 ですから雷で怖くてどうにもなりませんとですねえ、これは修養ができてないためでしょうかと聞いた人がいて、その人に、驚いたら驚きっぱなしでよろしい。「驚きなばそのままにてよし」と、こういうてるんです。もう森田療法を先取りしたようなもんですねえ。これが本来の心の素晴らしいあり方ですね。ですから森田先生よりも前に、もう鎌倉時代以来、日本にはそういう、自分を決めない、心を決めない、という趣旨の修養をしていた人が禅の方にはいくらもいたということですねえ。わずかではありますけれども、それが森田療法となって現れた。こういう見方もできるんですねえ。

 皆さん方が、この瞬間に、見事に、講話がもうじき終わりますけど、終わるまでに治ってしまわれる。というのは、ものを比べるっていうことの絶対ありえない瞬間の体験ですね、経験というてもいいです。今この瞬間の純粋な経験、純粋経験ですねえ。それをたっぷりなさることができるからです。皆さん方はもう、治らずにいらっしゃることはできないですねえ。こう瞬間、瞬間、それが考えによって覆われて、全然隠されてしまうんですねえ。考えで物事、心を、あるいは自分を描き始めますと、それは使い間違い、やり方の間違いということを気がつかずに、どんどん自分の興味のある、皆さん方でしたら治す方に努力をされますから、その言葉を使って出来たもので自分をだめにしてしまうんですね。言葉は外向きの道具ですから自分を良くするため、治るために使うというのは、使い間違いなんですねえ。

 中は不生で整いますると、盤珪禅師がいうとおりで、心がどうなろうと、その変化のままに、ただほっておくのが今日の「養神」という趣旨、あるいは森田療法の「あるがまま」という神髄です。意味、良し悪し、価値的な見方というものを、心の中に自分の中に持ち込まないようになされば、今日皆さん方は見事に全治なさる。その瞬間は、たっぷりありますですね、かく、それぞれの瞬間すべてが、皆さんの全治の瞬間です。瞬間に、AとBと二つをけっして比較することができないんですね。したがってその瞬間を見逃さない、比較することのない皆さん方が、治らないでいらっしゃることはできませんですね。

 もう長々お話しましたが、ご自分の中を振り返る必要は全然ない。という簡単なひとくくりのこの表現で、今日の講話は、まったく壺の中、皆さんのお持ちの入れ物の中のように、ですね、その壺の中がどうであるかは、もはや問題になさる必要がないんです。これは心の話をしているんですが、ご自分の心の中を、どうのこうのと概念化して考えに置き換えて論ずる必要はもうありません。ということですね。

 はい。それでは今日の講話はこのへんで終わることにいたします。

    2013.12.15


宇佐晋一先生 講話

しゃべる人は治りません 



 昨晩、ここのスライドの時間の前、研修会がありまして、京都の精神科医会、精神科を専門にしている人、どのグループに属する人も、どの病院の人も、開業して街でメンタルクリニックをやってる人も、ですね、一堂に会して「精神医学再考」考えなおす、精神医学を考えなおすという題のO先生というんです。意識の問題を中心によく深く極められた方であります。

 皆さんに、おそらく刺激の強い言葉として、感じ取っていただけるであろうと思いますのは、その副題として、主なテーマは「精神医学再考」ですけれども、その副題としまして「『心』がそれ自体で病むことがありうるか」という、これはだいたい心が原因でみんな悩んでいると思っている人たちにとっては、びっくりするような問いかけであるんですねえ。

 すべからく相応の悩み、あるいは苦悩、苦痛ですね。心のつらい状態に、それに対応する神経基盤を有する意識の病理であるといおうとしておられるのでして、ただ闇雲にどこかわからんけれども、悩みが自分で苦しんで起こってくるというふうに、普通そう感じるわけですけれども、極端なように聞こえる、この脳のどの部分というよりもその症状に相当する脳の神経の基盤、基をつくる場所での状況が原因としてあって、それが意識を通じて病気となって現れると、こういうんですねえ。

 ですからちょっと私、言葉を足しますと、知ることっていうのが、ういてしまってますでしょう。皆さんは認識しておられる、認知しておられる、ご自分についてことさら詳しく、自分のことは自分が一番よく知っている。と思っていらっしゃるんですねえ。ところがこのO先生のですと、知ることなしに意識の状況で、症状、悩みが起こってくるということなんですねえ。

 ですからそれを意識と認知、知ることですね、意識と知ることは、認知は、区別されなければならない。ということで、そこでこの森田療法の中で皆さん方にここで、立派に体得していただける、知るということで治るのではない。というこの療法の趣旨も生きてくるのです。

 皆さん方は、知る、認知ということをもう厚生労働省のお墨付きで、今、数多い300とも400ともあるといわれています、世界の精神療法、心理療法の中で認知療法だけが、うつ病の治療に薬だけで治すのよりこの療法を同時にしたほうが、治りが良いと厚生労働省が認めた唯一の精神療法なんですが、それを否定しているわけです。知ることはまあ私どもの言葉でこれは知りぞこない。でありまして、知ることは余計な悩みを引き起こすだけの話で、知ることによって解決できると思うのは大間違いですね。

 そこで脳の中の病気である。脳が病んでいる。などというのは能のない話である。まっ、能のない話のほうの能は能力の能ですね。見当違いの見方をしているといおうとしているんですねえ。

 ですから、これまで「心因」という言葉をお聞きになっていらっしゃる。世間の人っていうのは、大方、心因論です。皆さん方も、なにかきっかけがあり、原因があって悩んでいらっしゃる。不安もただ不安というものが、ぽっと出てきたんではなしに、なにかがあったから、それをきっかけに不安を生じてお困りになっていらっしゃる。というふうな世間の人の見方が一般的ですね。なにかがあったから悩んでいると。そういうこれ心因論というのは虚構である。という結論が出てくるのです。

 皆さんにこのさわりの部分を簡潔にお話しいたしましたが、この一時間半にわたる話は、これほど難しいものはない。と、私たちに思わせるほどの意識の詳細なあり方でありまして、とても、その、O先生の話は難しいぞ。とこういわれているわけですが、とにかく皆さんも興味をもって、それを解明しようとなさる、脳と心。

 脳は見えてどのような働きをしているかどんどんよくわかってきていますねえ。それとは別に心というものがあって、それが、さしあたって皆さん方の症状の中心になっている。こういうふうに考えられますねえ。ですから精神科の医師は一方では脳の詳しい認識、つまり脳がどういう働き、どういう構造になっていて、どんな働きをし、例えば脳が脳動脈瘤破裂、あるいは脳梗塞などですね、どこがどうやられたらどうなる。というようなことを勉強する。

 もう一方は心の問題として、統合失調症、うつ病、あるいは神経症など心の病といわれているものを、いちおう脳と切り離して考えているんですねえ、精神病理学といいます。

 この偏り、両方に別れてしまったものを今の京都大学の精神医学の方の教授、M先生っていう方は、やっぱりこう広くどっちも見ていかなければいけない、と。両方、それで統合失調症の人の脳の働きの具合が、ちょうどこの目のあります奥のところから前頭前野、これから何をしようか、今なにをしなければならんかっていうことを考えて、みなさん一番、この前頭葉の一番前、前頭前野、やは野原の野、フィールド(field)ですねえ。そこのところが生活上さしあたって大事なところですが、そことのつながりの状態が病気の人、これは統合失調症の場合つながりが弱い、というんですねえ。それは、このごろ脳の働きが目に見える形で画像、テレビのように色をつけて見極めることができるようになってきたものですから、その目に見えることのなかった統合失調症などの病気、心の病気の具体的なとらえ方が脳の働きの普通と違うという点でわかってくる。ということになりましてですねえ、これは世界的な科学の医学誌であります本に、昨年の秋に発表されたものなんですねえ。

 一般には、脳と心というふうに脳は形のある、そして心は形のない脳の中から出てきました現象と、こういうふうにとらえています。一般にはそうで、なにか心に外から影響を受けた、反応めいた、脳というよりは心の変化によって症状が出てくる。こういうふうに一般には考えられているところですね。こういうのを心因論と申します。

 それでこのO先生の話の結論からいきますと、その心因は要するに虚構である可能性が高い。そういう話でありまして、心がそれ自体で病むということはありえない。と、いおうとしているものなんですね。

 ですから皆さん方の悩み、症状になぞらえれば、ですね、この虚構の事実を本気に大事なものとして取り組んで自分を守ろうとする、あるいは治そうとするということは健康であろうとするんですねえ。その基づくところが、ありえないことがらの思い違いからくるということにもなるんですねえ。

 で、これは昨日の話です。それとは別に森田先生の次の東京慈恵会医科大学の教授でした高良武久先生は、森田先生の後を受けて、この森田療法関係のとても行き届いた説明を加えられましたんですね。それで今の話に関連して申し上げれば、神経症は主観的な虚構性である。と、喝破しているんですねえ。森田先生がお使いにならなかった言葉を掲げて神経症というものがあるのではない。その人の主観でこうであるに違いないと思い込んで、そこに生じている虚構である。と、これはもうなんと昭和10年代からはっきりいっておられるんです。

 森田先生におきましては、世間でいう神経症を神経質という性質を表す言葉一つで表して、ですね、性質はもとより神経質、あるいはもともと神経質であり、それが病気の状態にかわったのを神経質、言葉はかわらない。じゃあ治ったらどうなるのかといいますと、神経質と。いうふうに一つの言葉で表されたのは、科学者でいらっしゃる皆さん方がこれをお聞きになって妙な感じに思われるでしょう。ところが、これはまことにすぐれた見解でありまして、ですねえ、なんにも変化はないんです、ほんとうは。はじめから終わりまで神経質。つまりその人の本来性、本来の姿そのものでありましてですねえ、治ったからどうなるというものでもない。で、それはなかなか一般の人に理解してもらえないんですねえ。

 それで高良武久先生は、その病態、病気の状態ですね。「神経質症」と新たに名付けられた、こうしますとよくわかるんですね。神経質に基づいて起こってきた性格的なこだわり、苦しむ状態を神経質症と呼んだんですね。ただ治った状態を高良先生は読みかえられたかどうか、私の記憶では普通に治る。治るという言葉を使っておられるので別のいい方にされたかどうか、神経症が治る。あるいは神経質症が治る。という言葉で普通に述べておられますですねえ。特に名前、呼び方をかえておられないですねえ。それだけ、まっ、普通のいい方です。

 この主観的虚構性っていうのは、まさに森田療法における大前提でありまして、ですねえ、昨晩、意識を主な課題として掘り下げられたO先生のお話の最も中心的な部分と一致するわけです。じゃ、皆さんいったいどうなっているのか、なんかおかしいと思われるでしょうけれど、普通には、高良先生の主観的虚構性っていうものは、それほど一般の医師の間には、よくわきまえられていなかった、ということですねえ。

 ですから皆さん方も、ここにいらっしゃる前、病院、あるいは街のメンタルクリニックで、この治しにくい神経症を皆さんもたいへんご熱心に治してもらおうとされたでしょうし、主治医の先生方もまた熱心に治そうとされたんですねえ。

 実に、私にいわせれば、この神経症というものは、治そうとする病気であると。私の定義はそれですね。治そうとする病気であると。したがって治すということをやめ、いきなり健康人としての生活をはじめていらっしゃるやいなや全治であると。ここの講話はそれが中心的な課題です。したがって治すという部分が見事に省かれるんですね。

 こういう講話を数多くお聴きいただいた皆さん方におかれましては、私が今日、最初にO先生のお話を持ってまいりました。それは世間一般なら、おかしい変な話だと思われるでしょうけれども、いままでここで講話を繰り返しお聴きいただいている皆さん方なら、おんなじ趣旨であるということが分かっていただけただろうと、こう思うんですねえ。心がそれ自体で悩むということはないんですねえ。

 これは意識において自己意識の中で、ここの説明では自分というものに、皆さん方がより良い、より健康な、いい状態を目指して皆さんご自身のために、そこに目的がありますね。目的が自分のために努力されるという、その姿であるんですねえ。

 この神経症というものは、一般的ないい方ではね、このごろは神経症性障害という世界共通の病名にかわって、なおさらややこしいですが、神経症性障害。森田先生の神経質で結構なんですが、一般に合わそうとするとそうなります。

 そういう皆さんのお考えに基づいたご自分の健康観、したがって不健康な状態を粗探しふうに、こまかく拾い出されるんですね、健康な心という、健康な自分というものを厳密にとらえてらっしゃいますから、ちょっとその、気に入らん、不十分な、不安定な事柄が早速目について、それをほっとけない。というので片っ端から治す工夫をしてしまわれる。そこに治そうとすることで病気の状態が現れて、それに熱心に取り組まれるという姿が、このとらわれであるんですね。そのとらわれの結果、もうぬきさしならん状態で困りきってしまわれる。そういうのをさらにこだわりと呼んでおります。これは見通しの、皆さん方にとっては暗い状態ですし、私どもにとりましては、もうたいへん明るい見通しのもとに、そんなにどう苦労、骨折っても治らないと思われている問題を一挙に解決することができるんですね。それはまさに大前提としての、この主観的虚構性。これはすべてご自分のそれに手出しをし、治そうとしてとらわれた姿から発生しているんですね。そのこだわりが今たいへん苦痛であると。そういう症状を導き出したわけです。したがって考えた皆さんご自身、自己像ですね、それが病気とみた神経症が主観的虚構性の産物であったというにとどまらず、すべての「これが自分だ」というのが主観的虚構性そのものであると。

 皆さんがここでしばらく生活しておられる間に、その毎日の仕事、骨折り、さまざまな努力の間に答えを出す必要がなくなるんですね。「あっ、これは考え過ぎだ」世間の人ならそんなもんですね。「あっ、これは考え過ぎてたなあ」とか過ぎるも過ぎないも、考えに置き換えた自分が虚構あるいは脱線でありましてですねえ、それが昨今のここの講話の中心になっているんですね。

 森田先生の場合は、症状の理解のために、症状を説明するのに、この思想の矛盾、事実を無視してこうでなければならない。例えば心は安定していなければならない。というふうに気持ちが働きますと、そこに心のあり方、お手本、あるいは標準的なものが示されて、ですね、そうでなければならない。そういうことが強まってくるんですねえ。ちょっと今言葉が足りませんでしたが、症状が起こりますと、仮にそれを不安を代表的な例にいたしますと、安心したい。それは感情です。だれも安心感情、不安感情のほうは専門家はいいますが安心感情っていうのは誰もいわない。けれども安心は感情です。

 まず、どこか痛いと、まっ、お腹が痛いと、そういう感覚ですね、そら痒いのでも、こそばいでも何でもですけども、今、体の症状が、れっきとした病気と間違われやすいので取り上げます。皆さんの場合ですと世間でいっぱい難しい問題が皆さんの周囲に起こっているそれなどは、微妙で複雑な感覚として皆さんを驚かせ、気にさせ、場合によっては怖がらせるんですね。そういうさまざまな社会的な刺激を、感覚として皆さんが受け取られるんですね、そうしますと不安を生じます。これは感情、下から二番目の感情ですね、これはたまらんとですね、これは不安でそのままほっとけない。と、だれしも考えて、なんとか安心できる道をみつけようとするんですね、それはもう考えが入ってるんです。これはたまらん。これはいかん。これは不健康だ。病気だ。こうやるところ、一番上の認知、つまり皆さんの知的な対策が始まる、考えが始まるんですね。で、知的認知と書きましたのは、厳密に申しますと心理学の人は、すべて受け取るのを認知と呼んでいるんです。したがってさっき感覚と申しましたのは感覚的認知、次に不安だ、いやだなあ、好き嫌いなどですねえ、そういう感情が出てきます。それを感情的認知と呼ぶんですね。それで普通、今、認知療法の名前で呼ばれている、知的な認知、これを知的認知と呼ぶんですね、それでまぎらわしい。ここではその認知という言葉を症状に対してどうするかっていうところ、知的な認知からしか使っておりません。

 こういうふうに全部そろえて書きますとわかっていただきやすいかもしれませんですね。しかし普通、認知という常識的な使い方、これは皆さんの知ることやお考えですね。考えて、これはこうせんならん、ああせんならん、そういうもんです。

 感覚は感ずることの世界ですね、それから感情も感ずる。さっきの話では、これは刺激ですねえ、それに対してこれは、ここに安心不安ですねえ、その好き嫌いの選り好みで安心不安がおこるんですねえ、この段階です。これは仮に最初の刺激によって気になる感じが生じていると、こういたします。それが同じ感ずることでありますが感情の場合は好き嫌い、したがって最も普通には安心不安の問題ですね。で、ここまではまったく規則がありませんのです、法則性がない。皆さんが、その今、感ずることと書きました、ひとくくりの感覚と感情、ここにご自分の今辛い状態になられた、そのもとの原因というものを見ようとされる、これは心因論ですねえ。さっき書きました心因、それでなんとかしようとお考えになる。それが一番上のご自分を知る、ということによって起こってくる認知ですねえ。

 知的な認知。もうここから先は、もう書かなくてもうまくいかないんです。これは失敗に終わるんです。あるいはきれいないい方をすれば、自分を良くしようとすることは矛盾に終わるんです。どっちでもいいですけど矛盾に終わるっていうのは、それを努力しただけのことが全然ない。というばかりか自分を良くしよう、治そう、健康になろうとすればするほど泥沼に陥る。というほど、その結果が悪い状態として待ち受けているんですね。

 ですから世間で治すというのを楽になることと思っている人たちは、そこに治療する人もですけれども、薬をもってこないわけにはいかないんですねえ、なんとか楽になろうと。先生の方からしますとなんとか楽にしてあげよう。そういうことで治療行為は薬によって楽を目指すことになる。好きとか安心とか、好ましい状態を実現しようとするんですね。もうその道しかないというてよろしいです。

 どこが失敗かというと、不安ばっかり解決している。安心という感情のもう一つの不安とならんで常に問題になっている、いいかえたら神経症の一番もとは安心と不安を比べたところにあるんですね。で、安心は良いけれども不安は悪い。良し悪しという価値的な見方が、そこに加わって動きがとれなくなってくるんですね。もうこの良し悪しの比較、価値的な選り好みが始まりますと、そこから先、見通しとしては望みがありませんです。

 薬の力を借りてやっとこ安心へ安心へともっていくという、それが日本中、あるいは世界中、一番普通のこととして正当な治し方として広く行われているんですから驚くべきことですね。

 ここまでよく見極めないんですわ。いたずらに不安、嫌なこと、苦痛は悪いものである。症状と名付けてそれをなくすのが治療であると考えているわけです。したがって不安ばっかり治し方を考え、消すことを考えて、結局、安心をしっかり治してないもんですから、いつまでたっても安心が目の前にちらついて、そっちばっかり求めてしまうんですね。

 ところが森田療法は、この不安のみならず安心を同時に解決しますから、皆さんはもう安心にとらわれ、安心を目標になさることがいらなくなってしまうんですねえ。安心と不安を比べてこっちがよい。こっちが悪い。っていうようなことを一つ一ついっていることがいらなくなってしまうんです。それで治り方が一挙に瞬間的にこの場で完成するんですね。

 で、手品のように、ですねえ、ここでは至極当たり前のこととして、ごく普通にしているというのは、心に考えを使わないからです。知的な認知と書きました一番上の、赤い知的な考えによる自分の工夫、そこから後は、自分としてはしたい気持ちが強いでしょうけれども、すればするだけ事態は悪くなりまして、こんぐらかってくるんですね。ですから感ずることと書きました感覚と感情、この状況でいきなり実際の生活、毎日の仕事ですねえ、骨折り、そのことが始まるやいなや一番上の知的な認知、これはぱっと入れかわるんですね。

 人間の意識っていうものは二つのAとBを両方、同時に認識できません。それは度々お話しました、レビンの花瓶も見ていただきました。そういうふうですから、皆さんが外の皆さんから離れた実際の生活上の仕事や勉強をなさる瞬間、心の問題、それはなにがどうなっていようと、きれいに意識の外に出てしまう、あるいは暗くなって見えなくなる。というふうですから外のことにいきなり取り組むという、その知恵が森田療法の知恵であるといっていいんですね。ですから知るっていうことへ進んでしまうと心の問題はもうだめなんですわ。こう、このまままっすぐ黒板に書いたとおり上へ、心の中の皆さんの仕事、ご自分のためにこうしたらいいだろう、とやっておられることがすべて結果が悪くなるんですね。ですからこの下の二つの感覚と感情、つまり好きだ嫌いだのところで、もう大急ぎで実際の外の離れたものに対する仕事を始められたらもうそれでいいわけです。

 非常に簡単な話で、そこに、もうお気づきでしょうけれども、心を解釈しない。自分の心はこういうことだからこうなったと、あれがいけなかった。で、こう今悩んでいるとかいう心の説明、ストーリーが全然、成り立たないんですね、消えてしまうんです。それが見事な瞬間的全治といえるもんですね。

 ですから話は外にだけあったらいいんですね。皆さんご自分を説明なさるための話は、最初の診察の時だけでもう十分でありましてですねえ、自分のことをいろいろ次から次へ説明するというような、世間でもっとも広く行われているカウンセリングですね、カウンセリングっていうのは、もうどこまでもどこまでも皆さんがおっしゃればそれをカウンセラーと称する人は傾聴、耳を傾けて聞きますからですねえ、なんぼでも自分の説明してしまう。乗せられてといったらおかしいですねえ、人が「はあ、それでどうなりました」それで「ああ、そうですか」と聞いてくれたら乗せられてしゃべってしまう。自分のことを説明したら、もうこの一番上の知的な自己像というものを明確にするだけになるんですね。ですからここは「しゃべる人は治りません」というふうに言葉や論理、つまり文法を使って考えを自分の方にまとめていくこと、つまり人に話そうと思ったらしゃべるときは自分ていうものを描いているわけですねえ。それで絶対その段階で治らんわけです。これが自分だというものを、おおまかにもせよ、ぼんやり描いたらもうだめなんですね。

 ですから実際のことの方がいきなりはじまる。それがすごくすばらしいことで、まさにノーベル賞ものであるんですね。森田先生のなさったことっていうのは、あのころは森田療法についての周囲の人の評価がいっこうに高くなかった、つまりほんとうの肝心なことがわからんかったからですねえ。こんなに優れた、悩みをあるいは神経症を一瞬にして治す。しかも完全である。というのは、これはもう絶対すごいことです。

 いまから94年前、1919年ですね、このすばらしいことが発案され、森田療法がほぼ完成したんですね、1920年という人もおられます。1919年とすれば94年というすばらしいもんですねえ、そんなに前に、その頃は皆んな今とかわらない、ただ薬の種類が違うだけで薬でしか治せなかったんですね。治すことはできないんですけど、まあ、薬でも飲んでおくということで不安を消すわけにはいかんですから、おだやかにしているんですねえ、そういうことでお茶を濁していた。ところが森田先生のは言葉によらない、この感覚と感情の事実だけでもう十分で、それをどうするこうするというところからすべて思想の矛盾である。こうありたいと願う。それはもう瞬間的にこうでなければならない。というふうにお手本ができてしまう。ところが一方、不安はちょっとも消えないですねえ、その不安という事実を考えた思想でおし曲げようとする。森田先生は「圧排」圧力の圧と排除する排を書いて圧排しようとするんですね。それで知的な一番上に書きました認知が自分の中でしきりに行われて、学問的でいえば葛藤ですね。精神的な葛藤が起こってくるんですね。

 まっ、昨日のO先生の「それ自体で悩むことはない」という、それと一致させるようにお話すれば、悩みというものが最初からあるわけでなくて、そのいわばやり繰り、意識的な面で申しますと、自分を相手取って、いろいろこうしょうああしようとして治そうとしている、そこに悩みがあるという。そうすれば昨日のお話よくわかるわけですねえ。心はそれ自体が悩むことはないと。まっ、そういうことですねえ。

 そこで、黒板の図で感ずることの段階ですぐ仕事をはじめれば、そこから上のことは、どう解決する必要もないということです。心の問題として取り組んで、一生懸命、悩みを解決しよう、不安を解決しようというような、そんなもうまったく馬鹿げた話で、そのままほっといたらよいわけですからね。あの青い線から下はもうほっといて、で、上は全然手出しをしないで、ですからいつも常に今何をしなければならないかということだけで動いていらっしゃれば、どんな簡単な仕事も皆さんにとっては、全治の瞬間でありうるんですね。

 毎朝毎晩お読みいただいています「古事記抄」古事記というのは、もう土台読みにくい、わけのわからんものですが、それを苦心して皆さんがお読みになるという、読む仕事ですね、読む作業、これが滅法すばらしい全治の瞬間を実現させるんですねえ。けっしてばかにならんです。

 今日持ってまいりましたのは、森田先生が1927年の10月にお書きになりました、漢文の詩の後半、第3句、第4句でありまして第1句は前回講話でお話いたしました「心は万境に随って転ず」というもんです。まっ、それでちょっと思いついて関連したこの掛け軸を持ってきたんですね。

 これはインドの摩拏羅マヌラという人の、この偈っというのは、詩のことですけれども、宗教的に悟りの境地を表したものについては、というのが通例です。「心は万境に随って転ず」ですね。その環境、環境で心はころころと変わっていきます、というただの事実です。で、一定しません、あるいはこうでないといかん、というふうな心のあり方などはない。というふうに捉えていただいて結構ですね、変わっていくもんです。とこういうことです。

 次は第2句「転処実に能く幽なり」その変わっていくところを見ますと、まことにその境目がはっきりしない。きっぱり、ぱっ、ぱっ、ぱっ、ぱっと変わるわけではなくて、光を三角形のプリズムを通して見ますと七色にわかれますねえ。スペクトラムとこういいますが、どこからが橙、どこからが青、どこからが黄色とか、そんなんなくて、ずうーっと繋がってる。ああいうふうなもんですねえ、明確な区別がありません。この幽霊の幽ってのは薄暗いことです。ものの形がはっきりしないことをいいます。「実に能く幽なり」っていうのは、はっきりしない。なにもその明るさがないということじゃないですよ、この場合はその限界、きわがはっきりしない。その状況が変化していますから、これはこう、あれはあれ、というふうにはっきり区別ができないということですねえ、はい。

 そして、ここへ第3句は「流れに随って性を認得すれば」文語風に読めば、流れに随いて、ですね、まっ、随ってでもいいです。「流れに随って性を認得すれば」

 次、第4句は「喜びもなくまた憂いもなし」ですねえ。この森田先生のは、この第3句、第4句をお書きになったものです。その心の変化を流れとしていうてるわけですが、その変化している流れに随って、きめられないものを自分の性質であると認めれば、というのは「これが自分だ」ときめられないわけですね。変化して変化して定まらないんですね。その境目がはっきりしない、限定されない。という状況を自分とすれば、自分の性質と認めれば、きまった喜びと呼ぶべきものもなければ、またきまった心配、憂いと名付けるものもありませんと。簡単にいいますと、はじめから自分は、心はきめられないんですね。きめられないで変化している。その流れのとおり変化のままに「これが自分だ」としておいたら、自分をきめることがないので、心配に比べてこっちは良い。まっ、いうたら不安に対してこれは安心だ。とか、安心に対してこれは不安だ。とかと、きめていうものがありません、ということですね。これが安心と不安を同時に解決する道なんですね。ですから森田療法は、安心と不安を一挙に解決しますと、さっき申し上げましたけれども、なんのことはないこれは仏教の知恵なんですねえ。

 この摩拏羅マヌラっていう人は、禅の世界では特に尊敬する人ですね。で、もうお分かりのように禅っていうのはインドで出来たんじゃないんですね。中国に来てからこういう形の宗教になりました。達磨ダルマさんはその神髄をインドから中国へ6世紀のはじめに伝えてくれたんですねえ。

 先般、調べてましたら527年に、梁の国の皇帝 武帝と面会したと、そういうことがわかるそうでして、やって来たのは509年という、はっきりしない説がありますが、520年に洛陽にいたことは信じられているんですね。それから7年経って武帝が宮廷に呼んでその話を聞いたと、そうとう年月は経ってるんですね、今まで遠いところから偉いお坊さんが来られたというので、武帝がすぐ呼んでこう話を聞いたかのように皆さんにお話してましたけれども、相当な年月がたっているんですねえ。ですから達磨さんも中国語がかなり喋れるようになってたかもしれませんねえ。それはわかりません。はい。

 はい。今日の講話はこのへんで終わりといたします。

    2013.1.27


宇佐晋一先生 講話

鳥のさえずりを聞いている 



 はい、今晩は、どうもお待たせをいたしました。

 講話を聴いてからその効果が出てくるのは、少なくとも1時間ぐらいして後であろうと、そういうふうに合理的にお考えになっている方に申し上げますけれども、ですね、心の問題は横から心理学者が、もちろん心の科学としての心理学ですから客観的にとらえて論じてはおりますけれども、ここで問題になってるのは、すべてどなたも自分対自分の問題ですからこの世界だけは別なんですね。ですからいくら皆さんが心理学さらには精神医学を勉強されましても、それが専門家でないからという理由でなしに、学と名のつくものは、どの学問でもそれを持ち込んで自分を楽にするとか治すとかですねえ、いい状態、あるいは健康にしようという目的でお使いになりますかぎり、ですね、これはうまくいきませんのです。

 神経症が非常に治りにくいというのは、説明は外から客観的に上手にしてもらえて、いかにももっともだと思われる話もあるでしょうけれども、ところが自分を考えの中にとらえて、それにやり繰り工夫を加えるという形では、これはもうほんとのこと申しますと絶対にそこから先は治らないので、治った治ったというてるのは本治りではありませんのです。

 この「自分の問題を自分で解決し」というところで脱線してしまいますから、ですね、その目的は残念ながら達せられないのです。自助っていうのは、自ら助けると書きます。それは欧米のセルフ(self)そしてヘルプ(help)ですね、自分、マイセルフ(myself)のそれ、自分ですね、そして助けるセルフヘルピング(self-helping)という、その言葉の訳でありまして、ですね、聞くからにいい話のように思えますけれども、自分を先に「こういう自分だ」というふうにもうきめているわけで、それを危なっかしいから、あるいはつらいから助けるというのも自分であってみれば、ですね、その自助という言葉にもうすでに土台救いがたい矛盾が含まれているんですね。

 ですから、治す努力に皆さん方が人一倍ご熱心であるのはよくわかりますけれども、そのためにこの問題を離れようにも離れられない。という構造は、ですね、どんなにいい、もっともらしい方法を思いつかれ、また人から教わられたにいたしましても、そこの先に、ですね、まっ、例えばテーブルでいいますと、ここでテーブル終わりですけれども、これ、ずうーっと延長したらその先にいい場所がある。つまりこう行けば治る。というふうなことではないのでして、早々と今晩、今にもそれをおやめになって、そして他人である私の、いや、私でなくても鳥の声でも、ですね、そのさえずりをお聞きになりますと、もうそれで満点と、こうなるんですね。

 いや不思議な、だれもわからないんですけれども、奈良時代に大陸から舞楽というものが伝わってきて、雅楽の演奏、これはよくお聴きになりますでしょう。それによって踊ります。舞いますですねえ。その時に陵王、正しくは蘭陵王という4世紀の中国の武将、蘭陵王 長恭をモデルにした舞があるんですねえ。これはもうほんとに余談のようですけれども、この武将は顔がやさ男で、ですね、ようするに無骨な、強そうな、怖そうな顔をしていなかったんですね。敵にあなどられるといけないと思って怖い面をつけていた、その面が龍の面であったというふうに伝えられているんですねえ。その面をつけて舞いますからこれを蘭陵王の舞という。日本では多く蘭を省いて陵王という名前で呼ばれております。ところがその途中でですねえ、ぱっとその雅楽がやむ。とたんにその舞っている人は、伴奏なしで踊るだけになるんですねえ。「あれなんや」と、その連れて行ってもらった友だちに聞きましたら、「あれはさえずりです」と、こういうんですねえ。さえずりって、鳥が囀る。こんな字を書きますけど鳥が鳴いてるならわかります。人もなんか歌ってるならわかりますけども全然それがない。と、しばらくそんなんが続きますと急にまた伴奏がはじまって、その音楽に合わせて舞を続けていくというような中に不思議な、そうですねえ2、3分の時間があるんです。これはその、確かにもとは中国語でなんか言葉をいう部分があったんだろうと、想像ですけど。ところがそれが外国語ですからまともに伝えられなくて、いつしか忘れられ、それでもう省いてしまったんだろうというのが、雅楽も舞楽もよくわかっている友人の、私に教えてくれた想像論なんですねえ。ただ想像ですから当たってないかもしれませんけれども、このてんという字を書いてる以上は、やっぱり言葉があったんだろうと、ですね。

 で、余談ですが、そういうふうに外の問題について皆さんがお考えになる、あるいはご覧になるという、もう見ているだけで、聞いてるでけで、それが音がなく、しーんとしているものでありましょうとも、外のものが対象になっているという以上は、そこに同時に自分に向かう意識というものは成り立ちませんですね。

 基本的に意識は自己意識、自分対自分、ここで問題になってるのは皆それです。それと外のものを意識する他者意識と同時に成り立つことはありませんのです。そんなばかなことはないと。皆さん始終、自分のことを考えたり、外のこと、作業を考えたり、また症状を考えたりしておられますから、同時に考えてるように思っておられますでしょうけれども、ほんとは同時には、そこに思い浮かばないんですね。ですから、それは例えばテレビのニュースで、全体でいうたらどうですか、只今お知らせするニュースの10項目を、といいながら、ずらっと朝非常に早いニュースでは、そういうことやりますですねえ。10項目、それがころころころころかわっていくというのを、けっこう意識が戸惑うことなく受け入れて、見たり聞いたりしますのは、ですね、意識が切りかわったら、前のはもう飛んでしまうわけですねえ。皆さんがチャンネルをかえられるのもそうですね。前のが残ってたら大変なことで、ごっちゃごちゃになるところを、ぱっ、ぱっ、ぱっと切りかえて、それがうまくいきますのは、意識っていうものは今のに限られるんですね。

 ということで、もうおわかりのように作業一筋でもうよろしいんですね。で、健康人としてのふりをすると前の院長はいい、また森田先生が1934年、昭和9年に「健康人として扱えば容易に治るのであります」と、こう古い録音でおっしゃってるのは、ですね、そういうふうに、けっして「自分はこうです」いいかえれば「たいへんつらい思いをしている人間です」という表明、あるいは表現、行動様式、そういうものを絶対してはいけません。ということなんですね。ですからどこまでも、その場その場に世間の人以上に素晴らしい社会人としての働きを発揮なさるということが、それこそ第3期、第4期の大事な皆さん方のここでの課題なんですね。

 今日、よその先生からの注文で、ですね、10日間でしてほしい。私とこは40日、皆さんにもそう申し上げてますですねえ。それに10日間という期間限定というと、まっ、皆さんお笑いになる。ようするに限定してある。その下請けといった、まるでそういう感じでお引き受けしたのが、今日おめでたく退院されました方なんですね。それは皆さん方でもそうですわ、40日が普通なら自分は20日でとおっしゃりたいでしょう。それは絶対無理なことはない。前の院長は、せいぜい短くしてどんなもんかという話をしてました時に、まず20日間であるというふうに申しておりましたです。ところが10日間という、その先生のご依頼で引き受けたと。それはどこがどうよくてどう足りないのか、といいますと、すぐ現実生活に復帰していただくという点でよろしいんですねえ。これで10日たって家に帰ってちょっと3日ぐらい一服してそれからお仕事に、というふうな段取りを、その向こうの先生がお考えになったらこれは具合が悪いです。

 皆さん方も退院して2、3日ちょっと家でゆっくりして、というのは、これは体の病気の場合は、ごく当たり前のことですけれども、この論理の異なる神経症の場合は、けっしてそうやってはいけませんのですね。つまり自分っていうもののあり方を、ちょっとこの2日、3日で調整する。つまり社会生活へ向けて、病院での入院生活との間に少しその移行する、移り変わる期間というものを設けたらいいんじゃないかというのは常識的ですね。ところが心の問題の解決には一切、常識的なものが入ったらいけませんので、それは、まっ、難しいといえば、皆さん優秀な方々のですね、社会常識としては立派にお持ちになっていることが役立たない、心の問題の解決に戸惑われるところであるんですね。ですから、はじめからもう心の問題は常識的でない扱いというふうにされたら、とても今後はうまくいきます。

 つまり、ちょっとその自分で考えてからにします、といわれますねえ。まるで心に相談するようなおっしゃりようの方もおられますね。「ちょっと考えます」と、あれはいけませんですね。自分で自分の計画を立てる。外の計画はいいんですけども、自分の心の整理をする、などという種類の計画は、必ず合理的なやり方に決まっておりますから、これはうまくいきませんです。で、皆さんはもうなにが難しいかといって、ですねえ、合理的でない考え方をなさることぐらい、どなたにとっても難しいものはないのです。これは日曜日の三省会に特に申し上げたいと、この間から考えているところですが、まっ、皆さん方には、ちょっと先に今日申し上げたいんですね。

 つまりどうしようかっていうところに出てくる答えは、頭の働きというのは合理的に判断するに決まってますから、これはこうしたらこうなるだろうという予測のもとに、今しなければならない心のあり方の調整などをお考えになるでしょう。ところが外の問題は十分計画を立ててお考えになって、これまでの経験を、また人のやってこられた経験も聞かしてもらって、ですね、そこに今までの学びとられたものを理論化して、「そんなつもりはありません」とおっしゃっても、しておられることは皆んな大なり小なり理論化して、その筋道に従ってやっておられるんで、つまり、こうすればこうなるっていうことで、もうなんでもがうまくいってますでしょう、作業がそうですね。こうしたら失敗するはずだっていうことは避けておられる。こうすればこうなる。ところが心の問題は、一切それを入れたらいかんのですね。こうすれば治るというのがもう絶対いかんわけですから、そういうふうにして合理的に、納得のいく、わかる話を作ったんでは心の問題は処理できません。完全に解決はできませんですね。

 で、皆さん方それに納得なさらず、「どうしてですか」と、そういうふうに聞かれます。それはそうですねえ、ほかの世界、世間、この世のことはすべて科学的に皆さんが判断なさって間違いなかったんですね。その科学でもなおわからないことが多々ある。というふうな中でも、身の回りのことは全部よくわかっておられるはずであるんですね。ところが中、一度ひとたび心の問題となりますと、その方式ではうまくいかなかったというところに、この神経症ならびに悩み一般、どれもこれもがですね、そう簡単に解けないなあという難しい問題が拡がってくるんですね。難しいというのは、やり方によってはもうちょっとましな結果が出るだろうという予測を生みますから、これは表現としては好ましくないんですね。むしろそれは全部失敗に終わります。というのが、ここで皆さんに常々申し上げていますところで、その失敗に気が付かないのは世間の人々、あるいはこれまでの歴史上の人々でありまして、ですね、どうしてその考えと自分が脱線するのかっていうことを、いろいろはっきりさせる方法があるわけです。

 一つには、ですね、皆さんは優秀な頭脳で、頭でご自分を考えておられますのは、ですね、考えてる方の自分は全然意識にのぼらない、ですね、このように自分は見える、あるいはおもえるっていうことですね。考えてる方、見てる方のほうがよっぽど複雑で、部分的にいって大きいかもしれないですね。見えた自分というのは、ほんの小さいものかもしれないのですけども、見てる方がわからないんですね。そういう点で見逃しがあってなおわからない。前の院長は、自分はこうおもっている。自分のことは自分が一番よく知っている。とこうおもいがちですが、他人が見た自分の方がよっぽど正しいです。と、確かですということですねえ。他人が見てくれている、つまり客観的な捉え方の方がよっぽど確かだと、いうたことがあります。それは皆さん方の全体、お人柄全体を他人は見ているんですね。ご自分では半分見ている、半分っていうのは、そんな2分の1というわけではないんですが、見えている自分だけ、おもってる自分だけを自分というていらっしゃるに過ぎないですね。そういう部分的なものを見て他の部分を見逃してしまっている。こういうことですねえ。

 2番目に、ご自分の説明をなさるのは主として日本語です。それはもちろん英語でも中国語でもいいんですけどねえ。

 この間もう全然、私わからない話がありましてですねえ、中華人民共和国の3分の2は日本語です。と、これ皆さんそんなおかしなことはないと思われるでしょう。私もなんぼ考えてもわからんですね。中華人民共和国の3分の2は日本語です。なんのことやろうと。その番組が終わるまで、まっ、結局答えが出るんですけど、答えが出るまで全然わからなかったと。もう先に申し上げればですねえ。中華っていうことは中国の、当然中国の人が考えた思想から出てきた言葉なんですね。これはもう間違いない。それが3分の1である。あとの3分の2は人民と共和国ですねえ。人民というのは、中国語になかった言葉を江戸時代の終わりから明治にかけましてですねえ、中国の漢字を学びながら日本人が、ヨーロッパの本を訳すのにいろんな新しい漢語、つまり漢字を使った言葉をつくり出したというんですね。その中に人民という日本製の言葉があって、さらに共和国、リパブリック(Republic)というのは、それも、ですね、全然その中国語になかったのを日本人が大急ぎでつくったというんですね。それを使って便利であるということから今度は中国の人がそれを受け入れて、ですね、まあいうたら逆輸入、そしてそれを今度はまた便利だというて使っているという、向こうが、そうすると、この3分の2は日本語ですというのは、日本製の中国語です、という意味ですね、それでやっとわかりました。そういうのはもう多々あるんですね、科学とか、哲学とかね。ちょうどその日に新聞の下の新刊の本がずらっと並んでるところに、幕末から明治にかけての日本でつくった漢語の本が出てましてですねえ、2万何千円というそんなちょっとした言葉にそれだけの本の内容が盛り込まれる、内容としてもそれだけあるだろうかと思いますねえ。ところが、なんとそのテレビの時間で、千、1千語を超えるというんですねえ。日本製の中国語が、漢語がですねえ、いやもの凄いもんですねえ。西にし あまねとかね、郵政事業をやった西 周。それからねえ、この1万円札の彼ですとかですねえ、それからもう一人いましたねえ。まあそういう面々が中国語をもとにして新しい訳語をつくったという、まっ、その話をちょっと皆さんにも申し上げておこうと思ったんです。

 で、そういうふうにこう、文字に置き換えた皆さんご自身であるんですね。ところがそれは限りがありますから、ですねえ、日本語、中国語、漢字でも到底いいきれない、表現しえないものは、皆さんは英語とかフランス語などをお使いになりますし、補って上手に表現しておられますけれども、それは言葉に置き換えられた皆さん方であると、つまり曰く言い難しというほど、その言葉としての皆さん方は、隅々、つまり完全に細かいところまでは言語化、つまり言葉に表すことはできません、とですね。

 それから3番目に、どうしてもその、言葉、何語によらず、ですね、記号でありますから、きめる働きをもっているんですねえ。そうしますと、心のように流動的で、ほんといえば一瞬たりとも一定の形をとり得ない意識内容を言葉できめていること自体がおかしい。つまり正しくない。正確でない。言葉で限定するということの脱線。つまり本物でない。

 そして皆さん方は、もっと遡って言葉そのものではありませんですねえ。もっと生き生きした生命体として、あっ、いつもいいお花をありがとうございます。このぱっとご覧になればですねえ、言葉によらず、考えによらずこれが、かくも生き生きと見えるんですねえ。このほうをご覧になるだけで目がこれの美をつくり出す。言葉はあとからついてくるんですねえ。皆さんが生まれたてでいらっしゃった赤ちゃんのころ、言葉なしの生活が、もうずいぶん長いこと続くわけですね。認識という、つまりこれがお母さん。というようなことは認識しますけども、それはチンパンジーの認識と同じであるわけですね。つまり言語化していない、そういう生き生きしたもの、それは目の働きによく現れておりまして、ですね、言葉なしの人間の生活が、日本では古墳時代は間違いなくそうです。ですから縄文、弥生の昔はもちろんのこと、とにかく文字が今問題になりますのは、古墳時代の中での特殊な人々に用いられたかどうか、そこのところでありまして、ですね、はっきりと文字で書かれた資料が出てくのはもう7世紀に入ってからですからねえ。まっ、とにかく、そういう私たちはもう言葉、文字あるいは考えではない。もっと生き生きした生命的なものをいつも持っている。目のように、ということですねえ、4番目。

 で、5番目に、ですねえ、思い込みのない自分の見方はないわけです。これは普通、主観的といわれて、じゃあ客観的なのはいいかと、これが当てにならないのですねえ。自分を客観的に見ることが、せいぜいできたとしても主観のないことはまぬがれない。主観というものは、どこまでも入り込むんですねえ。ですから自分で自分のことをいうている人ほど当てにならんものはないんです、本当は。そうすると「こんなに苦しい」「こんなに辛い」という、あれはそれだけのものがあるのかというと、それもあやしい。「痛い、痛い」という人よりも、ですね、「痛い、痛い、痛い」という人の方が、一番やはり痛いかというと、それはわからんです。ほんとそのわからんですね。まっ、とにかく主観的である。

 そして6番目にですねえ、これはもうおもいのほか自分に騙される。人に騙されないぞ。と、いくら頑張っておられても自分に騙されるんですねえ。その主観的なものが度を過ごして、針小棒大という言葉のようなもんで、自己暗示、暗示はAの人からBの人にかける、とかですね、直接かけなくてもマインドコントロールという言葉のように、それとなくおもわせておいて、ころりと引っかかるようにさせる。とかね、暗示現象ですが、自分で自分のおもいによって自分を騙すという、自己暗示。これはね、もうほんとに日常的にあるわけです。そんなん絶対引っかかりません。と、そうおっしゃりたいでしょうけれども、日常の会話のなかでずいぶん引っかかっているんですねえ。ずいぶん騙され、自分で「そうだ」という思い込みが倍増しているようなもんですね。思い込みというのは主観的とさっき申しましたが、それが何倍にもなるというのは暗示の現象ですね。釣り落とした鯛は大きいというようなふうですね。後悔しきりというときには、釣り落とした鯛はものすごく大きかったというふうにおもえてならないんですねえ。この人の話、あの人この人いろいろこう聞いているうちに、やっぱりそうだったか、いやてっきりそうだとおもったとかいうようなふうに拡がりますでしょう。そういう中にこの暗示現象っていうものは、かなり働いているんですね、日常的に。で、その、皆さん方の日常的な辛さ、治りにくさの中にどう働いてるかというと、その、治るはずであるんですねえ。森田療法の本には治ると書いてある。それにもかかわらずこうも治りにくいのは、自分が特別である。つまり自分のがたちが悪いとかですねえ、特に難しい症状、あるいは神経質でないかもしれない。そういうような思い込みに発展するんですね。

 もっとあるかもしれませんけれども、以上六つあげましたものの、たとえ一つだけでも考えによって自分を正しく、あるいは正確に認識することは不可能ですね。認識したために実際からずれてしまう。見当外れに終わってしまう。そこで「自分はこうなんです」といっている人の、賢そうに見えて実は不見識であるということが、皆さん方にはよくおわかりになりますでしょう。ですから、自分のことは自分が一番よく知っているという種類の、いかにもその人が、よくわかっていそうに見えるのですけれども、それ自体が脱線に気がついていない。という不見識さの表明であるんですねえ。絶対その自分というものについて語ることは無益であり、そういうことがあってはなりませんのですね。ここで、もうけっして自分というものの心の問題にもとづいた、心の状況がこうだからという行動を、皆さんがおとりにならないですね。それはもう大変立派なことです。世間の人は皆、自分の心によって動いているんですねえ。心をどう処理するか、ぐらいなことです。いいところ外の問題と自分の問題との調和ぐらいです。森田先生でも外と内の調和っていうようなことをいっておられる。そら世間的な考え方ですね。

 もうここでは前の院長は禅僧、禅の修行をした僧侶ですから、そこは非常にきっぱりしていて、一切理屈ぬきと。この理屈ぬきというのは私その、よく大人がですねえ、若い人に「理屈いうな」と昔、今はどうか知りませんけれども、まっ、戦争中に育った私らとしては「理屈いうな」と、学校でもいわれ、家庭でもいわれるっていうようなもんですねえ。ですからそういうもんかと思った。理屈いうなっていうのは反論するなとかね、文句いうなとか、そういうことをいうてるのかと思いましたけれども、この、前の院長の「理屈ぬき」っていうのは、論理化するなっていうことです。さっきの常識的にいうなっていうことですね。これでもう一切が今晩解決します。世間の人が絶対気がつかないのは考えてるからです。自分のことを自分で考えて、どれがほんとだろうか。とかいうようなことをやってますから、到底肝心なそのところに気がつかないんですね。これで、まっ、皆さん方は、もう絶対ご自分のどのような状態も、今日以後はきめようとはなさらなくなります。自分をきめるために日本語その他の外国語も使わないんですねえ。それはもう地球上ほんのひと握りの人ぐらいのもんですね。この自分を言葉で捉えない。そういうことをまともにやっていくんですね。

 あの今から2千500年前ほど前に、ギリシャのソクラテスという哲学者が、ですね、今、デルフィーといってますが、昔、デルフォイといったそうで、そこの神殿に、ですね、「汝自身を知れ」という文字を、たぶん彫刻してあった、かけていたというんですねえ。ソクラテスがかけてもらったのか、偉い人の言葉だからかけようか、ということになったのか、それは知りませんし、どのへんにかけてありましたか、といわれて、私それがもう返答に窮した。だいたいかけてあったのか、建物にきちっとひっついていたのか、それもわからんのです。ただ、そこにあったんですね。「汝自身を知れ」と書いてあった。

 そうしますとねえ、多かれ少なかれヨーロッパの哲学っていうものは、ご存知でしょうけれども、ギリシャ哲学を祖とする、そこからの流れなんですねえ。考えた自分を問題にしない哲学なんてありようがない。そういうことなんです。大変な問題ですねえ。

 ここで皆さんがはっきりと習得なさるのは、「自分というものを知ることがない」言葉を使わないんですから、そして、「こうだ」とわかることがない。それは了解ですね。認知することと了解、知る、あるいは分かるという、どっちもない。そうしますと「自分はこういう人間だ」ときめられない、限定できないですねえ。これを日々実行していただいてるんです。

 どう実行するかというと、皆さんから外の人、それからこういう物ですねえ、そして事柄、それは数字を扱う出納の方だけに限らず日記をお書きになる皆さん方、それは文字本来の、言葉本来のものを活用しておられるんですねえ。ですから本来のものでない自分の心を日記にお書きになるということは、言葉とか考えの使い間違いであるんですね。したがって記録、ここでは見たものしたことに日記の内容は限られると申し上げておりますが、そのほかの使い方としては、文芸ですね、それは詩とか俳句、いろんなうたなどももちろん含まれるのですが、いろんな創作ですねえ、皆さんが小説その他、文芸作品をお書きになる。そういうことは作業といっしょです。外へ創り出しているんですね、芸術なんです。それと実際の事柄、歴史上の事柄と混同したらいけないんですねえ。文芸作品の中に登場する人物のモデルは、きっと自分に違いない、っていうような人が出てきますね、時々うったえたりします。それはそっくりに書かれているかは知れませんけれども、文芸作品っていうものは誰かを誹謗中傷するために陥れようとして書くわけではない、作品でありまして、ですね、もう芸術でありますから、いくらルポルタージュとかドキュメンタルなものである、というふうに現実を見聞きし、あるいはその記録的な作品として書かれたものであったにしましても、これはもう芸術なんですね。

 で、おそらく皆さんここでの数10日の生活の中で、今まで以上に芸術っていうものが、よくおわかりになりますでしょう。芸術はわかることと関係ないっていうことが、わかっていただいたら私はうれしいですね。スライドの時間っていうのは、下手な私の説明がなければならないのではないのですね。私は次々いろんな作品をお目にかけて、はじめから終わりまで黙ってて、もうなにも悪いことはない。16世紀ルネサンスの美術をお目にかけますゆうてこう黙ってご覧いただくという、それでもう悪いことないんですねえ。

 ところが多くの人はそれでは物足りない。なんかちょっと説明してもらえませんかという気持ちでいらっしゃるんですね。まっ、そこです。で、そこは切り離して勉強として皆さんに、勉強というよりも情報というふうに言い換えれば、ですね、こういう次第ですと。そういうことをお聞かせする。そうするとこれは別の興味なんですねえ。認知、知ることの興味なんです。「ああ、そういうもんか」というようなもんですね。その、よくもっと今まで勉強しといたら、どの美術を見ても興味が湧いただろうと、よくいわれるのですね、日記の中で、けっしてそういうことはないんですね。どの美術館へいらっしゃろうと、博物館で古いものをご覧になりましょうと、ですね、それは知ることと、まったく別に、その美っというものが、皆さんがご覧になる途端に生まれている、生じているんですね、成り立っているんです。花をご覧になるのと一緒なんですね。ただ博物館にあるものは歴史的な物語がついています、時代も。そこに現代美術の作品を皆さんが美術館でご覧になるのと、わけの違うものがあるんですね、その分だけ、これは数々の話がひっついております。ほんとか嘘かわかりませんけどもいっぱいひっついている。そういうものは興味の対象になりますね。けれども見ることの世界は興味に関係なしです。だからこの花を活けてくださった方のご好意によりまして、こういうふうに見せていただくことができますのは、ですね、皆さんのご興味をかきたてるものでもなんでもないんです。このようである。ということなんです。

 これを美学では「観照」と、観るという字と照らすという、こう書きまして、ぱあーっとこう観てることなんですね。それに対してこの下に書きました、鑑という字と賞品の賞ですね、「鑑賞」これはもう一般によく使われる言葉で、これは「けっこうですねえ」とか「なんとよくできてますねえ」「何ともいいようのない微妙な表現ですね」とかなんかいろいろいう、そういうあの味わいの方です。この二つは別のものでありながら、同時に成り立っているんですね。だから、ぱっと目を開いてこの活花作品を皆さんがご覧になるのは、まぎれもない上の観ることそのものです。やがてそれは、それ独特の美っというものを感じないわけにはいきませんから、ほかのにない美っというものを味わわれますですね、それが下の鑑賞です。普通はそんなん分けませんから、はじめから「いや、けっこうでございます」とこういうんですね。褒めようがなかったら、ですね、「これは上手に活けてあります」「はなはだけっこうなお作でございます」とかですねえ、もうそれは言葉っていうのはいろいろと工夫しなければなりませんですねえ。

 ついさっきも、こと私どものように、まったくこれ外科系統反対の精神医学をしてる人間のところへ飛んで来られるというのは、やっぱり私ら、その言葉の上でのいろんな工夫をしますから。そういうことがお役に立つのかもしれないんですね。まっ、皆さんはこれから、いろいろ言葉については、その表現の仕方に一段と工夫を加えた、日記でもそうですね、そういうふうになさるとよろしいです。

 で、もう聞いてて一般にいえることですけれども、その人が思っている結論に、相手である私が、「そうですねえ」とかですね、「よう聞かしていただきました」「ごもっともです」と。こういう種類のことをどなたも期待しておられるということです。これはもう長年の、ほんとに私、医師になりまして1950年なんですから57年ですねえ。いや、こんなにその言葉っていうものが、たいへんな働きをするもんかということを、しみじみと身にしみてわかりましたが、若いころっていうのは、いろいろこうそれなりに考えて、きっぱりしている方がいいと思ってみたりねえ、する。歯切れのいいのがいいかと思ってみたりもしますけれども、はなはだそのあいまいで、こう割り切れん、相手にしてみたら、もうちょっとはっきりいうてもらえんだろうか、というふうなこともあったりするでしょうけれども。

 今申し上げていますのは、「承認欲求」というんですねえ。自分が思っている、心配している、不安がっているというのを「ああそうですねえ」とこう聞いてほしいという気持ちがあるんですねえ。ぼんっと、その、すげなく反発するよりは、それはそれなりに聞き入れて、それで今なすべきことこそ、皆さん方に申し上げるんですね。それが私どもの精神療法、最も瞬間的、この今におきまして効果を発揮する道であるんですね。

 ですから心の中へ入って、さっき申しました自分対自分の問題に、ちょっと皆さんをお助けしようというので、皆さんの心の中に入るような言葉をお膳立てして使いますと、これはみな失敗に終わりますですね。ところが世の中のカウンセリングっていうのはどうでしょうか、まるでそれ自体が芸術であるかのように、こう言葉でなんかをつくり上げてるみたいに見えないこともないんですね。ほんとはカウンセリングっていうのは聴く一方なんですね。どこまでも聴く一方なんですね。それはそうあるべきでありましょう。

 そうしますと、ですね、「こうすれば治ります」っていうのは、なんか親切なようで全部脱線してることがおわかりですね。それよりは、なにがなんでも皆さん方が現実生活にすぐ取り組んで、すぐ次、すぐ次というふうになさるという道を、同じ方を向いて、ですね、つまりこう向かい合ったお説教、向かい合って話し合うとこれお説教になりますですね。意見を戦わす、見解の相違が明らかになるっていうのはそういうことですね。そうでなしに、おんなじ方を向いて、この仕事、次はこれ、そしてこれは急ぎますと、そういうふうに同じ方を向いていろいろと、皆さん方が協力しあっておられるというそれが、もうなにより素晴らしいんですねえ。

 七夕が近づきまして、ですね、NHKのスタジオにも大きな笹が持ち込まれて、まだ当日まで続けますというておりますが、視聴者からですね、いっぱい短冊が送られてきているんですね。そういうものを、アップして「私のお兄さんがほしい」とかね、そんな、ちょっと今からお兄さんが、ちょっと難しいと思いますけど、まあ、そういう、いろんなその、いうても仕方がないような望みもいっぱいこう、ぶら下がってるんですねえ。で、そういうのはなかなかその情趣性、つまり味のある願いの表現ですねえ。

 で、ここで「祈り」というものを、一切皆さん方に申し上げることがありませんが、それは「願い」ってものはこれは、何をどう願っておられてようとかまわないんです。人が持ってるのに自分だけないという、これはジェラシーという嫉妬ですねえ。みんなが持っているというのは非常に自分だけないのは心細いし、ただうらやましいというだけでなしに、しまいに人が恨めしいとかいうことになったりいたしますですねえ。嫉妬っていうのはそういうもんですわ。人のが普通で自分だけがないというんですね。そういうその、で、ここの森田療法からしますと心はまったくご自由なんです。こんな心がよろしいとか、こういうのはあきませんと、そういうことは申しません。心はすべてご自由、満点。そして今何をしなければならないかという、皆さんから離れたものに最大の注意を向けられますと、これはもう他者意識ですから、まぎれもなく、まごうかたなき他者意識、外のものですね。目的が外にあると。こういうことなんですね。ですからあの人が無事にどこかに着かれますように、途中の無事を祈るようなことですねえ。祈るというのは自分のできないことを神仏、絶対者の力をたのむことなんですね。それは他者、なんかその心を助けてくれるものっていうものを想定することになりますが、それに比べますと願いっていうのは、こうありたい、ああいうふうにもなりたい、という願望ですから、これはもうそれこそ豊にお持ちになって、空想の中にどんな宮殿を描かれようとかまわないんですね。ただ、すぐその場その場の大事なことに重点を置いた、生活上、仕事上の取り組み、勉強もそうなんです。それをゆるがせになさらない。っていうことが、この場、今晩の、ここでのとらわれを見事に脱しきった真実に生きる姿なんですね。ちょっと長ったらしいですけれども、とらわれを脱しきった、あるいは離脱した真実に生きる姿です。

 昔はもう簡単に、全治とか、根治とかいうてましたけれども、どうもその「治」という、治るという言葉が皆さん方を騙しているみたいな、騙す、よけい引っかかってしまわれるようにもっていく言葉のようになるんですね。ですから「治る」という言葉は、もうほんとに使わない方が賢明、皆さんご自身も、そういう言葉をお使いにならずに、ですね、もともと病気でない、まったく主観的な性格による障害、性格でとらわれるというそれは、健康人としての生活をなさった途端に解消するわけですから、今日繰り返し申しました「これが自分だ」という描かれた自分の姿から離れて、ですね、心に関係ないことを今始められる、そこが見事にとらわれから離れた真実に生きる姿。昔では全治と。こう申しました、それなんですね、そういうことです。

 はい。じゃあ今日はこのへんで講話を終わります。

    2007.7.4




SANSEIKAI
MORITA THERAPY


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